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第五百四十三話 思てた以上にクズやった

「私だって、普通に……」

 唇を震わせながらそう零し、顔を上げる白詰。

 そこで綱木の姿を視界に認め、ハッと目を見張り一瞬で表情を取り繕った。

 バチバチのバトルを思い出したか、開きかけていた白詰の心の扉が再び閉ざされたのが見て取れる。


「あー……。俺、外に出とこか」

 申し訳なさそうな顔で玄関を指す綱木へ、白詰が首を傾げた。

「皆さんで出ればいいじゃないですか。私もう話せる事なんてないですし。よく考えたら、私が生霊出してる証拠もないのに、付き合う必要ないですよね」

「いやそれは……」

「あなた達が見たとか言われても知りません。私は見てないから。全員で嘘吐いてでっち上げてるのかもしれないし。国ってそういうの得意なんでしょ?」

 今更なにを、と皆揃って目をぱちくりとさせる。

 どうやら白詰は、うっかり秘密を暴露しそうになって動揺しているらしい。彼女を見ながら鈴音が思い浮かべたのは、甲羅に引っ込んだ亀だ。下手に突付くと絶対に出て来ないぞ、と。

 振り出しへ戻った事に眉根を寄せつつ、綱木が口を開く。


「国がそういう存在や思てるなら、我々を追い返した後にどないなるかも想像付きますよね?監視下に置かれますよ?24時間。生霊が出たら直ぐに対応出来るように、職員がついて回りますよ?」

「平気です。見ない振りするの慣れてるんで」

 これは人ならざるモノへの対応を指しているのか、それとも恋人との逢瀬に付き纏う盗撮者への対応を指しているのか。

 そんな白詰へ不思議な生き物を見る目を向けていた茨木童子は、鈴音へと視線を移し耳元でゴニョゴニョと囁く。

 すると鈴音の目がまん丸になった。

「……ホンマや。全ッ然思い付かんかった。そら猫の事しか考えてへん言われるわ。流石は酒呑童子の右腕や、ありがとうな茨木」

 そう言って笑う鈴音と、最上級の褒め言葉を貰い物凄く得意げな表情をする茨木童子。

 やっぱり犬っぽい、と黄泉醜女は笑いを堪えた。


「ほな行くで。証拠になるかは分からへんけど、今から私が見たもんをここで再生します。見たんは今日の真夜中、日付が変わったちょっと後ぐらい」

 再生、と聞いて茨木童子以外が怪訝な顔になる。

 何をするのかと問うより早く、その“再生”が始まった。

 ベランダに続く窓に掛かるレースのカーテンが、ホテルの窓に掛かる遮光性の高いそれに変わり。

 そこから、ぬうっと人の頭が侵入してくる。

「キャアァ!?」

 驚きのあまり悲鳴を上げた白詰は、化け物じみたそれの顔を見て硬直した。

 間違える筈もない。これは鏡や、友人と撮った動画等で見慣れている、自分の顔だ。

 服も、つい先程まで自分が着ていた、お気に入りのパジャマである。

「な……なに……」

 呆然と見つめる中、窓をすり抜けた自分そっくりの化け物は、急に鬼の形相となって誰かへ飛び掛かった。


 ブスと罵り死ねと叫び、見えない壁を殴り付ける。

 壁の中に居るのは不安そうな顔をした睡蓮。

 Tシャツにハーフパンツという部屋着姿でも可憐さを失わない睡蓮と、可愛らしいパジャマが泣いているぞと言いたくなる程、醜い表情をしている自分。

 あまりの酷さに目を逸らしたくなるが、出来なかった。

 あれが、毎日毎日毎日毎日押し殺し続けた、己の本心だと理解したから。

 ただ、何が起きているのか分からず困惑する睡蓮を見ていると、汚い言葉を喚き散らしながら暴れる自分は、とても愚かで惨めな存在に思えた。

 もう諦めればいいのに。

 そう思った所で、何らかの力により拘束された化け物な自分が、どこかへ連れられて行く。

 ビルを跳び山を越え辿り着いたのは、見覚えのある住宅街、見慣れたマンション。

 女がベランダから侵入するや、暴れる自分が部屋へ吸い込まれて行った。

 戻ってきた女が、『寝るなー!寝たら死ぬぞー!って肩ガクガクさせてきた』と笑っている。

 映像はそこで終了した。


「はい、これが夜中にあった出来事。信じられへん言われたら、それまでなんですけど」

 胸元辺りでお手上げポーズをする鈴音に、綱木はこの程度で驚いたら負けだという顔をし、黄泉醜女は『鈴音目線おもしろー』と楽しげだ。

 肝心の白詰は緩く首を振っている。

「信じます。出来ないのは分かってるけど、あの女優……さんを殺してやるって思ってたし。寝たら死ぬぞって言葉、覚えてるし」

 自虐めいた笑みを浮かべながら、力なく項垂れた。

「私、こんな事してたんですね……。化け物みたいな顔だった。すっごい恥ずかしい。只のファンだったら、ここまで酷くなってなかったのかな……?」

 やはり深い関係にあったのか、と尋ねかけ、はたと気付いた綱木は鈴音に『任せた』と視線で合図する。また目の前で閉店ガラガラになっては困るのだ。

 了解と頷き鈴音が口を開く。


「ボーカルの人とはいつからですか?」

「ん……と、私がハタチの時からだから、3年前ですね。当時のバイト先が隠れ家っぽいバルで、そこに彼が来たのが始まりです」

 懐かしむような白詰の表情を眺めつつ、3年は長いなと鈴音は僅かに顔を顰めた。

「彼はあれでしょ、女性とお付き合いした事ない、いう設定……言うたらアカンのか、触れ込み……もアカンか」

 適切な言葉を探して四苦八苦な鈴音に、白詰は小さく笑う。

「設定でいいですよ。私がファンだって隠してたから、彼が『そういう設定で売ってる』『でも素人はマリアが初めて』とか言ってたし。風俗以外では私が初めて、っていうのも嘘だろうなーって思ってました」

「身も蓋もない男やなー。ほなそれを知った上で、納得してお付き合いしてたんですね」

「はい。だから外でデートなんてした事ないです。いつも私が彼の部屋に行ってました。そこのマンションに住んでますーみたいな顔して」

「もし週刊誌やらの記者が(ねろ)てても、毎回時間差で入ってる訳やないし、芸能関係の女性でもないし、この子はもしかして?とか思わへんかー」

「狙われてたかは知らないけど、バレなかったですね」

 悪戯が成功したように笑う白詰を見やり、鈴音の心はどんよりと重くなった。


「そんな風に上手いこと行ってたのに、彼はあなたと別れて睡蓮さんに?」

 そう問われた白詰は、何とも複雑な表情になる。

「別れる、とは言われてないんです。子供が出来たって言った後から、ちょっとずつ連絡が減って行った感じで」

「うん?何や今えげつない爆弾落ちたな。子供が出来たて言いました?」

 幾度も瞬きをする鈴音と、額に手を当て溜息を吐く綱木と、生霊事件には付き物だと言わんばかりの黄泉醜女と茨木童子。

 白詰は寂しげに微笑んで頷いた。

「半年前に。でも彼は『俺は親に愛されずに育ったから、子供を愛する自信がない。堕ろして欲しい』って」

「いやいやいやそれやったらゴム使わんかい何言うてんねんアホか」

 あまりに頭にきたせいで脊髄反射並の勢いでツッコんだ鈴音を見やり、白詰が幾度も頷く。


「ホントそうですよね。けどあの時はそこまで考えられなくて、彼の言う通りにしました。愛して貰えないなら子供が不幸になるとも思ったし。なのに……」

 ゆらり、と白詰の霊力が揺らいだ。

「あの女優と交際宣言した後の直撃インタビューで、将来的に子供は3人ぐらい欲しいなとか言ってたんですよ。それ見たら何かもう、色々わかんなくなっちゃって、こう、グチャグチャで」

 服の胸元をギュッと握り、一点を見つめる。

 霊力は激しく乱れていた。

「メッセージは未読だし電話にも出ないし、部屋は引っ越してたし!でも、何か理由があるのかも?事務所の戦略とかかも?そう思って我慢して……」

「ホンマに好きなんですね、彼の事が」

 勢いよく顔を上げた白詰は、過去形にしなかった鈴音を見つめて頷く。

「迷惑になりたくなくて、でもあんな……化け物が」

「いや、そらしゃあないですよ。生霊は無意識なんやから、彼を好きで()る内はどないもならへんし。……しんどいやろなぁ、彼を好きな事も、その相手を恨む事も」

 そう言われた白詰の目から、ポロポロと涙が零れ落ちた。

 綱木も茨木童子も、それを真顔で見つめている。男として思う所があるのだろう。


「まあ、睡蓮さんは何も知らんいう事は分かって貰えた訳やから、恨みは若干和らぐかもしれませんけど。せやから言うて、そない簡単に割り切れるもんでもないやろし」

 腕組みをした鈴音が言えば、白詰を含めた皆が頷く。

「申し訳ないけど私は彼をクズや思います。多分あなたも薄っすらそない思てるけど、心の底から軽蔑するには至ってへん」

「はい」

「うーん、どないしよ」

 悩む鈴音と素直に頷く白詰を見ていた黄泉醜女が、『あ!』と声を上げ手を叩いた。

「彼氏のクズっぷりを直接見ればいいんじゃん?」

「そら効果抜群でしょうけど、絶対警戒して彼女とは会いませんよね」

「ふふふー。鈴音のそれ、その子の首に掛けたげなよ。そんで、あのやり手マネージャーに電話させてぇ、身の潔白を示す為に鈴音達と会うように、とか圧力かけさせんのぉー。ど?」

「天才か!」

 クワと目を見開いた鈴音が叫び、黄泉醜女が踏ん反り返る。


「えーと、つまり?白詰さんに姿隠しのペンダントさして、俺らと茶谷さんが顔合わすとこへ連れて行く、いう事ですか」

 綱木の確認に黄泉醜女が頷き、鈴音が後を続けた。

「睡蓮さんの事務所から彼の事務所へ、『マネージャーから生霊は女やったて聞いた。ホンマに潔白なんか?役人が何もない言うたら信じたるさかい、いっぺん会え。ウチの女優は大事な時期や、分かっとるな?』とか言うて貰たら、会わざるを得んでしょうね。白詰さんが()るとは知らんから、嫌々でも来るのは来る筈」

 ニヤリと悪役顔で笑った鈴音を、綱木が遠い目で見ている。

「鈴音さんて闇金でバイトしてた経験とかないよな?」

「ありませんよ?そういうドラマは見た事あります」

「ああドラマね、ドラマか。よかった」

 胸を撫で下ろした綱木を眺める白詰の中で、『このオジサン、悪い人じゃなさそう』と評価が変わったが、誰も気付かなかった。

 鈴音は『そんな怖いこと言うてへんのになー?』と首を傾げつつ、話を進める。


「ほんなら早速、綱木さんから山崎さんに連絡して貰えますか?あ、白詰さんは仕事休めます?」

「体調不良で今週いっぱい有給取ったから、その後はちょっと……」

 大遅刻でも無断欠勤でもなかった。

 ふんふんと頷いた鈴音は思い出す。

「週末は関西でしたね彼氏。ほなその前に、何としてでも時間作るようにして貰いましょか」

「よし分かった。そのまんま伝えるわ」

 そう言って睡蓮のマネージャー山崎に電話を掛けた綱木は、生霊の本体がやはり元恋人だった事と、今しがた鈴音が口にした通りの内容を告げた。

 思いのほかあっさりと受け入れてくれたようで、軽く目を見張った綱木が親指を立てて頷く。

 日時が決まり次第連絡して貰う約束をして、通話は終了した。


「何やろな、躊躇いとか一切なかったな」

「んー、山崎さんも彼氏の事を(うたご)うてはりましたし、向こうの事務所としても色々考えてたんちゃいますかね?」

「成る程、そうかもしらんね」

 いかに睡蓮を守るか、百戦錬磨の狐や狸が、ああでもないこうでもないと知恵を絞っていたのだろう。

 人も金も注ぎ込んでここまで育て上げ、ようやっと名が売れたのに、クズのせいで駄目にされるなぞ有り得ない。

 ひょっとすると、黄泉醜女が考えたこの案が最も穏やかな方法だった、なんて可能性も。

 ブルッと震えた鈴音は頭を切り替え、白詰へ微笑みかける。

「そういう訳で、その時になったら迎えに来ますね」

「あ、はい、お願いします。で、あの、また今夜も生霊が出たら……」

 白詰はよほど自身の化け物じみた姿が衝撃的だったようで、お(いとま)しようと立ち上がりかけた鈴音へ、縋るような目を向けていた。


「ああ、それは大丈夫ですよ。優秀な職員が対応しますし。ね、綱木さん」

 話を振られた綱木が、その通りだと頷く。

「生霊を戻すには白詰さんに起きて貰わなアカンので、後で寄越す女性職員に電話番号教えたってくれますか。生霊が出たら結界に閉じ込めて、ある程度の霊力を消費さしてから、電話鳴らして起こすようにしますんで」

「分かりました」

 ホッとした様子を見て微笑み、今度こそ立ち上がって鈴音達は玄関へ向かった。

「ほな一旦帰ります。思い詰めるな言うても無理やろから、寧ろクッションとか殴って発散する方向で。生霊はプロに任せといたら大丈夫やし、心配ないですからね」

「はい、そうします」

 顔色はともかく表情が少し柔らかくなった白詰に見送られ、一行は部屋から出て階段を下りる。

 そのまま4階を覆う結界を通過しようとしたが、やはり鈴音と黄泉醜女は駄目だった。

 パリンパリン、とふたりして穴を空けてしまい、下から『ぎゃー!』『どういう理屈ですか!?』と悲鳴が聞こえてくる。


「やってもうた。理屈とかこっちが知りたい」

「キャハハハハ!何なんだろねぇ、閉じ込める系の結界だとすり抜けらんないのかなぁー?」

 黄泉醜女の予想に頷くのは綱木だ。

「その可能性ありますね。霊力やら妖力やらが漏れへんようにする結界は、言うたら壁みたいなもんやし」

「私とツシコさんは壁抜けの術が使われへん忍者?」

「神力持ってるとダメなのかもねぇー」

「持ってるだけで引っ掛かるとか、空港の手荷物検査かっちゅう話ですよ」

 そんな会話を交わしながらマンションを出ると、中島と小川が空を見上げて現実逃避していた。

「えーと、何かすんません」

 何となく謝った鈴音へ、2人は引き攣り気味の笑顔を向ける。

「ヘーキヘーキ」

「鍛錬が足りないだけですので」

 すっかり大人しくなった2人の様子を見やり、己の強さを過大評価しがちな職員への試練として、結界を張らせ鈴音を通過させるのはどうだろう、等と考える綱木。

 その提案はまた今度する事にして、まずは経過報告とコミュニケーション能力のある女性職員の派遣を依頼すべく、大嶽へと電話を掛けた。

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