第五十三話 骸骨神と通りすがりの司会者
神界から大神殿へと移動した骸骨神は、薄暗い通路から光のドームに包まれた広場を眺める。
自身の神使が鈴音の隣に並んでいるのを見て、微笑むような空気を漂わせた。
いつ呼ばれてもいいように準備を整えながら、ふと神界での出来事を振り返る。
サファイアに声を掛けられたのは、鈴音と虹男が大神官と顔を合わせた辺りだったか。
魔剣を鑑定する様子を見ていたのか『過去を見られるのですか』と聞かれた。
そうだと答えると『協力をお願いしたいのです』と言う。
空中に映し出された人界では、大神官が金塊を出されてニヤつきながら魔剣について語り、ジェロディとカンドーレが怒りを表に出さぬよう必死に表情を作っていた。
その様子を見ながらサファイアは、あの健気な神官達の思いに報いたいのだと拳を握る。
『人々に悪党達の過去の行いを知らしめた上、厳しい罰を与えるところを見せれば、二度とこんな者達は現れないのでは。これ程の出来損ないをのさばらせたのは、私が見ていなかったせいでもあります。私を信じ正直に生きて来た者達へ罪滅ぼしをしなければ』
真っ直ぐな目で語るその決意は素晴らしいが、成る程この女神は人をあまり観察してこなかったのだな、と理解する。
世界は違えど、人という生き物には、信じたいものしか信じない上に、大切な事は忘れ、愚かな行いを繰り返してしまうという共通点が見受けられる。
悪党が二度と現れない等という事はなかろう。
そもそもサファイアの提案通り過去視によって悪行を暴いたとして。
只それだけで、大神殿の周りに暮らす人々が、突然現れた“神を名乗る者”の言う事を信じるだろうか。
あれは偽物だ魔人の手先だと大神官が叫べば恐らく、長年の信用から人々はそちらの声に耳を傾けると思うが、その際はどうするのか。
自分を信じた者だけを残し、後は滅ぼすのか。
だがそんな事を聞かれても、つい先程人に興味を持ったばかりのサファイアは困惑するだけだろう。
さてどうしたものかと思っていると、人界に動きがあった。
カンドーレが聖剣を奪い返し涙している。
これはもしやとサファイアを見れば、案の定全身から怒りが迸っていた。
ギラリと目を光らせながら『すみません私ちょっと、行ってきますね』と、この先どうするのかの打ち合わせもせず人界へ降りて行く。
仕方無しに暫く成り行きを見守ると、ゴタゴタの末、面白い案を出したのはやはり鈴音だった。
世界中に、神の恐ろしさと悪党共の本性を見せるという。
確かに、目の前で人の良さそうな爺さんと清廉潔白を謳う男の顔が醜い悪党のそれに変われば、余程の阿呆でない限り流石に理解するだろう。
そんな事を考えている時に、我が神使がこれまた面白い提案をしてきた。
全世界へ見せる内容に、過去視の映像も入れてはどうかというのだ。
それくらいしなければ、悪党共はボロを出さないかもしれないし、人々にも悪党がどれ程の悪党なのか伝わらないかもしれないと。
弱気な神使が珍しく攻めの姿勢を見せている。
過去視を可視化すると、かなり凄惨な場面も人々の目に触れる事になるが構わないのかと尋ねると、震え上がりながらも頷いた。
そうでもしなければ、いくら鈴音でも大悪党二人には勝てないと思うからだと言う。
ああやはりあの娘の為かと、微笑ましい気持ちになってしまった。
人と接触しては怯えられ襲い掛かられ、密かに傷付いていた神使に初めて出来た、友人。
力になりたくて仕方が無いのだろう。
そうかそうか。そういう事ならば、出来る限りの事をしようではないか。
まずはこの案を空飛ぶサファイアに伝えねば。
さあ悪夢が始まるぞ悪党共よ。
裁きの王の本領、存分に楽しんでくれ。
大神殿の中に骸骨神が降臨したな、と鈴音が感じ取った直後、その大神殿を中心にして青白い光が地面を這うように広がって行った。
まるで星全体をスキャニングしているかのようだ。
「うわ、凄ッ。これ、骸骨神様の……?」
鈴音の問いに骸骨が頷く。
石版に、指示を出す鈴音と次々と映像を出す骸骨神を描いた。
「え、ホンマ!?はいここで証拠映像ドーン!とかやってええって事?」
親指を立てる骸骨神を描き、コクリと頷く。
「ひー、ありがたいけど責任重大!!頑張らな!!」
緊張気味の鈴音に、石版を仕舞った骸骨は両拳を握って大きく頷いて見せた。
「そっか、そやね大丈夫や。神様が三柱も居ってはるし、神の分身も居るし友達も居る」
「おう。骸骨の自信満々っぷりからして、骸骨の神さんが使う技は相当のもんやろ。鈴音が多少スベっても、どないなとなる」
「いやスベりたくはないな!?」
虎吉の励ましに、くわ、と目を見開く鈴音と、肩を揺らす骸骨。
そんな和やかな空気が、大神殿から流れて来た強烈な冷気で一瞬にして引き締まる。
「寒ッ!え、これは?骸骨神様どないかしはったん?」
骸骨が石版に描いたのは、激怒している骸骨神だ。
「キレてはるの!?えー……と、集めた過去の記憶映像を確認してー……キレた。もしかして、神様がキレるレベルの悪行三昧が見えたいう事やろか」
恐る恐る尋ねる鈴音に、骸骨も自身を抱き締めながら小さく頷いた。
「ふ、ふふふ。大丈夫かな私。今日この時間を乗り切れたら、大抵の事では驚かんようになりそうや」
遠い目をした鈴音はさっそく虎吉に鼻を埋める。
そうして大神殿の入口が霜に覆われる中、悪党全員が完全に目を覚ました。
大神官達と共に、大神殿へ続く階段前にずらりと並べられている状況を怪訝な顔で確認している。
大統領が階段を見上げると、上段に座った虹男は骸骨神が放つ冷気でちょっと凍っていた。
「虹男、凍ってる。凍ってるよ!」
せっかく大統領達が“神の御使い”を見て慌てる場面だというのに、とがっかりしながら鈴音は虹男に小声で指摘する。
ハッ、と気付いた虹男はパリパリと音を立てて氷を払う。
「なんか寒いなと思ったんだよねー」
そんな、鈴音達から見ればアチャーな状態でも、大統領達は充分に驚いていた。
彼らの目に映るのは、巨大な竜に神の御使い、神獣と謎の女。
神官ではない大統領、将軍、秘書には骸骨の姿が見えない。
見えてしまった悪神官は、竜と目が合った時と同じように気を失った。
それぞれの反応を眺めていた鈴音は、ゆっくりと深呼吸してから骸骨やカンドーレ達に頷き、階段へと歩を進める。
虹男が上段に座っているので、彼の姿がよく見えるよう中段の脇に立った。
「うわーぉ、お白州感ハンパないんやけど」
鈴音の呟きに虎吉が笑う。
「頑張って裁いてやお奉行さん」
「遠山さんか大岡さんか……遠山さんやろなぁ」
小さく笑ってから、再度深呼吸をして心を落ち着け、表情を作った。
「はい、皆さんようこそ!公平公正なお裁きの場、神々の法廷へ!」
よく通る声で話し始めた鈴音に、悪党達の視線が集中する。
「まずはあちらに見えます大きな竜、あのお方が皆さんをお作りになった創造神様の世を忍ぶ仮の御姿、いや忍べてませんけどもー。もうその御力はご存知ですね?そしてこちらは言わずと知れた神の御使い、でも本当は創造神様の伴侶にしてこれまた創造神様というややこしいお方ですー。こちらの創造神様は動物担当ですねー」
鈴音の説明で悪党達に動揺が広がった。
ただ、大悪党二人は虹男が神だと聞いても眉を動かした程度で、これといった動揺は見られない。
「ややこしくて悪かったねー。でもあの子が勘違いしただけだよ?誰だっけ、神剣持って来た人」
「プレテセリオ様」
「そうそう、その子。ま、いい子だったし別に気にしてないけど」
口を尖らせる虹男にニッコリ笑って頷き、鈴音は悪党達に向き直る。
「あ、ちなみに私は通りすがりの司会者ですー。何者やと聞かれても只者やとしか答えられへん一般人なのでお気になさらず」
笑顔を貼り付けた鈴音の喋りを、ここで漸く大統領が遮った。
「司会者さん。ちょっといいだろうか」
「はい、大統領。なんですか」
状況が解らず困っている爽やかなオジサマが胡散臭い女に質問する、そんな画になっているだろうか。
「これは一体、どういう事かね?私が何をしたというんだ。こんな風に罪人のような扱われ方をされる覚えはないのだがね?」
途端に右隣の将軍や、背後の秘書からも同様の声が上がる。
「おや。おやおやおや。そうですか?神様の前でそんな事を言うてしまうんですか。お隣の大神官さん、お友達やねんから教えて差し上げたら、どないですぅー?」
わざとらしく語尾だけ悪女モードで煽ってみた。
すると一瞬、大神官の顔が歪む。
神に関しては無表情を装えても、小娘の煽りは苛々するらしい。
「お友達?いやいや、敬愛する大神官様を友達だなどとは呼べんよ」
困った笑顔で首を振る大統領。
流石に長い間国民を騙して来ただけあって、役者である。
「敬愛してもうてますかー、そうですかー。この大神官様、ガッツリ賄賂受け取って悪事働いてまう人ですけど、敬愛しとってええんですかねぇ?」
「賄賂……?悪事……?」
大統領は怪訝な顔で鈴音と大神官を見比べる。
「まさかそんな、有り得ませんね、大神官様」
優しげな笑みで隣の大神官を窺う。
大神官もまた、人の良さそうな老人のまま、大きく頷いた。
「当然だ。あの者の戯れ言だ」
魔剣の取引現場に居たのは鈴音と虎吉だけで、後から現れた竜は直接目撃した訳ではないから誤魔化せるとでも思っているのだろうか。
「んー。兄さん、にーいーさんて」
上段に座る虹男は、きょとんとしてから自分が呼ばれたと気付いた。
「なに?」
「もっかい化けて」
自身の髪を引っ張りながら言う鈴音に、笑顔で了承した虹男がすっかり慣れた様子で直ぐさま黒髪黒目姿になる。
「……な……」
見覚えある男に大神官は目を見張り、悪党達は急に虹男の色が変わった事に驚いた。
「はい、兄さんです。まあこういう事なんで、言い逃れは無理なんちゃうかなぁ思うんですよねー」
「……なんの事やらさっぱり。急に髪の色が変われば誰でも驚くだろう」
どんなカラクリだと言いたい所だろうが、竜が見ている手前飲み込んだようだ。
「神様が見てた言うてるのに強情な人やねぇ。ほなもう、事実を観てもらうんが早いかなー」
本来ならここから更に言葉で攻撃しなければならなかった。
けれどサファイアのファインプレーにより、その必要は無くなった。
とんでもない援軍が鈴音の代わりに遥かに強力な攻撃を行ってくれるからだ。
「では、お願いします!」
誰かを呼び込むかのように鈴音が右腕を振ると、ドーム内が暗くなり、まるで映画のように密談現場の映像が流れ始めた。
黒髪の男女が鈴音と虹男だと分かるような映像に続き、ジェロディとカンドーレの姿、金の延べ板とそれを見た大神官の表情。
「……紹介状くらい直ぐに書いてやろうではないか……」
声もはっきりと聞こえる。
「なん、なんだこれは!なんだこれは!!」
大神官は立ち上がりたいらしいが、サファイアがそれを許さないのか、動けないでいる。
我先に逃げた悪神官達の足が縺れて転んでいたのと同じ要領だろう。
わあわあと喚く大神官などお構いなしに、映像は流れ続ける。
「この映像とかも全部、世界中の人が見てるんやんな?」
「そうやろな。光の球も飛んどることやし、映像見て喚いとる姿も見とるやろな」
虎吉とコソコソ会話しながら、鈴音は暗闇を見通す猫の目で大統領の様子を見ていた。
現状、悪事を働く現場を自分の目で見た訳では無いこの男の方が厄介なのだ。
じっと観察していると、映像と大神官とを見比べ、やはり切り捨てる事にしたのか真顔で思案しながら小さく頷いている。
「……そなたに魔剣を授けてやろう……」
映像の中の大神官が浮かべる醜い笑み。
金を撫でながら愉快そうに魔剣の材料について語っていた。
「くそ、何がどうなっている!?」
現実の大神官が歯噛みしていると、建物の陰から素早く何者かが近付いて縄を切る。
そのまま両脇を抱えてこの場から運び出そうとし始めた。
「む、そなたら!無事であったか」
自身を逃しに来たのが護衛二人だと気付き、大神官はニタリと笑う。
「この近辺に潜んでおったのだな。まことに有能な……ぬおッ」
護衛達に対する褒め言葉は、三人揃って足が縺れ転んだ事で途切れた。
映像の中では議員達がいかに国民を騙しているかが語られ、魔剣を聖剣と偽っていた事が語られ、神の山が魔の山になった経緯が語られている。
「……今の元首、あれが最初に泣きついて来た悪党だ……」
そして大統領もまた真っ黒だという事が語られた。
王国の騎士に魔剣を与えた結果や、王国に戦を仕掛けている事も語られ、御使いを侮辱された怒りでカンドーレが聖剣を構えた所で一旦映像は消える。
明るくなったドーム内では、今まさに映像でカンドーレと対峙していた護衛二人が大神官と共に転んでいた。
「あっっっらぁぁー、どないしはったんですか大神官様。誰ですかその人らは。ああ、正義感の強い神官さんを叩き斬ろうとしてた護衛の人ですか。どっから湧いて出たんですか」
コントのようにコケている三人を大袈裟に構っていると、大統領へ『大神官が言っていた事は本当か』と確かめる前にまた辺りが暗くなる。
「ん?先に大統領のん見せてくれはるんかな?」
首を傾げる鈴音をよそに、映像は薄暗い路地裏を映し出した。
そこに、黒いローブに身を包んだ護衛達が立っている。
抜身の長剣を右手に持って。
「……あ、これ、アカンやつや」
この先何が起きるか察した鈴音は、急いで骸骨の隣へ走り、虎吉を挟む形でくっついた。
まるでそれを待っていたかのように、映像の中の護衛達が動き始める。
路地裏で眠る人々の元へと。




