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第五百六十六話 飛び入り参加のお掃除係達

 さてどんな言い訳をするだろうか、と火の竜を泳がせながら見つめる鈴音の前で、下着1枚の神官が卑屈な笑みを浮かべ口を開く。

「わ、私は、大神官様の教えに従ったまで。どの儀式や祭りを執り行うかも、大神殿からの指示通りだ……です」

「そう、その通り!にございます」

「まさしく!でございます」

 その手があったか、と言わんばかりに乗っかったのは残る2人の神官だ。

 大神殿で儀式や祭りについて学ぶのは事実なので、嘘は吐いていない。

 これで怒りの矛先は大神殿と大神官に、と期待した神官達の耳へ、とても冷たく平坦な声が届く。


「フーン。……で?」

「え?」

 半眼の鈴音から感じる強烈な圧力で、神官達はまた冷や汗を滴らせ始めた。

「大神官が悪いんですぅ、オワリ。て事?まあ、神を蔑ろにするんは、そういう教えなんやろなとは思うけどさ。平民の女の人を貴族の権力で脅して、自分らの性欲処理に使(つこ)てたんも、大神官の教え?」

 急降下してきた火の竜が、神官達の鼻先を通り抜ける。

「ギャッ!」

「熱い!」

「鼻がッ!」

 頬骨と鼻が赤くなった程度で、大した火傷でもないのに、大袈裟に騒ぐ神官達。

「ああ、火傷?ほな川にでも入る?どこやったかな、死体が浮いてたんは」

 顎へ手をやり記憶を探る素振りを見せた鈴音に、神官達は揃って首を振る。


「大丈夫です」

「問題ありません」

「お気遣いなく」

 石を括り付けて投げ込まれるとでも思ったのか、その表情は必死だ。

「あ、そ。ほな答えて?自分の性欲満たす為に、女の人を脅してムリヤリ性行為に及んだんも、大神官の教えなん?」

 質問が繰り返された事で、答えないという選択肢はないのだと悟った神官達は、いっそ頷いてしまおうかと考えた。

 しかし大神殿に確認されれば、そんな教えはないとバレる。おまけに大神官の不興を買い、上納金の額を増やされるかもしれない。

 それは御免被るので、どうにかして責任をどこかに押し付けるなり、逃れるなりしなくては。

 愚かな悪党達が、無い知恵を絞って考えた結果。


「む、無理矢理だなんて人聞きの悪い!全て同意の上での事ですよ!?」

 ズボンだけ身に着けている上裸の神官の口から、最悪の言い訳が飛び出した。

「ど、う、い?」

 鈴音の片眉が上がり、縄で局部を隠されている全裸神官が、『それはダメだ』と目で合図している事にも気付かず、上裸の神官は語る。

「貴族の権力で脅しただとか、そんな事実はありませんね。彼女達が、我々神官と関係を持ちたくてやってくるのです。自ら神殿へ足を運んでいるのが何よりの証拠ですよ!」

 したり顔で自身の大嘘に酔いしれる神官へ、下着1枚の神官が拍手を送った。同じ意見だという事だろう。

 全裸の神官は青褪めて口元を痙攣させている。何しろ自分が鈴音相手にやらかしているので、こんな嘘を吐いたら火炙り確定だと絶望しているのだ。


 全裸神官の予想通り、『消し炭にしたろか』と怒り心頭な鈴音であったが、不意に離れた位置から強烈な殺気を感じて我に返り、そちらを見る。

 殺気の主はと探せば、徐々に立ち上がり始めた野次馬達の後方、黒いワンピース姿の中年女性が、仁王立ちで神官達を睨み付けていた。

 この世界に来てから、帝国でもここプレリでも、黒い服というのは見た事がない。

 もしや喪服だろうかと思う鈴音の視界で、中年女性が走り出した。

 その右手には、ギラリと光る刃渡り15センチ程の短剣が握られている。

「ブスッとやる気やぞ、ええんか?」

 虎吉の問いに、鈴音は一瞬迷ってから頷いた。

「もしピンポイントで心臓刺されても、ソッコーで回復薬かけたら大丈夫な筈。頭狙いやったら止めるけど」

 心臓なら刺された瞬間に死ぬ訳ではないから、内臓破裂を無かった事に出来る回復薬を使えば、余裕で元通りだろう。

 そう考えて、小瓶を隠し持った漆黒の手を神官達の近くに待機させ、女性の動きを目で追った。


 光る神の使いにも、空を舞う火の竜にも怯む事なく、全速力で女性は走る。

 悦に入る神官が目と鼻の先に迫るや短剣を両手で握り、身体ごとぶつかって全体重を乗せた一撃を裸の背に突き立てた。

「ぅガッ!な、何……」

「う……、うわあぁぁぁあ!刺さ、刺されてる!」

「ヒイィィィ!」

 神官達が悲鳴を上げ、野次馬達も予想外の出来事に驚き身構える。

 短剣は上半身裸の神官の、左の腎臓辺りに刺さっていた。

 この一撃で終了かと思いきや、短剣を引っこ抜いた女性は何度も背中を突き刺し始める。

「グァッ!やめ、ギャァア!」

 両手は自由でも、あまりの痛みに腰を捻って振り向く事も出来ず、神官はされるがまま。

 辺りに響き渡る悲鳴、飛び散る鮮血、漂う鉄の臭い。

 虎吉が発した警告の意味を今頃になって悟り、鈴音は9割方目を閉じる。

「そうやんなー、怨恨による殺人で刃物が使われた場合、大概が滅多刺しやんなー」

 そう呟く間も、恐ろしい悲鳴は途切れない。


「娘を返せ!返せ!人殺し!」

 中年女性はといえば、上裸神官を幾度となく刺しながら、同じ内容を繰り返し絶叫している。

「被害女性のお母さんか……」

「せやな。そろそろ薬かけな危ないぞ」

 ピンと立てた耳を前へ向けている虎吉の言う通り、神官はもう悲鳴を上げる事も出来なくなっていた。

 ここで死なせる予定はないので、漆黒の手を使い裸の上半身へ回復薬をかける。

 すると刺し傷は瞬時に消えてなくなり、神官の目に生気が戻った。

 奇跡としか思えぬ現象に息を呑んだ中年女性は、どういうつもりだと言いたげな目を鈴音へ向ける。

 すると鈴音が口を開くより先に、上裸の神官が高笑いを響かせた。

「ハァハァ、ハ……ハハハハハ!神は!私の味方だ!見ろ、あれ程の傷が跡形もない!」

 痛みがなくなったので腰を捻って振り向き、中年女性を憎悪と嘲りの混ざった目で睨む。

 その血走った目にほんの僅か怯んだ女性だったが、直ぐさま怒りに燃える目で睨み返すや短剣を突き出した。


「ギャァーーーッ!か、神に、逆らうのかキサ……ギャァア!」

 攻撃を防ごうとする手を切りつけ、短剣を奪われぬよう位置を変えて背中を刺す。

 バタバタと動く脚に蹴られても前へ出て刺す。

 髪を掴まれれば迷わず切り捨て、流れるように刺す。

 けれどある程度ダメージを与えると、また先程と同じように全て回復してしまう。

「ハァ、ハァ、だか、ら、無駄だと」

 まさか本当に無駄なのか、と迷いがよぎったのも一瞬。

 神官の様子から、傷は治るが痛みを忘れる訳ではないと理解した女性は、機械的に短剣を突き出す。

 攻撃し続けるのも疲れるだろうに、そんな素振りは一切見せず、何度でも何度でも仇敵の背を刺し続けた。


 何分経過したのか、延々と続く惨劇を見ていた残る2人の神官は、『自分じゃなくてよかった』等とすっかり他人事だ。

 しかし同じ悪事を働いているのだから、当然同じような恨みを買っている訳で。

「ヒッ!?」

「な、何のマネだ」

 中年女性の行動を見ていた野次馬達の中に何人か、復讐のチャンス到来だと被害者家族へ教えに走った者が居たらしい。

 剣を持った男性や包丁を手にした女性が十数名、怒りを陽炎のように立ち昇らせながら、神官達へ近付いていた。

「来るな!クソッ、この黒い手さえなければ!」

「そんな事をしたらどうなるか分かっているのか!」

 お決まりの脅し文句も、神官が滅多刺しにされているのに光り輝く神の使いが何もしない事から、効果はゼロだ。

 娘の、姉の、妹の、妻の、恋人の痛みと、愛する人を失った者の恨みを思い知れ。集まった男女が口々に叫ぶ。

「嫌だやめろ……」

「ギャーーーッ!」

 無傷だった2人は勿論、中年女性に刺されている神官にも復讐者が群がり、回復係である漆黒の手は大忙しになった。


「え、足りる?足りるかな回復薬」

 剣を使う男性が加わった事で、早い段階での致命傷が増え、あっという間に回復薬が減って行く。

 人が密集していて剣を大きく振り回せない為、首を刎ねられる心配はないものの、やはり女性とは攻撃力が段違いだ。

 慌てる鈴音の薄っすら開いた目の前へ、申し訳なさそうに整列した回復薬の小瓶が浮かぶ。

「追加きたー。けど、いつ終わるんやろねコレ」

「疲れて動けんようになるまでちゃうか?」

「ほなそんな長い時間ちゃうか。それにしても、ご近所さんだけでこの人数て」

「おう。街中に触れ回って公開処刑にしとったら、何百人集まったんやろな?」

 鈴音は想像するのも恐ろしいと首を振りつつ、もう不要だなと火の竜を消した。

 得体の知れない魔法で脅さずとも、彼らの心には消えない恐怖が刻まれた筈だ。

 どれだけ痛めつけられても死ぬ事は許されず、只ひたすらに大勢から怒りと憎しみをぶつけられる恐怖。

 悪夢にうなされ眠る事もままならないだろう。

 それはきっと、被害者達が味わった苦痛だ。

「永遠に苦しんだらええのに」

 猫神夫婦が拵えたような地獄を、フォレも作ればいいのになと思いながら、鈴音はせっせと神官達を回復させ続けた。



 20分程経過した頃、最後まで頑張っていた男性もついに膝をつき、復讐者達は全員肩で息をしながらへたり込んだ。

 神官達も復讐者達も血まみれ、石畳も血まみれ。

 壮絶な復讐劇に、野次馬達は声もない。

 最初に攻撃した中年女性が、やっぱり無傷な神官を見上げてから、悔しげな目を鈴音へ向ける。

「神は、この男達を赦すという事ですか」

 怒りか悲しみか、震える声でそう問い掛ける女性の顔に多少血飛沫は飛んでいるが、服が黒いお陰で他の人々より凄惨さは薄い。

 彼女の顔にだけ視線を固定して、鈴音は首を振った。

「動く死体が出た時の為に、取り敢えず置いとくだけです」

 復讐者も野次馬も、『取り敢えず?』と顔を見合わせる。

「新たに浄化の力を授ける相手を神は選び終えてるから、後は私がその人に会いに行くだけ。問題なく力を与えられたら、神官は用済みやから全世界から排除かな。ドカーンと神罰落として」

 不穏な言葉に、回復薬のせいで心を壊して現実逃避する事すら出来なかった神官達が、痛みの記憶で青褪めた顔を上げた。

 そっちは血みどろ過ぎて見られないので、空へ視線をやり鈴音が冷たく笑う。


「神罰は、さっきまでの痛みが子供の遊びに思えるぐらい痛いで。まあ、その日が来るまで世のため人のため真面目に働いとったら、神の気ぃも変わって排除はされへんかもねー。知らんけど」

 どのみち殺されるなら、こんな奴らの為に結界なぞ張ってやらん、だとか言い出すと鬱陶しいので、一応ニンジンをぶら下げておいた。

 鈴音の狙い通り、地位は失っても今までの貯えがあるし、別の街へ行けば元神官だとも分からないし、死にさえしなければ何とかなるのでは、と計算し始める神官達。

 一方の復讐者達は、動く死体を浄化出来る人物がこの街に現れ次第、只の人となったこの男達を今度こそ仕留めようと決意した。

 そんな中、中年女性だけは何とも言えない表情で鈴音を見つめる。


「用済み、ですか。そもそも何故こんな輩をのさばらせたのでしょう。神官が特別な存在でなければ、娘が被害に遭う事もなかったのに」

 ずっと叫んでいたせいで、彼女の声は少し枯れていた。

「あの子は、私が心配しないようにと全て独りで抱え込んで、でも抱えきれなくて、遺書を残して死にました」

 何を言われるのかおおよその見当がついた鈴音は、ただ静かに頷く。

「神官に呼ばれたのだと相談してくれれば、一緒に逃げたのに」

 母がそう言うと分かっていたから、娘は黙っていたのかもしれない。逃げたとしても殺されると、貴族の力を恐れて。

 そしてこの母も、それは重々承知なのだろう。

 鈴音を見つめる目には、悲しみと悔しさが色濃く滲む。

「どうして」

 その目から涙が零れ落ちた。

「どうしてもう少し早く来て下さらなかったんですか」

 震える唇から紡がれた言葉に、尤もだと心の中で頷きながら、鈴音は淡々と返す。

「神の思し召し、としか言えません」

 分かっていた答えに、どっと涙を溢れさせ、女性は石畳に両手をついて項垂れた。

「……恨みます、神よ」

 恨むと言いながら悲しみの色しかない声を聞き、うっかり貰い泣きしそうになる鈴音。

 復讐者達は堪え切れずに泣いていた。


 神を恨むなんて言ったら、またあの雷だか何だか分からない光が降ってくるのでは、と怯える野次馬達の予想は外れ、曇ってもいない空から降ってきたのは雨だ。

 小雨ではなく本降りの雨に、野次馬達はワアワア騒ぎながら走り去って行く。

 強い雨が飛び散った血液を洗い流し、服のシミもぼやけた事で、鈴音は普通に周囲を見られるようになった。

 ホッと息を吐いて虎吉に尋ねる。

「この雨、どっちや思う?シオン様の指示か、フォレ様が泣いただけか」

「あー、どっちやろな?どっちにしても、もうええな。みんな流れたし」

「そうやね、頼んでみよか」

 空を見上げた鈴音が、『ありがとうございます、綺麗になりましたー』と声を掛けると、雨はピタリと止んだ。

「シオン様の指示に1票」

「せやな。けど、葉っぱの神さん泣く手前ぐらいまで凹んどるで多分」

「そらしゃあないよね、クズ神官野放しにしてたんフォレ様やし」

「恨まれる程度で済んだらええ方か」

「シオン様んとこみたいに、神を殺そう勢がそのうち湧くかも」

 魔剣が生まれないよう、気をつけた方がいいかもしれない。


 猫の耳専用会話を交わしつつ、鈴音は皆の雨を飛ばして乾かす。急にじっとりとした不快感がなくなり、誰もが不思議な現象に驚きの声を上げた。

 その後に漆黒の手を動かして、みっともない姿の神官達を神殿へ返送。

 復讐者達は敵の背中を憎々しげに睨みながら、その時が来たら覚悟しろとそれぞれの武器を握り締める。

「うん、今は我慢してね。ところで、メードゥとかいう伯爵の家て、貴族街のどこにあるか知りません?」

 そう質問すると、復讐者達全員が目を見開いて鈴音を見た。

 内心『ぎゃー、注目すなー』と思っているが顔には出さず、怪しげな微笑みを浮かべてやり過ごす。

 口を開いたのは、よろよろと立ち上がった中年女性だ。

「この通りから入って中ほど、左へ折れて直ぐ辺りに。庭の、門から見える場所にある池の真ん中に、金で出来た伯爵の像が建っています」

 このくらいの、と女性は自身の腰辺りを示す。

「クズはどんだけ自分好きなん?大神官といいソイツといい。まあ目印として分かり易いからええか、ありがとうございます」

 会釈した鈴音は教わった道へ行こうとして、『そういえば』と振り返った。


「貴族ってね、死刑になるんと、身分剥奪されて財産没収されて街に放り出されるんと、どっちを嫌がる思います?」

 期待に満ちていた皆の目が、更に爛々とする。

「平民になるのは屈辱でしょう」

「お金がなければ宿にも泊まれないから、行き先は貧民街しかないですよね」

「でもあそこは縄張り意識が強いし、他所者に厳しい」

「仲間に入れて欲しけりゃ這いつくばるしか」

「出来なきゃ殺されるか野垂れ死ぬだけです」

 口々に言って頷き合い、鈴音を見た。

「ほうほう、成る程。貴重なご意見ありがとうございます。ほな私はこれで。皆さんお気を付けて」

 優雅にお辞儀してから鈴音は地面を蹴り、それと同時に魂の光を消す。

 神を恨むと言っていた人々から祈りを捧げられたとは知らぬまま、屋根を走って貴族街を目指した。

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