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第五十六話 あの人達苛めてよ。得意でしょ?

 うーん、と伸びをする虹男の背中に、大神殿から飛んで来た何かが当たる。

「うん?あ!!」

 背中にくっつく何かを掴んで顔の前へ持って来た虹男は、驚いてから嬉しそうな顔になった。

 その手には虹男の一部、骸骨の職場を破壊した虹色玉がつるりと光っている。

「やった!返してくれるの?」

 大神殿の正面玄関へ向けて声を掛け、特に反応がないのを肯定と受け取り喜々として鈴音に見せる。

「強いやつ返してくれたよー」

「良かったやん。まあ、とっくに約束は果たしてたからねぇ……」

 動物達が滅びに巻き込まれないようサファイアに要請すれば、強い力が籠もった玉を返して貰える約束だった。

「けど、このタイミングで返すて事は、お前も暴れろよの意味?それは困る」

 呟く鈴音をよそに虹男は玉を取り込む。

「んー。おー、ははは」

「どない?」

「うん、いい感じ。神界への通路も開けられるようになったよ。あと、こんな事も出来るよ」

 にっこり笑った虹男が指揮棒のように指を振ると、転んだまま雪に埋もれていた大神官と護衛達が起こされ、それと同時にずらりと並んでいる悪神官達の端の方から短く悲鳴が上がった。

 一人の悪神官が浮き上がったかと思うと、空中を滑るようにして大神殿前の階段下、つまり鈴音と虹男の前へ引き出される。

 雑に落とされて尻餅をつき、嫌そうな顔をしているのは虹男がお喋りと呼んだ案内係だ。


「鈴音、あの人達苛めてよ。得意でしょ?」

「いや人聞きの悪さハンパ無いな!?」

 悪党達を指差しながらとても良い笑顔を向けて来る虹男に、鈴音は全力でツッコミを入れる。

 だがこれで、サファイアや骸骨神に一撃でやられる心配は無くなった。

 虹男の獲物を横取りしたりはしないだろう。

「ホンマ人を何や思てんねんな。喜んでやらして貰うけども」

「やったー!」

 獲物の調理を頼まれた鈴音は、鼻をフンと鳴らしてから悪女バージョンの笑みを浮かべて案内係を見る。

「あらー、案内係のお兄さん。ちょっと見ぃひん間に何やえらい素敵な装飾品着けてはりますやん。ようお似合いでぇー」

 後ろ手に縛り上げている縄をアクセサリー呼ばわりされ、案内係も負けじと笑顔で応える。

「同僚が着けてくれたんですよ。でもこれ、あちら側に居る彼らの方が似合うと思いますけどねぇ」

 今ひとつ案内係の嫌味にキレが無いな、と首を傾げた鈴音は、悪党達全体が小刻みに震えている事に気付いた。

「ああ、寒さで脳も身体も動きが悪いんか」

「鈴音は平気そうやな?寒ないんか?」

 ビタッと鈴音に体をくっつけている虎吉が不思議そうに見上げる。

「え?寒いよ?けど慣れとるいうか……長距離の大会って秋から冬が多いからなぁ。この気温なら風が吹かんかったら平気。気合や」

 マラソンが趣味の鈴音からすると、根性でどうにかなる気温らしい。

 しかし神官達まで巻き込まれるのは気の毒だ、と視線を向けると、骸骨が彼らの背中にペタペタと触れて回っていた。

 冷気を無効化する力でも注ぎ込まれたのか、骸骨に礼を告げた神官達は震える事なく案内係を見つめている。

 顔色が良くないのは寒さのせいではなく、知人を含めた様々な人々や、子供の悲惨な最期を見たせいだろう。

 カンドーレの頬には涙が伝った跡がある。

 その未だ濡れたままの目に宿る光に凶暴なものを見た鈴音は、急いだ方がいいなと頷いた。


「アンタな、何か言い訳とかある?」

 悪女をやめ素に戻って鈴音は尋ねる。

「あれやん、命乞い。悪いのは全部大神官だ私のせいじゃない、的なやつ」

「ありませんね。それをして何か変わりますか?変わらないでしょう?いいんですよ私なんて、生まれながらの悪党なんですから」

 ふ、と翳りのある笑みを見せる案内係に、鈴音は実にあっさり頷いた。

「あ、そ。そら良かったわ。切り刻むなり引き千切るなりしても心が痛まんで済むやん?」

 その返答に案内係は僅かばかり動揺した顔をする。

 想像していた反応と違ったようだ。

「え、なに?生い立ちとか聞いて貰えるとでも思た?残念ながらそういうのお腹いっぱいなんよ。人のええ神官さん達やったらコロッと行くかもしらんけど、現代日本人そういうのもう飽きてんねん」

 胃のあたりを擦りながら溜息を吐く鈴音と、現代日本人というよく解らない単語に首を傾げる案内係。

「島の方言ですか?ゲンダイ何とか。そもそもアナタ何者なんです?只者だとかふざけてましたけど、只者が神の御使い……いや神でしたか、神と親しげに話せる訳が無いでしょう」

「んー、只者がアカン言われたら、労働者?いやそれやと肉体労働っぽいか。勤め人……言うても信じひんよなー。ほなもう、神の使いやとしか答えようがなくなるけど」

「神の使いですか。神官が居るというのに、神はアナタのような人を選ぶと。じゃあ我々は何なんでしょう。勉学に励み厳しい修行に耐え人々に尽くし、神に全てを捧げているのに。選ばれるのはアナタだと」

 手が自由なら派手に動かしてポーズでも決めていそうだな、と半眼になった鈴音は、どうにか頑張って笑顔を作った。


「仕えとる神様がちゃうからねぇ。神官さん達が仕えとるんは、あの竜。まああれは仮の姿やけど。私が仕えとる神様はここには居らん。……ま、神に選ばれたか選ばれてないかで言うたら、選ばれた側であることは間違い無いから?何ともよう言わんけどー」

 少し胸を張り見下すような視線を送って嫌味たらしく笑う。

 狙い通りに苛ついた様子の案内係へ、追い討ちを掛けることも忘れない。

「ああでも、神に選ばれた神官さんなら居るやん。神剣授かった神官さんはどう考えてもそうでしょ」

「いやいや神剣など持ち出そうと思えば誰でも……」

 否定しようとする案内係に、元気良く手を挙げた虹男が笑い掛けた。

「はい!僕があげたよ。妻からだよって」

 絶句する案内係と、虹男へ尊敬の眼差しを向ける鈴音。

「最高のタイミング。虹男アンタ天才やな……。あの男にブッスー刺さったで今のん」

「ホント?ふふふ、褒められちゃったよ」

 嬉しそうな虹男はそのままにして、鈴音は案内係を再度見下す。

「どっちにしろ、選ばれたんはアンタやない、いう事やね。まあそらそうやろー“生まれながらの悪党”は選ばんわー。神様からしたらそんな変なもん作った覚え無いねんからさぁ、作ってへんもんは選ばへんし見つけたら取り除くよ気色悪い。どっから湧いて出てんいう話やで」

「随分な言われようですね。こんな風に育つよう仕向けたのは神でしょうに」

 段々と目付きが悪くなってきた案内係に、鈴音は呆れ顔を向けた。

「ダサッ!!カッコ悪ッ!!こんな時だけ神様のせいにするとか、そんなんやから大悪党の手先なんてしょーーーもない道選んでまうねん」

 今や仮面は剥がれ落ち、案内係は明らかに鈴音を睨みつけている。

「しかもやで。私賢いですみたいな顔しとる割に自分では何にも考えんと、ぜーんぶ大悪党の言いなりや。言うたらあれやね、子供のお使い。お駄賃欲しさに頑張ったんかな。まあホンマに働いとったんは護衛の二人やけど」

 黙っていた案内係の顔色が変わった。

 最後の一言が癪に障ったらしい。

「そんな、人を斬る事しか能の無い輩と一緒にしないでくれますか。私がどれ程大神官様と大統領の無茶な要求に応えてきたと思ってるんです?現場の状況を見て臨機応変に動かなきゃならないんですよこっちは。人目につかない場所で死体作ってりゃいい連中よりよっぽど忙しいんですよ!!」


 案内係が吠え終わると同時に、周囲が暗くなった。


 毎度お馴染み大神官の私室が映る。

 そこに居るのは大神官と護衛の二人と見知らぬ神官。

「おお、今回もよくやってくれたな。そなたは優秀であるから、特別に上乗せしておいた。他の者には言うなよ」

 神官の手を握るようにしながら、おそらく金貨と思われる物が入った袋を渡す大神官。

 礼をして神官が去って暫くすると、ノックに続いて案内係が現れる。

「おお、今回もよくやってくれたな。そなたは優秀であるから、特別に上乗せしておいた。他の者には言うなよ」

 案内係の手を握るようにしながら以下同文。

 何らかの不具合で同じ箇所が再生されてしまったのかと思う程、袋を受け取る者以外はそっくりそのままのシーンだった。

 案内係が去った静かな部屋では、大神官が溜息を吐いている。

「あと何名だ、五名か。全く面倒だがこれをやるのとやらんのとでは働きが違うからな。いくらでも替えが利くとはいえ、一から教える手間を考えればこのくらいの労は致し方ない。やれやれ、我が部下共は実に優秀で有能で特別で頼もしい限りだ」

 ソファーにふんぞり返った大神官が呆れたように笑うと、護衛二人も大勢の特別達を嘲笑うように口角を上げた。


 周囲が明るくなり、皆が案内係を見る。

 案内係本人は、ゆっくりと眼球を動かして鈴音を見上げた。

 とても可哀相な生き物を見る目、憐れみの目がそこにあった。

「知っ、て、っ、知ってましたよ!?当たり前じゃないですか、替えの利く駒でしかないでしょう我々など!!」

 喉が張り付いたかのようにつっかえながら、片頬だけを吊り上げ目を剥く案内係。

 悲しそうな顔で鈴音はゆるゆると首を振る。

「けど、我々、の中にあの護衛の二人は入ってなかったねぇ。あの二人の替えはおらんみたいや。死体作るしか能が無い人の方が、立場が上やったねぇ。神様どころか悪党にすら選んで貰われへんアンタは、もしかして物凄い凡人なんちゃう?」

 残念で憐れな生き物を見る目が我慢ならないのか、顔を真っ赤にして案内係は吠える。

「神の威を借るお前如きが偉そうに言うな!!」

「あっはっは!そっくりお返ししたるわー、護衛の二人が居らんかったら、あの記者さんに殴り飛ばされて負けとったクセにー」

 完全に馬鹿にした顔で見下し笑う鈴音を睨みながら、案内係がどうにかこうにか立ち上がった。

「お!やる気?ええよー、なーんぼでも……」

 ここで鈴音は魂の光を全開にし、神力も少しだけ解放する。

「相手したるわ掛かっといで」

 人差し指だけ動かして挑発する鈴音を、大統領と将軍と秘書以外の全員が呆然と見つめた。


「何だ、どうしたのだ」

 小声で問い掛ける大統領に、失神から復活していた悪神官が答える。

「本物の神の使いでした。光っていますあの女」

「神の力など感じないと言っていたではないか」

「あの時は……いや、今の今まで感じなかったのです。化けていたとしか思えません」

 こそこそ会話する大統領の横では将軍がごそごそしている。

 折を見て何か仕掛けるつもりのようだ。

 その目はじっと鈴音達の方を見ている。


「どないしたん?護衛がおらんでも強いんじゃーいうて立ち上がったんちゃうの?女相手なら勝てる思て」

「え?横に僕が居るのに?神様だよ?強いよ?」

 口を尖らせる虹男に鈴音は『ちゃうちゃう』と手を振る。

「あの手のタイプは自分が偉そうに言うのは良くても、他人から同じように言われるのはアカンねん。顔真っ赤にして怒りよるねん。要するに、頭に血ぃ上り過ぎて神様の事は一瞬忘れてしもたんやねー、アホやねー」

「なぁんだ、アホなだけか良かった」

 天然煽り上手の虹男のアシストもあり、呆然としていた案内係に怒気が戻った。

「どないすんの、やるのやらんの?あ、そうやええ事思い付いた。私に勝てたら無罪放免でどや!やる気出たやろ?」

 ふんぞり返る鈴音に、横の虹男がまさかの駄目出し。

「絶対勝てないもん、やる気出ないよ。それに鈴音に殴られて死なない人なんて居るの?」

「いや待ってまた人聞きの悪さエライことなってる。人苛めんの得意で殴ったら殺してまうとかどんなんや私。光消したら手加減ぐらい出来ますー。まあ、壁まで吹っ飛んだりはするけど」

 チラ、と将軍を見やる鈴音。

 実際どうなのかはともかく、見た感じでは無事そうだ。

「けど確かに騎士と将軍であれやし、こんなヒョロい男なんか殴ったら一撃かもしらん」

「でしょ?だったらさ、虎吉捕まえられたら許してあげることにしたら?」

「は?俺か?」

 急に名前を出されて虎吉は小首を傾げた。

「別にかまへんけど、あんな氷やら雪やらあるとこ走り回るんは嫌やで」

「そっか、わかった」

 冷たいのも濡れるのも嫌だという虎吉に頷いた虹男が、神力の一部を解放する。


 虹男を中心にして全方位へ春を思わせる風が吹き抜け、骸骨神が陣取っている大神殿を除き、雪と氷が消滅した。


「おう、やるやないか」

 気温も上昇した為、鈴音の腕から飛び降りた虎吉は地面で大きく伸びをする。

 くぁー、と大欠伸も一発かまし、長い尻尾をピンと立てた。

「っしゃ、いつでも遊んだる。ただし、猫の遊びは激しいで?付き合える自信があるんやったら、縄解いて貰えや」

 にんまりと笑う喋る獣。

 皆が皆神獣だと思っているそれが言う“遊び”がどんなものかは解らないが、案内係の選べる道など一つしか無い。

「神に誓うんですね?それを捕まえたら私を罪に問わないと」

「神が誓ってあげるよー」

「これ以上ない保証やな」

 無邪気な笑みの虹男と、邪悪な笑みの鈴音。

「では、縄を解いて下さい」

 案内係の声に応えて虹男が指を振って縄を切る。

 切れた縄が地面に落ちた瞬間、瞳孔全開の虎吉が喜々として駆け出した。

 案内係目掛けて真っ直ぐに。

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