第五十九話 目指せ万雷の拍手
広場には、よく見えるよう皆から少し離れた最前列に大神官と大統領が並べられている。
その後ろに、骨折と凍傷の将軍と、両足及び手指の骨折の案内係が転がされ、顔面蒼白の護衛と大統領付き悪神官と秘書が座らされた。
他多数の悪神官達は更にその後ろだ。
「ありがとう虹男。見やすなったわ」
鈴音の礼に虹男は得意げな笑みで胸を張る。
「どういたしまして!それで、どうするの?もう骸骨の神が全部見せてくれたよね、この二人が凄く悪いって」
虹色に揺らめく瞳に見つめられ、大悪党達は居心地が悪そうだ。
それでもまだ完全降伏といった雰囲気ではない。
二人共が『コイツに罪をなすり付けて自分だけは助かれないか』と考えているようで、逸らした視線が時折動いている。
「さて、どないしよか」
もったいぶって笑う鈴音に、腕組みをした虹男が明るい声で言う。
「指、手首、肘、肩って順番にちょん切っちゃう?」
魔剣作りの映像で見たらしい内容を口にされ危うく想像しかけた鈴音は、神速で愛猫達を脳内に思い描き笑顔を保つ事に成功した。
触れる事無く化け物を倒した神と、指一本で化け物にダメージを与えていた女が笑いながら物騒な話をしている。
見ている事しか出来ない悪党達からすれば悪夢以外の何物でも無く、最も間近に居る大神官と大統領は特に焦燥に駆られた。
「待て!いや、お待ち下さい!」
声を上げたのは大統領だ。
鈴音と虹男は揃ってそちらを見る。
大統領は映像で見た悪党の顔ではなく、民衆の前に出る時の清潔感溢れる政治家の顔をしていた。
「確かに私は政敵の排除を依頼してしまいました。けれど、あんな酷い事をしてくれと頼んだ覚えはありません」
座ったまま、縛られた上半身を乗り出すようにして訴えかける。
「我が政敵は、理想の社会の実現の為に手を取り合おうと説得したにも拘らず、ただ私という存在が気に入らぬからと対案も出さず反対だけして妨害するような輩です。このままでは住み良い社会がいつまで経っても作れぬと苛立ち、政治家でありながら言葉ではなく暴力という愚かな方法に走ってしまった過ちは認めます。しかし拷問してくれ等とは言っておりませんし、まさか命を魔剣作りの材料に使われるなど……」
「ながーーーいッ!!」
大統領の熱い語りをぶった斬ったのは、物凄く嫌そうな顔の虹男だ。
「長過ぎて何言ってんのか解んない。通訳してよ鈴音」
虹男は子供っぽく大変鈍感ではあるが馬鹿では無い。
話の内容が理解出来ないのではなく、単に飽きただけだろう。
口を尖らせている虹男と呆気にとられている大統領を見比べ、鈴音は笑いが堪えられない。
「意地悪な奴をやっつけてってお願いしただけなのに、殺されちゃったよう。そんな事たのんでないもんボク悪くないもんっ!て言うてる」
小学校低学年くらいをイメージした鈴音の口調に、大統領は顔を引き攣らせ虹男はパッと顔を輝かせて頷いた。
「嘘つきだね!」
「ぶは!っははは、あはははは、あっはっはっはっは!!」
ド直球な一言に大統領が抗議する前に、鈴音の笑いが止まらなくなってしまった。
「ひーひー、苦しい。めっちゃ長々と喋っとったのに、嘘つきの一言で片付けられた。神やな。いや神やねんけど。ぶふふふふ」
笑いを収めようと頑張るも、大統領の顔を見る度にぶり返している。
「ぶ、無礼な。どこに嘘があると……」
青筋を立てながら鈴音を睨み口を開いた大統領に、虹男が小首を傾げた。
「だって、奴隷の男の人と平民の女の人殺す話の時、一緒にいたよね?あれ?でもホントは奴隷じゃないんだっけ」
冷気を浴びた訳でもないのに凍りついたような大統領から視線を移し、虹男は鈴音に確認する。
「っふふ、うんうん、おったね殺人計画ん時ね。しかも一家皆殺しになったんこの人が『家族や友人もヤバい気がするー』言うたせいやしね。自分らを尊い血がどうたら言うて、差別主義全開やったね。この国の身分制度は随分昔に無くなったって大神官が言うてたのにね」
鈴音の纏めを聞き、自分の記憶が正しかったと虹男はニッコリだ。
「やっぱりそうだよねー。ほら、嘘つきだ」
「ついさっき暴露されたばっかりやのに、何で丸め込める思たんか……私らアホや思われてるで」
「え!?そうなの!?神様だよ!?何でも知ってるし!!」
それは嘘や、と思ったが鈴音は黙っておいた。
「ほんで?悪いのはコイツです、言われてるけど反論あるかな大神官」
静かになった大統領は取り敢えず放置し、大神官へ声を掛ける。
またつまらない言い訳を聞かされるかと思いきや、今更取り繕うつもりも無いのか、好々爺の仮面を脱ぎ捨てて大神官は笑った。
悪役専門俳優もビックリの凄みだ。
「……一つだけ。私は悪事を働いたとは思っておらぬ。それだけだな」
両手で自身を抱き締め大袈裟に震え上がる真似をしてから、鈴音は顎に手を移し言葉の意味を考え始める。
「もしかして。人助けやとか言う?脇の甘い坊やが泣きついて来たから、助けたっただけや、とか言う?」
半眼で嫌そうに見つめる鈴音に、満面の笑みを浮かべて大神官が頷いた。
「本当に、何故そちら側に居るのだそなたは。どう考えてもこちら側だと思うが」
「いや、人殴ったり化け物に重傷負わしたりの傷害事件がせいぜいの小物なんで私なんか」
悪党ではない、とは言わない鈴音に大神官は益々笑みを深くする。
「そうかそうか。私も人助けに街の掃除にと善意で行動したに過ぎず、指示しただけで手を下した訳ではない小物だ」
その言い分と骸骨神が見せてくれた映像を脳内で照らし合わせ、鈴音は首を振った。
「残念やけどその理論は通用せぇへんわ」
笑みを引っ込め怪訝な顔をする大神官に、竜や虹男を手で示しながら鈴音は続ける。
「ここは神々の法廷や。この国の法律は通用せぇへん。あんたがやった事は“殺人の教唆”言うてな?実行犯と同じだけの罪に問えるんやで」
「なにを……」
てっきり神の機嫌一つで人の命運が左右されるなんちゃって裁判だと思っていたのに、何やらそれっぽい罪状が出て来てビックリ、という顔の大神官。
「実行犯の護衛の二人、殺した人らに対して何の恨みもなかったやん?何なら初めましてやろ?せやのに何で殺したんやいうたら、アンタが命令したからやんね。つまり、彼らを絶対的に支配しとるアンタが命令せん限り、起きる事の無かった殺人や。せやから唆した人物が殺したも同じいう事で、罪も罰も同じ」
人差し指を立て、鈴音はチラリと大神官を見る。
「神の御使い殺しに関しても同じ、いや、山に居るんは魔人と魔獣や思い込ましとった訳やから、更に質が悪いか。あ、そうそう、神の御使いこと動物担当の神様、こう見えて一回殺されとるからね。そのせいで動物と雨が消えて、世界は滅びに向かっとる訳やけども」
そんな事は知っていると訝る大神官は無視して、大きな溜め息を吐いた。
「漁師町とか大変やろね。魚おらんわけやん?他にも動物に関わる仕事で生計立ててた人らは、今日まで生きるだけで精一杯やったやろなぁ。そういう皆さんに悪い事したなぁみたいな気持ちは無いのん?」
「あるわけなかろう。その程度の仕事にしか就けぬ者だぞ?奴隷と大差ないではないか。奴隷に詫びる主が何処におる」
呆れ返った様子の大神官に、目を見開いた鈴音は『あらやだ聞きました?奥さん』とばかり右へ左へ視線をやってから緩く首を振る。
「一次産業の重要性とありがたみが理解出来てへんとか、あったま悪いなあこの落ちぶれ貴族」
ケッ、とばかり見下すように言ってやると、大神官の顔がみるみる紅潮しわなわなと震え出した。
面白い事に隣の大統領も同じ反応を見せている。
「キ……ッサマ……ッ」
「おーおー、当たった当たった、やっぱりや。尊い血がどうの言う割に、人徳も人脈も無かったんか上まで行くのに嘘ついたり汚いマネしよるし、よその国王や貴族に賄賂贈らな仲良うして貰われへんし、美術品の飾り方は下品やし、おかしいなあ思てたんよ。かなりの落ちぶれっぷりやったんやねぇ?身分制度があったんは曽祖父の代あたりまでや言うてたっけ?その頃にはもう、他の貴族から鼻で笑われとったんちゃうの?それでも親族は過去の栄光にしがみつき続けて、代々呪い掛けよるん?世が世なら当家は……とか言うて。ダッッッサ」
二人纏めて上から思い切り見下してやった。
「あーあ、大統領も同じかぁ。ほな国民が自分に投票するんは当たり前や思てるんやね?選んでくれてありがとう、めっちゃ頑張るから一緒にええ国作ろな、とかは全く思ってへんかったんや」
「奴隷と平民は貴族に尽くす為に存在するのだ!私を田舎貴族落ちぶれ貴族と呼んだバカどもはそれを解っていない!」
真っ赤な顔で目を剥き歯を剥き喚き散らす姿に、皆から愛された清潔感溢れる大統領の面影は無い。
「アンタが言う馬鹿共が、まともな感覚の持ち主な訳やね。どんな噂流して失脚さしたり、どんな事故で葬り去ったんやろなぁ。話長なりそうやし言わんでええけど、国民は思い当たる節が色々とあるやろなぁ」
「思い当たる訳がないだろう!国民とは自らの頭で考える事も出来ん馬鹿を指すのだ。たった一つの嘘でそれまでの真実までも嘘だと思い込み石まで投げる愚かさよ!導き甲斐があり過ぎて自分がもう一人欲しい忙しさだ!」
「カチーンと来たけどそこは確かに肝に銘じとくわ。ひとつの情報だけを鵜呑みにしたらアカンね。せやから言うて、アンタの罪が消える訳でもないんやけどね。丸腰で逃げる人に石投げた人の罪もね」
溜め息まじりに目を伏せる鈴音に、茹でダコのような大神官が唸る。
「罪など無い。神に最も近い私がこの世を統べているのだ。私の行いは神の行いに等し……」
不意に、元々明るい光のドーム内が更に明るさを増した。
見上げれば、竜の周りに神力を凝縮した光球が複数出現している。
神力を感じ取れない筈の大統領でさえ、本能で危険を察知出来てしまう代物だ。
神々と神使以外は恐怖のあまり身動きが取れなくなった。
「あー……。あれな、神が木っ端微塵に吹っ飛ばされる威力の攻撃な。人相手にあんな数要らん思うけど、そんだけ腹立ってんねやろね。……ほんで?誰が神に等しいん?」
低い声で問い掛ける鈴音を見る事も出来ず、今の今まで真っ赤だった顔を真っ青にして大神官は大量の冷や汗をかく。
「神に等しいとか神も望むだろうとか神は残酷だとか、好き勝手言うよなぁ悪党て」
転がったまま震えている案内係にも目をやる。
「ぜんっっっぶ人がやっとる事で、神様関係あらへんからね?」
いつ光球が降って来るかと怯える悪神官達も見回し、やってられない、というように手を広げ肩を上げる鈴音。
日本人はまずやらない仕草だが、その違和感に気付ける者はここには居ない。
「……せやな、神様関係ないんやから、罪と罰に関しても人に決めさしたらええやん」
その声に、やはり大悪党二人の反応は素早かった。
「どういう事だ」
「どういう意味だ」
冷や汗をかいた青い顔のままではあるが、しっかりと鈴音を見据える。
「簡単な話や。大統領は国民から、大神官は世界中の人々から赦して貰えたら、お咎め無し!無罪放免!」
肩の辺りまで上げた手をヒラヒラと振る鈴音を見ながら、二人は物凄い速さで色々と計算しているようだ。
「無罪の合図は万雷の拍手にしよか。人々が竜に届く程の拍手をくれたら、赦されたとみなすって事でどないよ」
「実にありがたい話だが。何故急にそんな事を言い出した?」
目の動きひとつも見逃すまいとしている大神官に、竜を見上げてから鈴音は答える。
「案内係やら護衛やらには無罪を勝ち取る機会を与えといて、アンタらに無いのは不公平やな、いうのがひとつ。もうひとつはその方法がなー……だってもう、私と戦って勝つかこっちの神様と戦って勝つかぐらいしか残ってへんやん?けどアンタらには絶対無理やん?そんなん見せられる神様もつまらんやろし」
「娯楽にするつもりか」
非難するような大統領の声に鈴音は首を傾げた。
「元から娯楽みたいなもんやで?賢ぶったアホが自分より小さい獣に振り回される滑稽な姿とか、卑怯者が正々堂々戦う神官に手も足も出ぇへん無様さとか、笑いどころしか無いやん」
「そうなると次は、自らが奴隷だ平民だと蔑まれているとも知らず、潔白を訴える大統領の言葉に丸め込まれる民衆を見て笑う事になるぞ?」
大神官は、大統領の演説の巧みさだけは認めているようだ。
「大神官様大神官様と神のように崇め跪く田舎者共の姿も」
馬鹿にするような笑みを浮かべる大統領に、鈴音は頷く。
「そうなったらそうなったで、しゃあないよね。自分らが選んだ人の下で滅びの道を歩んで貰お。そのかわり……」
目を細め口角を上げながら鈴音は二人をじっと見つめた。
「有罪になった時は覚悟しぃや?」
忌ま忌ましげに睨み付けながらも、二人は頷く。
「拍手だな」
「奴らの前に立っただけで起きるさ拍手など」
顔色も自信も戻りつつある二人に鈴音は釘を刺す。
「万雷の拍手、やで?一人二人が手ぇ真っ赤にしてもアカンで?……ほな、まずは大統領から行こか」
そう言って鈴音が見上げると、光球を消した竜が頷き、大神殿と街とを隔てていた光のドームが風船のように割れた。




