第六百五話 里へ行こう
通路を出るや否や、白猫からおかえりの頭突きを貰って鈴音はデレデレだ。
締まりの無い顔のままテーブルへ向かうと、レーヴェ帝国皇帝へ事情を説明しに行った際に購入しておいた、白猫お気に入りの塊肉の煮込みを献上。
もぐもぐタイムだ、今度は見逃さないぞ、と大喜びな神々を横目に、自室へ骸骨を呼びに行った。
二つ返事で縄張りへ来てくれた骸骨に礼を述べつつ、ここまでの流れを掻い摘んで説明する。
頷きながら聞いた骸骨は、神官達にナメられまくりなフォレに対して『なんだかなー』と言いたげな視線を送った。でも修行場所を提供して貰えるのはありがたいので、『弱腰すぎる!』だとかツッコむのはやめておく。
代わりに静かに近付いて、お邪魔しますの意味を込めユラリと縦に揺れる礼をしておいた。
気付いたフォレが『ああ、いってらっしゃい』と許可してくれたので、鈴音と虎吉のもとへ戻り親指を立てる。
「ほな行こかー」
目を細めた虎吉に頷いて、皆で通路を潜った。
屋根の上で待つユミトは、強烈な力の渦に入った鈴音が1秒と掛からず逆向きで出てきたのを見て、何だか分からないけど取り敢えず早いな、という感想をぼんやりと抱く。
鈴音の力があまりにも出鱈目なので、不思議な事が起きても深く考えない癖がついているのだ。
しかし、後から出てきた黒ローブの骸骨に関してはそうも行かなかった。視界に入るや、カッと目を見開き固まってしまう。
そんなユミトへ視線をやって、鈴音が怪訝な顔で尋ねた。
「お待たせー……、うわ固まってるやん何で?動く骨は怖ないんちゃうかったん?」
やっぱりフラグ回収かと口を尖らせた鈴音へ、ユミトは慌てて首を振る。
「違う!怖いんじゃねえよ、怖いんじゃなくて何つーの、こう、ひれ伏さなきゃなんないような、神が目の前に居たらこんな感じなような、え、どうしよ」
右手で左腕を擦り、寒気を堪えているようなユミトの目をよく見てみれば、確かに怯えている様子はない。困惑しているだけだ。
「んー?神ちゃうよ、神の使いやで?あれかな、骸骨さんが神々し過ぎるんかな。私にはこんな反応せぇへんかったもんな」
心の美しさの差だろうかと首を傾げる鈴音へ、骸骨は石板へ指を走らせて絵を描き見せる。
「えーと?狩人と動く死体が居って、その上に骸骨さんと逃亡魂……。ああ!直属の上司っぽいんか!」
死者を神のもとへ送る為に働く狩人は、同じような仕事をしている神使の力を無意識に感じ取ってしまうのではないか。
予想を読み解いて成る程と頷き、鈴音は顎に手をやる。
「けど私も黒い手なんか出す時はナミ様の御力に魔力を混ぜるのに、同族とは思われずに『怖ッ!』て思われてるだけっぽいの何でやろ」
この疑問に対し骸骨は石板の絵で、『冥界所属じゃないからかも』と返した。
「あー、そうか所属先。神界所属の猫神様の使いが死を連想させる力なんか使たら、死者を救うんやのうて消し去るつもりに感じるんか」
それは確かに怖いなと納得の鈴音。
そんなふたりのやり取りを眺め、ユミトは目をぱちくりとさせた。
「神の使いって所属とかあんの」
素朴な疑問に鈴音と骸骨は顔を見合わせ頷く。
「あるんよ。私は人界担当の部署で、骸骨さんは冥界担当の部署に所属してんねん」
嘘は吐いていない。仕える神が違うという事実を黙っているだけだ。
「ふーん?商会とかと似てんだな」
もう深く考えるのはやめたらしいユミトへ、鈴音は『そうそうそんな感じ』と返しておいた。
「そういうわけやから、骸骨さんには神にするみたいに畏まらんでも、一般的な礼儀さえわきまえとけば問題ないよ」
鈴音の言葉を上下に揺れる事で肯定した骸骨を見やり、ユミトは素直に頷く。
「じゃあそうさせて貰う」
「ん。ほなさっそく行く?戻らず山」
「おー……、って待て待て。直ぐに夜になるぞ?」
流れで同意しそうになったユミトが、傾いている太陽を指差し慌てた。
釣られるように空を見た鈴音は首を傾げる。
「夜になったら魔物が強なったりするん?」
「多少な。山ん中は薄暗いけど、真っ暗じゃねえからちょっとは光が届いてるだろ?夜はそれがなくなるし」
この世界の魔物は明るい所が苦手らしい、と骸骨へ補足説明してから、鈴音は大切な事を思い出した。
「そうや、それに加えてユミトさんは寝なアカンねん」
言われてみれば、とばかり手を打つ骸骨。
「メシも食わなアカンもんな。まあそれは俺もあった方が嬉しいけど」
虎吉がもうひとつ付け加えると、確かに確かにとふたりが頷く。
そんな不思議なやり取りにユミトは遠い目だ。
「うわー、メシ食って寝るって当たり前の事なのに変な感じしてきた。何でちょっと申し訳なくなってんだ俺」
足を引っ張ってすみません、だとかいう気分になって半笑いのユミトへ視線をやり、今度は鈴音が慌てた。
「ごめんごめんごめん、完全に忘れとった。ユミトさんは一旦家に帰って調子整えて貰て、今日は私らだけで行こ。明日の朝に山の麓かどっかで待ち合わせしたらええし」
「せやな」
鈴音達がそうしようと頷き合う様子を眺め、うーんと唸ってからユミトは頭を掻く。
「待ち合わせっつっても目印とかねえからなぁ。やっぱ一緒に動くのがいいと思う。山に入んのは朝になってからにしてさ。んで取り敢えず……里に来ねえか?」
躊躇いがちなお誘いを受け、鈴音達は揃って首を傾げた。
「狩人の里?行って大丈夫なん?迷惑にならへんやろか」
恐らく狩人以外が足を踏み入れるのは初めてだろうと心配する鈴音に、ユミトは口をモニョモニョ動かしつつ目を逸らして答える。
「神の使いは俺らを差別する人種とは違うし?別に大丈夫だと思うぞ?」
「いや自信ないんかいー」
「アカンやつや」
鈴音と虎吉が即座にツッコみ、骸骨は肩を揺らして笑った。
困り顔のユミトは指先で頬を掻く。
「うん、そのー、なんだ、実際の話ビックリはされると思うんだよ。でも、浄化の力を手に入れた後は、俺らを差別してる奴とも喋んやきゃなんねえ場面が出てくるだろ?」
「ははあ成る程、狩人以外ともお喋りしてみよう大作戦か。いきなり上から目線な一般人相手はキツいから、私で慣らすんや」
己の顔を指しつつ鈴音が言えば、我が意を得たりとユミトは頷いた。
「店で買い物する時なんかに声掛けられたりはするけどさ、ひと言ふた言だから頷いときゃ済むし、そもそも狩人だってバレるカッコしてねえし」
黒尽くめの装束でない限り、人々は彼らを狩人と認識出来ない。
「だから、取り敢えずまともな会話が出来るように。たったひと晩だとしても、少しは変わるんじゃねえかと思って」
どうかな、と問われた鈴音は骸骨と視線を交わし、笑顔で頷いた。
「ええよ、行こ行こ。急ぐ旅でもないねんし」
「そっか!悪いな!じゃあ道案内するから行こう。あっ、その前に土産買いたいんだった」
「お土産か。里で待ってる人に?」
「ん。まだ仕事出来ねえガキ共は里で留守番だからさ」
「そら何ぞ甘いもんでも買うたった方がええな」
虎吉も交じって和気あいあい。
屋根の上の明るさが、一悶着あった食堂前のくすんだ空気を際立たせる。
けれど既に次の事で頭が一杯な鈴音達は、衆人環視のなか女主人の前で膝をついているラピールになど見向きもせず、食堂の屋根を蹴り土産を探しに行った。
焼き菓子なら持っているから別の物にしよう、という鈴音の提案でユミトはジャムパンをチョイスし、無事に人数分を購入して街を出る。
街道から樹海までは鈴音が念動力で運び、森に入って以降は自らの足で走るユミトについて行った。
木々の間を縫うにしては中々な速度で暫し進むと、不意に明るく開けた場所に出る。
「おー、急に小さめの校庭みたいなとこ出た。整備すんの大変やったやろなー。ほんで誰か居てるし」
感心する鈴音の視線の先、里の玄関と言っていい30メートル四方の広場では、成人男性2人が木剣で割と激しい模擬戦をしていた。
声が聞こえたのか、手を止めた2人は荒い呼吸のまま振り向き、そこにユミト以外の人物を認めギョッとする。
「誰だ!」
鋭く叫んで、広場の向こうに並ぶ平屋を背に素早く木剣を構えた。
そんな2人を落ち着かせるべく、ユミトがそろりと一歩踏み出す。
「問題ねえよ、俺が連れてきたんだ。ほら、例の神の使いだよ」
少し横へずれ、鈴音と骸骨を手で示そうとユミトが目を離した瞬間、鬼気迫る勢いの2人が一気に間合いを詰めてきた。
「あ!バカ!」
咄嗟にユミトが叫ぶも、2人は止まらない。
激しい模擬戦で血がたぎり、不測の事態に対して正常な判断が出来る状態ではなかったようだ。
1人は木剣を突き出し、1人は薙ぐ。
「ちょ、大歓迎にも程があるやん」
そう言って笑い、相手に怪我をさせないよう気を付けつつ、鈴音は自分目掛けて突き出された木剣を掴んで押し返した。
一方の骸骨は、横一文字に動く剣を避けもせず受ける。
理由は簡単、狙われたのが腰の高さだったからだ。骸骨には下半身が存在しないので、木剣はローブをバサリと払うだけ。痛くも痒くもない。
唖然として飛び退る男性を、骸骨はただ静かに見つめた。
鈴音もまた、尻餅をついて呆然と見上げてくる男性へ、にこにこと微笑んでいる。
ユミトだけが、『勘弁しろよ何やってんだよもぉー!』と頭を抱えていた。




