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第五百七十七話 家族

 またラピールがゴチャゴチャ言う前にと、鈴音はアルマンへ微笑む。

「もし、このクズ娘の所へ行きますとか言うてたら、お嬢様は悲しんだ思うよ。それに、大人しぃに言う事きいたとしても、お嬢様を貶める噂は流しよるで」

「え。私が言いなりになっていても、駄目なのですか」

 貴族特有の嫌味や悪意ならともかく、ラピール達のような他者を踏み付けて喜ぶ人種が取る行動は、全く以て想像もつかないのだろう。

 驚くアルマンの純粋さに、眉を下げて鈴音が頷く。


「色んな場所でお嬢様から奪い取ったキミを見せびらかしながら、いかにお嬢様の性格が悪いか言いふらして、『虐げられて可哀相な騎士見習いを優しいワタクシが救い出して差し上げたのよオホホホホ』とか恥ずかしげもなくぬかしよるよ多分」

「なんて無茶苦茶な。でも確かに、自分より容姿も頭脳も優れたお嬢様を蹴落とす為なら、そんな事も言いそうです」

「ね。もしこのクズ娘のものになってたら、寧ろコイツこそがアルマン君に当たり散らして、虐待してた思うよ?取り巻き連中には手足として働いて貰う為にええ顔しとかなアカンからさ、そこで溜まった鬱憤をキミにぶつけまくるねん」

「うわあ……」

 実に嫌そうな顔をしたアルマンを見やり、今度はしっかり想像出来たんだなと鈴音は笑った。


「アルマン君の見た目がクズ娘の好みっぽいし、声掛けられたらどう転んでもええ方向には行かへんて分かってたから、お嬢様は警戒してたんやろね。賢い子やったんやなぁ」

「はい、学業成績も大変優秀でいらっしゃいました。王家が、第3王子のお妃にどうかと調査していたという話もございます」

 どこか誇らしげなアルマンに対し、ラピールは事実なのかと伯爵を振り向き、取り巻き達は顔を強張らせて冷や汗を掻き始める。

 伯爵の引き攣った表情から察するに、お妃候補が居るのは確かなようだ。つまり彼からすれば、王家が選んだ候補の1人かもしれない人物を、自身の娘が嘘で陥れて自死へ追い込んだ事になる。

 滝のように汗を垂れ流す伯爵と目が合うや、鈴音の口角がニタリと吊り上がった。


「わあー、王家のお妃候補かぁー、そぉかぁー」

「おまままま、おま、お待ちを!王都で薄っすら聞こえる程度の噂でしかございませんし、娘は知りませんでしたし」

「うんうんそぉやねぇー、自分より美人で賢い伯爵令嬢を妬んで、根も葉もない噂で陥れて殺しただけやんねぇー。王様にそない言うてきたげるから安心しぃー?」

 魔王の笑みを浮かべながら、聖母のように優しげな声で告げる鈴音。

 愕然とする伯爵は音もなく口を開閉させるだけだが、ラピールは食って掛かった。

「わたくしの方が美しいし、爵位を継ぐわけでもない娘の成績が良くても意味なんてないわ!それに根も葉もない噂かどうかなんて、確かめようがないでしょう!」

 もはや問題はそんな所には無いのに、それすらも分からないのか、上手く話を擦り替えられるとでも思っているのか。

 憐れな美少女へ鈴音は優しく微笑む。

 そうして、宙空に魔力でスクリーンを作り出し、ここまで見てきたラピール達の姿を映し出した。


 再生されたのは、怒りに歪んだ顔で吠える様子や、告発状など簡単に握り潰せると言い放つ様子など、悪徳貴族丸だしの醜い事この上ない姿。


「なん……なんなのこれは……」

「冗談だろう……!?」

 ラピールや金髪が呆然とし、伯爵が今にも気絶しそうな中、映像とスクリーンを消し去った鈴音はにこやかに情報を追加する。

「私の友達に頼めば、過去も掘り起こせるで?お嬢様の行動と、誰かさんらが噂を流しまくってるとこを同時に見て貰おか、王様に」

 友達と聞いてユミトは『もしかして動く骨の?』と想像し、他の者達は『神の使いは1人じゃないのか!』と驚いた。

 これには流石のラピールも慌てる。

「そ、そんな事が出来るわけ……」

「どうやろね、ふふふ。まあそこまでせんでも、王家の調査とやらが入ってるんならもう知ってるやろ。ダメ押しに、今見せたやつを向こうでも出す程度で良さげ。っちゅうわけで、告発状を渡された王様の反応が見たいし、私が直接持って行くわ。その前にアルマン君の身体を運びたいから、(くる)んで貰てええかな」

 振り返った鈴音が声を掛けると、狩人達が素早く動いて遺体を布で包み始めた。


 その間に、伯爵とラピール達を魔力で作った縄で縛り上げた鈴音は、神殿内からコソコソと様子を窺っていた神官達を呼ぶ。

「コイツらここへ置いていくから、逃げんように見張っといて。遅くとも明日の昼までには戻るし」

 恐る恐る出てきた神官が、不当だと喚き散らす伯爵達に顔を顰め、黙らせて欲しそうに鈴音を見た。

「貴族を不当に拘束するなど赦される事ではありませんぞ!」

「あー、成る程?国境の街へ飛んで帰って、財産掻き集めて他所へ亡命しよとか思てる?拘束されたらそれが出来ひんやーん!て事?」

 ギクリ、という効果音がピッタリな反応を見せた伯爵と、自分達だけ逃げるつもりかと目を剥く取り巻き達。


「大当たりー。まあね、王都まで行って帰ってしよる間にそれが出来るよね、何日も掛かるもんね、普通はね。でもな?私は神の使いやねん。今言うたやろ?遅くとも明日の昼までには戻るて」

 そう言って地面を蹴り、神速で伯爵の背後に回る。

「ヒィッ!?」

「べーつに首ちょん切るとか言うてへんねんしさぁ、貴族なら貴族らしい気高さ的なもん見せたら?」

 手にした元魔剣で頬をピタピタ叩いてやると、伯爵以下全員が黙った。

「親父が王様の覚えめでたい伯爵やとかいうクズ息子も居てるみたいやし?もしかしたら神の使いの言葉なんか信じんと、そっちの言い分を信じるかもよ?」

 ハッとしてその可能性を考えだすラピール達と、そんなわけがあるかとばかり項垂れる伯爵。

「ま、どんな結果なるか楽しみに待っとき?……ほな、どこぞの部屋にでも放り込んどいてー」

 シッシと手で追い払う仕草をした鈴音へ頷き、神官が縄を引いて伯爵達を神殿内へ連れて行く。

 それを見届けた鈴音は、神殿に背を向け狩人達が待つ門前へ向かった。


「よっしゃ、ほんならご遺体をアルマン君の家に届けよか」

 綺麗に包まれた遺体を見下ろし、無限袋から小金貨2枚を取り出す。

「ありがとう、助かったわ」

 誰に渡せばいいのか分からないので、取り敢えずユミトへ差し出した。

 鈴音の手を見つめたユミトはほんの一瞬だけ悩んだが、どうせ伯爵の金だと開き直って受け取る。

「貰っとく。でも大丈夫か?泣くぞ多分……母親あたりが」

 心配してくれるユミトに、鈴音は困ったように笑って頷いた。

「アルマン君には酷な事やて分かってるけど、告発状が欲しいねん。確実に国王へ届けたいからね」

「そうだな、クズの親父に握り潰されたら、何の為に死んだのか分からなくなるもんな」

 大人達の気遣うような視線を受けて、アルマンは胸を張り凛々しく応える。

「私は平気です。寧ろ感謝しかございません」

「……うん」

 でも実際に親の涙を見ると、後悔してしまうのではなかろうかと鈴音は思う。あの陽彦でさえ、母の涙を知って異世界転移云々を口にしなくなったくらいだ。

 あまり傷付かなければいいなと願いつつ、離れた所で成り行きを見ていた髪飾りの女子生徒に改めて礼を言い、念動力でアルマンの遺体と長剣を浮かせる。

「ほな行こか。アルマン君は私の肩でも掴んどいて」

「はい」

 言われた通りアルマンの魂が肩を掴んだのを確認し、元魔剣を仕舞ってからユミト達へ軽く手を挙げた鈴音は、地面を蹴って屋根へ跳んだ。

 同時にニセ烏が一斉に飛び立って空の彼方に消えたので、女子生徒の中では神の使いのしもべに認定されてしまう。虎吉が知ったら、尻尾をバンバン叩き付けて怒ること間違いなしである。




「うわー!速い速い!」

「ほい、十字路まで来たよ。次どっち?」

「左に行って2つ目の角を右です」

「了解」

 上から見る道というのに慣れておらず、最初は戸惑っていたアルマンも、自宅が近付くにつれ迷いなく案内出来るようになっていた。

 彼の家は塩なども取り扱う老舗の商会で、自宅兼事務所も商店も、古い城壁の内側にある。

 長男が跡継ぎ修行で各地を飛び回り、次男はその補佐の為に勉強中。流石に3人は要らないだろうと考えたアルマンは、父親と共に出掛けた隣街で、伯爵家が新たな騎士を募集していると知った。

 両親を説得し13歳で入団試験を受けると、身許が確かで同じ年頃の少年の中では体格が良かった事もあり、直ぐに見習いとして採用される。

 毎日続けた訓練は16歳になる年に中断し、両親と約束した学校へ入るべく商都へ。

 その1年後、お嬢様も入学。楽しい学校生活が始まる筈だった。


「あっ、見えました、あの青い屋根の家です」

「おぉー、立派なお屋敷やなー」

 周囲もお屋敷だらけな高級住宅街の中にある、頑丈な鉄柵に囲まれた大きな2階建て。建物にも広い庭にも派手さはなく、かといって質素でもない。

「なんやろな。無駄遣いはせぇへんけど、お金かけるとこにはかける、みたいな感じ?」

「そうですね、先祖代々そういう性格みたいです」

 成る程やり手の商人だ、と納得しつつ路地へ下りた鈴音は、正門前へと回った。

「閉まってるね。そらそうか、約束もなしに入れる家ちゃうし、今はそれどころちゃうやろし」

「私の遺書は、部屋へ掃除に入った侍女が見つける筈ですから……発見から既に6時間程度は過ぎているかと。そろそろ落ち着いたのでは」

 呑気な事を言うアルマンを振り向き、鈴音は半眼で首を振る。


「こういう時の6時間なんか、あっという間。キミが遺書に何て書いたんか知らんけど、親としてはまず後追いを止めたい。それが間に合わんのやったらせめて動く死体になるんを止めたい。どこ行った、て探してる内は暗なっても気付かんぐらいやで」

 それが親という生き物だと諭され、アルマンは申し訳なさそうな顔になった。

「もう、動く死体が出たという情報は伝わっているでしょうか」

「そうやね、人に頼んで走り回って貰たんやとしたら、誰かが聞いたかもしらんね」

 動く死体になってしまったら、後は狩人に斬り刻まれ別々の場所に埋められるだけ。

 彼の親は動く死体が息子だと知ったのか、まだなのか。どっちにしろ、不安と絶望で押し潰されそうになっているだろう。


「気は重いけど、事実を伝えるしかないし、行こか」

「はい」

 鈴音は門を跳び越え、アルマンはすり抜け、一緒に正面玄関へ向かう。

「いきなり光ってへん方がええよね?」

「そうですね、驚き過ぎて何が何だか分からなくなりそうな気がします。まあ、私がこうしてここに居る時点で、混乱は招くと思いますが」

「確かに」

 互いに困り顔で笑いつつ、大きな扉の前に立った。

 ノッカーを見つめた鈴音は、こんな小さな物の音がこの大きな屋敷の中に居て聞こえるのだろうか、と訝りながらコンコンと叩いてみる。

 すると、普段なら絶対にしないであろう、物凄い勢いの足音が聞こえてきた。

 旦那様、という誰かの声を振り切るようにして扉を開けたのは、アルマンに似た顔立ちの40代男性。その後ろにはもう少し年配の、執事らしき男性が居る。


「アルマン!……じゃない……、どちら様かな」

 鈴音を見て明らかに失望した男性へ、そっと隣を手で示した。

「うん?……え?……アル……マン?……アルマン!」

 胡散臭そうに視線を動かした男性は、一転してパッと顔を輝かせアルマンを抱き寄せようと飛び出した。

 しかし勢いよく身体をすり抜けてしまい、目を見開いて固まる。

「ごめんよ父さん。俺はもう、死んだんだ」

 そちらを見る事が出来ず、前を向いたまま告げるアルマン。

 執事が手で口元を覆って緩く首を振り、ヨロヨロと体勢を立て直した父は何度も瞬きをした。

「いや、そんな。だってお前はここに、ここにこうして居るじゃないか。動く死体でも悪霊でもなく、きちんと会話が出来ているじゃないか!」

 そう言ってもう一度アルマンに触れようとした父の手は、虚しく空を切る。

 声を聞きつけ何事かと集まってきたのは、これまたアルマンによく似た兄2人と、侍女に支えられた美しい母。

 アルマンに縋り付こうとした母は、父と同じ顛末を辿り玄関先にへたり込む。

 辛うじて冷静さを残していた兄達が、アルマンと鈴音を見比べた。


「失礼ですが、あなたは?」

「鈴音と申します。信じて頂けるか分かりませんが……」

 ここで魂の光を第1段階で解放。

「神の使いです。動く死体が出たと聞いて駆け付けた先で、アルマン君に出会いました」

 頭上に浮かせていた遺体と長剣を胸の高さまで下ろしつつ告げると、冷静だった兄達も流石に混乱したらしく、額に手をやって唸ったり口をポカンと開けて固まったり。

「あの、みんな。俺が言うのもなんだけど、中に入ろう?神の使いを玄関先に立たせているのは良くないと思うんだ」

 とても肩身が狭そうにしながらアルマンが提案し、皆がハッと我に返る。

 慌てて兄達が『どうぞこちらへ』と鈴音を招き入れ、執事が侍女へお茶の用意を命じた。

 互いに支え合うようにして立った夫婦は、未だ状況が飲み込めない様子で、薄っすら透ける3男の背中を追う。

 その時、案内先が客間だと気付いて鈴音が足を止めた。


「えーと。大変言い難いんですけど、そのー、アルマン君のご遺体、どちらに安置したら……?」

「あっ」

「本当だ」

 顔を見合わせた兄達と執事が、宙に浮く布に包まれた遺体に視線をやる。

「アルの部屋に」

「そうだな、寝台に寝かそう」

 兄達の声を受け、執事が『こちらです』と先に立って歩き出した。

 皆でぞろぞろと部屋へ入り、シーツや枕の位置を執事が整えた所で、鈴音はそっと遺体を下ろす。長剣はベッドサイドに立て掛けた。

 涙を堪えた執事により縄を解かれ布が捲られると、中からアルマンの綺麗な遺体が現れる。

「ああ……!そんな、そんな……!」

 駆け寄った母が遺体の頬に触れ、その冷たさに思わず手を引っ込めてから、どっと涙を溢れさせて覆い被さるように抱き締め泣き叫んだ。

 父もまたその隣で声にならない声を上げ、泣き崩れている。

 兄達は両拳を握り締め、俯いて涙を零した。


「俺……私は、とんでもない思い違いをしていました」

 皆の背中を見つめて唇を噛むアルマンの肩を、鈴音はポンポンと叩く。

「愛されてるね。きっとお嬢様の所もこんな感じなんやろうね。私、あのクズ共絶対に赦さへん。何が何でもぶっ潰すから、手伝ってな」

 目に怒りの炎を宿す鈴音を見やり、顔を上げ胸を張ったアルマンは大きく頷いた。

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