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第五百二十五話 ワタツミ様に相談だ

 昼食後、何故か悟りを開いたような表情になっている河童へ異世界産のクッキーを預け、座敷童子と勇斗へ近い内にまた来ると約束して、鈴音達は迷い家を後にする。

 出口付近でチラと振り向いた茨木童子が、軽く首を傾げつつ口を開いた。

「河童のやつ、(あね)さんから異世界の話聞いた時の誰かさんみたいな顔しとったけど、どないしたんすかね?」

 この時、骨董屋内で大きなクシャミをした綱木が、『クーラー効き過ぎか?』と設定温度を確認していたが、鈴音達は知る由もない。

「座敷童子が烏天狗を気にしとったから、もし迷い家に呼ぶ事になったらどないしよ、て悩んでたんかなぁ?相撲で負けたエリートとはちゃうねんけど、烏天狗は烏天狗やし」

「あーそうか、確かにビミョーな気分なりそうっすね」

 うんうん頷き合うふたり。

 もし聞こえていたら、『いやもう烏天狗とかどうでもええ』等と言うに違いない河童の、寿命が縮む程の心労が理解される日は遠そうだ。


 会話を続けつつ迷い家の結界を抜けると、そこは繁華街の路地だった。

 迷い家の心遣いに、鈴音は『ありがたや』と拝んで感謝を捧げる。

「こっからやったら海も直ぐやし、さっそく行こか」

「そっすね」

 人目が途切れた瞬間にビルの屋上へ跳び、海を目指して南へ南へ。



 あっという間に海沿いへやってきた鈴音達は、平日の昼でも観光客で賑わうエリアを避け、突堤へ向かう。

 ここでの釣りは禁止されている為、商業施設がある辺りを過ぎてしまえば人影はまばらだ。

 港町を写真に収める人や、ぼんやりと海を眺める人から距離を取り、転落防止柵の前に立った鈴音の肩に茨木童子が手を置く。

 姿隠しのペンダントに宿る力で、ふたり揃って人々の視界から消えると、鈴音は海へ呼び掛けた。

「ワタツミ様ーーー!鈴音ですーーー!ご相談がありましてーーー!」

 大きな声を響かせて待つ事暫し。

「どーーーうしたーーー?」

 彼方に現れた人影が、海上を滑るようにしてこちらへ近付いて来るのが見えた。

 ショートボブの黒髪を靡かせやって来たのは、それこそ本来なら鈴音が口を聞ける筈もない、上から数えた方が早い高位の存在、日本の海を支配下に置く大綿津見神である。


「お久し振りですワタツミ様」

「おー、久しい……か?何かちょいちょい黄泉醜女に海鮮渡してるせいで、鈴音とも関わってる感じになってたな」

 そう言って笑ったワタツミは、鈴音の隣に立つ茨木童子を見上げた。

「人じゃないな?んー、鬼か」

 あっさり見破ると、特に気にする様子もなく鈴音に向き直る。

「それで、相談て何だ?」

「はい、実は影に潜む敵を探すのに、夜の神様の御力を拝借できひんか、いう話になりまして。ワタツミ様なら、どなたかご存知かなぁと」

 極々普通に会話するふたりを、茨木童子は黙って眺める事しか出来ない。

 白猫の縄張りに居る創造神軍団で少し慣れたとはいえ、やはり高位の神は迫力が違う。

 ワタツミは人界に馴染んでいる為か、天変地異が起きない程度まで神力を抑えられるようだが、それでも充分に威圧感はある。

 彼を本気で怒らせたら日本が沈む、これが只の脅しでないと分かるくらいには、漏れ出る神力が重かった。

 余計な事を言って怒りを買わないように、と茨木童子が気配を消すのも無理はないだろう。


 そんな風に、空気の読める悪鬼が密かに緊張する中、鈴音の相談を受けてワタツミは唸っていた。

「うーーーん、夜の神かぁー……」

「はい。人に強烈な光を当てんでも影の中に潜む魂を引き摺り出せるような、暗闇に特化した御力をお持ちの神様、ご存知ありませんか」

 鈴音が月読命の名を出さない不自然さは、ワタツミが『俺の事も知らなかった鈴音が、ツクヨミを知っている筈はないしな』と考えているお陰で気付かれていない。

「向こうが影を操るならこっちはその上を行けばいい、ってのは考え方としては悪くないと俺も思う。思うんだけど、夜とか闇とかはなー。母上で分かる通り、原初の神が多いんだ。要するに俺より上、俺より強い神が多い」

 少年にも青年にも見える、イザナミの美貌を受け継いでいる海の神は、腕組みをして困り顔だ。

「あと、割と気性が荒いっていうか、冥界所属が多いっていうか」

「え、まんまナミ様ですやん」

 元夫を殺す気満々な黄泉の国の女王を思い浮かべ、鈴音は遠い目になる。


「そうなんだよ、似てるんだよ。理由がハッキリしてる母上ならともかく、赤の他神でそんな性格の奴と関わるのはちょっとなー。あ、そうだ。鈴音は母上の力を少し貰ってるんだし、気合でどうにか出来ないか?闇なら多少は扱えるだろ?」

 神が気合とか言ってる、と目を丸くする茨木童子の横で、今度は鈴音がうーんと唸り始めた。

「魔王の魔力と混ぜて、動く影みたいなんは出せるんですけど。本物の影の中を探ったり、引き摺り出せるか言われたら無理ですねぇ……」

 魔法は想像力が物を言うので、影の中という想像出来ない世界もまた、鈴音の邪魔をしている。

「影は平面やのに、そこに潜むって何?そこから引っ張り出すとかどないしたらええんやろ?て考えてまうんです。絵の中には入られへんし、絵の猫には触れませんやん?そんな感じで」

「あー……、成る程なぁ。こんな風になってるぞって説明して貰わないと、想像するのが難しいのか」

「そうなんですよ」

 眉を下げて小さく息を吐く鈴音と、難しい顔で悩むワタツミ。

 茨木童子は恐る恐る口を挟む。


「イザナミ様に聞くのは無理なんすか?」

「んー、ナミ様は闇属性の御力をお持ちなだけで、別に夜の神でも闇の神でもないから、多分『影の中ぁ?知らなぁーい。影の神とかに聞いたらいいよぉ』とか言わはる。ほんで、影の神とやらが存在するんかはご存知ないねん。その辺はテキトー」

 そっくりなモノマネに大ウケなのはワタツミだけで、茨木童子は『ギャル!?』と目がまん丸だ。

 まあ驚くよねと微笑みつつ、鈴音はワタツミを見る。

「せやからやっぱり、一気に広範囲の影を探れるような神様に、ご助力いただけたらなぁと」

 ひとしきり笑ったワタツミは、呼吸を整えてから仕方なさそうに頷いた。

「そうだな。異世界の魂がいつまでも日本に留まってるとは限らんし、この狭い島国に居る内に叩いた方が楽だろ、とか何とか言って協力を要請するか」

 逃亡魂は骸骨に見つかるのを何より恐れている筈なので、隠れ場所のない空を自力では飛ばないと思われるが、人や荷物の影に潜んで飛行機に乗る事や、船に乗る事は出来る。

 そろそろ地球にも慣れただろうから、もっと人が大勢居る広い大陸へ移動してもおかしくはないのだ。


 ワタツミの言い方で、やはり外国の神に話を付けてくれるんだな、と思いつつも顔には出さず、鈴音は目をぱちくりとさせる。

「外国の神様とお友達なんですか?」

「おお。夜とか闇系に知り合いは居ないから、古い友達に聞いてみる。鈴音達も一緒に来い」

 当たり前のように告げるワタツミ。

 神の誘いを断るのは不可能なので、鈴音も茨木童子も『ヤダ』と思いつつ引き攣った笑顔で頷く。

「が、外国の神様とは初めましてですけど、マナーとか大丈夫ですかねー?」

「俺なんか悪鬼っすけど消されへんっすか」

 ワタツミは気の良い神だが、その友達もそうとは限らないので恐ろしい。

「いやお前ら、異世界の神に比べりゃ外国の神くらいどうって事ないだろうよ」

 呆れられてしまったが、それは違うと鈴音は首を振る。


「異世界の神々は猫神様の信者です。猫神様に嫌われたないから、眷属である私や、その私がそばに置いてる茨木を可愛がって下さるんです。外国の神様にはそれがないんで、めっちゃ怖いんですよ。ワタツミ様のお友達やったら、間違いなく猫神様より高位の神様ですし」

 白猫の威を借っての無双が出来ないのだ。不安になるなと言う方が無理である。

「あ、成る程。けど多分……、いや、実際に会えば分かるか。何かあったら守ってやるから心配するな」

 あっけらかんと言われてしまえば、立場的にそれ以上何も言い返せない。

「お願いします。大人しぃにしときますんで」

「大人しく?ふふふ、うん」

 意味ありげな笑いを零し、ワタツミは海面に神界への通路を開いた。

「さ、行くぞー」

 ヒョイとその中へ飛ぶ様子を目で追い、鈴音と茨木童子は顔を見合わせる。

 溜息を吐いてから覚悟を決め視線を交わすと、いちにのさんで地面を蹴って、共に通路へ飛び込んだ。




 落ちた先は一見すると明るい海の底。

 しかし周囲に海水はなく、鈴音から手を離した茨木童子も呼吸が出来た。人界なら空にあたる位置には水があるようで、泳ぐ魚の姿が見える。

 揃って完全なお上りさん状態になりつつ、待っていてくれたワタツミの背を追い、ゴツゴツとした岩盤を進んだ。


 体感で2、3分歩くと足下は岩盤から白い砂に変わり、海水もないのに色とりどりの珊瑚が生える不思議空間になった。

 これにより、ああやはりここは神界なのだと改めて理解する。

 更に進むと、色鮮やかな建物が徐々に近付いてきた。

 鈴音はこれによく似た物をテレビで見た事がある。テレビで見たそれには、色などなかったが。

「ギリシャの神殿……?」

 建築様式なぞ知らなくても、丸い柱が何本も並ぶこの独特な造りを見れば、大概の人はギリシャにある有名な神殿を思い浮かべるだろう。

 という事はこの中に居るのはギリシャの神か、と考えて、鈴音はゴクリと喉を鳴らした。

 いや、ひょっとしたら、世界に名を轟かせる神に憧れて、マイナーな神がそれっぽく整えただけかもしれない。

 寧ろそうであれ、と顔を引き攣らせながら、勝手知ったる何とやらでスタスタと建物に入っていくワタツミを追った。



「おーい、俺だぞー」

 真っ直ぐ進んで突き当りの大きな扉を開け、気の抜ける挨拶をかますワタツミ。

 両開きの扉が全開になり、室内の様子が丸見えになる。

「げ。鈴音、ちょっと待っ……」

 焦ったワタツミが振り向くも、時すでに遅し。

 鈴音も茨木童子もばっちり見てしまった。

 素っ裸のまま部屋のど真ん中で、バァァァンとかいう効果音が付きそうな謎のポージングをキメている男の姿を。

「うわー、これがリアルギリシャ彫刻」

「そうなんすか。生々しいっすね。生なんすけど」

「わー!わー!どこ見てんだ!ちょっとは恥じらえ!」

 両手を大きく振って視界を遮ろうとするワタツミだけが大慌てで、鈴音と茨木童子は真顔だし、裸族の男は仁王立ちになって踏ん反り返っている。

「よく来たなワタツミ。で、そいつらは何だ?」

「踏ん反り返るな誇示するな!服を着ろこの筋肉馬鹿!」

 クワッと目を剥いたワタツミに睨まれ、肩をすくめた裸族はソファに置いてあった白い布を身体に巻いた。


 キトンと呼ばれる古代ギリシャの服装となった男は、よく見れば物凄い美形だ。

 彫刻のような筋肉は勿論、張りのある小麦色の肌に黒っぽい巻き毛、彫りの深い顔、ハリウッドスターが霞む程の華やかさに神々しさ。

 鈴音が知るあの神は髭モジャのおじさんなので、どうやら違うらしいと安心した。

 しかし。

「ポセイドン、裸になるなら鍵をかけろ」

「面倒臭い。いいじゃないか減るもんじゃなし」

「なんでやー!」

 ワタツミが元裸族の名を呼んだ途端、頭を抱えてしゃがみ込む鈴音。

「ほら見ろ、若い女には刺激が強過ぎるんだ」

「ええ?勝手に入って勝手に見たくせに、変な奴」

 神々の会話に『ちゃう、そうやない』と心の中でツッコんだ茨木童子は、ノロノロと立ち上がる鈴音に手を貸しつつ、彼自身もまた遠い目だ。


「それで?俺に服着せる為に来たんじゃないだろ?」

 立ち話もなんだから、とソファへ座るポセイドンに倣い、ワタツミが向かい側に腰を下ろしたので、鈴音と茨木童子はその後ろに立った。

「ん?お前の眷属だったのか?」

 座らない鈴音達にポセイドンがきょとんとし、ワタツミは首を振る。

「俺のじゃなくて猫神のだ。こっちの、鈴音だけな」

 そう聞くや否や、今の今までワタツミ以外には全く興味がなさそうだったポセイドンが、鈴音を凝視した。

「なに神って?」

「猫神」

 きっぱりハッキリ、分かり易く発音したワタツミへ一瞬移った視線は、直ぐに鈴音へと戻ってくる。


「猫神ってあの猫神?人類皆殺しの?」

「そう」

「犬神以外の全ての神と眷属を敵に回しても、一切引かなかったあの猫神?」

「その猫神」

 視線を鈴音に固定したまま、ポセイドンはワタツミと会話した。

「自分の子孫達に説得されて怒りを収めたとは聞いたけど、人を赦したとは聞いてない」

「それは俺も知らん」

「人を赦していない猫神が眷属にした人物か。さては物凄く強いな?」

 何をどうしたらそこへ行き着くのか、鈴音には全く分からない。

 その疑問が顔に出ていたようで、ニヤリと口角を上げたポセイドンはソファの上で踏ん反り返った。


「そりゃあ、攻撃力に全てを注ぎ込んだ猫神が、殺したい程の憎しみも忘れて選んだんだぞ?強いに決まってるじゃないか」

 愚問だとでも言い出しそうなドヤ顔を向けられ、『全ッッッ然ちゃいます』と真実を語りたくなった鈴音だが、無礼者めと怒られたら大変なのでやめておく。何しろ相手はあのポセイドンなのだ。

 だがその選択は間違っていたらしい。

「という訳で、どれくらい強いか俺が確かめてやろう。さあ手合わせだ!」

 何故かやる気満々になったポセイドンが、立ち上がって踏ん反り返っている。

「あれ?詰んだ?」

 最悪の展開に呆然とする鈴音を置き去りに、広い室内からはどんどんと物が消えて行き、すっかり闘技場へと姿を変えていた。

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