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第五百七十九話 ピンポンパンポーン

 屋根を跳びつつ時計塔を見れば、時刻は19時を回っており、アルマンによると城門はちょうど閉じた頃らしい。

「ま、武術指南役として行動するわけちゃうから、気にせんでええか」

「どうせ直ぐに戻って来るしな」

 そんな会話を耳にしたアルマンが、『動物が喋ってる』と密かに驚いているとも知らず、鈴音は城壁手前の屋根までやってきた。

 見張りの目はないかと視線を巡らせた所で、城門付近に立つ人影に気付く。

「あれ?ユミトさんや」

 黒尽くめではなく、武術披露会の時に見た一般的な服装なので分かり難いが、腰に下げた刀のような剣が主を教えてくれた。

「声掛けた方がええやろか。アルマン君、ちょっとここで待っとってくれる?」

「はい」

 透けているアルマンが人目につかぬよう屋根に残し、道へ下りた鈴音はユミトのもとへ向かう。


「こんばんはー?」

 ひらひらと手を振って近付くと、ユミトは何故か小さくガッツポーズをした。

「っしゃ。門閉まってすぐ帰らなくて良かった」

「ん?私らに用があったん?」

 首を傾げた鈴音にユミトが頷く。

「神の使いの仕事を間近で見たくてな。実はあの後ちょっと考えたんだ。神の事は赦せなくても、神の使いが人助けしてる所を見れば、素直に浄化の力を受け取れるんじゃないか?ってさ」

 そう言って何かを探すように視線を動かした。

「あの少年は?」

「屋根の上で待ってて貰てんねん。事情を知らん人に見つかったらややこい(ややこしい)から」

「そりゃそうか。えーと、待たせてるって事は、この後あの少年の望みを叶えに行くんだよな?」

「うん」

 頷いた鈴音を、ユミトは真っ直ぐに見つめる。

「じゃあ俺も一緒に連れてってくれ」

「……うん?」

 目をぱちくりとさせた鈴音は、フクロウばりに首を傾げた。


「お城に乗り込むで?」

「国王に告発状届けるとか言ってたもんな」

「王様に喧嘩売る感じになるけど」

「いいね」

「ええの!?」

 呆れる鈴音へ、ユミトは悪役風の笑みを向ける。

「そりゃ俺らを虐げてる奴らの親玉だもんよ。仲良くしてやる気なんかない」

「あー、そらそうか」

 歴代の国王がどこかで歯止めを掛けていれば、差別はなくならないまでも、ここまで酷い状態になっていなかったかもしれず。

 放っておいたのは、下々など視界に入らないからか、王族も差別意識の塊だからか。

 どちらにしろ確かに狩人の敵だ、と鈴音は納得した。


「連れて行くんはええけど、仕事の方は大丈夫なん?あんたが()らんかったら仲間が大変ちゃう?」

 エース抜きで動く死体と渡り合えるのかと心配する鈴音へ、ユミトはあっさり頷く。

「大変は大変だな。けど、普段より少し時間が掛かる程度の大変さだ。みんなもそれが分かってるから、気が済むまで神の使いのやり方を見てこい、って言ってくれたんだ」

「そうなん?まあ、それやったらええか。ほなアルマン君と合流しよ。あの屋根まで跳べる?」

 話し合い済みならヨシと切り替えた鈴音が指したのは、3階建ての屋根だ。

 見上げたユミトの表情が、一瞬でスナギツネと化す。

「無理だろ普通に。脚を限界まで強化したとしても、2階の窓がギリギリだと思う」

「えー」

「何だよその意外そうな顔。剣で戦うのに高く跳ぶ必要ねえんだから当たり前だろ」

「そういうもんかー……」

 ユミトなら魔法で強化すれば何でも出来ると思っていた鈴音は、認識を改めつつ流れるように念動力を発動。

「うおッ!?何かに掴まれた!?」

「私の魔法やで」

 驚くユミトをガッチリと捕まえて笑い、自身のジャンプに合わせて一緒に屋根へ運ぶ。


「うわあぁぁぁあ!?」

 巨人の手で強制的に移動させられるような感覚にユミトが驚きの声を上げ、屋根の上で待っていたアルマンはその声に驚いた。

「どっ、どちら様ですか!?」

「狩人のユミトさん。神の使いの仕事が見たいんやて」

 微笑んだ鈴音の答えに、そういえば見覚えがあるようなと頷いてから、アルマンは首を傾げる。

「動く死体を救うという点は同じですが、彼らと神の使いではやり方が全く違いますよね?」

 参考になるのかなという顔のアルマンを見やり、心臓の辺りを押さえ遠い目をしていたユミトが半笑いになった。

「今ちょっと後悔してるとこ。ってのは冗談で、どんな感じで死者の望みを叶えるのか見たいんだ」

「成る程。では、神の使いの従者といった形になさるんですか?」

 問われた鈴音は少し考える。

「従者やと立場が微妙やなー……。あ、助手。神の使いの助手でええんちゃう?もし乱闘なっても反撃出来るやん?」

 とてもいい笑顔の鈴音が言えば、ユミトも目を輝かせて拍手した。

「それいいな。国王が斬り掛かってきたら面白いのに」

 大人達の物騒な会話に、アルマンは『聞かなかった事にしよう』と菩薩顔だ。


「ほな、話も纏まったし行こか」

 城壁を向いてそう言った鈴音へ、ユミトが疑問をぶつける。

「今からか?魔物……は蹴散らすとしても、野営用の食料なんかはどうするんだ?」

「食料?直ぐ着くから大丈夫やで?」

 妙な答えにユミトは怪訝な顔をした。

「あれか?神の不思議な力でどうにかなるのか?」

「ん?走るよ?」

「あー……、神の使いの素早さは知ってるけど、遠いぞ王都。持たないだろ体力」

「いや?世界一周してもなんともないよ?」

 ヒュウ、と心地良い夜風が2人の間を通り抜ける。

「あ、そうか、ついて行かれへんがな!て心配してんのか。大丈夫大丈夫、さっきみたいに掴んで連れてくし」

 ニコニコしている鈴音へ違うそうじゃないとも言えず、ユミトは『ハハハ助カルー』と返しておいた。

「よっしゃ、ほな今度こそ行こ。なるべく大きい声は出さへん方向でよろしくー」

 そう注意した鈴音は、慣れた様子で肩を掴むアルマンと、無の顔で念動力の手に掴まれているユミトを連れ、屋根を蹴り城壁を跳び越える。

「ぬーーー!」

 両手で口を押さえたユミトのくぐもった悲鳴に笑いつつ、着地と同時にエンジン全開。

 誰も居ない街道にそよ風だけを残し、王都へ向かって突っ走った。




 すっかり暗くなり月明かりだけが頼りの街道では、やはりそれなりに魔物が出る。

 だだっ広い平原なら、上空に羽のある魔物がちらほらと。

 森の中を行く時は、地上からも樹上からも殺気が感じ取れた。

 帝国で見たような巨大な魔物は出なかったが、森にはイノシシ程の大きさのものが群れていたので、夜は平原に居なければ危険だと分かる。


「昼の間に森を抜けて、日が沈み始めたら原っぱで野宿の準備すんのが普通なんかな」

「せやろな。火ぃようけ(沢山)焚いて明るして、交代で見張りやな」

 鈴音と虎吉の散歩中のような会話を聞きながら、ユミトは残像と化す景色に遠い目だ。

『一歩の距離がオカシイ。そりゃ体力も持つし直ぐ着くわ。魔物なんか蹴散らすどころか、気付かれる前に駆け抜けてるし』

 神の使いの出鱈目さを改めて思い知ったユミトは、もう何が起きても驚かないぞと気合を入れた。



「おっ、あれかな?」

 森以外ではスピードを落とさなかった為、ほんの10分ばかり走った所で立派な城壁が見えてくる。

「うわ、ホントに着いた」

「とんでもない速さですね」

 ユミトとアルマンの殆ど呆れているような声に笑い、鈴音は徐々に減速しつつ近付いた。

 5階建て程もありそうな城壁には、魔力でつくらしい灯りが一定間隔で埋め込まれており、夜にぼんやりと浮かび上がる様は中々に幻想的だ。

 城門の上には花と鳥をモチーフにした王家の紋章が刻まれ、ここが都である事を主張していた。

「ありゃー、商都より見張りが多いなー」

 街道沿いに点在する木の陰に隠れた鈴音が見上げる先には、城壁の上を歩く兵士の姿がある。

「いくら国王が住んでるったって、街の灯りもあるし、空の魔物も滅多に来そうにないのにな」

 ユミトが首を傾げると、アルマンがうーんと唸った。


「もしかしたら、城に貴族が集まっているのかも?ほら、王家主催の晩餐会とか舞踏会とか。それで普段より警備が厳しいのかもしれません」

 見習いとはいえ、お嬢様の護衛としてそういった場に行く事もあったアルマンの意見に、大人達と虎吉が『おお!』と感心する。

「そうやとしたら好都合。でも、お嬢様のご両親は呼ばれてなかったっぽいけど……」

 王家主催なのに伯爵が呼ばれない事などあるのか、と疑問を抱く鈴音へ、ちょっと考えてからアルマンは答えた。

「15歳になる子供を持つ貴族だけが招待される舞踏会かな……。大人の世界に踏み出す練習を城で出来る機会があるのだと、以前お嬢様に教わりました」

 この国では、保護者同伴の15歳だけが参加出来る王家主催の舞踏会があり、そこで社交の何たるかを学ぶそうな。

「ここでの失敗は笑って赦す事になっているらしいですが、勿論そんなのは建前に決まってますから、無事に乗り切る為しきたりの全てを頭に叩き込んだとお嬢様が」

「貴族こわッ」

「建前とかやめろよなー」

 庶民2人がとても嫌そうに顔を顰め、お嬢様を思い出し少し寂しげだったアルマンが笑う。


「もしその舞踏会じゃなくても、これだけの警備ですから何かしらの行事があるんでしょうし、国王陛下は城にいらっしゃるかと」

「そうやんね。よし、派手にかまそ」

 大きく頷いた鈴音が拳を握り、見張りを目で追っていたユミトは視線を戻した。

「派手にって、何するんだ?」

「大きい鳥さんに飛んで貰うねん」

 ニヤリと悪い笑みを浮かべるや否や、鈴音は夜空に巨大な火の鳥を出現させる。

 ユミトとアルマンは、急に明るくなった空をあんぐりと見上げた。

「何……、いや驚かない、俺は驚かない」

「……神の使いがする事ですもんね」

「当社比2倍!いつもより大きくしておりますー」

「うはははは!デカいなー!」

 毎度おなじみ、風の精霊王をモデルにした火の鳥は、広い王都のどこからでも見えるよう翼開長600メートルばかりに巨大化。

 そんな大きく派手な化け物が何の前触れも無くいきなり現れた事で、見張りの兵士達は大混乱に陥った。


「何だあの魔物は!どこから湧いた!?」

「いかん!城へ向かっている!」

「落とせ落とせ!」

「街に落ちたらまずいだろう!」

「矢が届かん!」

「どれだけ高い空に居るんだ!?」

「思った以上にデカいんじゃないか!?」


 この混乱に乗じて壁を跳び越えた一行は、警鐘が鳴り響く街へ降り立つ。

 道行く人々も火の鳥に気付き、空を指差し大騒ぎだ。

「しもた。みんな上見るやん。屋根に上ったら目立つやん」

 うんざり顔の鈴音をユミトが不思議そうに見る。

「別にいいだろ?どうせ城で暴れるんだし」

「目立つん嫌いやねん」

 何の冗談だろうという視線をユミトとアルマンから向けられ、鈴音は口を尖らせた。

「ホンマやのに。けどしゃあないな、道走って人弾き飛ばしたらアカンし。屋根の上は暗いからそない注目もされへんやろ」

 諦めて石畳を蹴り屋根へ跳ぶと、時折『今そこに人が!』だとか叫ばれ顔を顰めつつ、気にしたら負けだと一直線に城を目指す。



 堀と高い壁に守られた城では、塔に集まった弓兵達が風の魔法に乗せた矢を放ち、上空を旋回する火の鳥を牽制していた。

 猫の耳には不規則に走り回る足音や怒号が届き、兵士達の慌てっぷりが窺える。

 堀の跳ね橋は下りたままだが、貴族の馬車が出入りしている様子はない。

「そらお城が一番安全か」

 城近くの屋根で足を止め様子を見ていた鈴音が呟くと、ユミトもアルマンも頷く。

「見た事ない魔物だし、どうすりゃいいか分からんってのもあるだろうな」

「それに、国王陛下を置いて逃げるわけにも行きませんし」

「あー、そっか。我先に逃げた奴とか言われたら終わるもんね、色々と」

 うんうんと頷き合い、鈴音は城を見た。

「ほんなら、あんまり焦らしても可哀相やし、誰が殴り込んできたんか教えたろかな」

 言うが早いか風の魔法を展開し、咳払いする。


「コホン。あー、あー、こちら神の使い、こちら神の使い、城を守る人達聞こえますかー?その鳥も神の使いなんで、攻撃したらあきません。逆らうと神罰が下りますよー」


 異世界で見て以来練習していた拡声魔法を成功させ、鈴音はご満悦だ。

 しかし、緩い町内放送風だったのが良くなかったのか、内容に現実味がなかったからか、弓兵の攻撃は止まなかった。

「うはは、ナメられとるで」

「何でや。神罰怖ないんかな」

 神は死んだと多くの人が信じている事をすっかり忘れ、まあ警告はしたしと開き直った鈴音は、塔の周りに3連続の雷を落とす。

 こちらは効果てきめんで、一瞬にして火の鳥への攻撃が止んだ。


「はい、そのままー。頭の上に落とされたなかったら、大人しぃにしとって下さいねー。では本題です。現在私の手元に、2通の告発状があります。直接渡したいんで、今すぐ国王への面会を求めます。城の扉が閉まっているなら、速やかに開けましょう。拒否したり邪魔した場合、遠慮なくブッ飛ばしますんでヨロシク。因みに屋内でも雷落とせるよー」


 緩い喋りと物騒な内容のアンバランスさにユミトと虎吉が大笑いし、アルマンは困り顔になっている。

「国王陛下を脅したら、神の使いには何も言えない分、伯爵家や父さん達が叱られたりしませんか」

「そんな事したら城ごと吹っ飛ばすて言うから大丈夫」

 笑顔の鈴音によりプレリ王国存亡の危機。しかし伯爵家と家族さえ無事ならいいのか、アルマンはホッと胸を撫で下ろしていた。

「ふふ、素直。ほな、玄関の扉が開いたか見に行こか」

 振り向いて2人が頷いたのを確認し、鈴音は屋根から城壁へ跳ぶ。

 歩廊へ降り立つや魂の光を解放し、正面の大扉を見た。

「あっれー?閉まってるわ」

「またナメられとるやないか」

「話し合いをしているんでしょうか」

「神の使いを待たすとかいい度胸だな」

 恐らくアルマンが正しく、まだ国王と貴族達と警備担当者の間で意見が纏まっていないだけだと思われる。

 ただ虎吉やユミトが言うように、神の使いを名乗った以上あまり甘い顔をするのも宜しくない。


「んー、これは強行突破が正解かな。邪魔したらブッ飛ばす言うてしもたしね」

 大して悩む事もなく結論を出した鈴音は、歩廊に居ながら恐れて近寄ってこない兵士達を置き去りに、広い前庭へ飛び降りる。

 下に居た兵士達もまた眩い光に怯え遠巻きにしているので、これ幸いと無視して玄関へ。

 火の鳥騒ぎで閉めたと思われる扉は、歴史を感じさせる重厚な造りだ。

「立派な扉やなぁ。木っ端微塵は勿体ないし、上手いこと蝶番だけ壊れへんやろか、えい」

 ダメージを抑えるため拳はやめて、相撲のてっぽう風に扉を掌で突いた。

 結果、大きく分厚く重たい木製扉は弾丸のような勢いで吹っ飛び、派手な音を立てて玄関ホールに倒れる。

「思たより飛んだなー」

「せやな。けど大して壊れてへんから成功や」

 ホールから続く廊下に居た兵士達が青褪めて固まる中、扉へ近付き右手だけで軽々と持ち上げた鈴音は、玄関脇まで運んで壁に立て掛けると、満足そうに頷いた。

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