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第五十四話 魔剣の作り方

 細い月が照らす路地裏は、社会の仕組みから弾き出されてしまった大人とその子供達が身を寄せ合い、どうにか雨風を凌いでいる場所だ。

 中には犯罪に手を染める者もいたが、殆どは物乞いをするか他人との関わりを持たずにゴミを漁るかで生きている。

 皆が存在を知っていながら居ないものとして扱われる人々の世界。

 そこへ、護衛二人が迷い無く入って行く。


 鈴音と骸骨は互いの右手と左手をぎゅうと握り合った。


 目に映るのは、入り組んだ路地裏の更に奥、板切れやボロ布で作った住居に眠る人々の姿とそれを無表情に見つめる護衛達の姿。

 視線で合図し頷き合った護衛達が素早く距離を詰め、それぞれが一人目の首に剣を突き立てた。

 引き抜くと同時に噴き出す鮮血にも表情を変えず、二人目三人目と犠牲者を増やして行く。

 途中で目を覚ました者が悲鳴を上げる前に事を終える躊躇いの無さ。

 五分と経たずして全員を屠り血の海を作り上げた。

 ここに居たのは十人。

 剣先を弱い月明かりに翳し刃こぼれの無い事を確認すると、護衛達は足早に別の路地へ向かった。

 入れ替わるように入って来たのは、黒ずくめの数人。

 手慣れた様子で遺体を運び出し布に包んでいる。

 少し広い路地に止めた荷車にそれを積み込むと、特に周囲を気にする事もなく運んで行った。

 数分後、彼等が作業しているのとは別の路地裏から、血に染まった剣を手にした護衛達が出て来る。

 そこにはまた十人程の犠牲者が横たわっていた。


 ここで映像が切り替わる。

 護衛達は、ゴチャゴチャと調度品が並んだ部屋で、今より少し若く見える大神官と向かい合っていた。

「それでは一本につき十人ずつの血を吸わせたのだな。上出来だ。残りは既に運び込んである。とにかく恐怖を与えるだけ与えてから止めを刺せ」

 ソファーに座る大神官へ胸に手を当てる礼をして、護衛達は出て行く。

 廊下を進んで裏口らしき扉から外へ出ると、木々が生い茂った場所にある、四角いマンホールのような物の前に立った。

 少し開いている金属製の蓋をスライドさせて全開にすると、地下へ続く階段が現れる。

 一人は先に下りて行き、もう一人も中に入って蓋を閉めてから下りていった。

 本来は倉庫だと思われる地下室は三十畳程あり、蝋燭を持って階段下で待っていた黒ずくめが三人、手足を縛られ猿轡をされた人々が六人壁際に並べられている。

 黒ずくめと護衛達が移動し、年齢も性別もばらばらな人々の顔が蝋燭の灯りに照らされた時、先の凶行に驚き固まっていた神官達から小さな悲鳴が上がった。

 見知った顔があるようだ。

「皆さん、目ぇ瞑って耳塞いどいた方がええと思います」

 大神官の言葉からして、先程の殺戮よりももっと残虐な行為が予想される。

 犠牲者が誰であれ正視に耐えない場面である事は間違い無いが、知人であれば尚更だろう。

 鼻を埋めていた虎吉の頭から顔を上げて助言する鈴音に、素直に従う者、緩く首を振り気丈にも前を向く者、反応は様々である。

 カンドーレは嬲り殺される人々の苦痛の全てを見逃すまいとでもいうかのように真っ直ぐ映像を睨み、きつくきつく拳を握り締めていた。


「お前さんらもや。鈴音も骸骨も見んでええんやで」

 鈴音に抱えられ二人の間に挟まっている虎吉が不意に優しい声を出す。

「え?」

 手を繋いだまま同じように首を傾げる二人を見上げ、虎吉はゆっくりと瞬きをした。

「これはこの世界の奴らの問題や。お前さんらがそんな細かい事まで見とかなアカン理由なんかあらへん。えげつないやり方で大勢が殺された、その事実だけ知っといたらええねん。この後どないなるかなんて見んでも解るやろ?」

「でも……」

「さっきのんかてホンマは見んでよかってんで。この先は俺や神さんらが見といたるから、鈴音はあの神官を見といたり(見ていてやれ)。こうなるように煽った責任取る言うんやったら、やるべきはそっちや」

 虎吉に言われ改めて見れば、カンドーレは随分と思いつめた顔をしていると気付く。

「後で絶対声掛けしたらなあかん場面が来る。そん時に、青褪めて吐き散らかして震えながら涙目なっとる奴に何や言われても、ひとっつも響かへん思うで。むしろ無駄な力が余計に入るわ。恩人をえらい目に遭わしてもうたいうて」

 あの若者の為にも冷静さを保ち、全てを見透かしている神の如き存在の振りを続けてやれ。

 穏やかに告げられる虎吉のアドバイスは、血の海に震え上がった二人を納得させるに充分だった。


 その間に、護衛達はおぞましい計画の生贄を選び部屋の中央へ引き摺り始めている。


「……解った。無理はやめとくわ、ありがとう虎ちゃん。終わったらトントンてしてな」

 足元に虎吉を降ろし、鈴音と骸骨は耳を塞ぎ目を閉じる。

 その様子を確認した虎吉が視線を感じそちらへ目をやると、竜が申し訳無さそうに見ていた。

「後で何ぞ願い事でも聞いたってんか」

 にま、と笑った虎吉の耳に、鈴音達が聞いていれば確実に心の傷として残り続けるだろう絶叫が届く。

「おお、えげつな。恐怖を与えて殺せ言うてたけど、それが魔剣作りの秘訣か?殺した人数と恐怖か?にしても、ようやるなぁ」

 先程と同じくまるで表情を変えずに生きたままの人を刻む護衛達。

 身体を少しずつ失って行く者と、それを見せつけられる者の両方から負の感情が溢れ出ている。

「あー、何や綱木が言うとったな。負の感情が溜まってどうのこうの。おりやったかいな。いうたらあれを剣に纏わすみたいな事やな?そら恐怖はうってつけやなぁ。あと憎悪も溜まりそうやし。どの世界にも似たようなもんがあるんやなぁ」

 呟く虎吉のすぐそばで、ドサリと鈍い音がした。

 見れば神官が気を失っている。

「あーあ、せやから鈴音がやめとけて言うたのに」

 仲間の神官が慌てて介抱する様を横目に、あっちはどうだと悪神官達を見てみると、大差ない状態になっていた。

 縛られている彼等は耳を塞ぐ事が出来ないので、絶叫が響くたびに竦み上がっている。

 大神官は転んだままなので見えないが、大統領は目を瞑って大変嫌そうな表情だ。

 平気そうなのは将軍だけで、悪神官も秘書も失神して転がっている。

 大統領付きの悪神官などは竜や骸骨を目にした時に続き三度目だ。

「悪党言うてもエグいとこ実際に見とる輩は居らんのやな。何ならここ迄とは思てなかった奴も居りそうや。あの護衛二人と大悪党二人が飛び抜けて悪いんか」


 映像が切り替わり、原型を留めない亡骸が複数転がる中で、最後の一人が心臓を貫かれ事切れた。

 その胸からゆっくりと引き抜かれた剣は、散々人を貫いたとは思えない光を保ち、禍々しい気配を漂わせている。

 同じ気配の剣をそれぞれ手にした護衛達が、黒ずくめに頷いて地下室から去って行く。

 戻った先はあのゴチャゴチャと趣味の悪い大神官の私室。

 護衛達が差し出した剣を見て、大神官は大いに喜んだ。

「ふはは、素晴らしい!これぞ魔剣よ!やはり恐怖を与えれば十数名でよいのか。市中で使用済みの剣を手に入れそなたらが仕上げをすれば、もっと効率良く作れるやもしれぬな。よくやった、褒めて遣わす。さあこれを使って神獣狩りだ……」


 虎吉は鈴音の足を前足でトントンと叩く。

 そっと目を開けた鈴音に頷いた。

「ふー。ありがとう虎ちゃん。骸骨さん、一旦終わったみたいです」

 背中を叩かれた骸骨も耳の辺りから手を離し、虎吉にペコリと頭を下げる。


 映像の中では大神官が護衛達とは別の神官を呼び、馬鹿を騙して魔剣を売りつけ神の山へ向かわせろと指示を出していた。


「魔剣作りは殺す数と殺される側の恐怖の度合いが大事みたいやな。途中までは他の奴でもええらしいけど、仕上げは神官がやらなアカンみたいや」

 虎吉の説明に鈴音はふんふんと頷く。

「戦争で出来てしもたいうんは、その戦争に神官戦士が参加してたんかな。神官さんの力も使い方間違うたら危ないねんなぁ」

 そう言いながら周囲へ視線をやった鈴音は、失神している神官が居る事に気付き、表情を曇らせた。

「あー……、やっぱりアカンかったかぁ……。私もあんな感じになるとこやってんな。虎ちゃんが止めてくれて良かった」

 骸骨も頭が転がって行きそうな勢いで頷いている。

「あっちの神官共も似たような反応やったから、魔剣の事は知っとってもこんなえげつないとは思てなかった感じや」

「小悪党がついて行けるレベルちゃうよね。大悪党の大統領は、知ってたけど見るのは初めてみたいな感じかな」

 大きく息を吐いて虎吉を抱き上げ骸骨と頷き合った。

 そして虹男のそばへ戻る途中カンドーレの背中を叩いておく。

「大統領の悪事も暴くまで、動いたら駄目ですよ?」

 大神官と護衛達を睨み付けていたカンドーレは我に返り、慌てて頷いた。

 それを見届けてから階段の中程へ戻り、何事も無かったかのように元の位置に立つ。


 映像が途切れ周囲が明るくなると、転んだまま動きを封じられている護衛達を見た。

「いやー、びっっっくりしましたねぇー。神官さんを叩き斬るどころの騒ぎやなかったですねぇ。この人らはホンマに人なんでしょうか。いや人以外でここまで極悪非道な生き物なんか居らへんかなー?どない思います大統領さん」

 急に話を振られた大統領は、どう答えるのが正しいのか計算中のようだ。


 大神官が勝手に自分を悪党呼ばわりして巻き込んだだけだととぼけるか、ある程度は認めて謝罪し神による赦しを期待するか。

 しかしどちらにしろ。


「俺の悪事はどの程度バレとるんかなー」

 まるで心の中を見透かされたような鈴音の言葉に、大統領は思わずギョッとして顔を上げた。

「あはは、大当たり?はいはい、ご期待にお応えしましょう。大神官が若い頃から悪党やったんは間違い無いけど、ここまでの事になったんは誰のせいか。大悪党誕生物語の、はじまりはじまりー」

 楽しい演劇の幕開けでも告げるかのような口調と表情で右腕を振る鈴音。

 直ぐに周囲は暗転し過去の映像が流れ始める。


 何度目かの大神官の私室で、今よりも若い大統領が溜息を吐いていた。

大勢たいせいは私でほぼ決しているのですがね。不安材料は取り除いておきたい。あなたも、私が大統領にならねば困るでしょう」

 どうやら大統領になる直前の話のようだ。

「なんだ、脅しているつもりか?くくく、冗談だ。そなたほど話しの解る男も中々おらぬからな。それにしても、過去に弄んだ女と奴隷扱いした学友か、確かに騒がれては面倒だな」

「全く何故今頃」

「議員程度なら我慢出来ても、大統領となれば話は別なのだろうよ。人の心理くらい学んでおけ。ボロが出るぞ」

「平民の女と奴隷の男ですよ、人ではないでしょう」

 吐き捨てるように言う大統領に大神官が笑う。

「この国に身分制度が無くなったのはいつの話であったか。奴隷だったのはその学友の曽祖父までであろうになあ」

「奴隷の血が流れている事に変わりはないでしょう。我々に尊い血が流れているようにね」

 薄ら笑いを浮かべる大統領と、大いに頷く大神官。

「確かに、私やそなたのような尊い者が上に立つ事を神もお望みだろう。邪魔立てする者には罰を与えねばな。その男女が故郷を離れていた時期はあるか?」

「男はずっと地元暮らしですが、女は一時期こちらへ働きに出ています」

「そうかそうか。可哀相に男は事故に遭い、女は売春婦をしていた事が人に知れて橋から身を投げるかもしれんなぁ」

 恐ろしい事を言いながら人の良さそうな笑みを見せる大神官に大統領が唖然とする中、一人の神官が呼ばれた。

 鈴音から砂金を受け取った案内係の男だ。

「標的に関しては彼の下僕から聞くように。男を馬車の事故で、女は過去に都で売春婦をしていたと噂を流した上で橋から落とせ」

 その様子を眺めていた大統領が、何かに気付いた顔になる。

「家族、奴らの家族はどうします。本人から話を聞いているかもしれない。男に関しては当時の友人関係も危ない。奴隷同士の繋がりがあったやもしれません」

「ふむ。では作戦変更だ。男は借金があった。この次期大統領にな。その返済期限の延長を断られた腹いせに次期大統領に差別的扱いを受けた等と嘘の主張をしたのだ。その事を知った老いた父親が一族の恥として息子を殺し、家族も道連れに自害した。女の方も娘が売春婦であった等と知れては生きて行けぬ。一家心中だな。そんな死に方をした者達の家なり墓なりへ近付く者がいれば、それが友人であろう。気落ちしておるから、うっかり事故に遭ったり行方を晦ましたりするかもしれんな」

 流れるように話しながら更に誰かを呼ぶ。

 現れたのは護衛達だ。

「手筈はこの者に話してある。後は現場で臨機応変にな」

 笑う大神官へ三人は胸に手を当てる礼をして、足早に去って行った。


 そこから、浮かぶ女性の水死体と燃え盛る家、各々のベッドに寝かされている遺体と借金の証文に謝罪の言葉を残し胸を突いて事切れている老人、崖から転落した女性、路地裏で斬り殺されている男性と次々に映像が切り替わり、最後に華々しいパレードで手を振る大統領が映った。


 不意打ちで映る遺体に固まった鈴音だが、虎吉を吸う事でどうにか耐える。

 急いで骸骨の元へ行き虎吉を触らせてこちらも事なきを得たところで、また映像が切り替わった。


「どういう事ですか大統領。あなたにとって不都合な人がことごとく失脚し姿を消し、あなたと懇意にしている者達はどんどんと発言力を増している。しらばっくれても無駄ですよ。こちらには証人がいますからね」

 折り畳んだメモ用紙らしき物を持ち、大統領に詰め寄る30代前後の男性。

 どうやら大統領の悪事に気付いたジャーナリストのようだ。

 そんな男性を振り向いた大統領は、害虫でも見るかのような目をしていた。

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