第五百十二話 只のお庭ちゃうかった
さて、鈴音としてはコヴァルヂらしき男を追い掛けたい所だが、それにはアレがマホンの獲物であると説明し、公爵を納得させなければならない。
幸いな事にこの公爵、貴族と平民の区別はしているものの、やはり誰でも参加出来る競売なぞ主催しているだけあって、必要以上に不敬不敬とは言わないようだ。
急にしゃしゃり出た鈴音を黙らせるでもなく、愉快そうに眺めていた事からもそれが分かる。
ひょっとしたら、普通に暮らしている限りまず関わる事のない、平民の生態に興味があるのかもしれない。
となると、平民が平民を討つマホンの復讐なら、事実を話すだけで理解を得られるのではなかろうか。
「標的が貴族やったら平民が討つなんて許さへんやろけど、アレは同じ平民の物凄い無礼者やから多分イケる」
よし、と頷いた鈴音はステージへ向き直り、最敬礼にあたるお辞儀をした。
公爵からすると見慣れぬ礼ではあるが、低く下げられた頭の位置から敬われているのは分かるので、東の島国の作法だろうと思い受け入れる。
「そう畏まらずとも良い、楽にせよ。中々に愉快なたとえ話だったぞ?そなたの期待通り強烈な息吹を披露出来れば良かったのだがな、残念ながら飛龍の出る幕はなさそうなのだ」
手討ちにしてやろうにも、ウチの兵士が優秀過ぎて直ぐ片付いてしまう、と脳内で翻訳した鈴音は焦りを隠しつつ微笑んだ。
「恐れ入ります。素晴らしい主の下には優れた人材が集まるんですね。そんな方々に追われたのでは既に手遅れかもしれませんが、逃げたアレに関しまして、お耳に入れたい話がございます」
「ほほう?気になるな、申してみよ」
許可を貰ったので、公爵にも見えるよう腕を大きく動かし、マホンを手で示す。
「彼はマホンと申しまして、愛する弟の仇討ちの為に旅をしております。彼の弟は、仲間と信じていた男に殺されました」
よく通る鈴音の声を聞いた公爵は勿論、競売の参加者達も皆、それはもしやと軽く目を見張った。
「地下迷宮で滑落事故に遭い亡くなったと聞いていた弟が、悪霊となって蘇り、彼に真相を語ったのです。事故などではない、シャーマの原石を狙っていた探索仲間、コヴァルヂに殺されたのだ、と」
凛とした表情の鈴音と、ガチガチに緊張しながらも頷くマホンをそれぞれ見やり、公爵は興味深そうな顔になる。
「ただ、マホンさんはコヴァルヂなる男と面識がない為、ヤツが旅に出たと聞き、どうする事も出来ずにいました。弟から聞いた年齢や体型、顔の特徴だけで、どこに居るかも分からない男を探し出すなど無理です。ところが、愚かな男は自ら居所に関する情報を漏洩しました」
そこで公爵がポンと手を打った。
「シャーマを競売に出品するとでも口にしたか」
おお、と参加者達もざわめく。
「仰る通りにございます。アズルという大きな街に潜り込んだ事で気が緩んだのと、大金が手に入るという高揚感から、偶々出会った知り合いの探索者に自慢せずにはいられなかったのでしょう。とても珍しい石を手に入れたので競売にかける、これで一生遊んで暮らせる、等とほざいていたようです」
「成る程。探索者はその情報を、復讐に燃える兄が居る街へ持ち帰ったのだな。そうとは知らぬままに」
「はい。アズル、珍しい石、競売。これだけ分かれば充分です。後は職人さんに、『大きなシャーマを磨いた方はいませんか、あれは血塗られています』と事情を話せば、これこの通り」
鈴音は肩をすくめて悪戯っぽく微笑み、ペコリとお辞儀をした。
「フフ、フハハハハ!卑劣な強盗殺人犯の情報を流し、この私に始末させるつもりかと思うておったが。そうか、兄自身が来ておったか」
豪快な笑い声を聞いた鈴音は、『この人、貴族いうより軍人寄りなんかな』と思ったが、口には出さず営業用スマイルでやり過ごす。
「分隊長に伝えよ。まだアレに息があるなら、星鏡の広場へ追い詰め、私が行くまで手を出すなと」
公爵の指示を聞き、ステージ側に居た警備員が1人、横の扉から素早く出て行った。
「さあ、そなたらも。庭にある広場にて獲物が待っておるぞ」
楽しげな顔でステージから降り、スタスタとこちらへ歩いてくる公爵の言葉に、鈴音は首を傾げる。
「犯人が玄関から街へ出た可能性はないんですか?」
「まず無理であろうな。何か起きた場合を想定し、全ての出入口周辺に人を多数配置してある。逃げ込める先は庭園のみなのだ」
口の端だけを上げた公爵は、狩りを楽しむ貴族そのものだった。
「あの綺麗なお庭は狩り場やったんかー……」
「それで迷路みたいになっとったんか」
猫の耳専用会話で、呆れるやら納得するやらの鈴音と虎吉。
素人が余計な口出しをしたと詫びてから、鈴音は一行と合流し公爵に続く。
すると、参加者達、特に貴族がその後をついてきた。平民同士の復讐劇という、社交に使える面白ネタを見逃す訳にはいかないらしい。
彼らがどんな展開を想像しているのか知らないが、取り敢えず何が起きても助けない、と鈴音は心の中で舌を出した。
大広間から出ると護衛がズラリと並んで待っており、壁のようになって公爵を守りながら通路を進む。
庭園へ出てからも同じで、護衛を先頭に奥へ奥へと向かった。
そうして生垣の迷路を迷う事なく抜けた先に、円形の大きな池を中心に据えた、これまた円形の広場が現れる。
護衛達は公爵の前から退き、けれどいつでも盾となれる位置に控えた。
全景が見えた事で、運動会が出来そうだ等と思う鈴音の目には、池を背にこちらを向いて立っているコヴァルヂらしき男と、逃げ道という逃げ道を塞ぐように立つ警備員達が映る。
広場に満ちた殺気で貴族達が顔色を悪くする中、公爵は一歩前進して円形の広場に足を踏み入れた。
「コヴァルヂとやら」
「何だ?ああ公爵サマか。アンタが決闘でもしてくれるのか?」
そんな名前ではないと否定しないので、コヴァルヂで間違いないらしい。
下品な笑みを浮かべ軽口など叩いているものの、逃げ道を探して動き続けている目が、余裕のなさを物語っている。
対する公爵は、追い詰められた獲物を見やり実に楽しげな表情だ。
「決闘か、それなら私より相応しい人物が居る」
そう言いながらの視線を受け、頷いた鈴音はマホンを促し前へ出る。骸骨と茨木童子も勿論一緒に。
契約者を連れた見覚えのない一行に睨まれ、コヴァルヂは怪訝な顔をした。
「誰だ?俺に捨てられた女の逆恨みか?」
「いやいやいや。私の初恋相手、火付盗賊改の鬼平さんやで?どない間違うてもアンタは選ばへんわ」
呆れ果てる鈴音は、周囲の『誰?』な空気をサクッと無視。
次いで口を開いたのはマホンだ。
「お前に用があるのは俺だよ、人殺し」
「まーた人殺し呼ばわりか。証拠出せっつってんだよ。テメェは貴族じゃないだろ?証拠もなしに襲ったら、そっちが人殺しだぞ?うん?」
引き攣り気味の笑みで煽るコヴァルヂを、マホンは暗い目で見つめる。
「別に人殺しで構わないさ。たった1人の家族を失ったんだ、もう守りたい物なんか何もない。俺に出来るのは、あいつの望みを叶えてやる事だけだ」
「……おいおい、待て待て、自棄になんなよ」
理屈が通じない相手だと気付き、コヴァルヂは目に見えて焦り始めた。
「待て?何で俺から家族を奪ったヤツの言う事なんか聞かなきゃならないんだ?」
「は?いや、だから証拠が」
「証拠?弟の証言だけで充分だろ?あいつがお前に殺されたと言ったんだから、犯人はお前だ」
「何だそりゃ!?誰の兄貴だか知らねえけど、言ってる事メチャクチャだぞテメェ!」
激昂するコヴァルヂへ、マホンは変わらず暗い目を向けている。
「メチャクチャ?何で。本人から聞いたって言ってるじゃないか。何もおかしくない。だからお前は俺に殺されろ」
「おかしいに決まってんだろ!崖から落ちて頭割れてまともに喋れねえヤツが、どうやって証言すんだよアア!?しかもお前はあの場に居なかっただろうが!!」
怒鳴り散らし、荒い呼吸で肩を上下させながらマホンを睨んでいたコヴァルヂは、興奮が収まって行く中で徐々に、自分のしくじりを理解した。これは正に。
「語るに落ちる」
冷ややかな鈴音の声で頭を抱えた。
「いいや!今のじゃ、崖から落ちた誰かのそばに俺が居たって事しか分かんねえだろ!」
決定的な事は言っていない、と冷や汗まみれの顔で醜く笑うコヴァルヂ。
誰もが、自白したも同然だろうよと呆れる中、マホンの肩をポンと叩いた骸骨の眼窩に、青白い光が点った。
直後、骸骨を中心にして青白い円筒が天まで伸び、それが同心円状にどこまでも広がって行く。
ギョッとした護衛達が公爵の前に出るも、身構えた彼らは勿論、立ち尽くす公爵も貴族達もすり抜けて、あっという間に見えなくなった。
「あれは?契約者の神術か?」
公爵の問いに鈴音が頷く。
「上手く行けば、面白いものが見られますよ」
そう、この位置からのスキャンで、狙った過去が見えるかはまだ分からない。
マール帝国はアメリカとカナダを足したくらいの広さがあり、骸骨がスキャン出来る範囲はオーストラリア大陸くらいまで。
コヴァルヂがシンザを突き落とした因縁の地下迷宮が、ここより遥か東にあったりすると流石に届かない。
骸骨による、伸るか反るかの大勝負、結果や如何に。
『なあシンザ、あれ何だろうな?』
突如、円形の広場に響くコヴァルヂの声。
目に見える程にビクリと震え、振り返ったコヴァルヂが見た先には。
『どれだ?魔物じゃないだろうな』
崖の際に佇み下を覗き込んでいるコヴァルヂと、怪訝な顔でそちらへ近付いて行く、シンザ青年の姿があった。
円形の池の上に浮かぶ、地下迷宮らしき景色と若者2人を眺めた公爵は、貴族然とした表情も忘れポカンと口を開けている。
『あれだよ、あそこ。何か光ってないか?』
『んんー?どこだよ、何もないぞ?』
崖の下を指すコヴァルヂと、恐る恐る覗き込むシンザ。
『いやいや、あれだって、よく見ろよ』
『見てるっ……』
身を乗り出すようにして指差すコヴァルヂに釣られ、思わず前のめりになった所で、シンザの身体は宙に投げ出された。
コヴァルヂが力いっぱいシンザの背を突き飛ばしたからだ。
只々驚きに目を見開いて、悲鳴を上げながらシンザは落ちて行く。
直ぐに下から鈍い音が届き、コヴァルヂは瞳孔が開いた興奮状態の顔に笑みを浮かべた。
辺りを見回し急いで強化神術を掛けると、幾らか傾斜が緩やかな所から崖を滑り降りて行く。
『うわ、まだ生きてんのかよ。意識あったらヤバかったな。ま、大人しく死んどいてくれや』
崖下へ辿り着くや顔を顰め、暴言を吐きつつ無惨な姿で横たわるシンザの持ち物を探った。
「おー、あったあった!死人にゃ勿体ねえお宝だ!」
袋の中から赤い宝石の原石を見つけ、顔の前へ持ち上げて欲望剥き出しの醜い笑みを向ける。
『馬鹿な貴族共は、こんな石コロに金貨ウン百枚も出すんだからな。婚約者にやるとか頭悪過ぎだろシンザは』
笑いながら石を懐へ隠し、上へ戻って荷物の奥深くへ隠し直してから、コヴァルヂは仲間を呼びに行った。
その後、ジャヴァリ達の後ろから瀕死のシンザをニヤニヤと眺め、僅かながら口がきける事に慌てるも、止めを請うだけだったかと胸を撫で下ろす。
ジャヴァリが悲しい顔で止めを刺し、他の仲間が『せめてあの原石だけでも、レオーアに持って帰ってやろう』等と言った際も、見えない所で密かに笑っていた。
結局石は見つからず、シンザの探索許可証だけを手にジャヴァリ達は引き上げる。
聖石による光が遠ざかり、真っ暗闇に残されるシンザの遺体。
暫くすると、その遺体から闇より黒い靄が立ち昇り、シンザの形を取った。
『コヴァルヂ……どこだコヴァルヂーーー!!』
憤怒の形相で叫んだシンザは、その場をウロウロと徘徊し始める。
『赦さん、殺す、絶対に殺してやるぞコヴァルヂ!!殺す殺す殺す殺す殺す!!死ねコヴァルヂーーー!!』
完全に我を忘れた悪霊に目の前で絶叫され、現実のコヴァルヂはみっともなく腰を抜かした。
そこで、過去視の幻は消える。
「骸骨さんの完全勝利やなー。ま、お貴族様には刺激が強過ぎたみたいやけど」
「うはは、白目剥いとる奴もおるで」
猫の耳専用会話の通り、公爵以外の貴族や競売参加者達は、引っ繰り返ったり失神したりと残念な状態に。
戦場の経験もあるのだろう公爵は、悪霊の迫力に慄く事はなかったが、初めて見る謎の神術に驚いていた。
そしてマホンは。
「ああ……、シンザが言う通りだった。本当に卑怯で、良心なんて持ってないクズなんだな、コイツは」
奇しくも弟の最期を見届ける事となり、涙を流しながら仇を睨んでいた。
そういえば許可を取っていなかったと慌て、『ご、ごめんね?』とばかり顔を覗き込んだ骸骨には、微笑んで首を振る。
「あなたのお陰で、シンザの言っていた事が正しいと分かりました。ありがとうございます」
なら良かったとホッとした骸骨からコヴァルヂへ視線を移し、マホンは声を張り上げた。
「立て、人殺し!楽に死ねると思うなよ!」
それを聞いたコヴァルヂは、青い顔でマホンを睨んでから立ち上がる。
「……フン、馬鹿馬鹿しい。あんな幻が証拠になってたまるか。これは正当防衛だ。お前が死んでも俺は罪に問われない」
武器もないのにどうするつもりかと思えば、強化した身体を使うようだ。
「兄のクセに弟と一緒に探索してねえあたり、実力差があり過ぎるって事だろ?出来る弟を持った兄は憐れだなあ?」
そんな風に品のない笑みを添えて煽りながら、コヴァルヂは一気に間合いを詰めた。




