第五百三十九話 生霊を本体へ戻そう
茨木童子と別行動を取った鈴音は、黄泉醜女や女性陣と一緒にエレベーターへ乗り込み部屋へ。
道中、睡蓮が遠慮がちに『神の使いって何をする人なんですか?』と聞いてきたので、『神のご機嫌を取る人です』と凛々しい顔で答えた。
こちらの世界に疎い女優とマネージャーは、そういうものなのかと納得していたが、同僚である山田と木村は『そう……やったっけ?』と言いたげに顔を見合わせている。
熱血な初代の心意気を受け継ぐ、犬神の神使を思い浮かべたのだろう。
だが猫神の神使にそんな事は求められていない。猫を猫可愛がりするのが至上命令である。
なので鈴音は2人に向け、『そうやねんで』と心の中で呟きながら、慈愛に満ちた微笑みを浮かべ頷いておいた。伝わったかは謎だ。
そうして部屋へ到着すると、配置についての話になった。
鈴音が室内で待ち伏せるのは確定、マネージャーの山崎は隣の自室で待機するとして、残る2人と1柱をどうするかである。
「アタシ部屋の外で待っとくわぁー。別に鈴音が生霊捕まえるとこに興味とかないしぃ」
そう言って黄泉醜女は壁に寄り掛かった。彼女が見たいのは本体が陥っているドロドロ劇であって、捕り物ではないのだ。
「私は夏梅さんの戦い方が見たいなぁ」
「私も。神使と一緒の現場とか初めてやし」
山田と木村は部屋に入りたいらしい。
ただ、スタンダードのツインルームに大人4人は、中々の圧迫感だと思われる。
睡蓮が困ってしまうのでは、と鈴音が視線をやると、楽しげな笑顔が返ってきた。
「女子会とか、パジャマパーティみたいでいいですね。パジャマ1人も居ないけど」
悪戯っぽいその表情を見て、これなら大丈夫かなと頷き合い、皆で部屋へお邪魔する事に。
初めて入った鈴音は、加湿器が置いてあるくらいで他は一般人の旅先と変わらない室内に、『自分の家ちゃうんやし当たり前か』と独り納得する。
「明日も撮影でしょ?生霊が来たら対処しますんで、寝る準備して下さい」
「ありがとうございます。そしたらお風呂行ってきますね」
会釈した睡蓮が部屋着を手にバスルームへ向かい、室内には鈴音達だけになった。
「さてと。いつも大体このぐらいの時間に来る、とかあります?まちまちですか?」
その質問に山田と木村は互いを見る。
「どうやろ、12時は回る感じやんな?」
「んー、その近辺ちゃう?本体の人たぶん昼勤なんやろなーて思たから」
「成る程、12時前後がよう出る時間と」
頷いた鈴音は時刻を確認し、風呂の最中に襲撃される事はなさそうだとホッとした。
風呂から上がり、髪も乾かし終えた睡蓮がベッドに腰を下ろした辺りで、日付が変わる。
「まだかなぁー」
もう片方のベッドに座っている鈴音は、人に聞こえない声量で呟いた。
急な飲み会で遅くなる、と母に連絡はしたので、そこは全く問題ないのだが。
「猫不足や」
時間経過のある人界で長らく愛猫達と離れている為、そろそろ挙動不審になりそうなのだ。
オヤツタイムに白猫と虎吉は愛でてきたが、それはそれこれはこれ。愛猫達は別腹である。
そんな、窓を見つめ黙り込んだ鈴音とは対照的に、神の使いが居るからと安心し切っている女子3人は、歌也の歌の凄さを語り合い盛り上がっていた。
「私、役とか関係なくフツーに感動してフツーに泣いちゃって」
「そうなるよー、あれは凄すぎやー」
「わかるー。あのシーン、出来るだけそのまま使う為に歌番組の要領で撮ったとか言うてたけど、監督さんは歌也さんの実力知ってたんやね」
「オーディションの時に歌を聞いて、衝撃受けたって言ってた」
興奮気味なこの会話に鈴音が参加していないのは、チラリと視線をやった3人が『集中してるみたい』と判断してそっとしておいたからである。
確かに、一点を見つめ微動だにしない美女がまさか、脳内で愛猫達の姿を再生し自家発電しているだけ、とは誰も思うまい。世の中には知らない方がいい事もある。
3人の勘違いのお陰で、鈴音の猫不足が少しだけ回復した頃。
不意に、護衛組の目付きが鋭くなった。
ハッとした睡蓮に頷き、山田が背後へ庇い木村が彼女らの周りにだけ結界を張る。
時を置かずして、カーテンを引いてある窓から人の頭が生えた。
ぬうっと侵入してきたそれは、半透明の若い女性。
背中までありそうな長い黒髪にパジャマ姿だ。
すっぴんでもそこそこ可愛らしい顔は、視界に睡蓮を認めるや一瞬で鬼女のそれに変わった。
『お前ぇえええ!ブス!ブス!ブス!早く彼を解放しろブス!死ね!ゥァァァアアア!!』
口汚く罵り喚き散らしながら、睡蓮の方へ突っ込んで行く。
ホラー映画に出てくる怨霊は子供騙しだと笑える程、本物の形相は凄まじい。結界をバンバン叩く姿なぞ悪夢そのものである。
幸いなのは、狙われている本人に霊力が無い為、般若のような顔も見えなければヒステリックな声も聞こえない事だ。
一応窓の方を向いてはいるが、生霊の居場所が分からず視線を彷徨わせる睡蓮を見やり、鈴音はちょっとだけ羨ましくなった。
般若顔はなるべくなら見たくないのだ、怖いから。
桜に藁人形を打ち付けていた女もこの女も、どうしてこんなに醜い顔が出来るんだと遠い目である。因みに、自分が不動明王呼ばわりされている事は棚に上げた。
とにもかくにも、お仕事の時間である。
「あー……、もしもし、そこのお姉さん?」
あの顔で振り向かれたら嫌だなあと思いつつ声を掛けるも、生霊の目には睡蓮しか映っていないようで、綺麗に無視された。
「そらそうか。会話でどないかなるなら、山田さんと木村さんがとっくにやってるわな」
やれやれと溜息を吐いて、取り敢えず念動力を使った拘束を試みる。
巨大な手で胴体を掴み、結界から引っ剥がすイメージを浮かべると、あっさり成功した。
囚われた生霊は、両手両足をバタつかせ髪を振り乱して大暴れしており、先程までより更に恐ろしさが増している。
「ひー。とっとと本体の家突き止めて、後は綱木さんに丸投げや」
生霊から視線を逸らして零す鈴音を、山田と木村が目を丸くして見ていた。
「あの、夏梅さん。何をしたんですか?」
「もしかしたら神力かなー?ぐらいにしか、力らしきものは感じひんかったんですけど」
頷き合う2人と鈴音を見比べ、睡蓮が不安そうにしている。
「念動力で捕まえました。神力か魔力を素にして発動させるんですけど、今回は神力ベースにしてます。っちゅう訳で、もう大丈夫ですよ睡蓮さん」
そう言って微笑む鈴音の話の殆どが理解不能だったが、大丈夫と聞いて睡蓮は安堵の表情を見せた。
一方の山田と木村コンビは、『念動力?』『魔力?』と混乱している。
どうやら、異世界の神から力を貰ったり、魔王から力を奪ったりしている事は、安全対策課の中でもあまり知られていないようだ。
「詳しくは、下で綱木さんに聞いてみて下さい。私はコレの本体探しに行きますんで、後の事お願いしますね」
言葉にならない奇声を発している生霊を親指で示し、鈴音はドアへ向かう。
「ありがとうございました!」
睡蓮のその声で山田と木村が我に返り、フォローは任せろと頷いたので、笑顔でお辞儀を返して鈴音は部屋を後にした。
ドアを閉めると、黄泉醜女がウキウキと近付いてくる。
後からぬるりと出てきた生霊を見やり、大笑いだ。
「キャハハハハ!すっごい暴れてんじゃーん。チョーうるさいし。普段どんだけ大人しくしてんだろねぇー?」
「あー、反動ですかこれ。溜め込みすぎて大爆発的な?けど喧し過ぎるし口塞ぎたいなぁ。口にガムテ貼ったら窒息するとかありますか?」
薄暗いホテルの廊下に響き渡る、長い髪を振り乱した女の意味不明な叫び声。
殆どの人には聞こえないが、もし安全対策課の協力者達のような、見える聞こえるタイプの人が泊まっていたら大変だ。
鈴音の質問に黄泉醜女は小首を傾げる。
「んー?別にヘーキっしょ。息してる訳じゃないしぃ。でもガムテープとかどーやって貼る?」
「飽くまでもイメージで。念動力で歯と唇を閉じさせる、とかイメージし難いんで、ドラマなんかで見た事ある“口にガムテ”を魔力で表現するんが楽かなと」
そう言いながら鈴音が想像すると、生霊の口にペタリとガムテープが貼り付いた。途端に、甲高い喚き声がくぐもったそれに変わる。
「ほぇー、便利だねぇ鈴音の力は」
「これに関してだけは魔王サマサマですね」
重宝していると笑いつつ、エレベーターに乗り込んだ。
ロビーに出ると、直ぐに綱木と松本、それに茨木童子が小走りでやってくる。
「ははは、当たり前やけど簡単に捕まえてくるなあ」
眉を下げて笑う綱木の後ろで、松本が呆気に取られていた。山田と木村もそうだったが、鈴音の出鱈目さを知らないと、こういう反応になるらしい。
「捕まえるんは簡単ですけど、本体探し出すまで終わられへんのが面倒臭いですね生霊て」
「それなー。悪いけどひとっ走りしてくれるかな」
「はい。今は真夜中やし、家だけ突き止めて後は朝になってからですかね?」
「うん。アプリのマップに目印付けといてくれる?」
「分かりました。ほな行ってきます」
「頼んだ」
会釈した鈴音が茨木童子と黄泉醜女を連れて出て行き、綱木が軽く手を挙げて見送った後に漸く、松本が我に返る。
「な……、何なんですかあれ。殆ど感じ取られへんような神力しか出てへんのに、生霊捕まえてるし。その生霊の口に何やテープ貼ってあったし。どないしたら実体のないもんにテープ貼れるんですか」
早口で尋ねられた綱木は小さく笑った。
「魔法は想像力らしいねん」
何の話だと松本が首を傾げている所へ、山田と木村がやってくる。
凄い勢いで似たような内容を問われ、まあ落ち着けと皆を椅子に座らせた綱木は、荒唐無稽な話をする為、ゆっくりと口を開いた。
外に出た鈴音達はビルの屋上へ跳び、生霊から伸びた魂の糸を辿っている。
糸は生霊が飛んできたルートを示すように、夜空に白く浮かんでいた。これを頼りに帰りもまた同じ所を飛ぶので、澱に触れる事がないのだろう。
「どこまで行くんやろ」
綱木の張った網は、隣り合う千年の京にも少し掛かる程にしていたらしいので、ひょっとするとその隣県にまで行くのか。
揃ってそんな風に予想していたら、物の見事に裏切られた。
隣の隣、どころの騒ぎではなかったのである。
「うわえらいこっちゃ、あんまり地上に近いとこやと澱に当たるかも」
空を飛ぶ生霊からすると、道があろうがなかろうがお構いなしなので、街なかを抜けた鈴音達は山越えを余儀なくされていた。
鈴音達はともかく、生霊が澱に触れると何が起きるか分からない為、念動力で高く浮かせておかねばならない。
うっかり誰かが目撃して、変な妖怪が暴れていると安全対策課に通報が行かない事を祈るばかりだ。
そうやって生霊の扱いに気を配り、糸からの霊力を辿りつつ、木々に激突して折らないよう注意しながら走り続けた結果。
「いやいやいや、何やテレビで見たことある塔が」
猫の目に遠く映るのは、高さ333メートルを誇る明かりの消えた電波塔だ。
「えー、こんなとこから来てたのぉー?凄くなぁい?」
「霊力は綱木さんに近いもんがありそうっすね」
「宝の持ち腐れだよねぇー」
黄泉醜女と茨木童子の感想を聞き、もし安全対策課に勤めていたら大活躍だっただろうにと鈴音は溜息を吐く。
「ほなこっからは、少しゆっくり行きましょか」
「うんうん、家見逃したら笑えるしねぇー」
勿論、ゆっくりと言っても鈴音達の中での話だ。
相変わらず目にも留まらぬ速さで、真夜中の大都会を駆け抜けて行く。
不夜城と称される首都も、住宅街は他所と同じで静かに眠っていた。
生霊から伸びる魂の糸は、立ち並ぶマンションのひとつへと続いている。
どこにでもありそうな5階建て。その4階の1室から糸は伸びていた。
「これ、このまま部屋へ押し込んだら、勝手に本体に戻ります?」
向かいの11階建ての屋上に立ちながら、鈴音が生霊を見ないようにして指すと、黄泉醜女は『戻んない』と首を振る。
「本体が起きなきゃ、また睡蓮ちゃんとこに飛ぶねぇ。一回戻しちゃえばぁ、霊力不足で今夜はもう出せないけど」
「えぇー……。起こさなアカンのですか。けど起こす言うても、霊感ある人やったらあれですよね、姿隠しのペンダントしてても見えますよね」
「うん。見えるけど、鈴音って鍵掛かってる人ん家に入れんのー?」
「ベランダの鍵を念動力でチョイっと。補助錠付いてたら、形が分からん限り無理ですけど」
人差し指を口の前に立てた鈴音を見やり、『ほぇー』と目を丸くする黄泉醜女。
「ホント何でも出来るねぇー。でも入るのは危ないからぁ、雷でも鳴らしてみたらどぉ?この辺の人まとめて起きちゃうけど、そこは仕方ないじゃん?」
「私、家やったら雷鳴ってても爆睡してるタイプなんですけど、彼女は起きますかね」
雷鳴程度で起きていたら、愛猫達の大運動会の度に目を覚ます羽目になる。猫飼いには図太さも必要なのだ。
「どぉだろ?生霊出すぐらい思い詰めてるしぃ、ストレスで物音には敏感になってたりぃ……しない?」
「それか、俺が思っクソ妖力出すとかどうっすか」
茨木童子の妖力なら、霊力持ちはまず間違いなく反応するだろう。問題は、狙い撃ちが出来ない事だ。
「多分、こっちの安全対策課が臨戦態勢に入って、どこの大妖怪が目覚めたんや、とか大騒ぎになる思う。関東にも凄いのが眠ってるて聞いたし、それが暴れ出したんかとか勘違いさせそう」
そして正体が判明するや、鈴音がお叱りを受ける。けれど神の使いにそれ以上手は出せないから、とばっちりで減給等の処分を受けるのは綱木だ。
「却下やわ。んーーー、どないしよ」
「もー、しょーがないからぁ、ツシコお姉さんがひと肌脱いだげるよ。ベランダの鍵開けて?中に入って起こしてきたげるし」
悩む鈴音を見かねたのか、腰に手を当てた黄泉醜女が肩をすくめてそう告げる。
「え。でもツシコさんの事も見えますよね」
「そりゃ見えるけどぉ、アタシ人界だと基本的にステルスモードじゃん?もし『あの女が犯人です!』とか警察に言われてもぉ、『どこ?』ってなるだけだよねぇ」
人界で暮らしている訳ではないので、顔を見られた所で困らないと笑われ、鈴音と茨木童子は思い切り納得した。
「物凄く助かります。お礼は何をご用意したら……」
「や、いーよいーよ、チョーいい歌聞いて気分いいからぁ。歌のお返しに、睡蓮ちゃんを心配してた歌也ちゃんのお願い叶えたげるー」
鈴音は得意げに踏ん反り返る黄泉醜女へ控え目に拍手し、深々とお辞儀する。
「ありがとうございます。ほな遠慮なく頼らせて頂きますね」
「オッケー」
軽い返事を残し、黄泉醜女がベランダへ跳んだ。
4階なら油断して防犯対策なぞしていないだろう、という鈴音の読みは当たり、念動力によってクレセント鍵はあっさりと開く。
それを見て親指を立てた黄泉醜女は、そろりとサッシを動かしするりと中へ入って行った。
十数秒後。
生霊が引っ張られる感覚があったので、鈴音は慌てて念動力による拘束を解除し、ガムテープも剥がす。
すると一瞬の間を置いてから、掃除機に吸い込まれる綿埃のような勢いで、生霊が部屋へ飛んで行った。
それと入れ替わるように黄泉醜女が出てきたのを確認し、急ぎ窓と鍵を元通りに。
「たっだいまー」
「お疲れ様です」
戻ってきた黄泉醜女は、悪戯を成功させた子供のような笑顔だ。
「寝るなー!寝たら死ぬぞー!って肩ガクガクさせてきた。いっぺん言ってみたかったんだよねぇー。本体の子、目ぇまん丸にしてキョロキョロしてたわ」
「うわええなー、私も言うてみたい」
「キャハハ!だよねぇー!それとぉ、部屋の中ザッと見てきたけど、彼氏との写真とかはなかったねぇー。ポスターとかは貼ってあったけど」
「おお、ありがとうございます。写真なんかはスマホの中に隠してるんかも?なんせ、彼氏は女性とお付き合いした事ない設定やから、宅配とか設備点検とかの人に見られるんもマズいでしょうし」
その線が有力だなと皆で頷き、鈴音はスマートフォンを取り出してマンションの位置に印を付ける。
「よし、これで今夜の任務は完了や。後は朝になってから、綱木さん連れてこよ」
「一旦解散かぁー、朝になったらあの骨董屋に行けばいい?」
「はい。虎ちゃんに頼んで、ここら辺に通路繋げて貰いますんで」
「りょーかーい!ふんじゃ、また朝にねぇー!」
笑顔で手を振った黄泉醜女は、あっという間にその場から消えた。
「速ッ。ほな私らも帰ろ」
「うっす」
茨木童子と頷き合い、本当に今夜はもう出ないよなとベランダを見てから帰路に着く。
帰宅するや愛猫達によるおかえりのスリスリというご褒美があり、うっかり玄関で溶けてなくなりかけた鈴音。
般若顔による心の疲れなぞ、瞬時に吹っ飛んだのは言うまでもない。




