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第五百七十三話 ニセ烏

 商店の屋根から校舎の屋根へ跳び移った鈴音が目指すのは、生徒達が集まっていると思しき場所。

 耳に届く声を頼りに三角屋根を器用に歩くと、中庭が見えてきた。

 食堂に面した広い庭には椅子とテーブルが設置されており、セットメニューが載ったトレイを前に、仲の良い友達同士が座っている。

「こっちでも昼休みはこの時間なんや。中にも席あるように見えるけど、外の方が人気なんやろか」

 ざっと見回した後に屋内の席へ目を凝らした鈴音は、皆が外へ逃げた理由に気付き半笑いになった。

「中の席のど真ん中に、例の娘と取り巻きが陣取ってるわ」

「ははあ、それで我先に外へ出とるんか。イチャモン付けられんのが嫌やから」

 半眼になった虎吉と共に、猫の耳で屋内の声を拾う。


 他の生徒は無言で昼食を購入し、急ぎ離れた席へ移動しているようで、聞こえてくるのはメードゥ伯爵の娘ラピールとその取り巻きの声だけだ。

 暫くは昼食の味だとか甘い物の話だとか、普通の高校生のような会話が交わされていた。

 だが、世間話なら聞く意味はないなと鈴音が考え始めた頃、事件は起きる。

 それはラピール達が、人気宝飾品店の新作を話題にした時の事だった。


「そういえば昨日リュヌの前を通ったら、新しい髪飾りが展示してあってね。制服のラピールに似合いそうだったよ」

 茶髪の取り巻きの報告に、ラピールは食事の手を止め興味を示す。

「あそこの髪飾りは大きな宝石を使っていないから、うるさく言われないで済むのがいいわよね」

「ああ。蝶を象った繊細な透かし彫りだったから、横の髪だけを纏めている時にあれで留めたら綺麗だと思う」

「おお、それはいいね、見てみたいよ」

 ハーフアップを彩るのに最適だと手振りを交えた茶髪に、金髪が微笑んで同意した。

 他の取り巻きも『見たい見たい』と頷き、満足げな笑みを浮かべるラピール。

「それじゃあ、お父様にお願いしようかしら」

 買い物に行こうと誘われていたし丁度いいわ、と笑ったラピールだったが、一点を見つめ突如として不機嫌そうな表情になる。

 何事かと振り向いた取り巻き達の目が、その理由を捉えた。

 中庭へ向かおうとする女子生徒の髪に留まる、金色の蝶。今まさに話していた、人気店の髪飾りで間違いない。


「待ちなさい、そこのあなた。そう、あなたよ」

 ラピールが声を上げた途端、その場に居た全員が動きを止めて様子を窺う。

 そして恐る恐る視線の行方を確認し、呼び止められたのが自分ではないと分かるや否や、誰もが競歩なみの早足で逃げて行った。

 不幸にも標的となってしまった女子生徒は、顔を強張らせ立ち尽くしている。

 ラピールはその顔を睨みつけ、居丈高に言い放った。

「あなたが着けているその髪飾り、わたくしが明日着けようと思っていた物にそっくりよ。ねえどういうつもり?」

 この無茶苦茶な言い掛かりには鈴音の口がポカーンと開き、虎吉の目はまん丸になる。

 女子生徒も同じ気持ちだと思われるが、怯えた様子で固まったままだ。


「ちょ……、ええぇ?これ反論したらドえらい目に遭うんやろか」

「おう、何せあんな訳わからん事言う奴やからな」

「ホンマ意味わからん。明日着けよ思てた、やで。どないして察しろっちゅうねん。エスパーか」

 鈴音と虎吉が呆れ返る間も、ラピールの言い掛かりは続いている。

「わたくしにこそ似合うと言われている物を、どうしてあなたが身に着けているの?わたくしへの嫌がらせ?ご自分の方が似合うと仰りたいのかしら」

 ラピールと取り巻きに睨まれ、青褪めた女子生徒は必死に首を振るばかり。

 その様子に虎吉は首を傾げた。


「反論はやめといた方がええとしても、へりくだって切り抜けるなり、何ぞ言い訳せなアカンやろ」

「うん。貴族の子にしろ商人の子にしろ、その辺は基本のキやと思うねんけど……」

 平民と貴族が同じ教室で学ぶというこの学校の特殊性から考えて、親は格上とトラブルになった場合の対処法をしっかり教えている筈だ。

 それなのに、女子生徒は何も言わない。

「あ。もしかして、大事な人からのプレゼント?これ見た目だけよう似た安物ですねん、とか言いたないんかも?」

「あー、成る程な。せやけど、それが通用する相手ちゃうぞ」

 虎吉の言う通り、上手い言い訳が思い付かず黙り込んでいる女子生徒に、取り巻きの茶髪が近付いて行く。


「外す事さえしないなんてね。どういう教育を受けてきたのやら」

 蔑んだ目で冷たく告げるや、力尽くで髪飾りを奪い取り、中庭へと放り投げた。

 髪を強く引っ張られ痛みを覚えただろうに、そんな事は気にも留めていない様子で、女子生徒は中庭へと走り出す。

 しかしそれは、猛獣に背を向けるのと同じ行為だった。

「あら、随分とお気に入りなのね?」

 そんなラピールのひと声で取り巻き達が一斉に駆け出し、庭に落ちた髪飾りを女子生徒より先に拾う。

「か、返して!」

 手を伸ばした女子生徒を嘲笑いながら、取り巻き達は髪飾りを互いの間で放り投げて弄んだ。


「うわー、小学生か。ムカツクわー」

「俺が取りに行こか?」

「いや、虎ちゃんやと可愛いだけやから、ちょっと怖そうなん作られへんか頑張ってみる」

 漆黒の手を出す要領で、サタンの魔力とイザナミの力を融合。

「金ピカの物が好きで怖そうな生きもん……」

 呟いた鈴音の脳裏に浮かんだのは、女神サファイアから貰ったキラキラの万能薬を見て、『キレーだなー』と目を輝かせた烏天狗の姿だ。

「光モン好きで黒い生きもん言うたらコイツや!」

 カッと目を見開いた鈴音の右腕に、艶のない真っ黒なハシブトガラスが出現した。

 虎吉が思わず耳を反らし、ブワッと毛を逆立てた程の出来栄えである。

「ぃよし、完璧。やっておしまい!」

 悪役っぽく声を掛け、鈴音はニセ烏を飛ばした。



 泣きそうな顔で右往左往する女子生徒を見てニヤニヤ笑っていた取り巻き達は、髪飾りを地面へ落とし、それを取ろうと伸ばされた華奢な手ごと踏みつけようと足を上げる。

 そこを真っ黒で大きな鳥が音もなく横切った為、足を上げていた取り巻きはバランスを崩し、女子生徒は驚いて手を引っ込めた。

「な、何だコイツ」

「羽音がしてないぞ!?魔物か!?」

 魔物という単語で慌てる取り巻き達の中から金髪に狙いを定め、ニセ烏は鋭い爪のついた足で後頭部に蹴りを入れた。

「痛ッ!痛い!何で私を狙う!」

 悲鳴じみた声を上げつつ金髪は大きく腕を振るも、羽ばたいて高度を上げたニセ烏は馬鹿にするように再びの攻撃。

 堪らず屋内へ逃げた取り巻き達を横目に、地面へ下りて悠々と髪飾りを咥えたニセ烏が、女子生徒を振り向く。ハッとして伸ばされた手を躱し羽ばたくと、上空で旋回し食堂とは反対の方向へ飛び去った。

 唖然として他の生徒達が見送る中、女子生徒だけが転びそうになりながらニセ烏を追いかける。



「はぁ、か……、返して、はぁ、それ、大切なの。誕生日の、お祝いにって、はぁ、婚約者が、くれたの」

 食堂から遠く離れた渡り廊下で髪飾りを咥えたニセ烏を見つけ、女子生徒は荒い呼吸のまま懇願した。

「金色が、好きなら、はぁ、他の、あげるから」

 息を整えつつソロリソロリと近付く女子生徒に、ニセ烏は嘴を突き出すようにして髪飾りを差し出す。

「え……、返して、くれるの……?」

 恐る恐る伸ばされた手に髪飾りをポトリと落とし、ピョンピョン跳ねて遠ざかると、用は済んだとばかり羽を広げ、音もなくどこかへ飛んで行った。

 その姿を呆然と見送った女子生徒は、手の中に戻った髪飾りへ視線をやり、胸に抱きながら呟く。

「優しい魔物……」


 さて、この呟きを聞いてご立腹なのが虎吉である。

「コルァ鈴音ぇ。カラスのアホがええ奴になって貰たやないかいぃ」

 長い尻尾で腕をシバき回されている鈴音は、目尻を下げながら困るという器用な表情をしていた。

「いやーおかしいなー、クズ軍団をビビらすとこまでは、ええ感じやったんやけどなー?」

「やっぱり俺が行ったらよかった」

「アカンて、可愛いだけやて」

「ほな影絵の猫にしたらよかったんちゃうんか。それやったら怖いやろ」

「え?可愛いやん。猫は輪郭だけでも可愛いねんで?影絵なんかみんなメロメロになって終わりやん。あんなクズに猫の可愛さを教えてやるとか有り得へんわ勿体無い」

「……せやな」

 真顔で言い切られ、虎吉は只々頷く。

 抜け落ちたヒゲですら、『可愛い』『ラッキー』と言いながら拾い集める生き物に、猫で怖がらせろ等と注文したって無駄だったなと遠い目だ。



 一方、ニセ烏を怖い魔物と認識した取り巻き達とラピールは、嫌悪感も露わな顔で食堂を後にしている。

「あんな魔物を呼び寄せるなんて、とんでもない髪飾りだわ!」

「あれ、リュヌの新作じゃなくて、よく似た偽物だったんじゃないか?呪われてるとしか思えないよあんなの」

 黒髪の取り巻きに言われ、成る程とラピールは頷いた。

「自分で呪いをかける筈がないから、彼女は誰かに呪われるほど嫌われているのね。フフ、哀れだこと」

「そうだね。でも呪いの影響を受けたくないし、あんなのの事は忘れて楽しい事を考えよう」

 後頭部を押さえる金髪を見やり、取り巻き達もラピールも気の毒そうな顔をする。

「金色を誤認したのかしら、可哀相に。悪夢を見ないように楽しい事をしたい所ね。……そうだ、今日の買い物中、偶然を装ってどこかで落ち合うのはどう?それならお父様も、仲の良い男友達ではなく只の級友だと思うでしょう?」

 ラピールの提案に、取り巻き達は顔を見合わせた。


「ただの級友って事は?名前を呼ばないのは当たり前として……」

「ラピールにじゃなく、伯爵に会えた事を喜ぶ方がいいのかな?」

「そうか、家同士の関係に繋げたいように見せるのか」

「伯爵の下で働きたいです、というような顔をしておけば、学校を抜け出して遊ぶような男だとは思わないだろう」

「そこはラピールにも援護を頼まないと」

 話を纏めた取り巻き達の視線を受け、ラピールは愛らしい笑みを浮かべる。

「任せて。皆さん女子の間ではとても人気があるのだけれど、男子だけで集まって難しい話をしているから、ちっともお近付きになれないの。今日はお父様のお陰で声を掛けて貰えて嬉しいわ。これでどう?」

「おお、敢えて男子女子と呼ぶ事で、学校らしさが強調されるのか。天才だね我らが姫は」

 金髪がお手上げポーズで褒め、残る取り巻き達が大きく頷けば、見た目だけは確かに姫なラピールは得意満面だ。



 クズ達がそんな計画を立てている頃、鈴音は学校を離れ古い城壁の上に居た。

「何や父親が迎えに来て買い物に行くとか言うてたし、壁の内側の店もチェックした方がええよね」

「さっきの調子やったら、あの小娘が欲しがったもんを先に()うた時点で絡んできそうやもんな」

「うん。あの髪飾りを買う気はもうないやろけど、あんな感じのアクセサリーを父親にねだって、お上品でええ子アピールしそうやし、そこを狙うんはアリや思う」

 貴族御用達よりはランクが落ちる店へ父親を連れて行き、学校では平民とあまり差が出ないよう心掛けている、と印象付けるに違いない。

 そう考えた鈴音は壁の上から人の出入りが多い店を探し、店前まで行って扱っている商品を確認。

 宝飾品店ではあったものの、宝石が付いた派手な品物が展示してあったので、ここで買うなら店へ足を運んだりせず家に呼ぶだろうと判断し次へ。

 今度は反対に安過ぎて、貴族は身に着けそうにない店だった。


 そんな調査を1時間ほど続けた結果、リュヌという店と大差ない人気があり、あの髪飾りより少しだけ華やかな品を扱う店を発見。

「多分ここに来るわ。買い物した後お茶するのに丁度ええカフェも隣にあるし。学校から伯爵の馬車を追跡して、この通りに入ったんが確認出来たら、先に店ん中に()ってオッケーや思う」

「そうか。ほな俺らもちょっと休もか。何やええ匂いがしとるんや」

 隣のカフェをロックオンした虎吉を真似てふんふんと匂いを嗅ぎ、鈴音は微笑む。

「ベーコンかな?燻製っぽい香りと脂が焼けるええ匂いがするね」

「それやそれ。外に席あるし俺も行けるやろ。早よ」

 急かされた鈴音は笑いながらカフェへ向かい、店主に許可を貰って虎吉と共にテラス席に座った。

 虎吉用にベーコンステーキを頼み、鈴音はオススメのランチセットを注文する。

 遅めの昼食を取る人でそれなりに混んでいたものの、15分程でどちらも運ばれてきた。


 ベーコンステーキをひと口サイズに切り分けつつ冷まし、膝上の虎吉へ手で食べさせる。

 肉食獣をペットにしている人は殆ど居ないようで、店員が興味津々の顔で見ていた。

 全て平らげた虎吉が満足げに洗顔を始めてから、鈴音は自分用の溶けたチーズたっぷりパンにナイフを入れ、鳥肉とキノコのバター和えと共に食べる。

「うーん、カロリーの暴力。あ、猫神様もベーコン食べたいかなぁ?追加で注文して、虎ちゃんが食べたフリして持って帰った方がええやろか」

「せやな、肉は()うてあるけどベーコンはまた別やし、その方がええかもしらん」

「ほなそうしよ」

 店員へ追加注文し、届いたステーキをしれっと隠して、自身も飲み物以外の全てを平らげた。

 食後のお茶の感覚で、コーヒーと濃いめの麦茶の中間のような温かい飲み物に口をつける鈴音。

 そのまま何の気なしに顔を上げ、思わずお茶を噴きそうになる。


「ちょ、虎ちゃん。アイツら来たんやけど」

「うん?おお!?何でや、そない時間経ったか?」

 鈴音と虎吉の視界には、ラピールの取り巻き達の姿があった。鞄を手にしている事から、帰宅途中だと思われる。

 慌てて時計塔を見上げると、時刻は14時半を回っていた。

「午後の授業は1時間ぐらいしかあらへんのやろか」

「そうなんやろな。それにしても何で腰巾着共が来るんや?」

「しかもこのカフェに入るつもりやで。わざわざ徒歩で寄り道するとか、伯爵の娘と何ぞ約束したんかな」

 鈴音は横目で、虎吉は堂々と様子を探る中、彼らがテラス席に陣取った事で予想は確信に変わる。

「これはあれかな、一網打尽にせえっちゅう神のお導きかな」

「うはは、確かに。まあ葉っぱの神さんは何もしてへんやろけども」

「ほな只の偶然やーん」

 お茶を飲みながら専用会話でふざけていると、ふたりの耳に馬車の音が届いた。

 程なくして車体が見え、取り巻き達がそわそわと落ち着きをなくす。

「何を企んでるんやろねぇ」

 偶然の出会いを演出するだけ、とは思ってもみない鈴音の視界で、停車した黒塗りの馬車から父娘が降りてきた。

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