第五百八十二話 嘘発見器
貴族達の中から、『そんな……』『何て事だ』等という声が上がる。
椅子から落ちたままの国王も、眉根を寄せて口をポカンと開け、何を言われたのか理解出来ないという顔だ。
彼らが見せた反応に、狙い通りだと思いつつも表情には出さず、鈴音は話を進める。
「アルマン君アルマン君、みんな“伯爵の娘が自害した”以上の衝撃受けてるみたいやけど何で?」
問われたアルマンは、当然だという表情で答えた。
「シーニュ伯爵家は古くから王家に仕え、家督争いを起こした事もなければ、権力闘争とも無縁。領民と良好な関係を築き、安定した税収で国を支えています。当然ながら黒い噂もありませんし、本来ならお嬢様が自害に追い込まれるような理由はひとつもないのです」
「ふんふん。かなり由緒正しいお家柄やったんや。お嬢様も優秀で品行方正やし」
「ええ。でもここに居る貴族の多くは知っていた。お嬢様が頭のおかしい女に根も葉もない噂を流され、孤立させられていた事を」
アルマンの冷ややかな声に指摘され、該当する貴族達は気まずそうに目を伏せる。
「そうか、そうやったね。社交の場でも嘘ばっかり広められて、追い詰められてたとかさっき教えて貰たわ」
「はい。そんな事実はないとお嬢様が否定しようにも、あの女の家と関わりたくないし睨まれたくないから、誰も聞く耳を持たない。見て見ぬふりです」
「ありゃー。学校の中だけの話やったら、とっとと退学して家で勉強するいう手もあったけど。学校とは無関係の場でもそんな事されたら、この先の人生に影響出てくるよねぇ」
頬に手を当てた鈴音が溜息を吐けば、アルマンは大きく頷き。
「噂のひとつも自分の手で潰せない残念な娘と認識され、噂が野放しになっているのなら事実なのでは?等と疑う輩も現れ始め。これでは、次期伯爵である兄君にまで悪影響が及ぶと……」
拳を握って鼻筋に皺を寄せ、憎悪も露わな顔をする。
今にも悪霊化しそうな様子に、アルマンを視界に入れている者達は気が気でなさそうだ。
鈴音は知らん顔で話を続ける。
「悪い噂が立つ娘を育てた家や思われて、お兄さんにお嫁さんが来んようになったら困るから。家を守らなアカン思たんやね」
「そうです。シーニュ伯爵閣下のお言葉ですら誰の耳にも届かないのならば、娘の自分が何を言っても無駄。こうなってはもう、不敬を承知で国王陛下のお力に縋るしかないと決意なさり、告発状をしたため……」
「ホンマやったら一生使う必要なかった筈の、婦女子の身を守る為の短剣で、自分の首を掻き斬った」
発言に合わせ、手刀を首筋に当てて勢い良く引く鈴音の仕草に、美しい令嬢の無惨な姿を想像し貴族達が悲痛な声を上げる。
「まさかそこまでするとは誰も思てなかった……いや、思わんようにしてた、が正解かな」
「でしょうね。真の貴族が、汚名を着せられたまま黙っている筈なんてないのに」
罪悪感を刺激されざわめく傍観者達になど一瞥もくれず、真っ直ぐ国王を見てアルマンは言う。
「お嬢様は貴族としての覚悟を示し、神の御許へ旅立たれました」
あなたはそれに応えるべきだ、とその目が語っている。
ヨロヨロと立ち上がった国王は、ひとつ息を吐いて動揺を鎮めるとおもむろに高座から下り、鈴音の方へ歩いてきた。
途中、狼狽えたエクラ伯爵が何か言いたそうにしていたが無視して進み、光り輝く鈴音の前で足を止め手を差し出す。
「告発状を確認します」
無表情にその手を見た鈴音は、淡々と告げた。
「分かってる思うけど、しょうもない事したら城ごと吹っ飛ばすからね」
只の脅しだ等と知る由もない国王は硬い表情で頷き、宙空を移動してきた2通の告発状を受け取る。
まずソフィアの告発状を広げて読み、分かり易く怒りを滲ませると、次いで目を通したアルマンの告発状で大噴火を起こした。
「おのれ……!どちらにもそなたの息子の名が記されておるではないか!これのどこが只の日記か!」
振り返って怒鳴った相手は、言うまでもなくエクラ伯爵である。
ここで開き直るなり潔く認めるなりすれば、少しばかり大物感が出たであろうに、この伯爵はどこまでも小物だった。
「さ、先程わたくしが見た物には、息子の名など記されておりませんでしたので……」
何とも稚拙な言い訳を聞かされ、国王の顔は怒りで真っ赤だ。
「そなた、神の使いが嘘を吐いたと申すのか!神の使いは、全く同じ内容の告発状だと仰ったぞ!」
「そんな畏れ多い事は申しません。されど、あそこに息子の名がなかったのも事実にございまして」
抜けていた腰が戻り片膝立ちになったエクラ伯爵は、わざとらしさ全開の困り顔で訴える。
それを見ていたユミトが、忌々しそうに口元を歪めた。
「ほらな、息子を切り捨てに掛かっただろ」
「何と人聞きの悪い!事実を述べているだけだ!」
ユミトへ視線をやって抗議したエクラ伯爵だったが、その先に居るアルマンの表情を見て蒼白になる。
「ひ!?かっかかか神の使いに申し上げる!そっ、その、その男、悪霊と化しているのでは!?」
「んー?……おっと、半歩手前や」
エクラ伯爵を凝視するアルマンが鬼の形相になっていたので、鈴音は背中を軽く叩いてやった。
ハッと我に返り、アルマンは申し訳なさそうな顔をする。
「すみません。あまりにも腹が立って」
「しゃあないしゃあない、あれは確かにムカツク。私も嘘吐き扱いされとるしね」
いつも呼吸するように嘘を吐く鈴音だが、それとこれとは話が別だ。
「神の使いを軽んじた罰が要るかな」
「そんな理不尽な。事実を申し上げているだけなのに」
証拠が消し炭だからか随分と強気なエクラ伯爵を、国王も苦々しい顔で見ている。
「あー、なんぼ国王でも、証拠がないまま貴族に罰を与えるんは無理なんや」
ふむふむと頷いた鈴音は、何か言いたげに見上げる虎吉に気付き微笑んだ。
「分かる、アレやんね?ちょっと聞いてみよか」
言うが早いか軽く上を向き、よく通る声で問い掛ける。
「すみませーん、例の道具なんですけど、もう出来てますかー?ご覧の通り、試すのに丁度ええ状況なんですよー」
神の使いご乱心か、とでも疑いたくなる唐突な言動に、国王も貴族達も何事かと身構えた。
しかし、鈴音の見つめる先にダイヤモンドダストのような煌めきが現れるや、神秘的な美しさに皆の視線も釘付けとなる。
直後、その中心に一瞬眩い光が発生し、誰もが反射的に目を閉じた。
数秒経って、何だったのかと恐る恐る目を開けた人々が見たのは、宙空に浮かぶアンティークの香水瓶のような物。
底が平らになった白い卵型の土台の上に、球に近い透明な多面体が載っている。
多面体はゴルフボール程の大きさでダイヤモンドのような虹色の輝きを放ち、土台部分には蔦と脚の長い蜂がデザインされていた。
どこから湧いて出た、と不思議がる皆の前で、緩やかに降下した謎の物体は鈴音の右手に収まる。
「おぉー、ありがとうございます、出来てたんや。しかも綺麗。嘘発見器にしとくんは勿体ない芸術性」
「ホンマやな。葉っぱの寝巻きからは想像つかんな」
猫の耳専用会話で感心しつつ、使い方を予想。
「この丸いキラキラを触らした状態で、真実やて言い張る内容を証言さしたらええんやろか」
「土台の方かもしらんで?」
「そっか。ほんなら、左手で持って右手でキラキラを触れ、とか言うとこか」
内緒話を終え、顔を上げた鈴音は嘘発見器をズイと突き出す。
「急にごめんねー。これは神からの贈り物で、嘘を見抜く神器やねん。これに触った状態で嘘吐いたら神罰が下る、嘘吐きには怖い怖い代物」
説明を聞いて貴族達がざわつき、国王は神器を見つめ、エクラ伯爵は訝しげな顔をした。
「とか言うて、それこそが嘘で、誰が触っても酷い目に遭うんちゃうの?とか疑われたら困るから、ちょっと実験しよか。はい、王様これ持ってここ触って」
近付いてきた鈴音があまりに自然な流れで差し出したので、国王はまるで当たり前のように左手で土台を持ち、右手で多面体を掴んでしまう。
「ほんで、自分はプレリ王国の王やて言うてみて?これはホンマの事やから、神罰は下らへんし」
この世界の住人は神と遠ざかって久しいので、神罰と言われても大して恐れない者も多い。
国王もその1人だった為、特に抵抗なく言われた通りにした。
「我はプレリ王国の王である」
落ち着いた声で述べられた事実に、神器は当然ながら無反応だ。
「ね?触っても大丈夫やし、ホンマの事を言う分には何にも起こらへんて分かったでしょ?っちゅう訳で、さあ同じように持って貰おか嘘吐き伯爵」
鈴音がニッコリ笑ったのを見て、回れ右をした国王はエクラ伯爵へ歩み寄り神器を差し出す。
「そなたが真実を申しておるのなら、何の問題もなかろう。受け取るがよい」
よりにもよって国王に渡されたのでは、拒否するわけにもいかない。
どことなく引き攣り気味の顔で受け取ったエクラ伯爵は、左手で土台、右手で多面体を掴んだ。
「因みにですが」
美しい神器から鈴音へ視線を移し、前のめりにならないよう気を付けながら尋ねる。
「もし嘘を吐いていた場合の罰というのは、どのような……?」
「え、神罰の内容?うーーーん、あれがそのまま採用されたんか聞いてへんしなー。取り敢えず、苦しんで死ぬ感じや思うよ?」
物凄く困った顔で唸ってから、何とも曖昧でありがちな答えを返した鈴音。
その様子を見たエクラ伯爵は、笑いを堪えるのが大変だった。
やはり子供騙しの嘘ではないか。
何が苦しんで死ぬ、だ。
そんな雑な脅しに怯え、ペラペラと真実を語る者なぞ居る筈がない。
一体いつから、神の使いと書いて阿呆と読むようになったのだろう。
雷のせいでうっかり神の復活を信じかけたが、あれもきっと何らかのカラクリがあるのだ。
無駄に眩しい光やら諸々と合わせ、この後きっちり暴いてくれる。
口角が上がらぬよう唇に力を入れて、どうにか真面目な顔を死守したエクラ伯爵は、大きく幾度か頷いた。
「それは恐ろしい。死は安らかであって欲しいものです」
「ホンマやねー。そこは同意するわー」
受け答えのぞんざいさを不審に思い、顔を上げたエクラ伯爵が見たのは、目を閉じた鈴音の姿だ。
実際は9割しか閉じていないのだが、遠くから見たら細かい事など分からない。
「目に……ゴミでも?」
「へ?ああ、いやー、あははは!何でもないで、気にせんといてー」
パチッとかいう音がしそうな勢いで目を開け、全力の誤魔化し笑いをする鈴音へ、半眼になったユミトがツッコんだ。
「気にするだろ。死体がダメだって言やいいのに」
「げっ、何でバレたん!?」
「寧ろ何でバレないと思った!?」
2人のやり取りにアルマンが愕然とする。
「す、すみません!気持ち悪かったですよね動く死体だった私。それなのに浄化して頂いて……」
「いやいやいや、全然!なんともないよ!」
思い切り手を振って否定してから、余計な事を言いやがってとユミトをじっとり睨む鈴音。
睨まれたユミトは、サッと目を逸らして口笛を吹いている。
こんな会話もまた、自分を脅す為の茶番に違いないと判断し、エクラ伯爵は黙ってやり過ごした。
国王の方は、『もしや、見たくないような死体になるのだろうか』と警戒したようで、静かに距離を取っている。
そんな両者へ視線をやり、鈴音は微笑んだ。
「お待たせしてごめんやで。ほな始めよか」
「いつでもどうぞ」
しっかりと神器を握ったエクラ伯爵が頷く。
「そしたらまず、自分はエクラ伯爵やて言うてみて?」
「私はエクラ伯爵だ」
当然、神器に変化はない。
「ホンマの事やったら、アンタが言うても何も起きんかったね?」
「ええ」
「ほな次は、さっき言うた通りの事をもっかい言うてみて?騎士見習いアルマンの告発状に、息子の名前は書かれていなかった、かな?」
「そうですね、それが事実ですから」
無意識に嘲るような微笑を浮かべたエクラ伯爵が頷くと、鈴音は再び目を閉じた。
はいはい“演出”お疲れ様です、と心の中で呆れてから、エクラ伯爵は口を開く。
「騎士見習いアルマンの告発状に、我が息子の名は記されていなかった」
自信に満ちた表情できっぱり言い切るや否や、右手で触れている多面体が光りを放った。
同時に、土台にデザインされた脚の長い蜂の目も光る。
ブーンという特徴的な羽音が響き始めたのは、その直後の事だ。




