第五十一話 官邸さん安らかに
城内の廊下を歩きながらも、やいのやいのとやり合って、すれ違う兵士達を和ませていたジェロディと国王だが、合議の間という会議室のような部屋に入った途端真顔に戻った。
息ピッタリだな、と見守るコラードの前で、ジェロディが口を開く。
「全ての元凶は大神官にあった。虫唾が走る程の大悪党であったわ。おまけに、かの国の国家元首も同じく大悪党だ」
衝撃的な内容にも拘らず、国王は然程驚かなかった。
厳しい政治の世界で日々戦っている国王には、ある程度の予想も出来たのだろう。
大神殿に潜む悪党がまさか大神官だなどと思ってもみなかったコラードは、これ以上無いというほど目を見開いていたが。
「あの大神官は大神官に選ばれる前から、神のお声が聞こえるなどと嘘をついておった。御使い様に、神はお声掛けなどなさらぬ、と伺わねば今も騙されたままであったわ。大神官が嘘つきで人を人とも思わぬ金の亡者だなどと、鈴音様が……いや鈴音さんが居らねば、我ら神官だけでは到底暴けはしなかったであろうよ」
一気にまくし立てたジェロディは、黙って頷く国王に大神殿で起きた出来事を全て話した。
大神官以外にも腐った神官達が居る事。
魔剣作りは、国家元首の後ろ暗い過去の清算及び、政敵の排除をきっかけに始まった事。
神の御使いが居る山だと承知しながら、魔の山だ魔人だ魔獣だという噂を彼らが流した事。
それは魔剣を聖剣と偽り売りつけた者達に、魔獣と偽った神獣を狩らせ金儲けをする為だった事。
魔剣使い達はその存在が公にならぬよう、大神官の手先により山で葬られていた事。
そのせいで、今回このように戦を仕掛けられている事。
「あの何とかという騎士を生かしたまま連れ帰った事で、大神官共が……いやどちらかというと国家元首の方か?悪事が露見する事を恐れ、王国ごと滅ぼしてしまえと思ったようだ」
そこまで聞いた国王は大きく頷き、目を伏せ顎を拳で軽く叩きながら考え込む。
「いや……元々、人気取りの片棒担ぎを拒否した余を消し、ついでに国も滅ぼし支配下に置く予定であったのだろう。王女の教育係として手先を送り込んで来たのがその証拠だ。王女を傀儡にするつもりだったか、排除して乗っ取るつもりだったかは知らぬが」
新しい国だ何だと騒いでいたエーデラを思い出し、成る程とジェロディは頷いた。
特に感傷に浸る事も無く国王は続ける。
「そんな折に、期せずしてあの愚かな騎士が手駒に加わった。この駒を使えば、もっと簡単に事が運ぶと計画の変更が行われたのだろう。王国の騎士が神の御使いを魔剣で襲った、という事実をそのまま公にすれば、戦を仕掛ける充分な理由になるからな。だが、あまりに早く仕掛けたのでは『随分と用意周到な事だ』と疑いの目が向く恐れがある故、根回しをしながら今日まで待ったのであろう」
国王の推理を驚きながら聞いたジェロディは、大神官の言葉を思い出し眉根を寄せる。
「魔剣の製造が発覚するかと覚悟したが、国が戦を仕掛けた故その心配も無くなった、というのは嘘だったのか……はなから狙っていたとは……」
「よしなに、と贈った物を突き返すような堅物のジジイは、生かしておくと危険なのだろうよ」
「ぬう。神のお声を聞いたという嘘は何故だと思う?」
「大神官になる前に吐いたのなら、選ばれ易くする……いや、選ばれて当然と思わせる為か。謀略の類を巡らせて、対立候補に成り得るような者を陥れていたやもしれんな。その上で神のお声が聞こえた等と言えば、大神官には彼しかおらぬ、となるだろう。本当に神のお声が聞こえたかなど、誰にも確かめようがないのだから、吐いて損する嘘では無いな」
その手の腹黒い考え方に免疫が無いジェロディは、唖然として声もない。
コラードは、そんな昔から腐っていたのか、という顔で固まっている。
「全ては余の推論に過ぎぬぞ?ちなみに余も、大神官が世界各国にバラ撒いたであろう書簡により、神に弓引く大罪人にされている筈だ。隣国のように余を信じてくれる国もあるが、ごく少数に限られる……」
さてどうしたものか、と苦笑いする国王に、ジェロディは首を振る。
「心配せずとも神は全てをご存知だ。今現在、世界中でその御力を見せつけておられる。すぐにこちらへもお越しになるだろう」
「……なんだと?」
国王が片眉を上げ、コラードが目を点にした。
「大悪党共へ神御自ら審判を下さんと、降臨なさったのだ。その折にこの神剣と御力をお貸し下さった。審判の前に戦で滅ばぬよう止めて来いとの仰せだ」
目をキラキラさせ誇らしげなジェロディに、今度は国王がズイと詰め寄る。
「何故それを先に言わん!!神がお越しになるだと!?」
「む、そうであった、すまん」
「すまんではない、何をどう準備すればよいのだ!!そもそも時間はあるのか!?」
「いや待て、準備も何も、神は大変に大きくていらっしゃるのだ。外でお待ちするくらいしか、我らに出来る事はないぞ」
大きい、の基準がよく解らず困惑する国王に、とにかく外の安全な場所は何処かとジェロディは尋ねた。
「中庭であれば問題無いかと」
コラードがそれに答え、皆で合議の間を出る。
「神は竜のお姿をとっておられてな。神官以外には恐ろしく見えるかもしれん。間違っても攻撃するなと皆に伝えてくれんか」
ジェロディに頼まれたコラードが、内容が内容なので自ら命令する為に慌てて走って行く。
「竜……というと、おとぎ話に出てくる巨大な蛇か」
国王の確認に、ジェロディは微妙な表情で首を傾げた。
「蛇……蛇……うぅむ。長いのは長くていらっしゃるのだが、蛇を想像すると随分と違って見えるというか。しかし竜としか言いようもなく」
「そなたいつからそんな、下手な説明をするようになったのだ」
「何を言うか失礼な。とにかく竜だ、お会いすれば解る」
そんな会話をしている内に中庭へ到着する。
暫く、薄暗い空を二人並んで眺めた。
そんな中、不意に大きく息を吸った国王が、意を決したように口を開く。
「……すまんな、神の山の一件、そなたへの報告が遅れて」
「……致し方あるまい、私の事も疑わざるを得なかったのだろう?」
穏やかに応えるジェロディに、国王は頷く。
「事が事だけにな……。そなたは態々抗議に訪れたくらいだ、無関係とは思うが、思うだけではどうにもならん。そこにも計略が巡らされておるやもと疑うのが余の仕事だ」
国王の言葉に大きく頷いたジェロディもまた、謝罪した。
「私はそなたを疑い、もしもそなたの命令であったのなら、そなたを殺し私も死ぬつもりで聖剣を持ち出した。そなたがそんな愚かな事をする筈も無いのに。本当に申し訳無い」
「いや、よいのだそれで。余がそなたの立場なら同じようにした」
顔を見合わせ、小さく笑い合う。
「御使い様とあのお方がいらして下さって助かったな」
「全くだ。お二方がお見えにならねば、世界は滅んでおった。鈴音さんと御使い様には……いや違う、御使い様ではないのだ、あの方は……」
神の御使いではなく神だった、と伝えようとしたジェロディは、空の彼方から強力な神力を感じ取った。
「おお!いらしたぞ。神のお出ましだ」
ジェロディが手で示す方へ視線を向けた国王は、雷光と共に近付いてくる何かの、そのとんでもない大きさと迫力に目を見張る。
白い羽毛に覆われ青っぽいたてがみを持つ爬虫類的な何か、としか言いようが無いそれは、やはり竜と呼ぶのが正解だと思われた。
それがぐんぐんと城へ迫っている。
中庭の上空を物凄い速さで通過した竜は、王国前の平原に向け次々と雷を落とした。
通り過ぎたといっても勿論頭だけで、長い胴は延々と城の上空に一本の線として続いている。
暗い空に走る白い胴体と芸術的な稲妻を見つめながら、我知らず膝を突いた国王は、深く深く礼をする。
ジェロディもまた膝を突こうとしたのだが、空から降って来た青い光に包まれ、身体が宙に浮いた。
「ぬぉ!こ、これは一体!?」
慌てたジェロディの声に顔を上げた国王は、青いシャボン玉のような物に入り空へ引き寄せられる友の姿を目にして、呆気に取られている。
あっという間に、城の塔よりも高い位置に浮かんだジェロディの視界では、続け様に落ちる雷から逃げた敵軍が一箇所に集まっていた。
「違うな、これは神によって集められたのだ」
呟きに対し、正解だと言わんばかりに雷が降る。
敵軍を囲む檻のように。
その檻の上に留まった竜のそばへ、ジェロディは導かれた。
敵軍から見ると、高さ10メートル程の位置に、竜の巨大な顔を背景にしたジェロディが浮いている状態である。
ジェロディからすれば、集められた敵軍の姿は演説を待つ聴衆のように見えた。
「……そういう事にございますか!」
声に出し思わず振り向くと、竜は優しく目を細める。
まるで親に褒められた子のような喜びを覚えたジェロディだが、しまりのない顔では説得力の欠片も無いと、両頬を軽く叩いてから神剣を抜いた。
青く輝く剣を掲げ、恐怖に満ちた目で己を見上げる敵軍へ語りかける。
「皆この剣を見よ。見覚えはないか。そう、プレテセリオ様もお使いになった神剣だ。大義無き戦を止めよと、神が私に貸し与えて下さった。よいか、この王国をそなたらが討たねばならぬ理由は無い。何故ならば、真の悪を神がご自身の手で裁かれるからである」
穏やかな声で語られる内容に、殆どの兵士達が純粋な動揺を見せているが、やはり隊長クラスに何名か挙動のおかしい者達が居た。
「……真の悪が何を意味するのか、思い当たる節がある者もおるようだが、私は問うまい。神が全てをご存知であるからな」
淡々と告げるジェロディへ向け、暗い焦りを滲ませた一人が弓を引く。
「黙れ化け物の手先め!!」
驚いた周りの兵士達が後退する中、叫びと共に放たれた矢は正確にジェロディの胸へ向かって飛んで行く。
しかし彼を包む青い球体に当たった途端、砂のように崩れて消えた。
何が起きたか解らず呆然とする男を、怒れる竜の目が捉える。
何が起きるのか解った兵士達は、更に後退し男と距離を取る。
直後、男の脳天に寸分の狂いも無く一際眩い雷が落ちた。
まるで長時間業火に焼かれたかの如く黒焦げとなった男が、スローモーションのように地面へ倒れる。
周りを囲む兵士達は恐怖のあまり、悲鳴を上げる事さえ出来ずその様子を見ていた。
「それが、神へ弓引く者の末路だ。神は優しさだけでなく厳しさも持ち合わせておられる。何をしても許される等と、都合の良い思い違いはせぬ事だ」
相変わらず淡々としたジェロディの声に、あの竜こそが神なのだと理解した兵士達は膝を突き頭を垂れる。
挙動のおかしかった者達は特に、震えながら地面に額を擦り付けていた。
その様を見て頷いた竜が、おもむろに動き始める。
ジェロディの身体は、青い球体に包まれたまま城の方へと戻されて行った。
「神よ!どうかカンドーレを、あの純粋な若者をお願い申し上げます!!」
胸に手を当て叫ぶジェロディに、チラリと振り向いた竜は片目を瞑って見せる。
巨大な竜の茶目っ気たっぷりな仕草で、今度こそジェロディは子供のような笑顔になった。
さてその頃、官邸へ向かった鈴音はと言えば。
「デカいねーん。無駄にデカいねん偉い人の家ぇー」
あちこちの扉が開けられ、物が散乱し、いかにも慌てて逃げました、という偽装が施された屋敷で愚痴っていた。
「またあれやな?地下通路探さなアカンのやな?」
鈴音に頬擦りされながら、辺りを見回した虎吉が言う。
「そうやねんなぁー、でもそない時間掛けてられへんし、どないしょ」
「ふむ。邪魔者は殺してまえ、いう悪党はこんなトコに悪事の証拠なんぞ残してへんやろな?」
「うん?うん、たぶん。大悪党相手に契約書とか寄越せ言うてまうタイプの小悪党なんか、笑顔で書類交わした後に、お金だけ巻き上げられて殺されてそうやもん」
ドラマ等でも大体そうだ、と頷く鈴音に、納得した様子の虎吉は可愛らしい顔で言い放った。
「よし、壊そ。この屋敷」
至近距離で見つめられてデレデレしていた鈴音は、実にシンプル且つ強烈な提案に目が点だ。
「えーと、よその世界の、たぶん税金で建てられた建物を、許可もなしに壊すん?」
「おう。時間掛けてええんやったら、さっきみたいに探したらええけど、その間にどこまでも逃げられてまうな?下手したらどっかの街に紛れ込むかもしれん。ほな私も一緒に探すわ言うて神さんが行ったら、怪しいトコ片っ端からぶっ壊して回るで。殆どの神さん、人の営みがどうとか細かい事考えへんからな」
様々な神々と付き合いのある虎吉が言う事には、大変な説得力がある。
「あー、それやったらまだ、生活に直結はせぇへんコレ壊す方がマシかー……。せやな、神様方がくれはった金と大悪党が溜め込んだお宝で、壊れた街と一緒に建て直して貰おか」
グダグダ悩むとその分悪党が距離を稼ぐと考え、覚悟を決めた鈴音は官邸を出るとその場でお辞儀した。
「ごめんなさい。まだまだ使えるのに。悪党やなくてまともな政治家に住んで貰いたかったやんね、ホンマごめん」
心の底から謝ってから、魂の光を全開にする。
真っ直ぐ前を見つめ、拳を構えた。
「……ゴメンやで」
官邸の壁へ向け、握った拳を全力で振り抜く。
鈴音の拳が触れた瞬間、建物全体が淡く発光したかと思うと、蒸発するように消え去った。
後に残るのは、平らな地面と地中へ続く階段。
「特訓始めた時と同じやね、光全開で殴るとやっぱり周りのもん巻き込んで蒸発しよる」
「おう。相変わらず出鱈目な破壊力やで」
小走りで階段を降りつつ、会話をやめて耳を澄ます。
「……あれ?ひょっとしてまだ、中に居る?」
「ホンマやな、気配あるな。上には竜が居るから、地下が安全や思とるんか?」
首を傾げる鈴音と、耳と髭を動かす虎吉。
複数の人の気配を感じ取り、そちらへ向かって走り始めた。




