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第五十五話 記者

「証人か、成る程。その話は既に国民の知る所という事かな?」

 無表情で問い掛ける大統領に、記者は胸を張る。

「当たり前でしょう。不正を知りながら黙っていては記者の名がすたる」

 言いながら、持っているメモ用紙のような物を広げた。

 粗末な紙の片面に文字が刷られた、いわゆる瓦版のような物らしい。

 正義の告発と題して大統領を批判する内容が見て取れる。

「ふむ、君の言いたい事は解った。ただ、私にも言いたい事はある。改めて時間を作るので暫し猶予をくれないか。そうだな、三日でいい。この後の予定が詰まっていなければ今ここで申し開きをするのだが」

 口元だけで笑う大統領へ記者は頷き理解を示した。

「面会の予約しか取っていませんからね、このままお話し頂けるとは思っていません。三日後にまたこちらへ伺えば宜しいですか」

「ああ、それで頼む」

「ちなみに、私には沢山の仲間がいます。私の身に何かあった時は、あなたが真っ先に疑われますのでご注意下さい」

 正義感に溢れた顔で釘を刺す記者に、大統領はただ黙って頷いた。

 官邸を出た記者は尾行を気にしながら街へ消えて行く。

 その様子を、いくつもの目が追っていた。


 余程警戒しているのか随分とあちこちを歩き回ってから、記者は集合住宅の門を潜る。

 自宅と思しき部屋の鍵を開け、息を吐きながら中へ入った。

 どうやら居間と寝室の二部屋しかない独身向け住宅のようだ。

 扉を開ければ直ぐに居間なので、嫌でも部屋全体が目に入る。

「……?」

 どこか違和感を覚えた様子の記者の視線が、テーブルへと注がれた。

 テーブルの上には可愛らしい髪飾りがポツンと置かれている。

 その髪飾りの真ん中には、刃物で切りつけたような跡があった。

 何を意味するのか理解したらしい記者は今にも悲鳴を上げそうな表情を見せ、次の瞬間にはもう部屋を飛び出し通りを駆けて行く。

 大通りで辻馬車に乗り込むとそのまま隣町方面へと消えて行った。

 後に続く別の馬車には気付かずに。


 映像が切り替わると、記者が馬車から慌てて降りている所だった。

 路地を駆け抜け、三軒並んだ家の真ん中の扉をノックも無しに開けようとする。

 施錠されていると気付き、ポケットから取り出した鍵を挿そうとして手の震えから二、三度失敗。

 漸く成功させると、飛び込むようにして中へ入った。

「あなた!?どうしたの!?」

「お父さんだ!」

 駆け込んだ居間では、勉強の最中だったらしい記者の妻と六、七歳くらいの娘が驚いた顔で立ち上がっている。

「ぶ、無事か……!」

 確認するまでもなく、二人に異常は見られない。

 室内におかしな点もない。

 抱きついてきた娘の頭を撫で、冷静さが戻って来たのだろう。

 自身がとんでもない過ちを起こした事に気付いたようだ。

「今すぐ、今すぐにここを出よう!」

 夫の様子から全てを理解したらしい妻が頷き、支度をしようと動きかけて目を見開く。

「後ろ!」

 その声に反応するより早く、記者は背後から殴り倒された。

 倒れ込む父に驚く娘は口を塞がれ、妻は悲鳴を上げる前に殴られ昏倒させられる。

 呆れる程の素早さで事を終えたのはやはり、護衛の二人だった。

 別の男が顔を出し、頷いて外を指す。

 頷き返した護衛達が三人を運び出して馬車に載せ、何処かへと去って行った。


 映像の途中で鈴音は虎吉の頭に鼻を埋める。

「おおッ!?今か!?予想外のタイミングやな。どないした?」

「この後の事考えたらイーッてなりそうになった」

 鼻を埋めたままモゴモゴ喋られ、虎吉は擽ったそうに軽く頭を振った。

「まあ殺されるやろな」

「その前。その前にも胸くそ悪なるとこがある絶対。だってこのまま殺したら大統領が疑われるやん」

「ああそうか。それ防ぐのにイーッとなる何かが起きるんか」

「うん」

 ここで鈴音がキレると話がややこしくなるので、虎吉は黙って吸われておく。

 この間に映像は切り替わっており、三人は例の地下室に運び込まれていた。


 目を覚ました記者は、両手をついて身体を起こしてから縛られていない事に驚く。

 しかし、顔を上げた途端にその訳を理解した。

 反対側の壁際に座らされた妻と娘の首に、長剣が突き付けられている。

「おはようございます。何が起きたか解りますか?」

 記者と妻子の間に立って笑うのは砂金大好き案内係の男。

 妻子に長剣を向けているのは勿論護衛達だ。

「あんた達は誰だ。大統領の手先か」

 殴られた頭が痛むのか顔を顰めながら問う記者に、案内係は薄ら笑いを浮かべる。

「何でそんな強気に出られるんでしょうね?どういう状況か解ってますか?離れて暮らしてまで隠してたご家族、あなたの失敗で大変な事になってますけど」

 頭を指差し顎で妻子を示す案内係に、記者は何も言い返せない。

「理解したみたいですね、よかった。さてそこでご相談なんですけどね?あなたが書いたあの記事、あれ全部嘘だったって謝罪の記事を出して貰えませんか」

 腕組みをし人差し指をトントンと動かしながら、爽やかな笑顔を見せる案内係。

「謝罪……?そんな事をしたって無駄だろう。あれを読んだ人々の多くは大統領に疑惑の目を向けている。謝罪記事など出したら、圧力がかかったのだなと誰もが思う。どう考えても悪手じゃないか」

 不信感丸出しの表情で記者は眉根を寄せる。

 そういう反応を待っていたのか、実に嬉しそうに笑った案内係はローブの内側から一枚の似顔絵を取り出した。

「だーれだ」

 描かれているのはこれといった特徴の無い中年男性。

 だがそれを見た記者の目は驚愕に見開かれた。

「あ、あの人に何をした!!」

「おや怖い顔だ。まあ大事な証人の顔を急に見せられたらそうなるか」

「まさか、殺したのか」

 似顔絵を仕舞う案内係に、顔色を失くした記者が詰め寄る。

「そんなわけないでしょう」

 怒るどころか益々愉しげな笑顔になった案内係は続けた。

「この人、我々のお仲間ですから。殺すなんてとんでもない」

 ニコニコ笑っている目の前の男が何を言ったのか、咄嗟に理解出来なかったらしい記者は瞬きを繰り返している。


「いいですか?彼は最初からこちら側の人員です。今頃はどこかの酒場で酔いに任せ『“あんたがこの話を証言したって事にしてくれたら金をやる”って言われたから、小遣い稼ぎのつもりでやった』とか言ってます。『まさかこんな大事になるなんて思わなかった。謝ったら大統領は許してくれないだろうか?牢屋行きは嫌だ、ほんの小遣い稼ぎのつもりだったんだ』なんて事も言ってるかもしれないですね。いやー可哀相に、大統領を陥れようとする勢力に利用されてしまった小狡いだけの一般人!こんな話を聞かされた人々は一体どう思うんでしょうねえ!」

 牙を剥くような笑みを浮かべた案内係は、記者の顔を覗き込んだ。

 呆然としたその表情に満足したのか嬉しそうに幾度も頷く。

「基本的にみんな、自分達で選んだ自分達の代表が好きですからね。こんな嘘っぱちのでっち上げで大統領をコケにしやがった奴らは何処に居る、って大騒ぎでしょうね?お酒も入ってると尚更熱くなり易いし。今日のうちに街中が知って、明日明後日には国中が知るんでしょうね、嘘まみれの“正義の告発”とやらを」

 案内係の楽しげな声を聞きながら、記者は自らの髪をくしゃりと鷲掴み、小さく首を振っていた。

「酒場で会ったのも不正の現場を見たと臭わせたのも、こちらが記者と知った上で……?怖くて何も出来ない自分が情けないと涙を流したのも……」

「全部お芝居でした!さあどうしますか正義の記者。嘘の記事をそのままに逃げますか。その場合は独身生活に戻る事になりますが」

 記者の妻子を指して案内係は笑う。

「謝罪記事を速やかに出して頂けましたら、皆さん自由にして差し上げますよ。ま、お仲間にも見放されるでしょうから、この国にはもう住めないでしょうけどね」

 声を上げて笑う案内係の前で崩れ落ちた記者は、その顔に後悔の念を滲ませ両の目から涙を溢れさせた。


 映像が切り替わり、大統領が執務室で粗末な紙を眺めている。

「これで、この手の蝿は駆除出来たかと。奴らが騒いでももう誰も聞く耳を持たないでしょう。後は金銭的援助をしようなどという、困った金持ちが現れないように気を付けるだけです」

 案内係の報告に、大統領は紙を丸めながら頷いた。

「手間を掛けたな。大神官様にも改めてお礼に伺うと伝えてくれ。ああそれと、ひとつ噂を広めておいて欲しい。なに、君が言うところの困った金持ちを潰す為に、ある物を買い占める必要があってな……」


 その頃記者は、街のあちこちで訂正記事をバラ撒いては逃げていた。

 全てを撒き終えて走る記者を指差し誰かが叫ぶと、そこかしこから石が投げつけられる。

 頭を庇いながら路地から路地へと走り続けた記者は街を抜け、街道から外れた小さな森で家族と落ち合った。

「あなた……」

「お父さん痛そう」

 泣き出しそうな顔をする妻と、石が掠って出来た手の傷を心配する娘に、記者は精一杯笑って見せる。

「大丈夫だ。二人共、怖い思いさせて本当に悪かったな」

 夫の言葉に妻は首を振った。

「それはいいの、覚悟の上だから。でもこの先どうするの?あんな活動が出来る国なんて、他にあるかしら」

「記者はもういいんだ。とにかく家族で安心して暮らせればそれでいい。だから移民を受け入れてくれる国を探そう。そこで力仕事でも何でもやるよ。これでも腕力には自信があるんだ」

 力こぶなぞ作って娘をぶら下げる様子は明らかな空元気だが、妻はそれを指摘するような真似はせず微笑んで頷いた。

「宿屋の女将さんが旅人から聞いたそうなんだけど、東の海の近くにある国がとても大きくて賑わっているって。大きい国なら土地もありそうだから移民も受け入れているかも」

「そうか、じゃあ東を目指そうか」

 頷いて微笑み合う夫婦と二人の手を取る娘。

「いいですね、海辺の国。魚料理好きなんですよ私」

 突如聞こえる第三者の声。


 ギョッとした夫婦が振り向くと、あの案内係が立っていた。

「いやー、よくよく御縁がありますねぇ。別の道から逃げていれば別の者の担当だったんですが。ほらこの街道、官邸から直ぐじゃないですか。報告上げて即追跡任務とか人使い荒いですよねー。まあその分しっかりお手当てを下さるんで何の問題もありませんけど」

 ベラベラ喋る案内係から距離を取ろうとした夫婦は、更に別の気配を感じて視線を動かす。

 抜身の長剣を携えた護衛達が殺気を隠そうともせず退路を塞いでいた。

「よ……要求は飲んだだろう!どういうつもりだ!」

 夫婦で娘を庇いながら案内係を睨んだ。

「自由にするとは言いましたけど、殺さないとは言ってませんよね?当たり前でしょう、野放しにして他所の国で事の真相を話されたりしたら困りますし」

「そんな事はしないと誓う!!」

 叫ぶ記者に案内係は首を傾げる。

「誓うって何にです?神にですか?こんな状況でもまだ神を信じるんですか?おめでたい人だなぁ。そんなだから家族をこんな目に遭わせてしまうんですよ」

 小馬鹿にした口調で言いながら案内係はローブの前を開けた。

「え……」

 見えた法衣とブローチに夫婦が揃って目を見開く。

「はい、大神殿の神官様です。本当に神は残酷ですよねぇ。こんな男と結婚しなければもっと長生き出来たし、こんな夫婦の元に生まれなければ怖い目に遭う事もなかったのに」

「嘘だ……神官様がそんな」

「残念ながらあの二人もですよ。しかも大神官様のお気に入りです。何せ腕が立つのでねぇ」


 案内係が口角を吊り上げた所で、鈴音は骸骨の元へ跳んで戻り二人揃って目を閉じ耳を塞いだ。


 代わって虎吉が見つめる中、軽く斬りつけられ蹴り飛ばされた記者の前でまず娘が犠牲になった。

 噴き上がる娘の血に半狂乱となった妻も、何度か刺し貫かれてから止めを刺される。

 護衛の一人に押さえられ身動き出来ない記者は、絶叫しながらその全てを目に焼き付け、絶望の中最後に首をはねられた。

 血に濡れた長剣に、黒い靄のようなものが纏わり付く。

「おや、身分を明かして絶望させた甲斐がありますね。いいお土産が出来たじゃないですか」

 笑う案内係と無表情に剣を収める護衛達の後ろから、黒ずくめ達がわらわらと現れた。

 黙って頷き合い、遺体を引き摺って森の中へと消えて行く。


 もう大丈夫だろうと虎吉は鈴音の足を叩いた。

「子供、女、男の順番でやられた。死体は森ん中に埋めるんかな」

 それを聞いた鈴音が、我が子のむごい死を目の当たりにした夫婦の痛みを思ってキレるより早く。


 竜が咆哮し全天に稲妻を走らせ、大神殿からは凍てつく風が吹き荒れ辺りを白に染めた。


「うわ、神様がキレた……」

「寒ッ!さぁむぅうッ!!」

 お株を奪われポカンとする鈴音は、脚によじ登ろうとする虎吉を抱き上げ、骸骨と顔を見合わせる。

「サファイア様と骸骨神様がやる気になったらカンドーレさんの出番が……ていうより他所の神様がキレとる時にこの世界のもう一柱は何をしてんの?」

 大神殿前の階段へ目を向けると、やっぱり虹男は凍っていた。

「吹雪に晒された石像みたいになってるやん!」

 慌てて走り寄った鈴音が雪を払い、ちょんちょん突付いて氷を割る。

「っぷはー!ビックリした、うっかり死ぬかと思った」

「いやいや、冷気感じたらすぐ逃げようよ」

「んー、つい。あのお喋りと剣の奴ら嫌いだなーって思ってたら逃げそこねちゃった」

 虹男の珍しい反応に鈴音は目を丸くする。

 どうやら最後の一柱も、随分と怒っているようだった。

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