第五百二十話 横暴な団長の転落っぷりを聞こう
鈴音達が去った後セレアレスの街には、カスカダ攻めを担当する東部第4騎士団からの使者がやって来たそうな。
そういえば、ジガンテがあるヴァレの街へ向かう途中に、えらく速い馬に乗った集団と擦れ違ったなと鈴音達は思い出す。
「ああ、それが使者達でしょう」
エザルタートは時間的に間違いないと頷いた。
「彼らも僕達と同じで、セレアレスの住民の浮かれた様子に、何事かと驚いていましたよ」
その後、別の街へ移動中だという憲兵隊が休憩と補給の為にやってきて、やっぱり『何事だ』と眉を顰めてから、当たり前のように住民達へ聞き込みを始めた。
その結果、第5騎士団が何を仕出かしたか、後からやって来た皆の知る所となる。
「神の使いのお陰で助かった。あの御方には感謝してもし切れない。と住民達が口を揃えるのですよ、団長」
農業組合の応接室にて、氷のような視線で第5騎士団の団長を射竦めるのは、憲兵隊の隊長ジェロだ。
「伝説の不死者エスピリトゥを無力化し、カスカダの反乱軍を退けた、光り輝く無敵の女性だとか」
「光っておったなー、ワシも驚いた」
冷や汗を掻きつつすっとぼける団長を見ても、ジェロは怒らない。罪人の相手ばかりしているので、この程度の反応には慣れっこなのだろう。
「私も驚いていますよ。まさかあのお嬢さんが神の使いだったとは」
「し、知り合いなのかジェロ殿」
ギョッとする団長へ、冷たい目のままジェロが薄っすら微笑む。
「とある街にふらりと現れ犯罪者を捕縛し、我らに引き渡して下さいましてね。てっきりあのまま、ジガンテへ挑みに行ったと思っていたのですが。通り道でもないセレアレスに立ち寄ったのは何故か……?愚かなる者に無辜の民が苦しめられている、と神のお告げでも下ったのか……」
口元は微笑みの形を取っているものの、目が笑っていない。そんなジェロの圧力に耐え切れず、団長は視線を落として冷や汗を拭った。
「お、愚かと言うがな、外出禁止令はワシでなくとも出したと思うぞ?」
目を逸らしたまま反論なぞ試みる愚か者を、ジェロは呆れ顔で見つめる。
「ええ、外出禁止令に問題はありませんよ。食料や日用品の配給をしっかりと行っているならば」
「お、おぉ。配給ではないが、市を立てた。だから問題はないな」
団長のこの発言は、憲兵としての仕事に誇りを持っているジェロの神経を逆撫でした。
「おやおや、我らも見くびられたものですね。少しの聞き込みで判明する事実さえ突き止められない、無能だとでも思われているらしい」
「ななな何の事だ?」
「市とは名ばかり。住民達の数に対し品物の数は全く足りておらず、買い出し担当は各世帯1名等という条件付き。おまけに全員同じ時間に買い物をさせた為、市から遠い住民は何ひとつ手に入らない事もしばしば」
明らかに目が泳いでいる団長を、絶対零度の視線が射る。
「これを横暴と呼ばずして、何と呼んだらいいのでしょうね、団長。何故に言い逃れ出来ると思ったのか。住民達があなたを庇うとでも?」
団長から答えは返ってこない。
「黙っていたって罪は消えませんが。まあいいでしょう、これもまたそのまま報告するだけです」
淡々と告げたジェロが軽く手で合図すると、彼の部下が音も無く部屋から出て行く。憲兵隊が誇る通信手段を使うのだろう。
それに慌てたのは団長だ。
「ほ、報告とはどういう事だ!?こちらには補給に寄っただけなのだろう!?」
「ええ。ですが、帝国にとって大変重要な街が危うく潰される所だったのです。陛下にご報告申し上げるのは当然の事」
「何を大袈裟な!」
「いえ、事実ですが?セレアレス産の穀物が、どれ程の割合で国民の食卓に上っているかご存知ないのですか?ここが機能しなくなれば、帝国に食糧危機が訪れますよ?あなたは、多くの民を飢え死にさせる所だったんです。いやあ恐ろしい。大事件ですね間違いなく」
呆れ顔で肩をすくめたジェロを、団長は血走った目で睨む。
「ま、街を潰そう等とはしておらぬ!そんな出鱈目な報告なぞさせん!」
「ほう?ではどうしますか。力尽くで止めてみますか?」
手負いの獣のような顔の団長と、何を考えているのか全く読めない表情のジェロ。
「キサマ、ワシを腰抜けだと侮っておろう」
「ふふ、ご自分が何と呼ばれているかはご存知でしたか。ですが、侮ったりはしませんよ。前皇帝陛下が任命なさった、団長の1人なのですからね。勇猛果敢な各騎士団の長に、無能は選ばれない」
有能だと評価されていると気付き、団長の自尊心が擽られる。
「ただ私の場合、時にそういった方々を捕らえねばなりませんのでね。こう見えて荒事も得意なんですよ。何故か頭脳労働担当だと思われがちなんですが」
鍛えているのに心外だ、と溜息を吐くジェロを見やり、ちょっと得意げになっている団長は悩んだ。
ハッタリか、実際に団長級を叩きのめせる実力の持ち主か。
ここで話を区切ってエザルタートは楽しげに笑い、鈴音を見た。
「神はどちらだとお思いです?憲兵の隊長は本当に強いと思われますか?」
「いやそれよりこんな詳しぃに話せるあんたが怖いわ。あのジェロさんの目ぇ掻い潜って聞き耳立てるとか、それこそ神業やで」
若干引いている鈴音と、コクコク頷く骸骨と茨木童子とペドラとテハ。虎吉は興味なさげだ。
「ふふふふふ、神に神業認定されるなんて。更なる技術向上に努めなくては。それで、どっちが強いとお考えですか?」
「え?ああ、それは勿論ジェロさん。本人の言う通り、弱かったら話にならへん仕事やし。きっと神術士やで。それも、捕縛に向いてる土か氷が得意」
自分もよくやるので分かる、と鈴音が笑えば、エザルタートは満面の笑みで拍手する。
そうして、続きを話し始めた。
結局団長は、ジェロの強さを“部下の力を含めた物”だと考えたようだ。
今しがた1人報告に出て行って、現在ジェロの後ろに立つ部下は1人。大幅な戦力ダウンに違いない、と。
「随分な自信であるな。だが今やり合うのは避けたいのではないか?分が悪かろう」
ニヤニヤと笑う団長を、ジェロは訝しげに見た。
「何を言いたいのか……、ああ、そうか。私だけでは何も出来ないと、そう考えたんですね。成る程成る程、ははは……ナメられたものだ」
そう言って無表情になったジェロから、実に攻撃的な魔力が溢れ出る。
「ひっ!?まさか神術ひらっ……」
団長は『神術士だったのか!』と言いたかったらしいが、舌先が凍ってしまった為、口がまともに動かない。
何が起きた、と混乱している間に、手足もどんどんと冷たくなって行く。
「動けないでしょう。店舗へ氷を供給するだけだと思われているこの神術も、鍛えればこのくらいは出来るんですよ」
薄っすらと笑うジェロ。
恐らくこの時、団長の脳裏には鈴音によって脚を凍らされた部下達の姿がよぎったと思われるが、エザルタートもジェロもそんな事は知らない。
零れ落ちんばかりに目を見開いて固まる団長へ、ジェロの部下が素早く縄を打ち猿轡を噛ませた。同時に、氷の神術が解かれる。
「団長級にしか神術なんて使いませんからね。私の能力は殆ど知られていないんですよ。広めようにもほら、私に神術を使われるような団長は、まず戻って来られませんし」
戻れないのはどこからどこへか。尋ねたくとも団長は唸る事しか出来ない。
そこへ、報告に出ていたジェロの部下が帰ってきた。
口元を手で隠しながら、囁くようにして皇帝の側近からの指示を耳打ちする。
「そうか、ありがとう。良かったですね、団長。これからも国のため民のために働けそうですよ、銀鉱山で」
「ぅぁあーーー!?」
「追って沙汰はありますが、心の準備をしたいかと思いまして。ええ勿論、その前に憲兵隊による取り調べがありますよ。セレアレスの農業従事者を全滅させかけたんですからね、帝国に対する反逆を疑われても仕方がないでしょう」
団長は必死に何か訴えているが、ジェロは微笑みで受け流した。
「ああ、第5騎士団が心配ですか?大丈夫ですよ、当面は今ちょうど使者が来ている、第4騎士団の預かりとなるそうですから」
「うぉあえおえいえー!」
「私のせいではありません。私は事実を報告したまで。報告だけを聞いておおよその罰が決まるのは、私に対する信頼からですね。当然この後、裏取りをしに担当者が来ますよ?そして正式にあなたへと沙汰が下る。東部第5騎士団団長職を解任、騎士の称号を剥奪の上、銀鉱山にて終身の労働を命ず!といった所ですかね」
楽しげに言ってから、ジェロは冷ややかな表情に戻る。
「あなたの使命は、愚かなる反乱軍を蹴散らし、『ああやはり帝国軍は強い、彼らに守って貰えば安心だ』と住民達の信頼を勝ち得る事でした。自由を奪い、餓死寸前にまで追い込む悪役になる事ではなかったんですよ。あなたがすべきだった事は、全て神の使いなるお嬢さんにやられてしまった。帝国が得る筈だった住民からの尊敬も信頼も、彼女が得た」
顔色の悪い団長へ、淡々と言って聞かせるジェロ。
「幸い、神の使いに野心など無かったから良かったものの。もし彼女が、帝国の打倒を悲願とする国に所属していたら?エスピリトゥさえ退ける力の持ち主が扇動すれば、いくら大人しいセレアレスの住民達でも、どうなっていたか分かりませんよ?あなたが招いたのは帝国存亡の危機だ。鉱山送りになって当然の罪だと思いませんか」
ジェロの言う罰はまだ確定ではないから、皇帝が覆す可能性もある。けれど、これと同じような報告を受けて、『ひと思いに斬首にしてやれ』等とは言わないだろうなと思ったらしい。団長は絶望の表情だ。
「やれやれ、やっと事の重大性をご理解頂けたようで。何の罪を犯したか自覚せぬまま刑に服されても意味がありませんし、良かったですね。帝都までは我々が責任持って護送しますから、安心して下さい」
楽しそうなジェロに対し、項垂れた団長はもう声もない。
「そこまで見て、応接室から離れました。その後も住民達に話を聞いたんですが、神の使いが具体的に何をしたのかはハッキリしなかったんです」
あのジェロを出し抜けるエザルタートが、それはそれは悔しそうに言う。
鈴音と骸骨と茨木童子は顔を見合わせ、小さく笑った。
「住民の殆どは何も見てへんからね、そら知らん思うわ」
「やはりそうなんですか」
「うん。声はエスピリトゥが街中に響かしてくれたから、みんな聞いてた筈やけど」
あれは使える魔法だから練習しておこう、と思いつつ、セレアレスで何が起きてどう暴れたのか、鈴音は覚えている限り話して聞かせる。
茨木童子も団長の言動などを証言し、その完璧な内容にエザルタートは拍手しながら喜んだ。
「はー。まさかエスピリトゥと知り合いだったとは。流石は神」
追いかけっこ中の子供達に障害物として利用されながら、エザルタートが感心している。
「ただの偶然やけどね」
「その偶然が凄いんじゃないですか。あ、それで公爵とは?セレアレスの話とは別件で?」
「別件別件。マホンさんの復讐に関わる話」
頷いた鈴音は、長くなるからどこかで座ろうと促して、今度はマホンとの出会いを語り始めた。




