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第五百三十四話 女神様も色々

 ワサワサ生い茂った雑草の衝撃を脳内から排除し、影から異物を追い出すイメージだけで力を使うこと数時間。

 どうにか草茫々は回避できるようになった。

「ふーーー。まだ集中せなアカンけど、一応なんとかなったかな」

「おう。草ボーン!にはなってへんな」

 鈴音と虎吉が頷き合うと、見守っていたヘカテが優しく微笑んだ。

「この短時間でここまで出来れば充分だろう」

「ありがとうございます。帰ってからもっと練習して、一瞬で出来るようになるまで鍛えます」

「ああ、その練習だが、可能なら異国か異世界でやった方がいいな。今のように集中している時は、弱きモノが接近しても気付かないかもしれない。そうなると、罪人の魂にどこで鈴音の顔と力を知られるか分からないだろう?」

 尤もなアドバイスを受け、鈴音は真剣な表情で頷く。


「ホンマですね、知らん間に奴にバレて逃げられたら、何の為の練習やいう話ですもんね。ありがとうございます、異世界の創造神様に相談してみます」

「そうするといい。ふふ、それにしても、そなたからすれば異国へ行くより異世界へ行く方が簡単なのだな」

 当たり前のように創造神などいう単語を出され、ヘカテは愉快そうに笑った。

「あっ。いえその、猫神様のお陰でこう馴染みがある……は失礼か、えーとえーと」

「まあ縄張り行ったら、だいたい誰ぞ()るからな。猫神さんに気に入られとうて(たくて)、鈴音を自分の世界に関わらせようと必死やし」

 慌てる鈴音と、目を細めながら縄張り事情を教えてくれる虎吉を見比べ、成る程なとヘカテが頷く。

「分身のそなたでそれだけ愛らしいのだ、猫神は更に、なのだろうな。創造神すら魅了する程に」

 この褒め言葉に、虎吉はヒゲの付け根を膨らませて満面の笑みを浮かべ、鈴音は『油断したら召される可愛さです!』と熱く拳を握り、メランは『えっ』とショックを受けた。


「召されるとはまた物騒……」

「俺の方が!かーーーわーーーいーーーいーーー!」

「うわ急にどうしたメラン待て待て待て待て」

 呑気に猫の話を続けようとしたヘカテへ、嫉妬を爆発させたメランがピョンピョン跳びながらアピールし始める。

 華奢に見えてもヘカテは女神なので、大型犬にじゃれ付かれて引っ繰り返る飼い主、という面白動画のような事にならないが、それなりに大変そうだ。

「ありゃー、ワンコの嫉妬は激しいなぁ」

「ホンマやな」

 猫の場合、飼い主には無言の圧力を掛け、やり合うのは猫同士というパターンが多いので、鈴音には新鮮に映った。

「メラン落ち着け、お前が最も可愛いに決まっているだろう」

「うー、でも猫ばっかり見るー」

「ぐっ。……すまないな鈴音、メランがこの調子なので、縄張りへ戻って甘やかそうと思う」

 デレッデレになりそうな所を頑張って引き締めている、と分かるヘカテの顔を見て、鈴音は必死で笑いを堪えた。


「ぜ、是非ともそうしたげて下さい……ッ」

「ありがとう。もし力の扱いで何か分からなければ、夜にここへ来て我が名を呼べばいい」

 凛々しい表情でそう言ってくれるが、立ち上がったメランが顔の横でワフワフしているので台無しだ。

「ふグッ。はい、そうさせて頂きます。今夜は色々とありがとうございました」

「うむ、ではまた」

 お辞儀する鈴音へ軽く手を挙げ、現れた時とは反対に炎を順番に消しながら、ヘカテは冥界へ帰って行った。ビョンビョン飛び跳ねる愛犬と共に。


「……ふ、ふっふふふふ、あはははは!面白過ぎー!」

 しんと静まり返った神殿に、鈴音の笑い声が響き渡る。

「はー、(わろ)(わろ)た。あんな表情豊かで優しい女神様が、無表情で無愛想を貫くて大変やったやろなぁ」

「せやろな。犬と出会うまではそれが普通やったんやろけどな」

「あ、そっか。メランがヘカテ様を変えたんやね」

「おう。無意識に不老不死にして喋れるようにしてまうぐらい、気に入ったんやな」

 動物との出会いが人の性格は勿論、人生すら変えてしまう事があるのは知っている鈴音も、女神まで同じような影響を受けたのには少なからず驚いた。

「考えてみたら、死を司る神様に向かってあんだけストレートに好き好き言う存在て、中々おらへんか」

「怖がられるんが普通やからな。衝撃やったやろ」

 虎吉の声にしみじみと頷きつつ、鈴音は辺りを見回す。


「んー、それにしてもボーボーや」

「せやな。朝んなって人が来たら騒ぎになるで」

 神殿周りには、特訓の初期段階でガンガン生やした雑草が生い茂っており、どう考えてもこのままではまずい。

「多分やけど、枯らす事も出来る筈やねん」

「練習がてらやってみたらどないや?」

「うん、私が生やした分を枯らすんは問題ないやんね」

「ないない」

 そういう訳で、今度は雑草に意識を向け、茶色く枯れるイメージでヘカテの力を使った。

 すると、今の今まで青々と茂っていた雑草が、見る間に生命力を失い枯れて行く。

「うわー、除草剤のCMみたいになった」

「おー、やるやないか。けどこれ、枯れただけで形は残っとるぞ?」

「げ」

 結局の所、念動力で枯れ草を全部引っこ抜き魂の光全開で引っ掻く、という手間が必要だった。

 風が吹いただけで崩れる程に枯らすには、もっと練習が必要なようだ。


「まさか外国まで来て、草むしる羽目になるとは」

「生やしてしもたもんはしゃーない」

「そうやね。猫神様の眷属が、後片付けもせんと帰る無礼者や思われたらアカンし」

 頷いた鈴音がスマートフォンで時間を確認すると、既に日付が変わって暫く経っていた。

「夜更かししてもうたなー。骸骨さんが心配してそう」

「よっしゃ、早よ帰って安心さしたり」

 言うが早いか、虎吉は左前足で空を掻いて通路を開ける。

「ありがとう虎ちゃん。明日は……もう今日か、ツシコさんにヘカテ様の事を頼んでー、鞍馬天狗にも影から魂追い出せるようになったよて報告してー、他には……」

 神殿に一礼した鈴音は、起きてからの予定を口にしつつ虎吉と共に通路を潜った。




 自室へ戻り、やはり心配していた骸骨に何があったかを説明して『凄い凄い』と喜ばれた後、愛猫達に占拠されたベッドで変な角度になり眠ること数時間。

 今日は直行するようにという指示を綱木から貰っていたので、駅で茨木童子と合流した鈴音はヘカテの力について説明し、鞍馬天狗の縄張りを目指した。

 茨木童子も鞍馬天狗も、鈴音がどんな力を手に入れようが今更驚く事もなく、逃げた魂をいかに追い詰めるかが鍵だなと頷き合っていたのが印象的だ。

 お喋り烏天狗だけは、『もう人じゃなくない?なくない?』といつも通り大騒ぎしていた。

 人をやめた覚えはないと念押ししてから山を後にし、現在は人通りが少ない住宅街の路地に居る。


「ほんで次は、ツシコさんのとこや」

「黄泉醜女って事は、黄泉の国っすか。俺は入られへんっすね」

 入るのは入れるが、二度と出られなくなるだろう。茨木童子も足は速いものの、黄泉醜女には勝てない。

「んー、ツシコさんだけなら入口から声掛けたら来てくれるけど、どうせ行くならナミ様ヒノ様にもご挨拶したいし。サッと説明して戻るから、外で待っててくれる?」

「うっす」

「ほな行こか。まだ午前中やけどツシコさん起きてるかなぁ」

「チョー失礼じゃなぁい?もう仕事してるしー」

 一歩踏み出しかけた所で背後からそんな声が聞こえ、鈴音は慌てて振り向いた。

 そこに立っていたのは、特徴のない顔に長い黒髪の女神、黄泉醜女だ。

「おー!ツシコさんや、おはようございます」

「ぉふぁよぉー」

 大あくびしながらの挨拶に鈴音は笑い、茨木童子はじっくりと観察している。


「キャハハ!色男がチョー見てくるんだけど。なんで鈴音は悪鬼なんか連れ歩いてんのー?」

 不躾な視線にも怒る事なく笑った黄泉醜女へ頭を下げて詫び、鈴音は茨木童子を叱った。

「女神様をジロジロ見ない」

「あ、すんませんっす。遠目には何遍か見た事あったんすけど、こんな距離で会うんは初めてやったもんでつい」

 ペコリと頭を下げた茨木童子を『いーよぉー』と赦し、黄泉醜女は鈴音の説明を聞く。

「彼は茨木童子。とある事件で知り合いまして」

 鈴音が語る事件の内容に、週刊誌のゴシップ記事が大好きな黄泉醜女は大喜びだ。

 酒呑童子の子孫を守る為に人の社会に溶け込みたい、という茨木童子の弟子入り理由は軽く流し、女優が絡んだ下世話な愛憎劇の方に思い切り食い付いている。

「そーいえば藤原昌乃(ふじわらまさの)、離婚したって書いてあったわ。仕事セーブしてるみたいだし。そっかぁ、裏にはそぉんな事件があったんだぁ」

 藤原、という名字に茨木童子は苛つくが、どうにか吠えずにやり過ごせた。

 その様子を横目に鈴音は微笑む。


「茨木童子と一緒に()る理由、分かって頂けました?」

 問い掛けに対し黄泉醜女は笑顔で頷く。

「ん、理解理解。面白い話聞けてラッキー」

「そんなラッキーなツシコさんに、もひとつ面白い話してもええですか」

「え、なになに?」

 興味津々な顔を向けられたので、これ幸いとヘカテについて語った。

 無表情で無愛想が標準装備だと言われているのに、本当は表情豊かで面倒見が良く、愛犬を可愛がり過ぎてデレデレになってしまう死の女神。

「……なんですけど、今更キャラ変すんのも難しいし、てヘカテ様ご自身は思てはったんですよ」

「そぉなの?気にしなきゃいいのに、真面目ちゃんで恥ずかしがり屋ちゃんなんだねぇ」

「はい。そんな真面目なヘカテ様のイメージを変える為に、ツシコさんやナミ様にご協力頂かれへんかなーと」

 そう言った鈴音がヘカテにしたのと同じ内容を話すと、黄泉醜女は実に愉快そうに笑う。


「キャハハ!成る程ねぇ、アタシやナミ様の影響で笑うようになる、かぁ。いーじゃん、面白そう。あっちの神が居るとこから、目立つように引っ張ってくればオッケー?」

「はい。ヘカテ様でも逆らわれへん、格上の女神様んとこに連れてかれたー!て分かるようにお願いします」

「いーねいーね、アタシはともかくナミ様は冥界じゃ有名だからね。すっごい怖いのかと思ってたら、すっごい面白いお姉ちゃんだった、思わず笑っちゃった、とか言わせちゃおっと」

 いひひ、と悪巧み顔になった黄泉醜女へ、ヌシも悪よのうな悪代官顔で応える鈴音。

 じゃあ早速、と言いかけた所で、鈴音のスマートフォンが鳴った。

「ん、電話や、ちょっと失礼します。……はい」

 電話に出た鈴音を眺めつつ、仕事の話かなとぼんやり待っていた黄泉醜女の耳に、生霊という単語が届く。


「えーと、電話やと分かり難いんで、今からそっち行きますね、はい、はい、了解です」

 通話を終えた鈴音がスマートフォンをポケットへ仕舞うと、目をキラッキラさせた黄泉醜女が寄ってきた。

「ねねね、生霊出たの?」

「そうなんですよ。何や思てたより手強いらしくて」

「そぉなの!?うわー楽しみぃー」

「へ?」

 どういう意味か分からずきょとんとした鈴音へ、黄泉醜女は悪い笑みを向ける。

「生霊なんてゴシップの極みみたいなもんよ?ドロッドロの愛憎劇よ?チョー楽しみじゃん!」

「あー……、つまり、ツシコさんも現場へ一緒に行くいう事ですか」

 薄っすら迷惑そうな鈴音の表情なぞどこ吹く風で、思い切り頷く黄泉醜女。

「ひっさびさに見るわぁ。どこの可哀相な女が化けて出てるんだろねぇ」

「いや女性やとは聞いてませんけど」

「生霊なんて、男に恋い焦がれて思い詰めた女が出すもんに決まってんのー」

 そう言われても、初めましてな鈴音にはサッパリである。

 もういっそムキムキな男の生霊であれ、とスナギツネ化しながら、茨木童子を促して現場へ。

 黄泉醜女には何も言わずとも、鈴音の背後霊のようにピッタリとついてきた。



 綱木が指定したのは、関西唯一のドーム球場近くにあるホテルだ。

 一泊いいお値段がしそうな外観にビビりつつ、皆でロビーへ入った。

 直ぐに気付いた綱木が、見知らぬ中年男性と共にやってくる。

「わざわざごめんな鈴音さん。こっちは松本さん、今回の現場の責任者」

 綱木の紹介を受け、松本と呼ばれた40代半ばくらいの男性がお辞儀した。

「松本です。本来はうちのチームで片付けなアカンのですけど、どないもこないも。綱木さんに手伝うて貰ても取り逃がす有り様で」

「夏梅です。まだ状況がよう分かってへんので、どっかで落ち着いて説明して貰えますか?」

 お辞儀を返した鈴音に、それもそうだと綱木が頷く。

「喫茶店やと話を聞かれてまうかもしらんし、カラオケボックス行こか」

「分かりました」

「……で、何で黄泉醜女が引っ付いてんのかな?」

 見なかった事にはして貰えず、しっかりツッコまれた。仕方なく鈴音は答える。


「鞍馬天狗んとこからの帰りに、偶然会いまして。その時に綱木さんからの電話があって、何が出たか聞かれてしもたんです」

「ははあ……」

「ツシコさんはソレが大好きやそうで」

 大体わかった、という顔をする綱木へ、黄泉醜女はヒラヒラと手を振った。

「アタシの事は気にしなくていいよぉ?ダメダメな男女を見て笑いたいだけだからぁー」

「はい分かりました。邪魔さえせんかったら好きにしてええですよ」

 綱木がそう言うと、松本も『どうぞお好きに』と頷いている。彼らの間には、黄泉醜女相手に抵抗するだけ無駄だ、という考えが浸透しているらしい。

「ふふふ、ありがとねぇー」

 物わかりの良いおじさん達に、ゴシップ大好き女神はニコニコだ。

 まあヘカテの件で協力して貰う必要があるし、ご機嫌取りだと思えばいいかと納得した鈴音は、『ほな行こう』と歩きだした綱木達を追い、ロビーを後にした。

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