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第五十七話 鬼ごっこ、プロレスごっこ

 一瞬で案内係の前まで来た虎吉はそのままの勢いでジャンプ。

 案内係の胸を蹴り飛ばしながら方向転換すると、大神官達の方へ走った。

 一方蹴られた案内係は大統領達を薙ぎ倒しながら吹っ飛び、激しく咳き込む。

 ふらつきつつ立ち上がり、怒りも顕に睨んでくる大統領達を無視して虎吉を探した。

 虎吉はといえば、動きを封じられ座り込んでいる大神官達の周りを跳ね回っておちょくっている。

「神獣様やぞ、捕まえへんのかほれほれ」

 虹男に起こされるまで冷たい地面に倒れたまま雪に埋もれていたせいか、大神官も護衛達も本調子ではないようだ。

 無言のまま、素早く近付いては離れる虎吉を悔しそうに目で追っている。

 護衛達の視界に忍び足で近付く案内係が入った途端、全てお見通しといった様子で虎吉はジャンプして、大神官の頭を豪快に蹴りながら悪神官達の方へ逃げていった。

 反動で仰向けに倒れた大神官へ冷たい視線を送り、助け起こす事もせず案内係は虎吉を追う。


「可愛いなあ、可愛いなあぁー」

 走り回る虎吉を見ながら、両手を胸の前で組んでグネグネしている鈴音に、動物好きの虹男も頷いた。

「綺麗だよねえ走ってる姿とか。あれでもうちょっと穏やかな性格だったらなー」

「喧嘩番長やけど優しいで?虹男はグイグイ行き過ぎて怒られただけやん。目ぇじっと見続けたら怒るんは本能やからしゃあないし」

「でも鈴音は見つめても怒られないよね」

「そこはほら、じーっとは見ぃひんし?信頼関係が出来上がっとるからー。んふふー」

「いーなー」

 得意げな鈴音と拗ねた顔の虹男が見守る中、虎吉は悪神官達の頭を飛び石よろしく順番に蹴り、突然方向転換したかと思うと、追ってきた案内係の顔を殴っている。

 顔に出来た傷を押さえ、悪神官達を巻き込んで倒れる案内係。

「鬼ごっこにはそろそろ飽きてきたかな?」

 倒れた案内係から距離を取り、身を低くして後足を小刻みに動かす虎吉を見て鈴音が笑う。

「あのお尻フリフリは攻撃の合図だよね?」

 虹男の確認に鈴音は虎吉を見つめたまま頷く。

「うん。飛び掛かる気満々やで」

 鈴音が答えるのとほぼ同時に地面を蹴った虎吉が、流れるように案内係の右足を抱きかかえる。

 次の瞬間には、両後足を揃えた高速連続キックが案内係の右脛に決まっていた。

 悪神官達を巻き込んだせいで起き上がれないでいる案内係は蹴られ放題だ。

「わあ凄い!蹴り蹴り蹴り蹴り蹴り!!痛い?」

「普通の猫のんは厚めの布越しなら割と耐えられる。ただ……虎ちゃんやからなぁ普通の猫ちゃうからなぁ」

 興味津々の虹男に鈴音が遠い目をしながら答えたあたりで、何だかとても嫌な音が耳に届く。

 やっぱりか、とそちらへ視線を向けると、既に虎吉が離れている右足に手をやりながら、案内係が悲鳴を上げてのたうちまわっていた。

 骨をやられたようだ。

 周りの悪神官達は尻で後退って、嫌そうに顔を顰めている。

 そんなちょっとした混乱などお構いなしに、案内係が転がる度に動く足を玩具に見立てた虎吉が猫パンチを見舞い始めた。

「うん、容赦無し。虎ちゃーーーん、そいつ、意識は残しといてなーーー!止め刺したらあかんよーーー!」

「おう!まかしとけーーー!」

 返事をしながらも殴る蹴るのやりたい放題な虎吉を頼もしそうに見つめる鈴音に、虹男は首を傾げる。

「殺したら駄目なの?」

「まだアカンねん。あの程度ではまだまだ。心の底からギャー言うて転げ回るぐらいの思いさせな。それで殺された人らが帰って来る訳やないとしても」

 絶望していた記者の顔を思い出しながら鈴音が低い声で返した時、神官達が居る場所から悲鳴が上がった。


 鈴音と虹男が視線をやると、いつの間にか縄を解いた将軍が、隠し持っていたらしい短剣を神官の喉元に突き付け人質に取っている。

「ふはは、これではご自慢の雷も落とせまい。さあ、我らを自由にせよ!」

 辺りを見回しながら悪党らしく吠えた。

 だが、見事なまでに誰も反応しない。

 カンドーレは勝ち誇る将軍を睨み付けたものの、怒鳴るでも身構えるでもなくその場から動かず。

 他の神官達も困った顔で眺めるだけ。

 鈴音と虹男に至っては『あーあ』とでも言っていそうな呆れ顔だ。

「しょっ、将軍っ……前、前にホッホッホネッ」

 大統領付きの悪神官が泡を食って叫んでいるが、まるで要領を得ず肝心の将軍に伝わらない。

「なんだ……?観念したにしては様子がおかしいな」

 最初こそ驚いて悲鳴を上げた人質も妙に落ち着いていた。

「何だ、何が……」

 鈴音の潜在能力に気付けた将軍の勘も、目に見えない相手には働かないらしい。

 短剣を握る右手の手首に突如強い力が加わって初めて、そこに何か居ると理解した。

 理解はしたが、余りにも強く締め上げられてそれ以上何も考えられない。

「ぐぅッ!!く……ぐぁァアッ!!」

 将軍の手から落ちた短剣は空中で止まり、自由になった神官へ渡った。

 神官が仲間の元に戻った直後、将軍の手首から骨の砕ける音が響く。

 痛みに絶叫しながら左手を闇雲に動かし、そこに居る何かを追い払おうと暴れるが、左手は虚しく空を掻くだけだった。


「骸骨さんカッコええなあ」

「鈴音がやるなら指二本ぐらいで締めないと、手首引き千切っちゃいそうだよね、ブチッと」

「ちょ、効果音つけたらアカンて!想像してもたやんか、うわあぁ」

 将軍の手首を掴んで締め上げている骸骨を、緊張感の無い会話をしながら見つめる鈴音と虹男。

 骸骨はその二人が居る階段下へ、脂汗を流しながら叫ぶ将軍を引き摺るようにして連れてきた。

 大神殿の入口の一直線上まで引っ張ると、ゴミか何かのようにポイと捨てる。

 狙いを察した鈴音が虹男を脇へ避けさせると、入口から将軍へ向け真っ直ぐに冷気が吹き下りた。

 将軍の両足と左手が凍り付き、変色し腫れ上がった右手はそのまま残されている。

 骸骨はその状態の将軍をズルズルと引き摺り大統領達の中へ放り込むと、お仕事終了とばかり神官達のそばへ戻って行く。

「凄いな、ピンポイントで凍らせたり出来るんや」

「何で右手はそのまま?」

「凍らせたら麻痺して痛みが無くなるからやと思う」

「へぇー、骸骨の神は人に詳しいんだね。さっきもさ、鈴音は何も言ってないのに悪い奴の話流したりさ」

 虹男が言っているのは、大神官が全員に特別だと告げていた、案内係にとって赤っ恥な映像の事だろう。

「あー、あれは確かに完璧やったわ。プライド粉々に出来たし最高の映像やった」

「僕にはああいうの出来ないなあ。そこまでは人に興味持てないし。動物の事なら頑張るけど」

「あはは。ま、向き不向きがあるからそれでええんちゃう?」


 恐らく骸骨神は閻魔大王のような存在なのだろうと鈴音は思っている。

 だから、人の心理など全てお見通しなのだと。

 人の魂と関わるのが仕事の神の真似を、主に動物を担当している創造神にやれと言っても無理だろう。


「あ、そんなん言うてる間に虎ちゃんの方も終わったみたいやわ」

 鈴音の視線の先では、足だけでなく手指の骨もやられたらしい案内係が動けなくなっていた。

「おーい鈴音!コイツ動かへんぞ!もう俺捕まえるん無理ちゃうかー?」

 ちょこんと座って案内係の頭を乱暴に叩いている虎吉の声に、大きく頷いた鈴音が声を張る。

「はい、しゅぅーりょーーー!!有罪が確定しました。残る皆さんの裁きが終わるまで、暫くそのままでお待ち下さーい」

 宣言が終わると、虎吉が悪神官達を蹴散らしながら鈴音の元へ戻って来た。

「お疲れ様」

「おう、ええ運動になったわ」

 足元でせっせと毛繕いする虎吉に目を細めてから、鈴音はおもむろに大神官達を見る。

「ほな次は連続殺人犯やね。アイツらは別に死刑でも何とも思わんタイプやろから、恐怖を煽ったりは通用せえへんな」

「え?じゃあ首はねて終わり?」

 驚いた虹男はとても不服そうだ。

 お喋りと剣の奴らが嫌いだと言っていたから、案内係に続き護衛達の事もけちょんけちょんにして欲しいのだろう。

 やはり少しは人に興味を持ったのだな、と笑った鈴音は首を振る。

「別の方向でプライド圧し折るよ。その為にはカンドーレさんに頑張って貰わなあかん。サファイア様に代わって戦ってもらういう事で……ええですか?」

 そう言って鈴音は竜を見た。

 竜は目を細めて頷いている。

「ありがとうございます。よっしゃ、カンドーレさん!神様がご指名です。あの二人に勝てますか」

 真っ直ぐ大神官達を睨んでいたカンドーレは顔を上げ、大きく頷いた。

「ありがたき幸せ。なんの問題もありません」

 カンドーレの返答に、護衛達は小馬鹿にしたような笑みを浮かべる。

 それを見たカンドーレの目が怒りに染まった。


「あ、こらアカン。えーと、神官さん方!あの護衛の二人から没収した剣、持って来て頂けますか」

 了承して駆けて行く神官達に礼をして、階段を下りた鈴音はカンドーレの元へ向かう。

 視界を遮るようにど真ん前に立った鈴音に、カンドーレは首を傾げた。

「鈴音さん?」

 呼び掛けには応えず、鈴音はカンドーレの両肩に手を置いてその目をじっと見つめる。

 あまりに真っ直ぐに見つめられ、怯んだようにカンドーレは目を逸らした。

「カンドーレさん。神様はあなたを選びました。これが何を意味するか解りますか?」

 視線を戻したカンドーレは明らかに困惑している。

「カッコよく戦えば許す、と神様は仰ってるんです」

「……え?」

 ポカンとされたが気にせず鈴音は続ける。

「あなたは、悪事に気付かんかった自分を許されへんし、誓いを破った罪や神様を失望させた罪を、自分の命で償うて言いましたよね?その必要は無いと仰ってるんです」

「それは……」

「神様の代わりに戦った者に死なれたら、神様の面目丸つぶれですよ?そんな死ななアカンような奴指名したんかい、て私やったらツッコミ入れます」

 鈴音の指摘にカンドーレの眉が下がる。

「カンドーレさんは竜、その剣は竜の爪。あなたは、あなたの敬愛する女神様の化身となって戦うんです。化身のあなたが悪に気付かんかった責任を取るいうなら、女神様も責任取らなあかん事になりますよ?」

「そ、そんな」

「そんな事させられへんと思うなら、安い挑発になんか乗らんと、殺された人々が安らかに眠れるよう祈って剣を握る事。神の化身は怒りに飲まれたりしません」

 音を立てて両肩を叩かれ、カンドーレの背筋が伸びた。

「私は結局、自分が楽になれる方へ逃げていたんですね……」

「いやいやいやいや、何でそうなるかな。気付かんかった自分も悪いとかいう人なんか滅多におりませんよ。せやからそう思うならこの先も生きて、同じ事が起きんように力尽くす方がよっぽど人々の為になる思いますけど?ねえ神様」

 鈴音につられて空を見上げたカンドーレは、優しく頷く竜と目が合い思わず涙ぐんだ。

「……ありがとうございます……本当に……仰る通りですね。この上は、命に替えまし……」

「命に替えたらあきません」

「あっ。えぇ……と、えぇ?……あ!この命続く限り、神のご期待に応えてご覧に入れます!」

 どんと胸を張ったカンドーレの目には、怒りと憎しみを宿した凶暴な光はもう無い。

 やはりこの人には神様が何より効くなあ、と笑った鈴音は大きく頷いた。

「完璧です。では、神様の代わりとしてカッコよく戦ってきて下さい」

 胸に手を当て礼をしたカンドーレは、迷いの無い足取りで階段下へ向かう。


 戻って来た神官達から長剣二本を受け取った鈴音は、座り込んでいる護衛達へと近付いた。

 すると、顔を顰めた大神官が口を開く。

「あちらの神官は聖剣を使うのであろう?それに対してこやつらには只の長剣か?卑怯だとは思わんのか?」

「ひきょう……え!?卑怯!?」

 どこの誰の口からそんな言葉が、とばかり辺りを見回した鈴音は、大袈裟に驚いた顔を大神官に向けた。

「いやビックリしたー、そんな言葉知っとったんやぁ。どないします神様、なんや自分の置かれた立場も弁えんと偉そうな事言うてますけど」

 問われるまでも無く、空からは雷鳴が轟き大神殿からは再び冷気が放出されている。

「寒い寒い!!アカンアカン!!」

 慌てた虎吉が階段から飛び降りて骸骨の腕にスポンと収まった。

 骸骨は喜びとどうしていいのか解らないのとで固まっている。

 その様子に笑いながら鈴音は大神官に向き直った。

「あーあ、神様怒らした。こらもう問答無用で木っ端微塵の黒焦げかなー」

 流石に大神官の顔にも若干の焦りが見える。

「いや、冗談冗談。……ん?」

 空間の歪みを感じた鈴音が視線をやると、大神殿の入口から一本の剣がゆっくりと出て来た。

 空中に浮いているその剣はふわふわと移動して鈴音の横を通り、護衛の一人の前に辿り着くと静かに地面に突き刺さる。

「こ、これは何と……ッ」

 垂直に立った剣からぶわりと滲み出る圧倒的な悪意に、あの大神官が恐れ戦いていた。

 あれだけの人々を酷たらしく殺して作った彼らの魔剣が玩具に思える程の禍々しさ。

「神様が、あんたらには聖剣やのうてコレがお似合いや、言うてはるわ」

 骸骨の両手が虎吉で塞がっているので、鈴音は適当に解釈する。

「使いこなす自信あるんやったら使つこたら?どないなっても知らんけど」

 普通の長剣二本もそばに置いて、鈴音は階段上へと戻った。

「あの剣、骸骨の神の世界の……何が作った魔剣なんだろう。人が使って大丈夫かなあ?」

 首を傾げる虹男に、鈴音は溜息で答える。

「見るからにアカンよね。けど、使うやろねぇああいう人らは」

 皆の見守る中、拘束を解かれた護衛が一人立ち上がり、躊躇なく禍々しい魔剣を掴んだ。

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