第五百十八話 バレてた
公爵が呼んだ庭師の指示で、警備員に手伝って貰いながらマホンがコヴァルヂの死体を森へ運んで行く。
その間に鈴音達は公爵と共に屋敷へ戻った。
失神したり腰を抜かしたりしていた競売参加者達も、大広間で休息を取りどうにか回復している。
彼らはかなり早い段階でリタイアした為、今回の復讐劇を社交の場で話題にするのは難しいだろうな、と鈴音は小さく笑った。
一行が案内されたのは大広間の隣の部屋で、競売に出される品々が所狭しと並んでいる。
その中から高そうな布張りの箱を手に取り、公爵は鈴音へ差し出した。
会釈して受け取り蓋を開けると、美しく輝くシャーマのネックレスが目に入る。
「これ……」
驚く鈴音に公爵は頷いた。
「あのクズが出品した物だ。本来の持ち主は神の御許に居るとの事ゆえ、その兄に返してやろうと思うてな」
マホンの弟シンザも悪霊化しているが、神官に浄化されているからシオンの許へ行けるのだろうか、等と考えつつ鈴音は蓋を閉じる。
「ありがとうございます。如何ほどお支払いしたらええですか?」
稼ぎは殆ど孤児院運営資金として金庫に放り込んでいるので、現在の手持ちでは買い戻せない。軽く狩ってこなければ、とジガンテの魔物を思い浮かべる鈴音へ、公爵が含みのある笑みを向けた。
「なに、私の聞きたい事に答えてくれれば金などいらぬ」
「聞きたい事、ですか」
何だか嫌な予感が、と鈴音の笑顔が引き攣る。そしてその予感は的中した。
「ひと月半ほど前に、私の甥が死んでな」
「甥御さん」
「うむ。先代の皇帝だな」
「あー……」
鈴音のみならず、一行の目が遠くを見やり、虎吉は毛繕いを始める。
「今際の際に居合わせた首席神術士によれば、前任の首席神術士と城に出入りしていた宝石商、それに見慣れぬ男女を足した者達による襲撃であったとか」
「襲撃やったんですかーおそろしいー」
世間に対し、皇帝が暗殺されたとは発表していない筈なので、一応すっとぼけてみた。
公爵はどこか愉快そうだ。
「男女の中には訛のキツい者達が居て、女の方は縞模様の魔獣を抱いていたという」
「あらー、ウチの虎ちゃんも綺麗な縞々ですねー」
「そうだな。宝石のような目も美しいな」
「うはは、よう分かっとるやないか」
「流石です公爵様」
褒められた虎吉が顔を上げて目を細め、鈴音はキリッとした顔で大いに頷く。
分かり易い反応に公爵は肩を揺らした。
「ふふふ。それでな、首席神術士の証言によれば、崇高な理念を理解出来ぬ平民の逆恨みによって、皇帝は無残な死を遂げる事となったらしいのだ」
「崇高な理念ねぇ……。しょーもない企業が使いそうなやっすいセリフやなぁ」
小声で首席神術士を馬鹿にした鈴音を眺め、公爵は楽しげな笑みを浮かべる。
「噂で構わぬ。真相らしき話を知らんか?」
公爵から敵意は感じられないので、飽くまでも噂ですと断ってから、宝石商ペドラの復讐について話す事にした。
皇子による卑劣な行為と、皇帝による残虐な仕打ちにより、愛する妻と生まれてくる筈だった子供を失ったペドラ。
宝石商としての広い人脈を使い、毒物を手に入れ、前首席神術士カルテロと知り合う。
カルテロの知り合いの中にとある尊い御方が居て、愛妻家なその御方が皇子の行いに激怒した為、彼の部下達も協力する事になった。
転移の神術が使えるカルテロが居るので、襲撃の日時はいつでも構わなかったが、運良く魔剣が帝都に現れたので、その騒ぎに乗じて城へ侵入。
クズ皇子と皇帝の言い分を一応は聞いたが、人を人とも思わぬ態度だったので、遠慮なく片付けた。
「後は転移でトンズラです。聖騎士様が来たり、魔剣が暴れたりで、あんまり注目されへんかったみたいですよ」
エザルタートの存在を隠しつつ、皇子と皇帝の罪だけはしっかり伝えた鈴音。
聞き入っていた公爵は渋い顔で頷き、深い深い溜息を吐いた。
「逆恨みではないな。恨みを買うだけの事をしておる。あれは優秀な男であったが、人の心の何たるかはあまり理解しておらんかったな」
「先代が攻め落とした国々が、反乱起こして独立したんも……」
「うむ。早急に事を運び過ぎて、信頼を得るに至っておらんかったからだ。安定していた古くからの属国でさえ危機感を覚えたのだから、明らかにやり方を間違えている。あれは恨みを買い過ぎた」
腕組みをして緩く首を振る公爵は、赤点のテストを前にした教師のような表情だ。上手に導いてやれなかった事を後悔しているのかもしれない。
そんな公爵へ鈴音は気になっていた事を尋ねてみる。
「もうひとり、奥さんに毒を飲ませた実行犯の側近はどないなりましたか?皇帝襲撃の際は、現場に居らんかったらしいですけど」
エザルタートなら、急な皇帝の死で皇族や貴族が混乱している間に始末しようとした筈だ。
「ああ、あれか。皇帝が逆恨みで殺されたと聞き、思い当たる節があったのだろうな。喪に服す等とほざいて新たな皇帝を支えるでもなく領地に引っ込み、結界を張った屋敷から出て来なんだ」
「今も引き籠もったままなんですか?」
「いいや。結界を張っていた神術士諸共、何者かによって殺された」
やはり既に事は済んでいた、と思わず鈴音の口角が上がる。
それを見た公爵は悪戯な笑みを浮かべた。
「怯え、警戒し、防御に徹する者を仕留めたのは、どのような手口だったと考える?」
「え?あー……、結界は万能やないんで、転移がダメなら歩いて中へ入ったらええ思うんですよ」
「そうだな。だがどうやって入る?相手は警戒しているぞ?」
謎解きの出題者と解答者のようだなあ、と思いながら鈴音は顎に手をやる。
「昼間に堂々と入ります。そうですね、公爵様の使いやとでも言いましょか。紋章とか、何か証になる物があったら、無下に出来ひん思うんですよね。新しい皇帝ほったらかしにしてる負い目もあるやろし」
「おお、その後は」
「お屋敷に入ってまえばこっちのもんなんで、案内の人に眠って頂いて、神力辿って神術士のとこへ向かいます。多分この使者、宝石商から毒物を渡されてる筈なんで、立ちはだかる護衛なんかが居っても問題なかったかと」
そもそも真っ昼間に襲撃されるとは思ってもみないだろうから、護衛が居るのは側近本人の周りと、神術士の周りくらいだろう。武装した男が廊下をウロウロしていたりはしない筈だ。
そうなったらエザルタートの独り舞台。
「護衛を毒で静かに片付けて神術士の部屋へ侵入、中にも居ったらそれも同じように片付けて、結界解除して神術使うまでの隙を突いて神術士を排除。結界さえなくなれば転移が使えるんで、側近の部屋へ復讐者がコンニチハ、いう感じですかね。元首席神術士やったら、側近の顔ぐらい知ってるでしょうし」
カルテロが居れば、悲鳴を聞いて殺到する護衛も意味をなさない。何しろこの広い帝国で最も強い神術士なのだ。対峙した護衛達が気の毒である。
「側近は言い訳しましたかね?皇帝の命令に従っただけやとか。それとも皇帝と同じように、火種は燃え上がる前に消すだけや、とか人の感情逆撫でする事言うたかな。どっちにしろ、自分を狙うんはおかしい、とは言うたでしょうねぇ」
それを聞いたペドラが、真っ暗な笑みを浮かべる所まで想像が付いた。
「人の心が分からん皇帝に従い、疑問を持たぬような男だ。みっともなく喚き散らしたであろうよ。現皇帝にとっては不要な存在であるから、片付いて寧ろ清々するな」
フン、と鼻から息を吐く公爵は、皇帝本人は勿論、主君を諌める事もせず唯々諾々と従っていた側近達にも、心底お怒りのようだ。
「けど、現皇帝もちょっとやり過ぎなとこありませんか?えげつない火の神術で殲滅戦してましたよ?」
帝国の東の端で見た火柱を思い出した鈴音が言うと、公爵は渋面を作って頷く。
「父親の影響が大きい。少しずつ学ばせておる最中よ。戦とはいえ何をしても良い訳ではない。民を蔑ろにすれば、いずれ万の、億の敵となって押し寄せる。我ら人の上に立つ者は、民から税を取る代わりに安寧の日々を約束せねばならん。魔物や悪党に怯える事なく、飢える事のない毎日を帝国は保証してくれるのだと皆に信じさせよ、と言い聞かせておる」
これを聞いて鈴音の脳裏をよぎったのは、東部第5騎士団の団長の顔だ。
穀倉地セレアレスを反乱軍から奪還したまでは良かったが、その後が酷かった。街に住む無抵抗な人々の行動を制限し、碌に食料も与えず飢えさせたのだ。
あの街で何が起きていたか、正確に皇帝へ伝わっていれば、団長の座を追われる程度では済まないのではないか。
聞いてみたいが、ここで突然セレアレスの話題なぞ出したら、何故そんな事を知っているのかと不思議がられるだろう。
そして公爵の中で連想が始まり、伝説の不死者エスピリトゥと渡り合った光り輝く神の使いイコール鈴音、という図式が出来上がる気がする。
そうなると面倒なので、やはりセレアレスの話はしない方が良いと結論付けた。
「ある程度は元の国の文化も残してやれるような、硬軟使い分けられる皇帝になってくれたら、負けた国の人らの不満も減りそうですね。建国祭なんかを、神に感謝するお祭りにちょっと変えたらやってもええとか」
無難な感想を返す振りをして、子孫が平和に暮らせるようにと、親の仇にさえ微笑んでみせた老人の願いを口にしてみる。
「おお、そうだな。年に一度、各地に祭りがあれば、それを目当てに人が動いて経済も回るやもしれん。今後はそういった提案もして行かねばな」
平民も交えた競売を主催するだけあって、公爵は頭が柔らかかった。
「徐々にでも、前の皇帝とはちゃうよーいうんが伝われば、殆どの国が勝ち目のない反乱なんか起こしたりせぇへん思います」
「うむ、そう願いたいものよ。幸い、現皇帝は聞く耳を持っておるのでな。我らよりも歳の近い、良き導き手を付けてやらねば」
微笑む鈴音と力強く頷く公爵。
前皇帝暗殺の真相という物騒な話から、いつの間にやら帝国が平和に発展する為の話に切り替わっている。
それに気付いた公爵が笑い出し、鈴音達も釣られて笑った。
そこへノックの音が響き、マホンが戻った事が伝えられる。
「そうか。ではその首飾りを持って行ってやるといい」
「ホンマにええんですか?」
「構わぬ。謎がひとつ解けてスッキリしたのでな」
鈴音達が暗殺者の仲間だと分かっているのに、一切のお咎め無し。
貴族は誇り高い人々なので、化け物達相手では勝ち目がないから、という訳でもないだろう。
どこかで、前皇帝のやり方では帝国が滅ぶと憂いていたのかもしれない。病にでも倒れないかと願っていたのかもしれない。
たとえそうだとしても、その願いは口にする事なく墓まで持っていくと分かり切っている為、聞くだけ野暮だ。
鈴音はネックレス入りの箱をありがたく頂戴し、公爵と共に部屋から出る。
「では、私はここまでとしよう。あの青年、首飾りを返した等と聞いたら、床に頭を擦り付けかねんだろう?」
立ち止まった公爵が笑いながら言い、鈴音達は『確かに』と頷いた。もし五体投地を知っていたら、確実にやらかす姿が目に浮かぶ。
「ふふ。今日は中々に愉快であった。いずれ気が向いたら、競売に参加するといい。勿論、出品も歓迎する」
「はい、ありがとうございます。色々とお世話になりました。いつかまたお目にかかれる日まで、どうぞお元気で」
深々とお辞儀する一行へ公爵は微笑んで頷き、ゆったりとした足取りで去って行った。
その背中を見送り、鈴音達はマホンのもとへ向かう。
玄関ホールで待っていたマホンにネックレス入りの箱を渡すと、緊張した顔で『お幾らですか』と聞いてきた。
「公爵様のご厚意で、タダ!です」
「えっ?」
「無料。本来の持ち主はもう死んでしもてるから、兄のマホンさんに返す、て言うてはりましたよ」
「えっ?」
最低落札価格が金貨100枚なネックレスが無料、という訳の分からない事態に、マホンの思考回路はショートしてしまったらしい。
ネックレスと鈴音を見比べては、何度も瞬きをして『えっ?』とやっている。
「面白いものが見られたから、お代は要らんみたいですよ?お金持ちやろしね、公爵様」
そう言った鈴音はマホンの背を押して屋敷の外へ出ると、門を目指して歩きだした。
「こ、公爵様にお礼を言わなければ!」
我に返ったマホンが叫んだのは、門から随分遠ざかった路地での事だ。
「あ、あれ?」
「公爵様は、マホンさんが地面に頭を擦り付けそうやから、自分は会わへん事にする言うて笑てはりましたよ」
屋根の上へ移動し、普段着に着替えさせながら公爵の気遣いを教える。
慣れた服に戻ったマホンは幾らか落ち着き、ネックレスを見つめて大きく息を吐いた。
「俺はホント駄目ですね……。何から何までお世話になってしまって」
「んー、嫌やったら追い出してたやろし、面白かった言うてはったから、特に問題ない思います」
「でも……」
「甥っ子が前の皇帝とかいう御身分の方に、私ら平民が出来るお礼とかないですよね」
「うわ……予想より凄い方だった」
今更ながら緊張するマホンに笑い、鈴音はふと思い付いた事を提案してみる。
「マホンさん、孤児院で先生しません?公爵様は国民を大事にする方やから、ええ事や言うて喜ばはるやろし、お礼代わりになる思いますけど」
「先生……?」
「はい。読み書きと簡単な計算が出来たら、孤児院出た後の就職先も広がるんちゃうかなー思て」
研究者だったと聞いたので、読み書き計算お手の物、だと思ったのだが。
「俺みたいなのが子供に関わるのは……どうなんだろう」
何やら深刻な顔で悩まれてしまった。




