表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
508/629

第五百八話 夜だけど移動

 報告書用の聞き取りに掛かった時間は30分程。

 ジガンテ最下層までに見掛けた魔物の情報を鈴音達が語り、職員がせっせと書き留めた。

 ただ、見掛けただけで交戦していない魔物が殆どなので、鈴音達は姿形と色くらいしか話せる事がない。数少ない戦闘では、物理耐性持ちを殴る蹴るで瀕死にしたり、耐性や属性を無視して氷漬けにしたりしている為、一般的には全く参考にならないと思われる。

 それでも職員からすれば、知っている魔物の大きさがおかしかったり、変わった色をしていたり、新種らしきものが居るらしいと分かって、とても興味深い内容だったらしい。


「いやー、助かる。今後は神術士を1人しか連れてない奴らに、氷以外の神術全てが使えないと死ぬぞって助言してやれるな」

 帳面を閉じて笑った職員に、鈴音達は首を傾げる。

「組合側からそういう情報出す事もあるんですね」

「ん?ああ、詳しい道順なんかを教えたりはしねえけど、明らかに死にそうな時はちょっとな。探索者同士で情報交換してるから、虫除けの香とか毒消しが必須なのは知ってても、神術の事は知らんだろうし」

 虫除けの香、と聞いて鈴音達は顔を見合わせた。

「虫てアレですか、ゴツい顎した触覚の長い……」

 巨大なスズメバチ顔のカミキリムシを思い出しつつ、手振りを加えて説明する鈴音に、職員は頷く。

「ああ、ブツ切り虫だ」

「名前こわッ!そらあの顎やったら人なんかブツ切りやろうけど。そのまんま過ぎや怖い怖い」

「さっさとブン投げといて良かったっすね」

 うっかり人が臍辺りで噛み切られる所を想像し、虎吉の頭に鼻先を埋める鈴音と、あっけらかんと言って笑う茨木童子。

 職員は目が点である。


「ブン投げた……。見掛けただけじゃなく、あれと接触して無事だったのか。流石は神託の巫女の友人と言うべきだな」

「ん?そんな危ない虫やったんですか、アレ」

「そりゃあな。単体の攻撃力が高い上に、仲間を呼ぶというか、集まって来るからタチが悪い」

 集まると聞いて、スズメバチの巣を撤去する際の映像を思い出し、鈴音は顔を顰めた。

「確かに、あんなデッカい虫に集団で囲まれたら、なんぼ経験豊富で強い探索者でも危険ですね」

「そうなんだよ。火の神術が有効だけど、全部纏めて焼き払えるような術を使える術士なんて、そうそう居ねえしなあ」

「せやから遭遇せんように、虫除けを焚いとくんですね」

「そういう事だ。こんな基本中の基本も知らずに入って無傷で戻ってくるとか、ホント規格外だな神託の巫女の友人」

 改めて呆れられ、『それ程でもあります』とドヤっておいた。



 職員と共に応接室を出ると、1人だけ残っていた査定担当が近付いてくる。

「すみません、査定にはもう暫く……少なくとも明日の昼過ぎまでは掛かるかと。各地に問い合わせが必要なもので」

 申し訳なさそうな顔をされ、鈴音は慌てて手を振った。

「大丈夫ですよ、珍しいもんばっかりやいう自覚はありますんで。イスカルトゥ攻略した時も、確か3日は掛かる言われましたし」

「良かった、ありがとうございます。……って、イスカルトゥ?あそこ攻略したのも皆さんだったんですか!?」

 査定担当の職員が目を丸くし、報告書担当の職員も唖然としている。


「あはは、そうなんですよ。倍の人数でしたけど。あっちでは片っ端から魔物捕まえて持って帰ったんで、報告書用の質問とかされませんでしたね」

「見たら分かるし、それどころちゃうかったんすよ多分。数が多過ぎて死にそうな顔しとったし」

「あー、そうやったね、金貨6000枚弱に化けたもんね。あれは悪い事したなー」

 鈴音と茨木童子の会話を聞いた報告書担当が、唸りながら眉間を揉んだ。

「魔物本体があったとしても、どこの階層で出たのかとか、弱点はとか、聞くべき事はあるんだけどな本来は。けど、金貨6000枚弱?そんな規模の持ち込みされたら職員総出になるだろうし、俺も『まあいいか今回は』ってなるわ」

 頭なんか回らん、と断言されて、『ホンマすんません』と一行は頭を下げる。

 マホンも釣られて頭を下げつつ、『やっぱりとんでもない人達だ』と遠い目をしていた。



「ほな、明日の昼過ぎにまた来ます」

「はい、お待ちしています」

 職員達に会釈して外へ出ると、一行はまた屋根の上へ。

「よし、取り敢えず帝都まで戻って、そっからアズルやね」

「そっすね」

 夜の街を見下ろしながら、軽やかに屋根を駆け抜け、真っ暗な谷底に出る。

 出入り自由な街とは言え、暗くなってから訪れる者はいない。

 人っ子ひとり居ない谷底を機嫌良く走り、つづら折りの斜面をヒョイヒョイと跳んで、帝都へ続く街道に上がった。

「さて、こんな時間に旅する人も商人さんも()らんやろし、遠慮なく飛ばしたいよね」

「うっす」

「っちゅう訳でマホンさん、はい」

 どこからともなく出て来た座席付きの箱を勧められ、マホンは菩薩顔になる。


 そりゃコレに乗れば、背負われる気恥ずかしさや申し訳なさはなくなるし、振動もなくなるしでいい事尽くめだ。分かっている。分かってはいるが、怖いものは怖い。

 しかし拒否権なぞ無い事も分かっているので、『関節錆び付いとるんか?』と虎吉が小首を傾げるぎこちない動きで、どうにかこうにか座席に収まった。

「手すり掴んで立ってるより、座ってる方が安心でしょ?これでガンガン走れるでー」

 鈴音は気を使ったつもりらしいが、実際は地面に近い方が体感速度は上がる。そんな事は綺麗に忘れ、肘掛けをガッチリ掴んだマホン入りの箱を浮かせた。

「ほなしゅっぱーつ」

 掛け声と共に走り出す鈴音。


 奥歯に力の入ったマホンが、動き出した箱の中から横を窺えば、何と骸骨が大男の茨木を持ち上げて飛行しているではないか。

 どれだけ馬鹿力なんだとか、契約もしていないのに運んでやるのかだとか、疑問は色々浮かんだが、それら全てを吹っ飛ばしたのが運ばれている男の表情だ。

 無。光の聖石が照らし出す、何かの境地に至ったようなその顔を見て、マホンは悟る。

 ジガンテで乗った箱は遊びだったのだと。

 あの恐怖を上回る速度とは一体、と前を向いた瞬間、光に浮かぶ景色と地面が幻と化した。

「ひいぃぃぃゃぁぁぁあーーー!!」

 夜道に悲鳴を響かせながら、一行は飛龍を遥かに凌ぐ速度で進む。




 叫び疲れてマホンがグッタリした頃、帝都の高い城壁が見えてきた。

「一旦休憩にしよか」

 コクリと頷いた骸骨と共に減速し、近くの木のそばで止まる。

 骸骨が茨木童子を下ろし、鈴音も箱を着地させた。

「はいお水」

 無限袋から出した木製コップに水を入れて渡すと、震える手で受け取ったマホンは喉を鳴らして飲み干す。

「何か食べます?」

「い……いえ、食欲がちょっとどこかへ」

 背もたれに寄り掛かって息を吐く様子を眺め、フムと頷いた鈴音は無限袋を探った。

「ほな飴ちゃんでも」

 包装を剥いてマホンの掌に載せ、どうぞと勧めつつコップに水を満たす。

 黄色く透き通ったレモンキャンディを、マホンは目をぱちくりとさせながら見つめた。


「まるで宝石のように見えますけど、これは?」

「口の中で舐めて溶かすお菓子ですよ、どうぞ」

 この世界に飴はなかっただろうかと首を傾げる鈴音に、骸骨が『コレかも?』というように石板を指差す。

「あ、透き通ってへんタイプね、そうかも」

 コソコソ会話するふたりを横目に、恐る恐る飴を口に入れたマホンは、直ぐさま広がる仄かな酸味と柔らかな甘味、鼻へ抜ける爽やかな香りに驚いた。

「これはまた……なんとも……」

 カラカラコロコロと口内で飴を転がし、目を輝かせている。

「気に入って貰えて良かったです。ほんで、宝石みたいで思い出しましたけど、弟さんが見つけたんは何ていう石なんですか?」

 茨木童子にも水を渡しつつ鈴音が尋ねると、マホンはポンと腿を叩いた。

「あ、そうか、赤い石としか言ってませんでしたね。シャーマという石なんです」

「シャーマ」

「はい。赤い宝石というと、東のアガリ大陸で採れるマソホが有名ですけど、このシャーマもそれに次ぐ人気があるらしくて」

「高値で取り引きされるんですね」

「ええ」

 成る程と頷いた鈴音は顎に手をやる。


「そんな価値がある石やったら、職人さんらの間で噂になってるかな?あの工房にシャーマが持ち込まれたらしいぞ、とか」

「あ、クズ野郎がどこに頼んだんか探るんすね」

 復活した茨木童子が水を飲みながら会話に参加すると、鈴音が悪い笑みを浮かべ、マホンは幾度か頷いた。

「私らと一緒で、安心の職人さん数珠繋ぎをやる筈。貴重な宝石にダサい細工されたら嫌でしょ?」

「確かに、競売で金持ちの目に留まらないと意味がないですもんね」

「ね。せやからまず、私らがサフィルスを磨いて貰た工房に行って、情報収集しよ思います」

 それがいい、と流れで頷いたマホンだが、いや待て気になる単語があったぞ、と鈴音達を見る。

「サフィルス?磨いて貰った?」

「あー、ははは、そうなんですよ。イスカルトゥの最下層でデッカい原石拾て。磨きに出して宝飾品にして競売で売っ払って貰いました」

「おぉ、経験者がこんな所に。これは心強い」

 デッカい原石、と聞いたマホンは幾らになったのか尋ねるのをやめた。大金になったに決まっている。

「競売で会えるかな、クズ野郎。どんな顔してるんでしょうね、拝めるのが楽しみです」

 他人の大金より復讐相手の方が気になる、とばかり仄暗い笑みを浮かべるマホンに、鈴音は若干心配そうな顔をしつつ頷いた。



 休憩を終えた一行は、アズルの街へと方向を変え再び走り出す。

 飴ちゃん効果か単なる慣れか、真っ直ぐ走る分にはマホンが悲鳴を上げる事はなくなった。

 そのお陰で機嫌良く飛ばせた為、日付けが変わる手前くらいにアズルの城壁前へ到着。鈴音と骸骨は楽しげにハイタッチした。

「流石に神官さんも寝てるやろし、今夜はここで野宿ですね」

 そう言いながら鈴音がベッド付きテントを作っていると、箱から降りたマホンが不思議そうな顔をする。

「アズルの神官様とお知り合いなんですか」

「へ?ああ、そうなんですよ。もうちょい早よ着いてたら、神殿に泊めて貰えたんですけどね」

「今からでも、(あね)さんの頼みやったら聞くっすよあの神官」

「叩き起こすんは気の毒やから嫌。ここでも充分休める休める」

 茨木童子の意見を退けた鈴音が手で示すのは、フカフカの布団が敷かれたベッドと、それを隠すテントだ。


「な、何でこんな所に寝台が!?」

 愕然とするマホンを、『まあまあ、気にしない気にしない』と宥めてテントへ押し込む。

「見張りは私らがやるんで、安心して寝て下さい。肝心な時に眠気が来たり、力が出ぇへんかったら困るし」

 こう言われてしまえば、確かに憎きコヴァルヂを前にフラフラしたくないな、とマホンも素直に頷けた。

「何から何まですみません。先に休ませて貰います。交代の時間がきたら起こして下さい」

「はいはい」

 一行はニコニコしながら頷く。

「おやすみなさい、ごゆっくり」

「おやすみなさい」

 挨拶を返し入口の布を下ろしたマホンは、恐る恐るベッドへ横になった。すると次の瞬間にはもう、瞼が落ちて夢の中へ。

 ぐっすり眠る彼が次に目覚めたのは、東の空が白み始める頃だった。



「ハッ!いかん、物凄く寝た気がする!」

 頭はスッキリ、身体は軽い。熟睡した証拠だと慌ててベッドから下りたマホンは、入口の布を持ち上げ半歩踏み出した状態で固まる。

「あ、おはようございまーす」

 元気に挨拶する鈴音の後ろには、縛り上げられ転がされた人相の悪い男達の姿が。

「おはようございます、これは……?」

「おはよう。また強盗や。閉門時間に間に合わんかった旅人やら隊商やら専門の」

 椅子に腰掛け優雅にお茶なぞ飲んでいる茨木童子に説明され、マホンは『へー』と間の抜けた声を返した。

 強盗は10人も居るのに、自分はどうして襲撃に気付かなかったのかな、と遠い目だ。

 普通なら鈴音達を口汚く罵るだろう強盗達が、妙に静かなのも気になる。


「また、あの黒い手で……?」

 そう尋ねると、木の葉を飛ばして虎吉と遊んでいた鈴音が、眩い笑顔を見せた。

「ええ、口塞いで、腰から下を氷で覆ったったんです。その上で、周りに火の玉ブワーっと飛ばしたりました」

 美しい朝日に照らされながら、爽やかに喋る姿は女神のようだが、内容がえげつない。

「流石です」

 頷いてから強盗達に憐れみの目を向けたマホンは、もうこの程度でいちいち驚くのはやめよう、と心に誓った。

 やたらと小さく椅子に収まっている骸骨も気になるけれど、これもきっと普通の事なのだ。

「気にしたら負け、身が持たない、普通普通」

 そう呟いて椅子に腰掛けるマホンへ、強盗達が『この状況見ても平然としてるとかマジヤベー』『今頃起きてくるとかアイツが親分か、凄ぇな』と畏怖の目を向けている事には気付かなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ