第五百四話 頼むわー
腹を見せた走龍を眺め、『ああ降参したんだな。そりゃ地下迷宮の壁に素手で穴空ける奴なんか怖すぎるよな』とその場に居る殆どの者が納得する。
ところが、鈴音と虎吉は違った。揃って疑いの半眼を向けている。
「猫やったらあれは『かかってこいやオラオラ』の体勢やん」
「せやな。抱え込んで噛み付いて蹴りまくる気満々や」
新人猫飼いが引っ掛かり易い、お猫様による罠。
仰向けで床に落ちているお猫様へ、『撫で撫でかにゃー?』等と言いながら手を伸ばそうものなら、『見せてやっただけだ!誰が触って良いと言った!』とばかり、もっふり大事そうに抱えられながら甘噛みされ蹴りに蹴られるという、お仕置きだかご褒美だかよく分からない状況に陥りがちだ。
但し、お猫様の性格や人への信頼度によっては、『吸われてやらん事もない』だったりするので、従者が磨くべきは見極めスキルである。
今ではレベルMAXの見極めスキルのお陰で間違わない鈴音も、子供の頃は散々罠に掛かりまくったので、見知らぬ生物の仰向けを直ぐに降参と考えるのは如何なものか、と思っているのだ。
だが走龍にしてみれば、『何その面倒臭い生き物!?普通に降参ですよ信じて!?』だろう。
実際、違う違うと言いたげにジタバタしている。
多分そのままの意味だと思う、と石板を見せた骸骨に諭され、確かに戦意はなさそうだと鈴音と虎吉も頷いた。
「けど、どないしよ?外に出してもええんやろか。生態系に影響出ぇへんかな?」
「何も食わんでも生きていけるみたいやし、問題ないんちゃうか?縄張りに関しては考えなアカンやろけども」
走龍を見ながらの会話に、『稀代の神術士とその愛玩魔獣が変な事言ってるぞ』と探索者達は顔を見合わせる。
「あのー、ちょっといい?どう見てもこの走龍そこの出入口通れないし、もし通れたとしても外に出す意味が分からない」
おずおずと挙手して質問したのはレオーアで、振り返った鈴音は目をぱちくりとさせた。
「そこの出入口は通れんでも大丈夫。外に出す意味は、組合の人に見て貰わな、ジガンテ攻略した言うても信用して貰われへんかなー思て」
北の大陸の地下迷宮イスカルトゥでは、蛇っぽいボスを倒して持ち帰り攻略の証しとしたが、今回のボスは降参しているのでこのまま連れ帰るしかない。
「え、と、うん、まあそう、なんだけど」
間違ってはいないが何だかズレている、と鈴音の返答に困惑するレオーア。
探索者達も、どこをどうツッコむのが正解か分からないようだ。
そんな常識人達を横目に、自分はとても常識的だと思い込んでいる非常識達の会話は続く。
「今、何時ぐらいやろ?入ったんが夕方やったし、もう9時ぐらいにはなってるかな」
「そんなもんちゃうか?」
「宴会の時間が結構あったっすもんね」
「ほな暗なってるやろし、外に出ても大丈夫そうやね」
そうかも、と骸骨が頷いた。
「ほんなら、入ってすぐにあった、ホールみたいなとこに送って貰おか。出る時も探索許可証の確認作業あるし」
「そっすね。あ、コイツ出入口んとこ通れるっすかね?」
四つ這いに戻った走龍を見て首を傾げた茨木童子に、鈴音は笑って頷く。
「ギリギリいける筈。外から見たら巣穴から出てくるワニ感満載や思うけど」
わははと笑い合う鈴音達が何を言っているのか、探索者達には殆ど理解出来ない。
ただ、『多分、大丈夫ではない』と告げる野生の勘に、全員が思い切り同意していた。
「よっしゃ帰ろか。はい、皆さんもご一緒に」
念動力でトロッコを引き寄せられ、どんどん近付く走龍の迫力に探索者達の顔が引き攣る。
「あ、忘れよった。アレも回収しといたろ。何やかや途中までは活躍しとったんやし」
そう言って鈴音が浮かせたのは赤いローブ。
「出来れば伯爵家の墓に入れてやりたいけど、家名なんか知りませんよね?」
難しい顔をして何か考え込んでいたマホンは、鈴音に尋ねられハッと我に返った。
「え、はい。知らないですね。伯爵と呼べ!って言われたんで、そのまま呼んでましたから」
不死者と契約する者にとって重要なのは攻撃力の高さであり、生前の名前や過去などは気にならないのだろう。
「ですよね。神殿でどないしたらええか聞こ。ほな、一気に1階の入口んとこまで戻りますんで」
鈴音は笑顔で告げるが、探索者達にはやっぱり意味が分からない。
転移の神術が使えるとしても、こんな大きな走龍と一緒には無理でしょ、と首を傾げている。
そんな中、鈴音が虎吉にごにゃごにゃと耳打ちをし、頷いた虎吉が目を細め口を開いた。
「頼むわー」
「ぐっは!頼まれたとも!聞いたかね、俺に、この俺に虎吉が頼み事をしたよ!羨ましいかい!?ハッハッハー!」
「くっ、鈴音の神頼みでも珍しいのに、虎吉からだと」
「かんわうぃー顔で『頼むわー』ですって!あああ」
「何でもいいから頼まれたい。役に立たせてくれー」
「地下迷宮か、地下迷宮があればいいのか」
「よし代われ私がやる」
「お断りだ!キミ達は指を咥えて見ているがいい!フハハハハハハ!」
ジガンテ最下層の円形広場全体が、キラキラ輝く美しい光に包まれる。
何事かと目を見開く探索者達をよそに、鈴音と虎吉と骸骨が微妙な空気だ。
「なんやろ、悪役みたいな高笑いを空耳したわ」
「神力が勝ち誇っとるように感じるな」
骸骨が石板に描いたのは、踏ん反り返るシオンを中心に、床を叩いたりハンカチを噛み締めたりする神々。
それを見て茨木童子が成る程と納得する。
「全員が虎吉様の頼みを叶えたいんすね。姐さんと一緒ですやん」
「あー、畏れ多いけど確かに。猫に関しては考え方ほぼ同じやからねー」
笑う鈴音を眺めつつ、白猫のひと声で死屍累々になる神々を思い出し、茨木童子は余計な事を言わぬよう生暖かい笑みを浮かべてやり過ごした。触らぬ神に祟りなしである。
さて、真っ白に染まった視界がもとに戻ると、そこはジガンテの入口から数歩の広場だった。この先の道を行けば、水没したアンダーパスがある。
「ありがとうなー」
ニコニコの虎吉がこっそり礼を言えば、神界では神々が手足をジタバタさせたり転げ回ったりと大騒ぎだ。
「んふふ、笑う虎ちゃん可愛い」
こっちもデレデレでくるくるだが、そんなお花畑を消し飛ばす、緊迫した声が広場に響き渡る。
「戦闘準備!戦闘準備ーーーッ!!」
「シラフの探索者は協力してくれ!災害級だ!!」
「神術士は居ないか!?アレに何が効くのか分からん!出来るだけ大勢の協力を求める!勿論、組合から報酬は出す!」
応じる声、駆け回る足音、武器や防具が触れ合う金属音。
ジガンテ入口前の広場に、数え切れない程の人の気配が集まって行く。
「ありゃー?夜やし人通り少ないか思てたのに」
「んな、な、何を呑気な!これ、ここ、緊急事態、当たり前だ!」
頭を掻く鈴音とは対照的に、慌て過ぎて所々カタコトでジャヴァリが吠えた。走龍が入口に出たら大騒ぎになるに決まってるだろ、と言いたいらしい。
「うーん、職員さんなら平気かな思てんけど、甘かったかー」
「そりゃ最下層なら驚きもしないでしょうけど、入口ですよ?それも急に湧いて出たら慌てますよ」
ジャヴァリが興奮しているお陰で冷静になれたマホンが、これが普通の反応だと諭した。
「言われてみたら確かに、入口に迷宮のヌシが出たら怖いか。やってもうたー」
「やってもうたな」
「やってもうたっすね」
うんうん。
鈴音を筆頭に、一行は頭を抱えたり腕組みをしたりして悩む。
「よし、分かった。まず私が1人で出て、事情説明して謝ってくるわ」
軽く挙手した鈴音に、一行はそれがいいなと頷くが、探索者達はとんでもないと止めに掛かった。
「無茶だ!もう戦闘態勢は整ってる!下手すりゃ出た瞬間に集中攻撃だぞ!?」
「そうだよ、危ない。中から手紙を飛ばすだとか、攻撃されないような方法を取ろう」
ジャヴァリとレオーアが言えば、マホンも大きく頷く。
「俺も、この箱を動かしたように、事情を記した紙を飛ばせばいいと思いますよ?」
トロッコを叩きながらの説得に耳を傾けはしたものの、彼らの案を採用する事はせず鈴音は微笑んだ。
「ありがとうございます。でも大丈夫なんで。最終兵器も持ってますしね。ほな行ってきまーす」
ついうっかりキレてしまわぬよう虎吉を骸骨に預け、鈴音は軽い足取りで外へ向かう。
慌てる探索者達は茨木童子が止めてくれた。
スタスタと歩きつつ、街側は結構明るいんだな、等と考えていた鈴音は、そのまま外へ踏み出してから気付く。
「光の聖石忘れたやん」
結構明るいとはいえ、現代日本程の光量はない。
つまり、災害級の魔物が出たと聞かされ、ガチガチに緊張して臨戦態勢に入っている人々の前に、薄ぼんやりとした影として、ヌッと出てしまったのだ。
すると当然。
「うぅわぁあああーーー!!」
「ちくしょーーーッ!!」
「くらえぇえ!!」
「しねーーーッ!!」
こうなる。
ただ、鈴音の場合は殺到する神術より掛け声が気になった模様。
「芸人さん居てへん?つか、死ねはアカンてダサいて。ソレ言うて成功した人、見た事ないもんなぁ」
火、水、風、土、飛んできた全属性の神術を消し去り、やれやれと息を吐く。
鈴音からすれば平常通りだが、やられた方にしてみれば非常事態だ。
「な、なんで?」
「消えたぞ」
「当たる前に消えた!」
「何て魔物だ!」
「神術が効かないのか」
「だったら俺達が!」
悲鳴のように広がる声を拾い、物理アタッカーが殺到する前にと、走龍のそばに浮かせていた光の聖石を呼び寄せる。
頭上に浮かせて両手を挙げた。
「すんませーん、魔物やのうて人ですー」
街の広場に響き渡る、緊張感の欠片もない鈴音の声。
今まさに剣を槍を手に駆け出そうとしていた探索者達は、危うく喜劇ばりにコケる所だった。
「組合の職員さんいらっしゃいますー?あの龍に関して説明したいんですが」
説明と言われて漸く、この華奢な女性が走龍の居る入口から現れた事に思い至り、広場は騒然となる。
鈴音を遠巻きにしたまま騒ぐ探索者達の中から、呼び掛けに応えたのか、見るからに屈強な男達がゾロゾロと出てきた。
「俺達がお探しの職員だ……、って、変な時間に入ってった契約者連れの姉ちゃんか?」
顔を突き出すようにして幾度も瞬きをした職員は、鈴音へ歩み寄って確認し頷く。
「やっぱりそうだ!いやー、普段はいちいち入る奴の顔なんざ覚えねえんだけど、あんたらは目立ってたからなあ」
「あははー、入る時はお世話になりました」
笑う鈴音を見やり、他の職員も『そういえば』といった具合に会話し確認していた。
「それで?走龍についての説明だったか?」
「はい、そうなんですよ。最下層の最奥の部屋に居ったから勝負して、こっちが勝ったんで連れてきました」
森で出会った小動物に懐かれたから連れ帰った、くらいの軽さで言われ、職員達も探索者達も暫し考え込む。
「最下層?」
「最奥の部屋?」
「勝った?」
「それって攻略……」
そこまで考えて、『いや、ないないないない』と笑った。
「あのな、まあ契約者が強けりゃ最下層には行けるだろうし、走龍にだって勝てるかもしれない。けどな?入ったのが夕方で、帰ってきたのが今だ。5時間程だ、中に居たの。それでどうやって最下層まで行って帰ってくるんだ」
まあ確かに、普通は何日もかけて挑む距離だったな、と入口へ視線をやってから鈴音は無限袋へ手を突っ込み、最終兵器こと名刺サイズの金属板を取り出す。
「実はワタクシ、こういう者でして」
差し出されて受け取った職員は、板に刻まれた文言と神紋を目にして固まった。
しかし直ぐ我に返って別の職員を呼び、正邪の石を大食らいの鞄から出させるや、緊張を隠せない顔で神紋付きの金属板を当てる。
途端に長方形の石は白く眩い光を放って、この板の持ち主は神託の巫女が身分を保証する人物だと証明。
職員及び、広場に集まった探索者全員の度肝を抜いた。




