第六百六話 里の中へ
説明を聞く前に鈴音達を侵入者だと判断し襲い掛かった狩人仲間へ、不機嫌丸出しな表情でユミトが近付く。
「おーまーえーらーさぁー。俺が神の使いだっつったの聞こえなかったの?何やってんの?」
立ち上がった所で顔を覗き込まれ、狩人仲間は一歩下がった。
「いや、カーッとなってたから」
「聞こえてねえっつか聞いてねえっつか」
それぞれ別の方を向いて、バツが悪そうに口を尖らせる。
「あっそ。生きてて良かったな!んで?何してたんだよ」
鈴音達には熱い模擬戦に見えたが、ユミト目線だと違うらしい。半眼で2人を見つめている。
問われた2人はそっぽを向いたまま、ボソボソと答えた。
「コイツが俺のおやつ勝手に食ったからムカついて」
「あんなとこに放ったらかしてたら残りモンだと思うだろ」
「放ったらかしてねえわ!置いてたんですぅー」
「どーこーがぁー?」
顔を突き合わせ再びメラメラし始めた2人。
両者の後頭部を掴んだユミトが、ゴンと勢いよく額同士をぶつける。
「いッッッ!」
「だッッッ!」
額を押さえしゃがみ込んだ2人を見下ろして溜息を吐くと、ユミトは鈴音達へ向き直り恥ずかしそうな顰めっ面で謝罪した。
「悪ぃ。兄弟喧嘩して熱くなってて、俺の声が届いてなかったみたいだ」
「うんうん、平和やねー」
聖母のような微笑みで頷く鈴音と、肩を揺らしつつ幾度も頷く骸骨に、虎吉が『平和か?おやつの恨みはデカいで?』と小首を傾げる。
「ほら、魔物の襲撃があったから訓練してる、とか言われるよりはええやん」
「そうか?おやつ横取りの方が大事件やろ」
解せぬ顔の虎吉を笑って撫でつつ鈴音が狩人兄弟を見やると、額を押さえた2人の目がまん丸だ。
「動物が喋ってる」
「神の使いだ」
「だからさっきからそう言ってんだろ!聞けよ!」
兄弟の今更な発言にユミトが思い切りツッコみ、鈴音が大笑いした事で、里の狩人達にも客が来ていると伝わった。
取り敢えず集会所へ、と告げたユミトを先頭にして一行は里の中を進む。
そのユミトを挟むようにして歩く兄弟は、左右から交互に質問を浴びせていた。
「何で帰ってきたんだ?神の使いに同行するっつってたのに」
「だから今まさに同行してんだろ」
「里に何しに来たんだ?」
「この時間に来てする事に飯フロ寝る以外なんかあんのか」
「何でわざわざ里で寝る?」
「明日んなったら戻らず山に入るからだよ」
「えーーー !?」
「戻らず山なんか入ったら死ぬ!」
「死なねえしうるせえしちょっと黙れ?」
笑顔で拳を握るユミトと、『やべー!』と叫んで大袈裟に顔面をガードする兄弟。
歳が近そうな3人のやり取りを後ろで聞き、『フツーの兄ちゃんらやなぁ』と鈴音達はほのぼの頷き合う。
ただ、ユミトとはこれだけテンポ良く会話するのに、鈴音達へはチラチラと視線を寄越すだけで話し掛けてこない事から、狩人以外を相手にするのが本当に苦手なのだと分かった。
下手に声を掛けると驚いて逃げそうなので、集会所に入ってからにしようと鈴音は独り頷く。
道の両脇にある各家々の、細く開いた玄関や窓におっかなびっくり並ぶ顔もコッソリ確認しつつ、鈴音達は集会所に到着。
「里長呼んでくるから座って待っててくれ」
ユミトにそう言われた鈴音は、広い板の間に座布団サイズのゴザが等間隔で円く敷かれているのを見て、特に何の疑問も持たずその1つへ腰を下ろした。
すると、今度は兄弟だけでなくユミトも加わり、3人纏めて驚愕している。
「ん?どないしたん?靴は脱ぐんやった?」
彼らがそのまま上がったので鈴音もそうしたが、間違っていただろうかと首を傾げた。
尋ねられたユミトはブンブンと首を振る。
「違う違う。よくそこに座るって分かったなと思って。今から説明しようとしてたのに」
「んんー?」
床にゴザが敷いてあったらそこに座るだろうよ、と怪訝な顔になる鈴音の肩を、骸骨が突付いた。
見せられた石板に描かれていたのは椅子だ。
「あー、成る程。椅子文化ね!床へ直に座るんは珍しいんかぁ。日本人は畳だけやのうて、フローリングでもフツーに座るから気付かんかったわ。ゴザが座布団の代わりかな思た」
鈴音と骸骨のやり取りを眺め、狩人3人衆は目をぱちくりとさせている。
「何かよく分かんねえけど、神の使いは床に座る文化で育ったんだな」
ユミトがかなりざっくり要約すると、親近感が湧いたのか兄弟の目にある警戒の色が少し薄くなった。
すかさず鈴音は微笑みかけておく。
「そう。床に座る文化やから、私の住んでるとこでは靴を脱ぐよ。玄関で」
初めて聞く話に興味を示すが質問はしない兄弟に代わり、ユミトが理由を推理し始めた。
「床に座るから靴を脱ぐ?……あー、そうか床を汚さない為か」
「はい正解。外の汚れを持ち込まんかったら、ここで寝転がる事も出来るわけよ。病気にもなり難いし」
「いいな、それ。この先、新しく建てる家はそうしようって長に言う」
笑顔で言葉を交わすユミトと鈴音を見比べ、兄弟は小首を傾げ考え込む。
そんな2人を残し、ユミトは出口へ向かった。
「じゃ、呼んでくるし待ってて」
「……え?うわ!」
「ちょ、馬鹿」
急に声が遠くから聞こえ、我に返った兄弟は大慌てでユミトのもとへすっ飛んで行く。
楽しげに笑う鈴音達を置いて、3人は集会所を後にした。
「何だよ。長んとこ行って戻るだけなんだから、神の使いと待ってりゃいいだろ」
面倒臭そうな顔をしたユミトが歩きながら言えば、兄弟は信じられないとばかり首を振る。
「待てねえわ!」
「何か聞かれたらどうすんだよ!」
「聞かれた事に答えりゃいいだろ。何も難しくねえ」
至極当然の答えを返され、言葉に詰まった兄弟は口を尖らせた。その顔を見ながらユミトは畳み掛ける。
「フツーだっただろ?神の使い。何も変なこと言ってねえだろ?」
「え?フツー……か?」
「ワケ分からんこと言ってたよな?」
確かに鈴音は、日本人だ畳だフローリングだと謎の単語を連発した。
タイミングの悪さにユミトは一瞬顰めっ面をするも、即座に立て直す。
「そうじゃなくて、俺らを見下したり馬鹿にしたりしなかっただろ?」
「あー……、それはまあそうだな」
「……無礼者なユミトにも怒んねえし」
頷き合う兄弟は、以前聞いたユミトと鈴音と虎吉の関係性を思い出していた。
神の生存にキレたユミトが鈴音へ喚き散らし、それに腹を立てた虎吉が怒鳴り返した件だ。
「喋る動物も大人しかったな。もっと怖ぇのかと思ってた」
「見た目は可愛いよな。喋るとオッサンだけど」
「や、そっちはいいんだよ。神の使いに興味持て」
この世界の動物は喋らないので、虎吉と会話出来たとて、である。人型の鈴音と円滑に会話を成立させてこそ、だ。
「興味って言われても」
「訛ってる。以上」
「合ってるよ、合ってるけどさ」
そうじゃない、と溜息を吐いている間に里長の家へ到着した。
「おーい、ただいまー。見てたと思うけど、神の使い達つれてきた。挨拶に行って欲しい」
ユミトが外から声を掛けると、引き戸が開いて40代半ばの男性が姿を見せる。
「おかえり。うーん、やっぱりあれが神の使いか……」
唸るように言いながら里長は腕組みをし、難しい顔になった。
「人の綺麗な面しか知らなそうに見えるな」
予想外の反応にユミトの目が点になる。
「へっ?どこらへんが?」
今さっき人ひとり陥れて復讐成功させてきたけど、と心の中で呟くユミトをよそに、里長はちょっと頬を緩めた。
「綺麗な目をしている」
「ああ、まあ、そうだな。奥の方は凶暴な肉食動物ソックリだけど」
このオッサン駄目かも、なユミトの表情に気付いた里長は、訝しげな顔になる。
「凶暴なのか?あんなに可愛らしい娘さんなのに?赦したんだろお前の暴言も」
「あー、取り敢えず長が、神の使いを子供だと思ってんのは分かった。けど、見た目に騙されんなよ?」
「え?子供じゃないのか?」
分かる分かると頷きつつ、ユミトはにやりと笑う。
「何とあれで24だってよ」
「ハハハ!それはお前がからかわれてるんだろう」
「いやいや、子供だとしたら大分怖い性格してるぞ?」
「え?じゃあ冗談じゃなく?」
本気で驚く里長へ頷いて、集会所を指した。
「会ってみれば分かるから、とにかく行こう」
「お、おう」
そうして、鈴音の年齢を知り『同い年だったのか』『年上じゃねえか』と唖然な兄弟も一緒に、皆で集会所へと向かう。
集落の狩人達は相変わらず隙間から覗き、只々心配そうに見守っていた。




