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第五百二十七話 やっと本題

 囮となったポセイドンは、鈴音の右手にある黒い球を投げさせる為、わざと速度を落として走る。

 あれが手元にある限り、危なくて虎吉が接触出来ないからだ。

 なので、容易に目で追える速さにしておけば、理性を失っている今なら罠だと疑わず投げるだろう、と考えての事だったのだが。

「真顔で延々追ってくるの何でだ!怖いぞ!」

 懐へ飛び込んでは、右手に持った黒い球を押し当てようとするのである。それも心臓辺りに。殺る気満々だ。


「不動明王みたいな顔してへんだけマシやろ。殺猫犯やと不動明王で、それ以外やと真顔なんやな。いやー、鈴音の事は何でも知っとるつもりやったけど、まだ新たな発見があるんやなあ」

「和むな!どっちにしろ怖いわ!」

 ワタツミに乗って鈴音の後を追っている虎吉の解説に、思わずツッコむポセイドン。鈴音がその僅かな隙を突いて襲い掛かり、慌てた海の神は水面を滑って逃げた。

「今のは危なかったぞ、光ってる時は速さも上がるのか!?さっきまでよりキレがいい気がする」

「多分あれや、目の前の猫の敵を殺す事以外、なんも考えてへんからや」

 疑問に対する答えを虎吉から貰ったポセイドンは、猫の敵呼ばわりに先程の場面を思い出し、クワッと目を見開く。

「俺が狙われてるの、確実にお前のせいじゃないか猫神の分身め!」

「うはは、スマンスマン。まさか鈴音が戦闘中やとは思わんかってん」

 目を細めて笑う虎吉は、ただ可愛いだけで反省なぞ全くしていない顔だ。

「ええい腹立たしい。後でその鼻先を指で弾いてくれる!」

「フフン、そんなんしたら鈴音がまたキレるで」

 半眼で髭の付け根を膨らませ、口角を上げる虎吉。その得意げな顔にポセイドンが苛つき、見えないワタツミは『挑発すんの上手いな』と素直に感心する。


 その間にも鈴音の攻撃は続いており、それを躱したり虎吉にツッコんだりとポセイドンは大忙しだ。

 そうして、どうやら鈴音は何が何でも黒い球を直接押し当てたいらしい、と皆が思い込んだ頃。

 不意に右足へ体重を乗せた鈴音が、左足を踏み出し流れるように球を投げた。

 女子が何かを投げる時は手投げだよね、と思っていた神々の意表を突く、プロ顔負けの投球フォームで。

 今更かよ、しかも何だその投げ方、と呆気に取られたポセイドンは反応が遅れ、足もと目掛けて落ちてくるタイプの球筋だと気付いた時には、その場で高くジャンプしていた。


 ワタツミが反射的に見上げ、動くな落ちると騒ぐ虎吉と再びコントを演じ始めたその瞬間、闘技場に雷鳴が轟く。

 頭にしがみつく虎吉を手で支えたワタツミが見たのは、失神し海面に落下したポセイドン。

 服や皮膚が焦げている事から、雷に撃たれたと分かった。


「うわ、もしかしてこれが狙いだったのか!?俺らの弱点が雷だって知ってた!?」

 驚愕するワタツミに虎吉が首を振る。

「鈴音は神さんの弱点なんか知らん。けど、ジャンプさして狙い撃つ作戦やったんやろなとは思う」

 そんな事より、と虎吉はワタツミをペチペチ叩いた。

「早よ鈴音に近寄ってくれ。今がチャンスや」

「分かったから叩くな、俺は馬じゃないんだぞ」

 文句を言いながらも、ワタツミはまた右手に神力を集め出した鈴音へ近付く。

 正面に回れというリクエストに応えるや、虎吉はワタツミの頭を踏切台にして跳んだ。

「イテッ!おま、天下のワタツミ様を何だと思ってんだ!ったく猫ってのはもう」

 頭を押さえて前を見たワタツミの視界に映るのは、顔面に猫を貼り付け引っ繰り返って行く鈴音の姿だ。

 鈴音の顔を抱え込んだ虎吉は、もふもふの腹でその呼吸を感じ取る。

 規則的な呼吸から不自然な深呼吸に変わり、ドゥフフフフと気色の悪い笑い声が聞こえてきた事で、やれやれと安心し目を細めた。


 よく分からないが大丈夫そうだ、と判断したワタツミは、鈴音と同じく海面に引っ繰り返っているポセイドンのそばへ行く。

「おーい、気分はどうだー?」

 声を掛けつつ容赦なく顔に万能薬を注げば、半開きの口からブハッと息を吐き出し、逞しい上体が跳ね起きた。

「うおー、ビッッックリしたー!まさか雷が来るとは!ゼウスのよりはマシだけど、それでもかなり痛かったぞ?何だあれ。猫神もお前も雷は使わないだろ」

 よいしょと立ち上がり大層驚いているポセイドンへ、ワタツミはとても言い難そうに告げる。

「猫神の縄張りに溜まってる創造神から貰ったらしい」

「へえー!……って知ってたのかよ」

「いやー、ほらお前“猫神の眷属と”手合わせだって言うから?鈴音も猫神の力しか使ってなかったし?別に言わなくてもいいかなーと思ったんだ、文句あるか」

 最後は逆ギレ気味に胸を張るワタツミの言葉で、鈴音が危険な力を隠していた理由をポセイドンも理解した。


「そうか、俺が猫神の眷属を強調したから、猫神の力だけで戦ったのか。でもキレたらその縛りもなくなって、死の女神だの異世界の創造神だのの力も解放したと」

 虎吉を抱えて立ち上がろうとしている鈴音を見やり、ポセイドンが愉快そうに笑う。

「俺をナメて喧嘩売ってた訳じゃなかったんだな」

「お前、あんだけ戦うの嫌がってた姿見てて出てくる感想がそれとかヤバいぞ?」

「え、そうかな」

「おう。悪いなと思ったんなら願い事きいてやれ?気に入っただろ?ちゃんと強かったし」

 呆れるワタツミに困り顔で頭を掻くポセイドン。

「そうだな、俺の期待に応える形で猫神の眷属として真正面から挑んできたんだし、結果的に一撃入れられたし、約束は守らんとな」

 鈴音が生意気な態度を取った訳ではないと分かれば、ポセイドンも思う所はない。

 こちらへ向かって歩きだした鈴音へ、神らしく慈悲深い笑みを向けた。



 さて正気に戻った鈴音はと言えば。

 ヌクヌクのモフモフをスーハーしてドゥフドゥフしていたのも束の間、そういえば自分は何をしていたのかと考え、薄っすら蘇る記憶に顔から血の気を失っていた。

「ふぉらふゃん」

「うはははは!こそばい(擽ったい)!喋ったらこそばい!」

 虎吉が顔から退いて腿に座ると、起き上がった鈴音はまず闘技場の床を見る。

 イザナミの力を凝縮した球の行方が気になったのだ。

 海水に邪魔されてさっぱり分からないが、恐らく床に丸い穴が空いているのだろうなと遠い目になる。

 縄張りの地面がどこまで続いているのか知らないので、とにかく地面の途中であの球が消滅している事を祈るしかない。


「えーと、床に穴空けた後、雷ブッパしたんか……」

「おう、ポセイドンに直撃やったで。跳んどる間は躱されへんもんな、ブチ切れとった割によう考えたな、賢い賢い」

 虎吉が笑顔で褒めてくれるが、雷が直撃と聞いて鈴音は生きた心地がしなかった。

「猫神様の眷属と手合わせがしたい、言われとったのに、(おも)っクソ他の神様の御力で攻撃してもうてるやん」

「別にええやろ。猫神さんの眷属やから貰えた力でもあるんやし」

 確かに、白猫と出会っていなければ今の鈴音はないので、間違いではない。問題はその理屈がポセイドンに通るかどうかだ、と鈴音は小さな溜息を吐く。


「何にせよ、ここでウダウダ言うててもしゃあないね。とっとと謝ろ」

「謝る必要あるかー?手合わせしたいて言われたんやろ?それやったらシバかれても文句はない筈やで?」

 自分を大事に抱えて立ち上がる鈴音を見上げ、虎吉はとても不満そうである。喧嘩番長としては、売られた喧嘩に勝っただけなのだから、堂々としておけと言いたいらしい。

「まあね、理屈としてはそうなんやけどね、でも相手はあのポセイドン様やしさ」

 他所の国の高位の神に隠し球の電撃を食らわせておいて、やりたがったのはそっちだし文句は無しで、と言えたらかなりの大物だと思われる。特に日本人、それも長いものには巻かれろ主義の鈴音としては、非常に難しい。

「それに、お願いがあって来たのに、暴れるだけ暴れて踏ん反り返るんはマズい気がする」

「頼み事しに来たんか、あー成る程それでなー」

 何やら納得している虎吉を抱え、鈴音はポセイドンとワタツミが居る方へ向かった。



「……ヤバい、あれメッチャ怒ってへん?」

「ん?(わろ)とるで?アイツ笑いながら怒るんか?」

 彫りの深いポセイドンは目元が影になっており、遠くからでは本当に笑っているのか大変分かり難い。

「横のワタツミ様が笑顔やし大丈夫なんやろか。虎ちゃん降ろしてスライディング土下座かますんが正解?」

 ギリシャの神からしたら謎の行動だと思われるが、気持ちは伝わるのではなかろうか。

 ブツブツ呟く鈴音に虎吉は呆れ、尻尾で腕を叩く。

「あーもう鬱陶しい。何ぞ言われたら俺がシバいたるさかい、胸張って(わろ)とけ」

「アカンアカンアカン、シバいたらアカン!」

 呪文のようにアカンと唱えている内に、気付けば海の神コンビが目の前に立っていた。

 脊髄反射で愛想笑いを浮かべる鈴音と、フンと鼻から息を吐き胸を張る虎吉。


「おー、大丈夫そうだな鈴音」

「ご、ご迷惑をお掛けしました」

 笑顔のワタツミへ鈴音が頭を下げると、ポセイドンが楽しげに笑う。

「ハハハハハ!さっきまでとは全くの別人だな!」

「いやもうホンマに申し訳ございま……」

「ワタツミはあれやけど、ポセイドンには謝らんでええて」

 左前足をペシと鈴音の口に当て、虎吉は尻尾を勢いよく振った。

「な。手合わせしたい言うたんそっちなんやろ?」

「ああ。だから別に何とも思ってないぞ。驚いただけで。急にキレた原因は、やっぱりその猫神の分身か?」

 虎吉の肉球のヒンヤリ感と、ポセイドンの笑顔が本物だと分かった事で、鈴音の目尻が下がり口角が上がる。


「そうなんです。虎ちゃんがポセイドン様に蹴り飛ばされそうや、て思た後から記憶が途切れ途切れで」

「うんうん、そりゃ猫神の眷属なんだから、分身やら猫が危なきゃキレるのも分かる。分からんのは、何であんなとこに分身がいきなり出て来たのかって事だよな」

 理解ある神って素晴らしいと胸を撫で下ろしてから、鈴音もまた、虎吉がポセイドンの縄張りへ来た理由が分からず首を傾げた。

「ん?俺が来た理由か?そんなん猫神さんが、『鈴音が知らん神の縄張りに入った。心配やから見てきて』て言うたからやで。頼み事しに行くとは聞いてへんかったし。鈴音は異世界に飛ばされたり引っ張り込まれたり、短い間に色々あったから猫神さん心配性んなってもうたんや」

 虎吉が語った理由に、鈴音とワタツミが『ひと言断ってから来ればよかった』とバツの悪そうな顔をする。


「成る程、理由は分かった。けど何も、あんな場所に出なくてもいいだろう。入口から来い入口から」

 あの一瞬、虎吉を普通の猫だと勘違いして肝を冷やしたポセイドンが、不満顔で部屋の出入口を指した。

「無理や。正規のルートちゃうから、鈴音が()る場所にしか出られへん。ええやないか、猫はどっからでも入り込む生きもんやで?」

「部屋の真ん中に無理やり通路開けて入ってくる猫がいてたまるか!」

 悪びれる様子もなく言い切る虎吉に、ポセイドンがすかさずツッコんで、鈴音が『おおー』と感動する。

「いや待て猫神の眷属、感心してないで分身によく言って聞かせろ」

「でも通路に関しては私じゃどないも出来ませんし」

「そうか。けど分身は言葉が通じるんだから分かる筈だ。いいか?通路を開けても急に飛び出さない!周りの様子を確認してから出ること!分かったな?」

 見た目は若いのに何だろうこのお父さん感、と思いながら鈴音は素直に『はい』と返事し、虎吉はツーンと横を向いた。


「ワタツミ、何だあの猫!」

「そりゃ猫神の分身だからな。気に入った奴の言う事以外、まともに取り合わないだろ」

 笑うワタツミが正しいとでも言うように、虎吉がフフンと不敵な笑みを浮かべ、ポセイドンがぐぬぬと睨む。

 ポセイドンは常識的な事を言っているのだが、虎吉は鈴音に喧嘩を売った相手の言う事なぞ聞くつもりはないようだ。

「猫神さんの眷属とやり合いたいんやったら、いつでも相手になるで?何せこっちは分身やからな、鈴音よりまだ速いで」

「いや、いい。小さすぎてやる気にならん」

「だ、誰が小さいんじゃゴルァーーー!」

「うわー!!虎ちゃん落ち着いてー!」

「ポセイドン!侮辱罪だとか言って創造神軍団が来たらどうすんだ!」

 手合わせではなく喧嘩になりかけ、鈴音とワタツミが慌てて止めた。


「離せ鈴音、はーなーせー」

 ウナギよろしくヌルヌルと腕から逃れようとする虎吉を、猫飼い歴もうすぐ24年の熟練の技で捕まえつつ鈴音が叫ぶ。

「ポセイドン様にはお願いがあって来てんから!喧嘩なんかしてる場合やないねん!」

「そうだった!場外乱闘は後にしろ!願いを叶えるって約束だよなポセイドン!」

 ワタツミも加勢し、『あ、そういえば』と虎吉もポセイドンも我に返った。

 ウナギから猫に戻った虎吉が、何事もなかったかのような顔で鈴音を見上げる。

「ほんで、何を頼みに来たんや?」

「ふー。えーとね、夜とか闇とか影とかに関係する神様をご紹介頂きたいねん」

「そらまた高いとこに()りそうな神さんやなー」

 虎吉がチラリとワタツミを見た事から、ツクヨミを思い浮かべたんだろうなと思いつつも、鈴音は華麗にスルー。


「ワタツミ様が、ギリシャの神様は大勢居てはるし、世に名高いポセイドン様ならどなたかご存知ちゃうかなぁ言うて、連れてきてくれはってん」

 本当はワタツミに連れてこられてから、相談相手がポセイドンだと知ったのだが、その辺は黙っておく。

 ワタツミもわざわざ指摘したりはせず、尤もらしく頷いた。

「そういう訳だ。夜の神は流石に無理でも、それらしい神に心当たりはあるだろ?」

 鈴音のヨイショが効いたようで、ポセイドンは機嫌良く頷く。

「勿論だ。何しろ兄貴が冥府の王だからな。けど、なんでまたそんな神に用があるんだ?理由も聞かずに紹介は出来ないぞ?」

「あー、それはあれだ。前に話しただろ、変な澱の事。あれをばら蒔いてた奴が関わっててな……」

 話が長くなりそうだと感じたのか、ポセイドンは海を消し闘技場から元の部屋へと作り直して、茨木童子含む皆をソファへ導いた。

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