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第五百八十九話 国境の街に移動

 取り巻き全員を護送車へ乗せ終えたと報告し、鈴音へ敬礼した治安維持部隊が神殿から出て行く。

 残されたメードゥ伯爵は怪訝な顔だ。


 嘘を事実かのように広めた貴族の息子達が、監獄島送りになった。という事は、同じ罪を犯した娘も、似たような罰を受けるのが普通ではないのか。

 しかし治安維持部隊は、取り巻き達を収容するや当たり前のように撤収した。神の使いが何も言わない事から、手違いでないのは明らかだ。

 もしや跡継ぎである事を考慮して、娘の予想通り謹慎処分で済んだのか。

 それなら良いが、恐ろしいのは2通の告発状と王家の調査の結果から、ラピールの罪が取り巻き達よりも重いと判断されていた場合だ。

 そうなってしまうと、監獄島送りより上の刑に処されるわけだから、極刑も有り得る。

 もしかして、この場で神の使いが斬り捨てる為、治安維持部隊は必要ないのか。父親が遺体を回収せよと言うのか。

 そんな事になったら、直ぐに新たな跡継ぎを作らねばならなくなる。そしてそれが育つまで現役を続けねばならない。

 いつまで待っても2人目を身籠らなかった妻を捨て、若い女を探す必要も出てくる。

 実に忙しく面倒な事になるので、極刑だけは回避したい所だ。


 顔色の悪いメードゥ伯爵があれこれ考えを巡らせる中、鈴音はアルマンの肩を叩いていた。

「これでアイツらの声はもう、誰にも届かへん。僕ちゃんのお父ちゃんは偉いんやぞー!て吠えてたけど、治安維持部隊の人フツーに無視して縛り上げてたやん?この先ずっとあんなんが続くねん」

「はい」

「お嬢様にはアルマン君や家族いう味方がおったけど、アイツらには1人も居らへん。そないなってしもた原因は自分にある、やったらアカン事をやったからや、て理解して反省出来たら、外に出られる日が来るかもしらんけど」

「……そんな日が来て欲しい気持ちと、死を選ぶしかなかったお嬢様の孤独を一生味わえと思う気持ちがあって、何だか変な感じです」

 複雑な心の内を吐露し、アルマンは眉を下げて微笑む。


 取り巻き達へ向けた彼の冷たい視線を見て、復讐心しかないと思っていた鈴音は、僅かでも改心を願う気持ちがある事に正直驚いた。

 アルマンが生きていたなら、大人になるにつれもっと様々な心情の変化があったかもしれない。

 けれど彼は死者であり、愛する人の仇に相応の罰が下れば満足してフォレの所へ旅立つ。心に大きな変化が起きるのを待つ時間などない。

 何とも勿体ないなともどかしい思いを抱きつつ、鈴音は微笑み返した。

「それが当たり前や思うよ。私やったら、自分が仕出かした事を理解して反省した上で、ガッツリ孤独を味わえー!て思うかな」

「あ、それが一番良いような気が」

「何十年かは牢屋の中で、出るにしてもオッサンなってから」

「そっちにします。是非それで」

「いや飯屋の注文じゃねえんだからさ」

 ユミトにツッコまれてハッとしたアルマンが頭を掻き、鈴音と虎吉は愉快そうに笑う。

 笑ったまま、ゆっくりとメードゥ父娘へ向き直った。


「さてと。お待たせ。アンタらへの罰はここやのうて国境の街で下すから、移動しよか」

 笑顔の鈴音に言われ、伯爵は視線を彷徨わせてから眉間に皺を刻んだ。

「我ら、と仰いましたか?娘への罰ではなく?」

「言うたよー。内容はみんなが()る前で発表するわ。その方が効率ええし」

 さらりと告げつつ床から漆黒の手を生やし、父娘を鷲掴みにする。

「ヒィィィ!」

「キャーーーッ !?」

 どちらも怯え慌て藻掻いて叫ぶという、実に分かり易いパニック状態になり大変うるさかった為、大きい手から小さい手を生やして口を塞いだ。

 なので、『何故に国境の街なのか』『みんなって誰だ』といった質問は出来なくなる。

 もがもが言っている父娘を出口方向へ動かしながら、鈴音は神官達を見た。

「ほな行くわ。お手伝いありがとう。けど、神を祀る場所に変なオッサン像置いとくんはやめた方がええ思う。私が神やったら気ぃ悪い。手が滑って雷落としそう」

 神の使いにハッキリ『不愉快だ』と言われてしまい青褪めた神官達は、『どうすべきだ』『壊すか』と視線で会話する。

 そんな彼らに軽く手を振って、鈴音は皆と外へ出た。


「次はミュールか。また神に頼むのか?」

 伸びをしたユミトが移動方法を聞くと、父娘を見て鈴音は悪い笑みを浮かべる。

「走ろかな。大した距離ちゃうし」

「そっか。まあ王都からデスタンより近いもんな」

「確かに、あっという間でしょうね」

 意図を察したユミトとアルマンが乗っかり、話が見えない父娘は険しい顔でウーウーと唸った。

 勿論説明なぞせず、鈴音は念動力を発動。

 涼しい顔で宙に浮くユミトを見て、父娘の目が点になる。

「はい、しゅっぱーつ!」

 アルマンが肩を掴むと同時に鈴音は元気良く宣言し、一歩目からトップスピードで走り出した。



「やっぱこうなるよなー」

 すっかり高速移動に慣れたユミトが、失神して項垂れた父娘を見やり半笑いになる。

 元凶の鈴音は悪役の笑み全開だ。

「んふふふふ。狩人とか軍人みたいに、普段から素早い動きしとったら割と直ぐ慣れるやろけど。碌に歩かへん金満お貴族サマには刺激が強過ぎたみたいやねー」

「分かっててやる辺り、神の使いってホントいい性格してるよな」

「お褒めに預かり恐悦至極!」

「褒め言葉になんのかよ!こんな使いでいいのか神!」

 手を叩いて笑うユミトを見て、嬉しそうに微笑んだアルマンが鈴音へ囁く。

「狩人は強いだけじゃなくて、あんなに楽しそうに笑うんですね。本当に普通の人だ」

「そうやねん。普通にええ人やねん。世界中に教えたい」

 頷いた鈴音は、その為にも早くユミトが浄化の力を貰う決断をしてくれますようにと祈りかけて、『誰よりそれ待ってんのフォレ様やった』と遠い目だ。『叶えられるなら叶えているよ』とベソベソされそうなので、今のナシとひっそり取り消しておく。

 そうこうしている内に、国境の街ミュールの城壁が見えてきた。



 一旦止まってユミトを下ろし、仲良く時速30キロ程度で走り城門を目指す。

「あ、そうや身分どないしよ。どっちみち後でバレるけどなぁ……」

 この街を出る時にレーヴェ帝国武術指南役を名乗っているので、それで通した方がいいだろうかと悩みつつ近付いた。

 すると、鈴音に気付いた門番が何やら大慌てで仲間に合図し、左右に分かれて整列し始める。

「何やろ、お見送りん時も綺麗に並んではおったけど」

 不思議そうな鈴音が門前へ着いた途端、号令が掛かった。

「神の使いにーッ、敬礼ッ !!」

 ビシッと音がしそうな一糸乱れぬ敬礼をかまされ、目をまん丸にした鈴音は警戒心丸出しの猫よろしく身構える。

「いやいやいや、ちょ、え、何で、え?」

 つい先程までの悪役笑いはどこへやらな鈴音を、ユミトとアルマンは興味深そうに眺めていた。

 そこへ、門番の大きな声が響く。

「ウルス侯爵閣下より、レーヴェ帝国武術指南役は神の使いであるから、御付きの方共々丁重に扱うようにとの命を受けておりますッ!」

「あー……、成る程?侯爵がね、はいはい」

 門番は元から真面目だったが、念には念を入れたのだろう。

「分かりました、お出迎えありがとう。ここ通してくれたらそれでええんで、お仕事に戻って下さい」

 営業用スマイルで散れ散れと圧力を掛けると、『直れ!』の号令の後にキビキビ動いて持ち場へ戻って行った。


「何も書かんでも通してくれたで」

 記帳台へ呼ばれず顔パス状態だった事に鈴音が驚き、当たり前だろうとユミトが笑う。

「職業、神の使い。とか書かせんのかよ」

「ホンマや。言われてみたら変」

「それに、光ってない神の使いより、透けた少年とか黒い手に掴まれた領主のが気になって、それどころじゃない」

 そう指摘されて初めて、武術指南役では彼らに関する説明が出来ないと気付いた。

「侯爵が命令しといてくれへんかったら、アルマン君が悪霊で黒い手は呪いや思われて、門閉めて攻撃されたかも」

「ないとは言い切れんよな」

 クズ神官が黒い手に捕まっていたという噂に尾鰭が付いて、強力な呪いだとかいう話になっているかもしれない。

「どっちみちここで正体明かす事になってたんか」

 わざわざ光って事情説明する手間を考えると、整列して敬礼される方がよっぽどマシに思えた。

「よし、詰所行って侯爵にお礼言お」

 頷いて機嫌良く街へ入った鈴音を、神の使いを通すからと門の手前で待たされていた人々が一斉に見る。

「げ。……ごめんあそばせ?」

 ビカッと光って営業用スマイルを浮かべ、念動力でユミトを掴むや地面を蹴った。どよめきを耳に空中で消灯しつつ、屋根の上へ逃亡。

 幸いメードゥ父娘が途中で目を覚ます事もなく、静かに屋根を渡って目的地へ。



 目指す治安維持部隊の詰所は、大きな通りの交差点にあった。

 塀で囲まれた敷地内には、ウルス侯爵の愛馬が繋がれている。他の馬は見当たらないので、部下達はメードゥ伯爵家を潰す為に走り回っているのかもしれない。

 頷き合った一行は、敷地内へ下りて頑丈そうな石造りの2階建てへ歩を進める。

「お届け物でーす!」

 扉が開け放たれている玄関から声を掛けると、軍服姿の若い男性がすっ飛んできた。

 鈴音の正しい特徴を聞いていたようで、彼もまたビシッと気合の入った敬礼をしてくれる。

「お待ちしておりました!閣下はただいま罪人の尋問中ですので、応接室へご案内致します!」

 ハキハキと喋りつつもやはり気になるのか、時折視線が一行の後ろでぐったりしている父娘へ飛んだ。漆黒の手に怯えないならいいや、と鈴音は微笑んで頷く。



 一行は隊員の案内で応接室へ入り、ソファに腰を下ろして侯爵を待った。メードゥ父娘は漆黒の手で掴んだまま壁際に立たせてある。

 別の隊員が慣れない手付きで出してくれたお茶を飲み、待つこと暫し。

 重さのある足音が部屋の前で止まり、ノックと共に扉が開く。

「大変お待たせ致しました」

 渋い声を響かせ、扉の高さと幅スレスレの大男が厳しい表情で入ってきた。

「お城の大広間とか外とかで見てたから今いちピンときてなかったけど、このおっちゃんメッチャ大きいな?」

「せやな。ドア普通の大きさやったもんな」

 猫の耳専用会話を交わしながら微笑んで立ち上がり、ウルス侯爵を迎える。

「畏れ多い、どうぞお座り下され」

「ほな侯爵もそちらへどうぞ」

 鈴音が向かいのソファを勧めると、『ありがたき幸せ』だとか言いながら侯爵は素直に従った。


「お早いお着き……にございましたな」

 話の途中で壁際の黒い手と父娘に気付き、そちらを見て2度ほど瞬きをしてから、何事もなかったかのように鈴音へ向き直る。

 ユミトとアルマンが、『強い』と顔を見合わせた。

「恥ずかしながら、こちらは未だ取り調べと差し押さえの真っ最中にございまして」

「いえいえ、まだ8時にもなってないし当然ですよ。こっちはアルマン君のお陰でちょっと思い付いた事があって、メードゥに命令書の内容言わんと連れてったんです」

 笑う鈴音とその後ろに立つアルマンを見比べ、侯爵は興味深そうな顔をする。

「お伺いしても?」

「勿論。実は……」

 父娘が狸寝入りでない事を確認してから、『平民に落とし暫く見張れば、自ら隠し財産が眠る場所へ案内してくれるのでは』と耳打ちした。

「おお、それは手間が省けて良いですな!」

 腿を叩いた侯爵の目が爛々とする。

「隠し場所がひとつとは限りませぬし、暫し泳がせ街を出ようとした際に捕らえて没収すれば良いですな」

「ホンマですね、そないしましょ」

 自覚の有無は知らないが、この侯爵かなりの鬼だなと鈴音は笑いを堪えた。

 全員が敵となった街から出られる、と思ったその瞬間に全財産を没収されるなんて、正に天国から地獄ではないか。

 鬼で天才だと心の中で思い切り拍手しておいた。


「して、此奴らはいつ起こしますかな?」

 揃って気持ち良く失神中の父娘を見やり、侯爵はまた厳しい表情になる。

 膝上の虎吉を撫でつつ鈴音は唸った。

「んー、もうそろそろ起こしてもええかな?まずこの部屋で領主が変わったよ、て教えたいんですよね。その後は街の住人集めて、見世物にしながら命令書を読み上げたいなーと」

 首が飛ばない公開処刑。

 元領主の爵位剥奪と財産没収が、街の住人に広く知れ渡るだろう。

「それは素晴らしい!ふむ、そうなると街じゅうに触れ回らねば。場所と時刻を決めましょうぞ」

「はい了解、どっか広い場所あります?」

 グイグイ前のめりな侯爵に圧倒されながらも、皆で意見を出し合ってこの後の予定を決めて行った。

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