表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
557/629

第五百五十七話 ビカッとな

 手元に謎の道具を出現させ、侍っている女神達からダメ出しされては作り直し、を繰り返していたフォレは、神々の視線に気付いてきょとんとする。

「おや?どうかしたのかな?」

 不思議そうな問い掛けを耳にして、呆れ顔のシオンが口を開いた。

「どうもこうも、キミ、皇帝に神託なんか降ろしていたのかい?」

「神託?ああ、あれか。鈴音と虎吉が行ってくれるんだし、私も何かした方がいいかと思って、彼に夢を見せておいたんだ。どうせ信じないだろうけど、一応ね」

 謎の道具、鉢から生えたハエトリグサ風の何かにガブリガブリと手を噛まれながら、微笑むフォレ。シオンはやれやれと首を振る。

「そういう事をしてあるなら、鈴音に教えておいてやらないと。皇帝は神託が気になっていたみたいだし、わざわざ決勝まで戦わなくても、初戦の段階で金も地位も手に入れられた可能性がある」

「そう?」

「そうさ。まあ、女性を蔑視する思い上がりの甚だしい者を叩けたのだから、無駄ではなかったけれどね」

「それなら良かった」

 微笑むフォレの手元を指して女神達がまたダメ出しをし、ハエトリグサ風の何かは不採用になった模様。

 その様子に小さく息を吐いて、シオンは宙空の映像へ視線を戻した。




 闘技場では、炎の消えた剣を投げ捨てた鈴音が、もはや色男と呼ぶのが躊躇われる表情の対戦相手を睨んでいる。

「ば、化け物め!」

 引っ繰り返った声で叫び、色男はバレーボール大の火球を撃った。

 時速100キロ程で顔目掛けて飛んできた火球を、鈴音は羽虫でも払うような仕草で消す。

「は……っ?」

 何が起きたのか理解出来ず、間抜けな顔になる色男。観客もまた、『どういう事?』『なんで消えた?』と顔を見合わせている。

 答えを教える気などない鈴音が拳を握ると、生存本能が危険を察知したのか、色男は脱兎の速さで壁際まで後退した。

 一応身構え睨んではいるが、青褪めて冷や汗を掻き膝が大笑いしているその姿を見て、鈴音は一瞬でやる気をなくす。


「まだ続けんの?こっから挽回する方法があるんやったら早よやってよ?」

 うんざりした顔でそう告げられた色男は、目に怒りを宿し両手を突き出した。

 予想を裏切らず、先程より僅かに大きい2つの火球が発生し飛んでくる。

 鈴音は虎吉を右手で庇う以外は何もせず、敢えて2つ共まともに受けた。

 炎に包まれる鈴音の上半身。

 客席からは悲鳴が上がり、色男の顔には歓喜が広がる。

「やった!ははは!生意気な口をきくからこんな……」

 歪んだ笑みを浮かべていた色男はしかし、様子がおかしい事に気付いて顔を引き攣らせた。

「続きは?生意気な口が何て?」

 ゆっくりと消えた炎の中から現れる、髪の毛1本焦げていない鈴音と、退屈そうに大あくびする虎吉。

 火球を食らう前となんら変わらぬその姿を目の当たりにし、愕然とした色男は腰を抜かして尻餅をついた。

 その瞬間、場内へ威厳に満ちた声が響き渡る。


「それまで!」


 驚いた鈴音が声のした方を見上げると、北側の貴賓席で皇帝が立ち上がり、右手をこちらへ向けていた。

「おー、レフェリーストップやのうて皇帝ストップや」

「滅多にないんか?審判の目ぇまん丸やぞ」

「ホンマや。もしかして前代未聞?」

 猫の耳専用会話を交わす余裕があるふたりとは反対に、慌てふためいているのは色男だ。立ち上がりたいのに腰が抜けているので出来ず、横座りのようになっている。

「おま、お待ち下さい!」

 色男の叫びには審判が即座に反応した。

「無礼である!控えよ!」

「しかし俺はまだ降参していない!」

 皇帝に意見するのは流石にまずいと気付いたか、審判への抗議に切り替える。

 けれどその訴えが通る事はなかった。

「陛下のご決定に不満があると?」

「い……、いや、そうではなく……」

 視線を落としモゴモゴと歯切れの悪い様子を眺め、『前代未聞の皇帝ストップやし負けた相手は女やしで、恥ずかし過ぎて国に帰られへん思てるんやろな。ザマァ見ぃ』と鈴音は心の中で舌を出す。


 表情からは内心など窺い知れない鈴音へ、皇帝から声が掛けられた。

「ヒノモトの鈴音と言ったか。まずは健闘を称える。だがそなたの実力であれば、このような大会になぞ出ずとも仕官の道はあろう。何ゆえの参加か?」

 まさか皇帝が出場者へ話し掛けるとは、と観客がどよめく。

 普段なら長いものに巻かれる鈴音の方は、端からゴネる気で来ているので特に緊張する事もなく、貴賓席を見上げた。

「お金と後ろ盾が欲しかったので」

 あけすけな物言いに審判が眉を顰め、観客もヒソヒソと顔を寄せ合う。

 その中で皇帝だけは表情を変えず、じっと鈴音を見つめた。

「それは、そなたの目的の為か?」

「へ?」

 想定外の問い掛けに対応出来ず、鈴音は間の抜けた声を出し目をぱちくりとさせる。誰かと間違えているのだろうか、と。

 そんな反応を気にする様子もなく、皇帝は語りだした。


「余は夢を見たのだ。縞模様の獣を抱いた光り輝く娘が、とある者達を導くという夢を。ここ数日、幾度も」

 一度目を閉じ、夢を思い出すような表情をしてから、再度鈴音を見る。

「あれは神からの御告げではないのか?それとも余はおかしくなってしまったのか?」

 どこか縋るような皇帝の問い掛けに、観客はざわめき、近衛達も思わず振り返る。

 言うまでもなく、神は遥か遠い昔に御隠れあそばされたのだ。

 神官の力で死者を神の許へ送れないのが、何よりの証拠である。

 復活を願う祭りは催されているが、それが成ったという話は聞こえてこない。

 こんなのは世界の常識で、祭りも神殿で神官が執り行う儀式も、疾うに形骸化している。

 早い話が寄付の名目で金を集める為の行為だ。神殿が集めた金で貴族が酒や女を用意し、仲良く遊んでいるというのもこれまた常識。

 だというのに、皇帝陛下はどうなさってしまったのか。

 訝しむ観客や、このままでは帝国の威信に関わる、どう誤魔化そうか、と慌てている側近達を無視して、皇帝は鈴音を見つめ続けた。

 すると。


「はー。神様も人が悪い。いや人ちゃうやん、神が悪い?……アカン、めっちゃ不敬な感じになってもた」

「うはは!神さんも意地悪やなあでええがな」

 何とも気の抜ける会話に続き、闘技場のど真ん中に太陽が出現した。

「うわあッ!」

「眩しい!」

「何が起きた!?」

 騒然とする場内で唯1人、皇帝だけが歓喜に震える。

 少しして目が慣れれば、太陽が落ちてきたのではなく、獣を抱いた女が光り輝いているのだと観客にも分かった。

 それは、今しがた皇帝が語った夢に出てきた人物そのままで。


「皇帝陛下の仰る通り、私は神から御力を授かり、とある人々に使命を与える為、ここに居ます」

 堂々と話す姿は神々しく、その強い光は嘘だペテンだと疑う隙を与えない。何しろあんな光を再現出来る者など、この世界には居ないからだ。

「凄い」

「ほんもの……?」

「神の……御使(みつか)い?」

「神は復活なさっていたのか?」

 魂が抜けたような顔で呟く人々。

 皇帝は興奮を鎮めようと胸に手を当てながら、鈴音へと尋ねる。

「その使命の為に、余の……いや、わたくしの名がお役に立つのですか」

「そうですね。神の使いが来たよー!言うたら、『真面目にやってました』『差別なんかしてません』みたいに誤魔化す輩が出ますやん?」

 そう言って、腰を抜かしたまま固まっている色男をチラと見る鈴音。


「性別やら身分やらに関してはね、自分らで頑張って貰うしかないんですけど。職業差別、それも自分がお世話になっときながら差別するアホが居てる事に、神がとても悲しんでおられまして」

 人々はどの職業の事だろうと首を傾げ、夢を思い出した皇帝は成る程なと納得する。

「彼らに力を与えるのですか」

「ええ」

「神官達はどうなりますか」

「只の人になります。もうね、神を蔑ろにしといて、何が神官やっちゅう話ですよ。雷に撃たれて死なんかっただけありがたい思えと。私が神やったら、とっくに世界丸ごと滅ぼしてますよ?」

 腰に手を当てフンっと荒い鼻息を吐く鈴音へ、大きく頷き皇帝が同意を示した。

「神殿にはわたくしも思う所がございます。ただ、動き回る死者や悪霊を遠ざけられる力が彼らにしかなく、強く出られずにおりました」

「あー、そこはね、神も『悪いことしたなー』思てはるそうです。神殿が神をナメ……蔑ろにし始めた頃に、きちんと対応すべきやったと。神官を我が子のように思てた分、約束をどんどん破られて悲しかったそうで。悲しいなぁ寂しいなぁ、て神様時間でちょっと他所見してたら、この有り様やったと。なので、お亡くなりになったとかほざ……嘘吐いたんも神官ですね。神は死んだ事なんかないです」

 鈴音が語る真実に、皇帝も人々もビックリだ。


「それはまた……、本当に我々が生きているのが、この世界が存続しているのが、奇跡に思えると申しましょうか……」

 何してくれてんだ神官共め、とこの場に居る全員が叫びたい所だろう。

「ね。私みたいな気性の神やのうて良かった。そういう訳で、私はプレリいう国に行かなあきません。優勝賞金と、帝国が後ろに()るて分かる身分証を下さい」

 右掌を上へ向け、営業用スマイルを見せた鈴音へ、皇帝は手で城の方を示す。

「畏まりました。可及的速やかに御用意致しますので、城までおいで願えますか」

「分かりました。陛下の後について行きます」

「いえ!わたくしが歩きますので馬車にお乗り下さい」

「いやいや、アナタ剥き出しにしとって暗殺とかあったらえらい事ですやん」

「しかし」

「ほな間取って一緒に乗りましょ」

 皇帝が引き下がりそうにないので鈴音が折れ、仲良く馬車移動する事になった。

 世界が変わるぞとざわめく場内から退場する鈴音に、色男が呼び掛ける。


「かっ、神の御使い様っ!この度のご無礼の数々、どうかお赦しを!」

 ピタリと足を止めた鈴音は、呆れ顔で振り返った。

「アンタが無礼を働いたんは、神の使いにやのうて鈴音いう女に対してや。その辺も理解せんと取り敢えず謝っとけいうんは、何か違う思うけど?」

「そ、れは」

「まあええわ、二度と会う事もないんやし。下に見て適当に遊んだ女が、動く死体や悪霊になって戻ってこんかったらええね」

 鈴音の不気味な笑みに震え上がった色男には、どうやら思い当たる節があるようだ。

「もー、クズ数珠繋ぎとか要らんでホンマ」

「ああ、生霊事件もクズやった言うとったな」

 呆然としている色男を置き去りに、虎吉と会話しつつ鈴音は魂の光を消して通路へ向かう。

 案内役の臙脂色軍服が、物珍しそうに視線を動かしていた。

「点けたり消したり便利だな。……ですね」

「ぶふっ敬語下手くそか。ほら、まだ身分貰てへんし、貰ても隠して行動するし、普通に喋ってええですよ」

 鈴音がそう言って笑うと案内役はホッとした様子で、馬車が待つ皇族専用出入口まで歩きながら、神殿の腐り具合などを話す。

 出入口手前で皇帝の従者と交代する際に鈴音が手を振ると、普通に振り返してから慌てて直立していた。



 愉快な案内役と別れた後は、従者に先導され馬車へ向かう。

 先に乗っておけばいいのに、皇帝は律儀に外で待っていた。近衛がガッチリ周囲を固めているので、大した魔法がないこの世界ならこれで安全なのだろう。

 鈴音が乗ってから皇帝が乗り、馬車は出発。

 馬車内での皇帝との会話はといえば。

「因みにその愛らしい獣、先程喋りませんでしたか」

「喋るで。神の獣やからな」

 これで終了。

 喋る猫に驚いた皇帝が意識を飛ばし、城までのおよそ10分は鈴音と虎吉だけが会話していた。

「この世界、動物は喋らへん言うてはったもんね」

「せやな。魔獣とかも()らへん言うてたな」

 フォレの話を思い出し頷くふたり。

「それにしても、こんな簡単に事が運ぶとはねぇ」

「暴れそびれたな。まあ、皇帝は頭がええから物わかりがええだけで、他はそんな事ないやろ」

 虎吉の眉間から後頭部へと手指を滑らせつつ、鈴音は笑う。

「絶対モメるんが神殿関係やんね。貴族も絡んで面倒臭そう」

「そこで魔法ドーン!やがな」

「また鳥ちゃんのお母ちゃんがモデルな火の鳥に、出番がくるんやろか」

 そんな話をしている内に馬車は城へ到着し、我に返って先に降りた皇帝が鈴音をエスコートした。



 従者の1人が先に戻って事情を伝えていた為、玄関ホールへ出迎えた重臣達に、大きな混乱は見られない。

 勿論、自分の目で見ていないので完全には信用していないようだが、それを表立って口にする阿呆はいなかった。

 ずらりと並んだ使用人達は無表情を貫いており、もし皇帝が着ぐるみの手を引いていても、眉ひとつ動かしそうにない。

 流石は多くの国々を支配下に置く帝国の本丸だなあ、と感心した鈴音だが、それ以上は考えないようにする。ド庶民に城は刺激が強過ぎるのだ。

 ひたすら案内されるまま進み、やたらと広い応接間に足を踏み入れる。

「直ぐに戻りますので、こちらでお待ち下さい」

 そう断りを入れて皇帝が重臣や従者達と必要な物を取りに行き、広い部屋には鈴音と虎吉と侍女が2人だけになった。

 侍女達は、ソファに座った鈴音へお茶やお菓子を出してくれたりと隙なく動いているが、どうも目の奥で『本当は陛下の愛人では?』と疑っているように見える。

 これは重臣も含め城中の人々の前で一度しっかり光った方がいいな、などと考えている所へ、皇帝が戻ってきた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ