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第五百七話 予想通り大騒ぎ

 組合職員に見せて貰った地図を思い出し、『こっちやわ』と治安維持隊の詰所まで迷わず駆け出す鈴音に、『何で分かるんだろう』と驚くマホンを背負った茨木童子と、滑るように飛ぶ骸骨が続く。

 走っているのはいつも通り屋根の上で、荒縄に巻かれ念動力で浮かされた強盗達は、悲鳴を上げる元気もなくグッタリだ。



 程なく着いた詰所は嵩上げされた石造りで、開け放たれた正面玄関には夜でもそれなりに人の出入りがある。

 横の路地に下りてから正面へ回ると、扉や壁に貼られた無数の手配書が目に入った。

 出入りしている探索者は、手配書の絵によく似た人物をどこそこの店で見掛けた、等の情報を提供しているらしい。

 中へ入りざっと周囲を見回した鈴音の目が、カウンター下に貼られた手配書の1枚で止まる。

 そこには4人組強盗犯の似顔絵があった。今回捕らえた輩とそっくりだ。

「んー、本人らを連行したら懸賞金として金貨5枚。逮捕に繋がる情報提供で銀貨5枚か」

 デカデカと貼られている凶悪犯はゼロの数が違うので、この強盗達は小物だと分かる。

 刃物を持つ4人組の強盗を小物というのも如何なものかと思うが、この街ではこれが普通なので仕方がない。


「すんませーん、強盗捕まえたんですけどー」

 まあ小物でも犯罪者は犯罪者だ、と切り替えた鈴音が隊員に声を掛けた所、手配書と照合した後に大層喜んで貰えた。

「いやー、懸賞金が今ひとつなヤツって記憶に残らないのか、滅多に情報が入らなくて。こんな風に捕まえて貰えると、物凄く助かるよー」

 そう言って隊員は鈴音達には笑顔を見せ、強盗達には呆れ顔を向ける。

「いくら暗かったからって、契約者連れ襲うか?」

 懸賞金を用意している職員や、身柄を引き取りに出て来た職員にも『馬鹿だなー』という目で見られ、強盗達は顔を顰めた。

 そんなつもりはなかったし契約者に負けた訳じゃない、と言いたい所だが、それはそれでまた恥ずかしい。

 何しろ骸骨を除けば強そうなのは茨木童子だけなので、『4人がかりで負けるとか何やってんの?』と笑われてしまう。契約者にやられたと思われる方がまだマシだ。


 顰めっ面でぐぬぬと唸っている強盗達を職員へ渡し、鈴音は懸賞金を受け取った。

「はい、確かに。ところでこの辺に、落ち着いて話が出来る店とかあります?」

 無限袋へ金貨を仕舞いながら尋ねると、職員は腕組みをして悩み始める。

「昼間ならなー、軽食を出す茶屋なんかもあるんだけども、夜だからなー。酒を出す店しかないからどうしても賑やかだし、多分というか確実に女性は絡まれるなー」

「あー、やっぱりそうですか。ありがとうございます」

 地下迷宮から戻って浮かれている探索者が、久々の酒を飲んで大人しくしている筈がないなと納得し、笑顔で礼を言ってから詰所を後にした。


 建物横の路地へ向かっていた鈴音は、はたと足を止め振り返る。

「あ、しもた。マホンさんはこの後、お仲間の皆さんと合流やったんちゃいます?落ち着ける店もないみたいやし、作戦会議は明日の方がええですかね?」

 予定も聞かず勢いで連れてきてしまった、と頭を掻く鈴音へ、マホンは笑って首を振った。

「いえ、彼らとはジガンテを出るまでの契約だったんです。勘違いによる復讐を止めたいから手伝ってくれっていう話をして。なので、さっき残金を支払って別れてきました」

「助っ人やったんですか。ほな私らと交代ですね。今更ですけど、神術士の鈴音です。こっちも神術士の茨木」

「鈴音さんと茨木さん。大したお礼は出来ませんが、何卒お願いします」

 会釈を交わし、合流しないならこのまま一緒に行動しようと再び屋根へ跳ぶ。

「組合へ行った後、標的の男が()る街の方へ移動しときましょか。今夜は野宿になりますけど、私らと一緒やったら宿より安全なんで」

 鈴音の提案に、ジガンテ内で見た圧倒的な攻撃力を思い出し、マホンは『確かに』と頷いた。


 組合への道すがら、自身が持つ情報をマホンが語る。

「標的のコヴァルヂは、アズルの街に居ると聞きました。例の原石を宝石に変えたかったんでしょう」

「あらまー、アズルですか。けど、弟さんを陥れて石を手に入れたんが3か月前ですよね?まだ居てますかね?」

 大金をせしめて別の街へ移動したのでは、と鈴音達は予想した。

「それが、直ぐに行動を起こしたら怪しまれると思ったのか、暫くは拠点の街で大人しくしてたらしいんです。その後に、もっと強くなりたいからと言って旅に出たそうで。レオーアへ嘘を吹き込んだのもこの辺りですかね。シンザの死から1か月以上は経っていたかな?」

 その嘘を元にレオーアはジャヴァリ達へ声を掛け、難関の地下迷宮に挑むのだからと入念な準備をして、ジガンテへ。

「拠点からアズルまでは、馬車だと10日程掛かるので、コヴァルヂが着いたのは事件から2か月弱、悪霊になったシンザが俺の所に来る少し前じゃないかと」

「ふんふん。そこから研磨職人探して磨いてもらうのに、まあ5日みといたらええか。ここで2か月経ったとして、やっぱりもう別の街に移動してそうな気が」

 顎に手をやった鈴音へ、茨木童子に背負われたマホンは首を振る。


「俺がシンザから話を聞いて、一緒にジガンテへ行ってくれる人を探している時に、アズルから帰ってきた知り合いの探索者が、『そういえば』って教えてくれたんです。アズルでコヴァルヂに会ったんだけど、えらく珍しい石を手に入れたから磨いてるとこで、宝飾品に加工して競売にかける。後2か月もすりゃ俺も遊んで暮らせる!なんてご機嫌だったぞ羨ましいよな、って。ジガンテならもっと凄いのがありそうだし、お前も頑張れよ!とか言われました」

 これを聞いた鈴音と茨木童子は目が点になり、骸骨は口をパカーと開け、虎吉はスナギツネになった。

「悪党としては下の下、基本のキが出来てへんド阿呆ですね。冥土の土産を喋るタイプや。三下どころちゃうなぁ」

「何で元の街へ帰るような奴にそんなん喋ってまうんや、頭悪過ぎやろ」

 鈴音と茨木童子が呆れ返り、虎吉が幾度も頷く。

 骸骨が、全滅するパーティと金に埋もれて笑う悪党の影を石板に描き、それを見て鈴音は悪い笑みを浮かべた。

「多分そない思たんやろね。シンザさんが原石を手に入れた事を知ってる人はレオーアさんに殺されて全滅、殺人の罪でレオーアさんも捕まるから、誰に喋っても大丈夫やろ、て」

「穴だらけっすね」

 茨木童子は相変わらずの呆れ顔で言い、続ける。


「もし婚約者が返り討ちに()うたら、そっからバレたやろに。あ、もしかしてここ(ジガンテ)を勧めたんも、その三下か。しくじっても魔物が代わりに殺ってくれるで、とか何とか言うて」

「レオーアは、いずれ皆で行くつもりだったから誘い易い、としか言ってませんでしたけど、ひょっとしたらそうかもしれません」

 マホンが同意し、鈴音も納得した。

「それで全滅を確信か、ありそう。けど、もしそうやったとしても、絶対誰にも言うたらアカンねんなー。真実に繋がる情報は墓まで持って行かな」

 悪女に化けて大悪党を騙した事がある鈴音の言葉には、妙な説得力と迫力がある。

「そもそも、悪霊いう存在が生まれるこの世界で、何でそんな油断が出来るんかが謎や」

「おう、ホンマやな。『アイツ悪霊になりよるかも』て思わんかったんか」

 小首を傾げる虎吉を撫で、鈴音は笑った。

「思わんかったんやろね。思てたら、原石の事を誰かに喋る筈がない。悪霊が何を喚き散らしても、シンザさんから原石を奪ったいう証拠が出ぇへん限り、知らぬ存ぜぬで通せる訳やし」

 鈴音の皮肉めいた笑みを見て、マホンも成る程と頷く。


「神官様以外、悪霊に出くわす事なんてまずないから実態を知らないし、彼らが真実を語っているかなんて判断のしようがないですもんね。錯乱して妄想を叫んでるだけだ、で片付けられる。俺は兄弟だから信じましたけど」

「そういう事です。せやから、『珍しい石を手に入れたから、アズルで宝飾品にして競売にかけるて言うてたよ?』とかいう証言が出るような事したら絶対アカン。被害者の親族や友人の耳に入ったら、それは何処で手に入れた何ちゅう石や?から始まって、容赦なく追及されますからね」

 探索者組合の建物が見えたので、鈴音は足を止めて小さく息を吐いた。

「ま、私らは追及なんて生易しいマネしませんけど」

 そう言って笑う鈴音が、腕に抱いている魔獣そっくりに見えて、マホンは思わずブルリと震える。

「ハハハ!(あね)さんの獲物はお前ちゃうんやから、ビビらんでもええで」

 震えが伝わった茨木童子に笑い飛ばされ、それもそうかとぎこちなく微笑んだ。

 そんなマホンに鈴音は満面の笑みを向ける。

「ふふふ、ボッコボコにしましょねー、色んな意味で」

「そ、そうですね」

 やっぱりちょっと怖い、と青褪めたものの、弟がされた事を思えばこのくらいが丁度いいのかもしれない、と覚悟を決めた。



 屋根から路地へ飛び降りると、『あ』と声を上げた鈴音が振り向く。

「因みに、弟さんはどないしはったんですか」

 一緒に居ない時点で何となく察しはつくが、一応確認した。

 するとマホンは表情を曇らせ、悲しげに微笑む。

「神官様にお願いして、浄化して頂きました。俺がジガンテから帰ってくるまで待てるなら良かったんですけど、間違いなくついて来るので。そしたら、レオーアもジャヴァリ達も真実を知ってしまう。そうなると、彼らは自分の手で仇を討とうとするでしょう。気持ちは嬉しいですけど、弟の為に罪を犯して欲しくないので」

 それ以上に、すっかり変わってしまった弟の姿を、彼が愛した人々に見せたくなかったんだろうな、と鈴音は眉を下げた。

「あっ!違いますよ!?あなた方なら罪を犯してもいいという意味ではなくて……」

 ハッと目を見張って慌て出すマホンを、一行はきょとんとした顔で見つめる。

「分かってますよ?大丈夫です、正当防衛の範囲内でしか手ぇ出しませんから」

 語尾に合わせて鈴音は微笑んだのだが、マホンには『正当防衛の意味分かってなさそう』と言いたげな顔をされた。

 解せぬ、と首を傾げた鈴音を先頭に、一行は探索者組合の建物へ歩を進める。


 中へ入ると直ぐに、ジガンテ入口前で出会った職員が迎えてくれた。

「おお、来てくれたか、助かる。早速あの走龍や最下層の話を聞きたい所だが、売りたい魔物や素材があるなら先に受け取っておこうか。報告書用の聞き取りをしている内に、査定も終わるだろうし」

 流石に一筋縄ではいかない物が出てくると踏んでいるらしく、査定担当の職員達が複数人カウンターに並んだ。

「ホンマですか、そらありがたい。骸骨さん、ちょっと虎ちゃんお願い」

 虎吉を骸骨に渡し、鈴音が無限袋へ手を突っ込む。

「どれから行こ?取り敢えずスラ……謎の動く粘液。火山みたいな岩の巨人と、オオサソリ紫色。ほんでー……」

 細切れで凍っているスライムもどきはともかく、巨人とオオサソリはカウンターに載らないので床に出した。

 その時点で職員達はもう慌て始めている。


「待って、何あの色。オオサソリに紫とか居たの」

「あの岩巨人、もしかして夜陰石で出来てないか」

「この粘液生物、西の大陸にしか居ない筈」

 ザワザワとする周囲なぞお構いなしで、鈴音は目玉蛸とオオサソリ黒錆色を出した。

「……は?目玉?なんか新種きちゃったっぽい」

「オオサソリ、ああオオサソリオオサソリ」

 トドメは走龍がくれた鱗である。

 仲良しの記念に1枚だけ手元に残して、他はどっさりとカウンターに出した。

「黒い……鱗?綺麗だけど」

「なにこれ硬ッ!」

「見た事ないぞ」

「すみません、これは何の鱗ですか」

 問われた鈴音は笑顔で答える。

「最下層に()った走龍のんです。神の島に送ったったら、運賃代わりにくれました」

 意味を理解するのに2秒程固まってから、職員達は殆どパニックと言っていい大騒ぎになった。


「走龍ぅーーー!?」

「いや、え、違う、だって色」

「黒くない黒くない走龍黒くない」

「土色だよね土色、黄色っぽい土色」

「そもそも走龍の鱗なんてどうやって取るの」

「飼ってる国に聞いたら分かるかも?」

「彼女は、走龍がくれたって言ったよ」

「こんなに!?」


 それまでに出した魔物から受けた衝撃を忘れる程、黒い走龍の鱗は希少な素材だったらしい。

 瞳孔が開き気味な職員達を眺め、鈴音は遠い目だ。

「騒ぎになるやろなとは思たけど、ここまでかぁ。あいつレアな走龍やってんね」

「神の島に送って正解やな。他所やとビビった魔物が逃げ出して、大惨事になっとったかもしらんで」

 骸骨の腕の中から虎吉に指摘され、それは大変だ危なかったと頭を掻く。

「ダンジョンのボスいう事は、時間が経ったらまたあの部屋に別の個体が出現するんやろか」

「そうなんちゃうか?あんな厳ついのんが湧くのに、どんだけ負の感情……こっちでは穢れか?が集まったらええんかは分からへんけどな」

「あー、そうか。あいつが湧いた後、もうずーっと長い事ジガンテを誰も攻略出来ひんかったから、最下層に澱みたいなんが溜まりに溜まって、いつの間にかレア走龍に進化したんかも」

「おう、ありそうやな」

 猫の耳専用会話を交わしながら、大混乱な職員達が落ち着くのを待った。


「えーと、申し訳ない。あいつらの興奮が収まるには時間が掛かりそうだから、向こうの部屋で最下層までの話を聞かせて貰っていいか」

 報告書を作りたい職員が困り顔で頼んできた為、鈴音達は『大変ですね』と笑って移動する。

「あの査定担当さん達は、魔物の名前と得意技と弱点を何も見んとスラスラ言えるんちゃいます?」

「そうなんだよ。それも魔物図鑑に載ってる順に言えるから怖い」

「魔物大好きか。そのうち歌なんか作るかも」

「神託の巫女の友人なんだから、怖い予言はナシで」

 互いに半笑いになりつつ、今度はオオサソリや岩巨人をどうやって運ぶかで騒いでいる職員達を横目に、一行は応接室へ入った。

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