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第六十一話 悪巧み

「確かにあれは滑稽であったな。勇敢な獣と間抜けな悪党による喜劇として、舞台の演目に加わらぬだろうか」

 空中に映し出された案内係を見ながら笑う国王。

「間抜けぶりはどの辺りから再現して貰いましょうな?」

 同じくジェロディも笑う。

「それは勿論、己は全てを纏める側で特別賢いのだと思っていたら、只の勘違いだったという所からであろう」

 喉の奥で笑いながら、国王もジェロディも案内係に憐れみの目を向けた。

 すっかり無視された形の大統領は唖然として固まり、地面に転がっている案内係は怒りに顔を赤くしながら耐えている。

 するとここで、鈴音の知らない声が新たに加わった。


「その喜劇、我が国の作家達に任せてはどうだ」

 大きく映し出されたのは、洗練された衣服を纏った品の良い老人だ。

「おお、久しいな。神々に鈴音様、彼は芸術をこよなく愛する王でございまして。彼の国には芸術の都と呼ばれる街もある程にございます」

 にこやかに紹介してくれる国王に頷き、鈴音は芸術の王に挨拶をする。


「こんにちは。間抜けな男はともかく、可愛くて勇敢で可愛くて賢い獣はどう再現なさいますか?」

 胸に手を当て礼をした王は、勇敢で賢いより上に可愛いが来るのだなと理解し、数ある選択肢の中から瞬時に正解を選び取った。

「人に演じさせると体格差による滑稽さが足りない。依って、獣によく似せた彫刻などを使うのはどうかと。手足や長い尻尾が動けばなお素晴らしい。あの愛くるしい動きは人形使いにお任せあれ。こんな世界中の老若男女全ての人々の知る獣、知る物語を再現出来るのは我が国のみ!我が国の誇る演劇界の精鋭達のみにございましょう!可能であれば更なる笑い等を追加して欲しいところですが……」

 目をキラキラさせて頷いていた鈴音は、芸術の王からのパスをしっかりと受け取る。

「ふふふ、脚本家さんは今頃王様に文句言うてはるんちゃいます?あれ以上の間抜けっぷりをどう描けと仰る!あんまりなご注文です陛下!!て」

 頭を抱える仕草をしながら鈴音が再度パスを出す。

 受けた王は大笑いだ。

「ハッハッハ!確かに確かに、あれ以上の味付けをしては素材を殺しかねませんなあ。思い出すだけで笑える話など滅多に無いのだから」

「でしょう?でも本職の脚本家さんやったら、もっぺん(もう一遍)見たら何かええ考えが浮かぶかも?」

 鈴音がラストパスをきっちりと決めてニッコリ笑うと、芸術の王は勿論、この会話の意図を理解したらしい世界のあちこちから『見たい見たい』とアンコールの声が響く。


「や、やめろ、やめろー!!」

 骨折で動けない案内係が必死の形相で喚いているが、当然聞き入れられる事はなく、フッと辺りが暗くなった。


 得意気な顔で『全部お芝居でした!』等と記者をいびり、『本当に神は残酷ですよねぇ』などと知った風な事を言い、如何に己が大変な役回りをこなしているか語って『死体作ってりゃいい連中よりよっぽど忙しいんですよ!!』と吠えた所で、『いくらでも替えが利く』と大神官と護衛二人が嘲笑する。

 骸骨神による絶妙な編集で案内係の愚かさが強調され『こうはなりたくないな』と思わされる映像が流れた。


「うるさいうるさいうるさいうるさい!!」

 耳を塞ぎたくても両手指を骨折しているせいで出来ない。

 案内係が現実逃避するには、目を閉じ大声で喚くしかなかった。

 けれど目を閉じてしまえば余計に、人々がどんな顔で自身を見ているのかが気になって仕方がなくなる。

 ジレンマに陥り藻掻く男を冷たい目で見ながら、鈴音は骸骨の元へ向かった。


 映像では、伸びと欠伸をした虎吉が尻尾を立ててニャーと鳴き、世界中から『いよッ待ってましたッ』の拍手を貰っている。


「骸骨さんごめんなさい、虎ちゃん任せっきりで」

 ペコリと頭を下げながら小声で話す鈴音に、骸骨は首を振ってくるくると回った。

 虎吉を抱っこ出来て嬉しかったようだ。

「ふふふー、良かった。あ、虎ちゃん寝てもうてるし。可愛いなぁー」

 目を細める鈴音に骸骨も頷き二人でほのぼのしていると、虎吉が薄っすらと目を開いた。

 ぐぐ、と右前足だけ伸ばして欠伸をし、伸ばした前足を仕舞い忘れてボーっとしている。

「ぶふッ。再起動中や。熟睡してたんやねぇ」

 デレデレと顔を崩した鈴音が視線を移すと、映像内では走り回る虎吉を捕まえられずに案内係が転んでいた。

 世界中から馬鹿にしたような笑い声が起きる。

 しかし当の案内係は目を閉じ喚いているので、それを知らない。

 何かを思い付いたらしい鈴音が骸骨を見た。

 コソコソと耳打ちをすると、幾度か頷いてから骸骨は首を傾げる。

「うん、別に全ての人に伝わらんでもええんです。今も、国王様とジェロディさんにしかお願いしてなかったのに、こっちのやりたい事を察した芸術の王様が参戦してくれたでしょ?それと同じで、読み取れた人が先陣切ってくれたら、きっとみんな後に続くから」

 なるほど、とばかり大きく頷いて、骸骨は虎吉を見た。

 しっかりと目を覚ました虎吉が再度伸びをする。


「おう、鈴音おはよう。すまんかったな骸骨、重たなかったか?」

 首を振った骸骨は、名残惜しそうにしながら虎吉を鈴音に渡した。

 そして石版を取り出すと、せっせと指を滑らせる。

 描き上げた絵は、笑顔で手を振る鈴音が案内係を示し、それに気付いた人々が案内係を指差し笑う、といったもの。

「いいですねー!きっと沢山の人が解ってくれますよ」

 頷き合う二人を見やり、虎吉が小首を傾げる。

「悪巧みか?」

「うん。あの勘違い間抜け男を、精神的にボコボコにしたろ思て」

 そう言いながら鈴音は竜を見上げた。

「サファイア様、今の映像はそのままで、この石版を端っこの方に映して欲しいんですけど」

 小声で頼むと、直ぐに小さい光球が寄って来る。

 礼を告げる鈴音に合わせ会釈した骸骨が、光球に石版を向けた。

 すると、伸ばした手を殴られた痛みで転げ回る案内係の映像横に、少し小さく石版の絵が映る。


「よっしゃ、後は刑の執行を待つだけやね」

「……あんなんでボコボコになるんか?」

 虎吉の疑問に鈴音は頷く。

「自分以外の人を見下してるタイプにとっては物凄いダメージやと思う。私でも自分の勘違いを世界中に笑われたら暫くは凹むかなぁ」

「けど鈴音の勘違いはあんなんちゃうやろ?」

「うん。あっても間違うたまま覚えとった事をドヤりながら発表するとかかな?アイツ阿保やー!て笑われたら暫くハズカシー!!て転げ回るけど、そのうち開き直る。間違いぐらい誰でもあるやろいうて。どうせ笑た方もそんな長い事覚えてへんしね。思い出してイジられても、あん時はホンマ恥ずかしかったわ、て笑い飛ばす。それが多分あのタイプには出来ひん。生きるか死ぬかぐらいまで行くやろから、散々被害者を馬鹿にしてきた奴にはお似合いの刑や」

「成る程なぁ。俺から見たらあんな目ぇ瞑って喚いとる方がよっぽど変やけど、それより笑われる方が嫌なんやなぁ」

 しみじみ言う虎吉に、骸骨と顔を見合わせた鈴音は尤もだと頷いて笑った。

「あ、そろそろ終わりそうや。ほな向こう戻りますね」

 骸骨と手を振り合ってから階段へ戻る途中、カンドーレと目が合う。


「あの……神官長様はあの男の無様な姿を滑稽だ間抜けだと仰る方ではないと思うのですが……」

 ちょっと不安そうに上空に浮かぶジェロディと鈴音を見比べた。

「あ!はい、そうです。私が虹男に伝言頼んで、一芝居打って頂きました。国王様と一緒に、私達と親しげな様子を出しつつ、悪党達を思い切り馬鹿にして下さいてお願いしたんです。大統領は国王様が嫌いなので、国王様が神様と仲ええのは腹立つやろし、案内係の男は神様に選ばれた神官……つまりジェロディさんに嫉妬してるしで、彼らを精神的に叩きのめす役にピッタリやったもんで」

 それを聞いたカンドーレはホッと胸を撫で下ろす。

「良かった。どうなさってしまったのかと心配しました」

「すみません、一言お伝えしとくべきでしたね」

「いえそんな!理由が解ったのでもう大丈夫です。何かございましたら私にもお申し付け下さい」

 胸に手を当てるカンドーレに微笑んで会釈を返した鈴音は、虎吉と共に階段へと戻った。

 映像は丁度、案内係の頭を虎吉がバシバシ叩き、鈴音が有罪を宣告し終了した所だ。


 周囲にぼんやりとした明るさが戻り静寂が訪れた。

 そんな静かになった世界で、案内係だけがまだ喚いている。

 確かに虎吉の言う通り、こんな姿を見られる方が余程恥ずかしいなと思いながら、ゆっくりと階段を下りた鈴音は案内係の前に立った。

 ヒョイと腕から飛び降りた虎吉が、喧しいんじゃとばかり案内係の顔を殴る。

「ぅがッ!!……ギャァアーーー!!」

 反射的に目を開けた案内係はそこに、ドアップの虎吉を見つけて悲鳴を上げた。

「やーかーまーしいッ!!」

 ビックリして黒目勝ちな虎吉に再度殴られ、漸く案内係は口を閉じて辺りを見回す。

 相変わらず数え切れない人の顔が見えるが、妙に静かだった。

 何だ、どうした、と状況が解らず焦る案内係の前で、鈴音の明るい声が響く。


「はい皆様、ご注目ーーー!」

 笑顔で手を振り、続いて案内係を示した。

「こちらが今回の主演俳優、自意識の高さは神の山級!実際の評価は小石以下!天下の案内係さんでーす!わーわー!」

 パチパチと拍手する鈴音を見上げた案内係が、空に浮かぶ自身の映像へと視線を移したその時。

「っくくく、っはは、あーっはっは、ダッセー!!」

 見ず知らずの男がこちらを見ながら指を差し、腹を抱える勢いで笑い出した。

 するとそれが呼び水となったのか、あちらからもこちらからも笑いが起こる。


 どうやったらあれ程に思い上がれるのか、馬鹿過ぎやしないか、ああはなりたくないから気を付けよう、それにしても恥ずかしい奴だ。


 次々と浴びせられる嘲笑に、案内係は目を見開き首を振り続けた。

 脳の処理能力を超えてしまったようだ。

 そんな男に、笑顔で手を挙げ皆を黙らせた芸術の王が止めを刺しに行く。

「そこな愚か者よ、そなたの振る舞い大変愉しませて貰った。よく喋る傲慢な悪党が愛らしく勇敢な獣に退治される物語、我が国の演劇にて永遠に語り継いでやる故、名を名乗れ」

 その言葉に案内係の顔が強張る。

「おお、大変な誉れではないか、さあ遠慮せず名乗るがよいぞ」

 国王も笑顔で頷き、ジェロディを見た。

 だが流石に、普段から化かし合いをしている訳ではないジェロディに、この流れに乗れというのは酷だった。

 黙ったままじっと案内係の男を見つめ、ポツリと呟く。


「憐れな」


 男の犯した罪に怒るでもなく、愚かさを嘲笑うでもなく、ただ憐れんだ。


 非常時に神からの信頼を勝ち取り、授かった神剣で戦を止め国王の隣に並び立つジェロディ。

 英雄譚の主人公のような白髪の老人からの一言で、男の神の山よりも高いプライドは粉々に砕け散った。


「ぅああああぁぁぁああああ!!」

 憤死するのではないかと疑う程の形相と声量。


 暫く放っておいたが止む気配がないので、鈴音は竜を見上げる。

 頷いた竜から小さな小さな雷が放たれ、バリッという音と共に案内係の男は気を失った。

「ふむ、名乗らず仕舞いか。この演劇はお蔵入りかな」

 芸術の王がつまらなそうに鼻を鳴らし、国王も頷く。

「適当に付けた悪党の名が実在の誰かと同じであっては困る。止めておくのが賢明だな」

 そして頷き合った王達は示し合わせたかのように大統領を見た。

「ああ、すまぬな。待たせた」

「おお、どこぞの貴族崩れか。悪党でなければ成り上がり物として演劇の題材に最適であったものを」

 上空から大統領本体を見下ろす王達に、ぶるりと身を震わせた鈴音は大人しく階段を上る。

「神様方ほどでは無いけど、こっちもやっぱり格が違うわ……」

「まあ、優しいだけでは群れを纏められへんやろしな」

「せやね。怖いから黙っとこ」

 きょとんとした顔で首を傾げる虹男には、菩薩顔で頷いておいた。


 案内係に替わり、王達から見下ろされ睨み返す大統領が大きく映し出される。

「さて、何の話をしておった?」

「貴族崩れの家名を知るや知らんやで揉めておったのではないか?」

「ああ、どうでもよいなそんな話など。さあ、皆が待ちかねておる。早う演説をせぬか」

 大統領からすれば、話の腰を圧し折り遠くにぶん投げた張本人から偉そうに催促された格好である。

 おまけに家名などどうでもいいだの貴族崩れだのと見下されている。

 こちらもまた血圧が上がり過ぎて危ないのでは、と鈴音がうっかり心配してしまうほど真っ赤になるのも当然だろう。

「おのれ……おのれぇ……」

「よいのか?万雷の拍手が貰えねば、そなたの命は無いのであろう?」

 感情の読めない表情に戻った国王に指摘され、大統領はハッと鈴音を振り向く。

 別に殺すと言った覚えは無いが、ここで否定するのもどうかと思うので、鈴音は取り敢えず笑っておいた。

「うわ、めっちゃビビってるやん失礼な。……て、当たり前か」

「笑いながら殺しに来る思てんで」

「こっっっわ!!そんな奴おったら夢に見るわ怖いわー」

 コソコソ話す鈴音と虎吉をよそに、大統領と王達の睨み合いは続いていた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 話かあっち行ったりこっち行ったりと、気分屋ずぎんか?w まぁ進まん進まん 猫みたいなんてお調子な感想が浮かびましたよ、ええ。 面白いです
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