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第五十二話 大悪党一味vs凶暴神使と喧嘩番長

 硬い岩盤を掘って作られた通路を進むと、途中で怪しげな横道が現れる。

 虎吉と顔を見合わせた鈴音は、黙って直進を選んだ。

 続いて二股に別れた箇所に出たが、これまた無言で左の道を選ぶ。

 そのまま進み、次に現れた横道に入った。

 どうやら追手の目を晦ます為に迷路となっているようだが、今回ばかりは相手が悪い。

 様々な音がする屋外で、離れた位置にいる者の呼吸音を聞ける人と猫である。

 しんと静まり返った地下通路では、悪党達がどれほど必死に息を潜めても無駄だった。

 微かな音の聞こえる方へ聞こえる方へ、迷う事なく鈴音は進む。


「足音は一つに聞こえるな」

 尊大な声。

「こんな所へ一人で……?」

 神経質そうな声。

「新たな神の御使いではなかろうな?」

 再び尊大な声。

「いえ、神の力は感じません」

 落ち着いた声。

「もし御使いでも、魔剣があれば勝てるのですから問題無いでしょう」

 カチャリという金属音と、自惚れを感じる声。


 通路の先から聞こえるヒソヒソ話を確認し、鈴音が右手の指を四本立てると、虎吉は頷いた。

 悪党の数は四人。

 猫の耳専用の内緒話はせず、指二本を立てて自身を指した鈴音が、もう一度指二本立ててから『どうぞ』とばかり掌を虎吉へ向ける。

 楽しげに目を細めた虎吉が頷き、笑顔で頷き返した鈴音はしっかりと魂の光を消した。

 虎吉が腕の中からヒョイと飛び降りたのを合図に、声がした場所を目指して一気に走る。


 直進し角を二つ曲がると、小さな部屋があった。

 その入口で鈴音が目にしたのは、慌てた様子で立ち上がり、蝋燭片手に奥の通路へ向かおうとしている悪党達の姿だった。

「何者だ!」

 そう言ったのは尊大な声の主だ。60代前後の体格の良い男である。

「多分あんたが国家元首やんね。どうも初めまして神の使いですー」

 にんまり笑う鈴音を見た、線の細い男が首を振る。

「神の力など感じません。偽物ですよ大統領」

 服装は神官のものではないが、言動からしてこれが大神官の手先だろう。悪神官とでも呼ぶのが相応しいか。

「だが灯りも持たずにここまで来ている。只者では無いぞ」

 自惚れ男が腰の剣に手をかけていた。この男も偉そうなので、軍のトップか何かかもしれない。

 残る神経質そうな男は、顔を引つらせながら、奥の通路へ逃れるべくジリジリと蟹歩きをしている。

 室内の暗がりを音も無く移動した小さな猛獣が、目を真ん丸にして待ち構えているとも知らずに。


「国家元首は大統領か。首相とどっちやろ思てたわ。ほんで、何で逃げるん国の一番偉い人がこんな一大事に」

 位置的に、虎吉の獲物はあの神経質そうな男と大統領で、残りが自分の担当だなと考えながら鈴音は尋ねた。

「逃げてはいない、避難しているだけだ。お前は何者だ?どこぞの暗殺者か?」

 答えながら、大統領は剣に手を掛けた男をチラチラと見ている。

 さっさと片付けろ、という意味だろう。

 だが、剣の柄を握ったまま、男は動けないでいる。

 大神官の護衛達同様、鈴音から異質な何かを感じているらしい。

「あんさつしゃ!!大悪党はホンマ言う事が怖いな」

「大悪党?ここにはそんな肩書きを持つ者は一人も居ないが?」

「肩書きはなかっても、脛が傷だらけやったり、突付いただけで埃出まくりやったりしそう」

「政治家には清潔感が求められる。埃など出るわけがない」

「脛に傷持つ身ではあるんやねー。ま、申し開きは神様の前でしてんか」

 噛み合っているのかいないのか分からない会話を切り上げ、鈴音は一歩踏み出した。

 男達はその分下がるが、背後からドサリと何かが落ちたような音と、金属が落ちた甲高い音がして反射的に振り向く。


 通路手前の暗がりで、神経質そうな男が白目を剥いて倒れていた。

 燭台から外れた蝋燭が転がり、壁をぼんやりと照らしている。


「何が起きた」

 忙しなく辺りを見回す大統領の前に、尻尾を立てた虎吉が現れ可愛らしく鳴く。

「……何だこの獣は。どこから入って……」

 そこでハッと目を見開いた。

「神の使い、神獣ではないのか!?」

 鈴音の台詞を思い出し悪神官を振り向いた大統領だったが、答えを聞く事なく意識を失い、硬い地面と熱い口づけを交わす羽目になった。


 尻をふりふりビョンと飛び上がった虎吉に、音がする程の勢いで後頭部をぶん殴られたからだ。


 一部始終を目撃した悪神官は虎吉から距離を取ろうと後退り、自惚れ男と接触する。

「将軍、何をしておられます!早くこの化け物を……」

 焦る悪神官の目が捉えたのは、何とも形容し難い自惚れ男こと将軍の表情。

 その視線を辿れば、納得すると同時に悪神官も同じ表情となった。

「かんんわうぃいいー!!『よう悪党』からのおケツふりふりのビョーンからのパコーンやで、たまらんわもう。大悪党のクセになんでご褒美貰てんねんな羨ましい」

 目元口元ユルユルの鈴音がグネグネしている。

 悪党達からしてみれば、何を言っているのか解らないし表情も動きも何故そうなるのか意味不明だしで、とにかく不気味なのだろう。

「しょ、将軍」

「解っている!だがこの女……気色悪さ以上に隙が無い……!」

 どうにか気を取り直した悪党達に、こちらも我に返った鈴音がニヤリと笑う。

「気色悪ぅてすんませんね、っと」

 一歩で将軍の目の前まで詰め、驚愕の表情が作られて行く様を見つめながら、拳をそろりと腹へ当てた。

 シェーモという馬鹿騎士をぶっ飛ばしてしまった事から学び、あの時より更にそっと優しくと意識して触れたのだが。

「グホぁッ!!」

 将軍は背後の壁に叩き付けられ、尻を付き出すような格好で崩れ落ちた。

「えー……。これ以上優しすんのは無理や」

 拳と将軍を半眼で見比べた鈴音は、そのまま悪神官を見る。

 悪神官は何が起きたのかも理解出来ず、恐怖に染まった顔を左右に振り続けていた。

「アンタは自分で歩く?逃げようとかいらん事したら、まあ言わんでも解るやんね」

 鈴音の問い掛けに、悪神官は首を縦に振り続ける。

「あ、ちなみにな?このオッサン誰?」

 虎吉に伸された神経質そうな男へ歩み寄り、襟を掴んで持ち上げた。

「ひ、秘書です、大統領の」

「大統領と将軍と悪神官と秘書ね。……って、しもたー。私、腕二本しかないねん、でも伸びとんの三人やねん。せやからアンタも手伝うて。一番軽そうな秘書でええわ、それ連れて来て」

 言いながら鈴音は秘書を悪神官の元へ投げ、体格の良い大統領と将軍の腕を掴んでズルズルと引く。

 悪神官は秘書の腕を引いたり、両脇に手を入れて引いたりと悪戦苦闘するが、ろくに動かせなかった。

「嘘ぉん……」

 突き刺さる鈴音の視線が刃物のように感じられ、悪神官は冷や汗でビッショリである。

「あれや、おんぶしたらええねん」

 近付かれて硬直する悪神官の背中に、問答無用で秘書を被せた。

 歩いている内に落ちないよう、前に回した両手首を秘書が着けていた布の飾りベルトで縛る。

「はい完成。ほんで質問やねんけど、一番近い出口どこ?」

 一本を残し他の蝋燭を消しながら尋ねる鈴音に、悪神官は早口で答えた。

「こ、この直ぐ先に公園への出口があります」

「よし、そこから出よ。案内して」

 燭台を渡された悪神官がヨタヨタと歩き出し、男二人を引きずる鈴音が続く。

 虎吉は自分が気絶させた大統領の上でバランスを取り、実に楽しげな表情を見せていた。


 2、3分で着いた階段を上ると、小屋のような建物に出た。

 鈴音が軽々と男達を引き上げる様子に怯える悪神官は、小屋から出て直ぐにもっと恐ろしい目に遭う。

「あ。サファイア様戻って来てはるわ。サファイアさまーーー!!」

 なんと、空に浮かぶ竜へ向け、鈴音が両手を振って呼びかけたのだ。

 おもむろに首を動かした竜の目が、公園に居る人影を捉える。

 その瞬間、悪神官は恐怖に耐え切れず気を失った。

「うわ。こんな気ぃ小さい奴が、よう人殺しの片棒担げるなぁ」

 冷たい目で見下ろし、竜に悪党達の運搬を頼もうと顔を上げると、口を開く前に青い光が注がれる。

 ジェロディが包まれたのと同じ青い球体に、鈴音と虎吉も含めて収めると、空へと浮かせて大神殿前の広場まで移動させた。

「以心伝心?テレパシー?ふふ、楽ちんやなー」

 広場に降り立ち青い球体が消えると、鈴音は竜に手を振る。

「ありがとうございまーす!」

 そこへカンドーレと神官達が駆け寄って来た。

「おかえりなさい鈴音さん!これが、国家元首と仲間達ですか?」

「ただいま戻りました。えーと、大統領と将軍と悪神官と大統領秘書です。大悪党です」

「わかりました!」

 頷いたカンドーレと神官達は、テキパキと動き悪党達を縛り上げて行く。


 慣れたものだなあ、と感心した鈴音がふと見れば、大神官は勿論、我先にと逃げ出した挙げ句、転んで動けなくなっていた大神官の手先達も、きっちり縛られ並べられていた。

 成る程、数をこなして手際が良くなったのか、と納得しつつ大神官を見る。

 大神官は意識を取り戻しているが、縛られたまま黙って座っていた。

 憐れな老人の演技でもしているのだろうか。

 ただ、鈴音と目が合った瞬間の顔は、大悪党と呼ぶに相応しい、憎悪に満ちた醜いものだった。

「あはは、睨んどる睨んどる。オマエ何やねん、て思てるやろなー」

 虎吉を抱え上げ、此れ見よがしに頬擦りして、鼻で笑ってやる。

 憐れな老人に戻ろうとしていた大神官の顔が、醜く歪むのが見えた。

「本性だだ漏れやでー」

 小馬鹿にしてから視線を巡らせると、大神殿の階段で暇そうにしている虹男の姿が確認出来る。

「ん?あれ?ジェロディさんは?」

 キョロキョロと周囲を見回す鈴音に、立ち上がったカンドーレが事の経緯を説明した。

「……という訳で、現在は国王陛下とご一緒かと」

「へぇー!国王様も驚いたでしょうね、神剣持ったジェロディさんが急に帰って来て」

 楽しげに笑う鈴音にカンドーレも笑顔で頷く。

「きっと国王陛下もお喜びになるような、大活躍をなさっています。私も負けていられません!」

 拳を握って気合十分のカンドーレが睨むのは大神官だ。

「あー……、気負い過ぎんぐらいで丁度ええんちゃいます?」

 リラックスを促され深呼吸するカンドーレの横に、フワリと虹男が降り立つ。

「鈴音ー、妻がね、これ以上無い援軍を頼んであるから楽しみにしてて、だってさー」

「ふぅん?援軍?解った楽しみにしとく」

 すっかり竜の通訳となった虹男へ頷きつつ、援軍とは、と鈴音は考え込んだ。


 そんな中、竜の周りに光の玉が次々と浮かび始める。

 その内の一つがどんどんと大きくなり、大神殿と広場を包み込んだ。

 半球の光の壁で、大神殿と街とが隔絶された格好だ。

「わあ、明るいな。ドーム球場みたいや。これなら人の顔もよう見えるな」

 そういう狙いもあるのだろうか、と思う鈴音の周りを、ピンポン玉サイズの光球が幾つか滑るように飛んでいた。

「これは……?」

「妻の目みたいな感じ?ほら、なんだっけ中継だっけ?あれに使うんだってさ」

 小声で説明してくれる虹男に頷いていると、光球は悪党達のそばへ飛んで行く。

「サファイア様、臨場感に拘る派なんかな」

 そんな冗談を口にした時、ふと空間が歪む気配を感じ取った。

 どこだろう、と辺りを見回すと、大神殿の中の暗がりから何かが覗いている。

「いやいや、え?そういう事?」

 呟きながら鈴音は走り、正面入口を入って暗がりに目を向けた。


「骸骨さん?」

 呼び掛けると、目深に被っていたフードをずらして骸骨が顔を出し、ペコリとお辞儀する。

「久し振……さっき振りですー。て、助っ人は骸骨さんなんですか?」

 お辞儀を返した鈴音の問いに、首を振った骸骨は石版を出して説明した。

「あ、骸骨神様の方かぁ!骸骨さんの使う技の、もっと凄いのが出来る?へぇー。悪党達が言い逃れ出来ひんように、サファイア様が頼みはったんかな。……あ、やっぱり」

 サラサラと絵を描いていた骸骨だが、そこで一旦止まり、じっと鈴音を見る。

 そして再び描き始めた。

「んーと、骸骨神様が技使うー、証拠映像出るー、内容はー……スプラッタからの死屍累々。……そ、そうか、さっきの魔剣鑑定みたいにご自身だけが見はるんやないわ、当たり前やんねそんなんね、証拠は相手に見してナンボやがな」

 青褪める鈴音にコクリと頷いた骸骨が続ける。

「えーと、うん?一緒に……え、骸骨さんも一緒に見てくれる?いや、でも、骸骨さんも怖いの苦手やのに。……ん?二人なら半分……怖さを分け合う……うー……ありがとう骸骨さん。お礼に虎ちゃん撫でる?」

 抱えていた虎吉をズイと差し出す鈴音。

 虎吉も抵抗せず、撫でやすいように耳を左右に倒した。

 その場でくるくると回った骸骨は、虎吉の頭をそうっと撫でて、また感電したかのように震える。

「ふふふ。ほな骸骨神様のご登場を向こうで……、ん?」

 待って待って、と手を振った骸骨が出て行こうとする鈴音を止めた。

「人が沢山。あ、神官さん達ね。ほんでー……骸骨神様と骸骨さんと、震える神官さん達。……そっか、あー、そっかそうやんな、ごめんなさい気付かんかった。うん、先に説明してきます。これから見た目が人と違う方々が来はるけど、味方やで、怖くないからねって、ちゃんと言うてきます!」

 拳を握る鈴音に、骸骨は両手を合わせたお願いポーズを取る。

 頷いた鈴音はすっ飛んで行き、カンドーレ達に事情を話して、他の神官達への説明を頼んだ。


 その甲斐あってか、暫くしておずおずと現れた骸骨が鈴音の隣へ来ても、カンドーレ達神官側は落ち着いていた。

 勿論、どうしても興味深そうな目は向けてしまうのだが、恐怖する者は居ない。

 が、説明を受けていない大神官と悪神官達は明らかに顔色を失い、目を見開いて今にも悲鳴を上げそうになっている。

 よしぶっ飛ばして黙らせよう、と頷いた鈴音が動くより早く、大神殿の屋根に雷が落ちた。

「うるさくしたら当てる、だってさー」

 階段に腰掛けた虹男が通訳すると、大神官達は青褪めたまま口を噤んだ。

 そんな緊張感漂う空気の中、縛られたまま寝かされていた大統領達が目を覚まし始める。

 それを待っていたのか、大神殿の入口の向こうに、神界と繋がる通路が開く気配がした。

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