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第五百二話 どっちがボスだか

 稀代の神術士だと思っている鈴音の慌てっぷりに、何かがあると察し素早く身構える百戦錬磨の探索者達。

 咄嗟の事だったので、神術士達による強力な強化は間に合わなかったものの、ジャヴァリやレオーアを含む剣士や盾士も、自ら身体強化を掛けた。

 身体能力が向上するので物理ダメージは大幅に、神術によるダメージも少しは軽減出来る。

 無論、回避行動も取るつもりなので、急に飛龍が現れて至近距離で息吹でも食らわせてこない限り、一撃で沈む羽目にはならない筈だ。

 よし、と探索者達が頷いたその瞬間、前方から迸った強烈な力が、凄まじい威圧感を与えながら彼らを呑み込む。


 悲鳴も上げられずその場に崩れ落ちるのは、剣士や盾士勢だ。ジャヴァリやレオーアも例外ではない。

 辛うじて立っていられたマホン含む神術士達と伯爵は、震える足を踏ん張りながら何が起きているのかと目を凝らす。

 すると、脇道からゾロゾロ出て来ていた魔物達の多くも、引っ繰り返ったり腰を抜かしたり逃げ出したりと、恐慌状態に陥っている事が分かった。

 つまり、と神術士達の視線がこの事態を引き起こしたらしい男、茨木童子へ注がれると同時に、彼の何とも残念そうな声が響く。

「おいー、九割方戦闘不能てどういう事やー。ちょびーっと威嚇しただけやぞ?難攻不落のダンジョンの最下層に住む魔物が、これではアカンでー」

 両手を腰に当て、つま先でコンコンと地面を蹴って苛立ちを表すその姿を見ると、どっちが最下層の魔物だか分からない。

 そこへ、女性が出すにしては随分と低い声が鈴音の口から発せられた。


「いぃーばぁーらぁーきぃー」

「ひぃ!」

 飛び上がる程、というか本当に少し飛び上がって驚き、恐怖に顔を引き攣らせた茨木童子が振り返る。

「ななな何すか!?」

「なんすか、ちゃうで。見てみぃ箱ん中」

 言われるがまま親指で示された先へ目をやると、7人が血の気の失せた顔でへたり込んでいた。

「うわ、白ッ。え、もしかして俺の妖力で?」

「それ以外に何があんねんな」

「あー、そら申し訳ないっす」

 隙ありと背後から飛び掛かってきた、目が8つあるチンパンジーサイズの猿系魔物を裏拳一発で退散させつつ、茨木童子は軽く頭を下げる。

「けど3人は無事っすね?」

「んー、立ってんのは神術士ばっかりやから、魔りょ……神力の多さが影響するんかな?」

「あ、そういう事か。霊力と同じっすね?綱木さんとか俺の妖力ぐらいなら平気っすもんね」

 綱木が聞いたら、『誤解や!平気ちゃうよ!強い妖怪相手ん時はもう、必ッッッ死や!!』と身振り手振り付きで力説しそうだが、ここに居るのは鈴音なので誤解は解けない。

「そうやね。綱木さんの方がもうちょい強い気はするけど、似たような感じかも」

 骸骨の脳内では、遠い目をした綱木が顔を洗いに行った。


「まあ、強いのと弱いのの選別は済んだんで、もう威嚇の必要は無……」

 茨木童子の言葉に神術士達が安堵しかけたその時、今度は真っ直ぐ続く道の奥から、物凄い威圧感を伴った咆哮が轟く。

 大きな金管楽器を出鱈目に吹き鳴らしたような、不快で野太い咆哮に魔力は含まれていなかったが、それでも人や魔物の生存本能は強く反応した。

「ひー!にっ、ににに逃げましょう!あの声からして、とんでもない大きさの魔物が怒ってますよ!」

 マホンの意見に全面同意と神術士達は幾度も頷く。

 茨木童子の威嚇を受けて残った魔物達ですら、今の咆哮を聞いて何体も逃げ出しているのだから、彼らの判断は実に常識的と言えた。

 しかし。

「デカいやろなぁ、そんな声やったなぁ。フフ……ハハハハハ!シバき甲斐ありそうやーーー!」

「良かったやん。ここまで潜って正解やったね」

「せやな」

 返ってきたのは何とも非常識な高笑いと笑顔。

 地下迷宮を攻略するにはこのくらいの度胸が要るのか、と青褪めるマホンと神術士達は、安易について来てしまった事をそれはそれは後悔した。

 そんな彼らの心情には全く気付かず、茨木童子は広い道へ駆け出す。


「取り敢えずその辺に()るヤツら、片付けてくるっす」

 謎の大きい魔物は奥から出て来ないようなので、まずはまばらに残った魔物を一掃するつもりらしい。

 茨木童子と初めて見る不死者を警戒し、距離を保っていた魔物達は、単独で突撃してくると分かるや、これ幸いとばかり一斉に襲い掛かった。

 最初に、真正面へ躍り出た黒錆色のオオサソリが、尾の先にある針から毒液を噴射。周りの魔物が飛び退いた事から、皮膚に触れただけで吸収されるタイプの毒だと思われる。

 だが、吸い込もうが顔に付こうが茨木童子はお構いなし。

 上層でやったのと同じように、サッカーボールよろしくオオサソリを蹴り飛ばす。

 蹴った勢いのまま横を向き、そこに立つドロドロとした泥人形のような魔物の頭へ、妖力を纏わせた拳を打ち込んだ。

 ベシャ、と泥が飛び散っただけで直ぐに再生し始める姿を見て、茨木童子は“魔力の核”の存在を思い出す。

 北の大陸にある地下迷宮イスカルトゥで戦った、岩の魔物が似たような性質を持っており、この手の魔物は核を体内に隠しているぞ、と陽彦が教えてくれたのだ。


「どこに隠した?頭やないっちゅう事は、胸か?腹か」

 拳ではなく手刀を突っ込んで泥の中を探ると、人なら胃がある辺りで石のような物に当たる。

 勿論その間この泥人形も攻撃はしていた。茨木童子の顔を泥で覆って、窒息させようと頑張ったのだ。

 しかし茨木童子があっさりと核を発見してしまった為、息苦しささえ与えられず、形を失って地面に広がり消えた。

 泥人形の核を砕いた茨木童子は、顔に触れ付いた泥が消えた事を確認してから、残る魔物へ向き直る。とても楽しそうな顔で。


 立派な牙が見える凶悪な笑みを前にして、魔物達は恐怖を覚え後退った。オオサソリの毒が効かない上に、核の存在を知っているなんて、コイツは何なのかと。

 逃げようにも、大きく動いた瞬間襲われそうで踏み出せない。

 時間にしてほんの1、2秒が果てしなく感じられる中、先に動いたのは魔物側だった。

 ビーチボール大の眼球から蛸の足のような物を生やしている魔物が、体全体を光らせる。

 その光が眼球部分へ移動し、何だか電球みたいだなと眺めていると、虹彩に魔力が集まるのが分かった。

 これはきっと陽彦(ハル)が喜ぶやつ、等と鈴音が思った瞬間に、予想通り発射される眩い光線。

 まともに食らった茨木童子を見て、マホンや神術士達から悲鳴が上がる。

 あんな、飛龍の息吹の小型版のような攻撃が直撃して、無事である筈がないと思っているようだ。

 なので。

こそばい(擽ったい)。やるならもっと派手な奴やってくれや」

 動物のように頭をブルルと振った茨木童子が不満を口にするや、全員が目と口を最大限に開いて固まった。伯爵も同様に顎が外れそうだ。


「まあオモロい攻撃ではあったけどな。……あっ、そうや(あね)さん、これ凍らします?俺がシバいたら潰れる思うんすけど」

 ウネウネ足を動かして暴れる目玉をむんずと掴んだ状態で問われ、鈴音は笑って頷いた。

「これと、さっきの黒いサソリが欲しいとこやね」

「そうや、サソリどこ行った!?逃げたか!っちゅうか他の魔物もおらんやないか!根性なさすぎや!」

 いつの間にか凍っていた目玉蛸を放り投げ、慌ててオオサソリを蹴り飛ばした奥へ向かう。

 飛んできた目玉蛸をナイスキャッチして無限袋へ仕舞いつつ、鈴音は路地へ入って行く茨木童子を目で追った。

「落下地点らしき場所に()らんかったんかな」

「せやろな。鈴音が要る言うたからには、あの黒いのんは絶対捕まえなアカン思て、逃げ込みそうなとこへ行ったんやろ」

 虎吉の言う通り、黒錆色のオオサソリを探して走り回る茨木童子に、路地へ逃げていた魔物達は大パニックである。

 暫し後、『おったー!』という雄叫びに続き、何かをゴリゴリ引き摺る音が聞こえてきた。

 引き摺られてきたのは、ジタバタ暴れるオオサソリ。

 奥に大物が控えていると知ったせいで、もう殴る蹴るが面倒臭くなったらしい。


(あね)さーん!」

「はいよー、ありがとう」

 茨木童子や鈴音達は平気でも、探索者達は毒液の噴射に耐えられないので、近くへ来る前に凍らせた。

「さあ色違いのオオサソリ、どんな値段が付くやろ」

 無限袋の口を開いて硬い殻に引っ付け、まるで飲み込ませるようにして収納する。

 鈴音がポケットに無限袋を入れてから、目をキラッキラさせた茨木童子は長い長い道の奥を指した。

「ほな、他の魔物はもうやる気なさそうなんで、奥行きましょ奥。馬鹿デカい魔物シバくっす!」

「うん、行こ行こ。あ、皆さんは立ち直ったかな?」

 頷いてからトロッコを振り返った鈴音は、膝を抱えて遠い目をしている探索者達を視界に認め半笑いだ。

「自分は割と強い方や思てたのに、威嚇されただけで腰抜けたんがショックやったんやろね」

「うはは!そらしゃーないで。いうても茨木童子や、大概は腰抜かしよるやろ」

「千年生きてる伝説なんです、て教えてあげたいわー」

 そんな猫の耳専用会話を交わしてから、念動力でトロッコを浮かせた。


「ここへ置いてく訳にもいかへんので、奥までご一緒していただきますねー」

 にこやかな顔で言われギョッとした探索者達だったが、確かに置いて行かれたら生きて帰れないし、鈴音達に撤退という選択肢は無いようなので、黙って頷くしかない。

「ふふふ、大丈夫ですよ、ちゃんと攻撃からは守りますから」

 鈴音が微笑み骸骨が頷く。

 ホントかなあ、と若干の不安を覚えつつ、探索者達は大人しく運ばれた。

 伯爵だけは、『平民が私の盾となるのは当然だ』等と偉そうに踏ん反り返っている。

 自分の身くらい自分で守れる、とは言わないんだねと鈴音達は呆れたが、指摘するとうるさくなるのは目に見えているので、知らん顔で進んだ。




 スキップしそうな茨木童子が先導する形で走り、奥へ奥へと向かう。

 広かった道幅はどんどんと狭まって、今や3メートル程。

 出口が見えないくらい長いトンネルを抜けると、そこは天井が吹き抜けになった円形の広場だった。

 上から筒でも刺してくり抜いたのかと疑いたくなる、見事な円筒形だ。

 そしてその円形闘技場のような広場の真ん中に、先程の咆哮の主が居た。

「そ、そそそ走龍(そうりゅう)!?」

 マホンが叫び、探索者達がどよめき、伯爵がまた口を開けている。

 恐竜っぽいなと思っていた鈴音は、『ソウリュウ?ああ、走る龍で走龍か』と納得した。

「飛龍を龍やのうて飛龍て呼ぶぐらいやから、他の種類も()るんやろなとは思てたけど」

「おう。走るんかこれは。けど、この図体やったらこっから出られへんし、走られへんな?」

「そうやんねぇ」

 虎吉が言うように、走龍はとても大きい。

 ワニを更に厳つくしたような姿で、頭には何本もの角があり、背中にもゴツゴツとした棘がある。

 足まで黒曜石の破片のような鱗に覆われた体は、角だらけの頭から尻尾の先までで、凡そ20メートル。幅は5メートル弱ありそうだ。


「見るからに強そうではあるけど、やっつけてええんかなこれ。飛龍みたいに大事にされてたりせぇへん?」

 鈴音が零した疑問に、茨木童子がこの世の終わりを迎えたかのような顔をする。

「なんちゅう事言うんすか(あね)さん。……マホン、これシバき回してもええ魔物か?」

「へっ?あー、どこだったかの国では軍で飼ってるみたいですけど……」

「なんちゅう事思い出すねんお前。けど、地下迷宮に住んどるいう事は、地下迷宮からは出られへん呪い、ちゃうわ結界?があるから、連れて行かれへんっすよね?」

 くわ、と目ヂカラ強めで訴える茨木童子に、鈴音はうーんと唸った。

「出そ思たら出せるよ?」

 口の動きだけで『神頼み』と伝えるや、茨木童子は『んなアホなー!』とその場にしゃがみ込んだ。

 すると、置物のように動かなかった走龍が、電光石火の早業で茨木童子をバクリと食べてしまう。

「えーーー!?」

 探索者達は目をまん丸にして只々驚きを叫んだ。


「ありゃ。アカンでワニ。そんなん食べたらお腹壊すから、ペッしなさいペッ」

「ええーーー!?」

 幼児に言い聞かせるような鈴音の声に探索者達が更に驚いた所で、走龍が嘔吐するような仕草をみせ、口が不自然にカパッと開く。

「っかー!うっかり胃ぃまで行きかけたわ!何を勝手に食うてくれとんねんワレェ!」

 口の中から上顎を押し上げ、牙を剥いて吠える茨木童子。

「えええーーー!?」

 探索者達の顎がそろそろ外れそうである。伯爵は一度外れて戻した。

 口から出た茨木童子を不愉快そうに見た走龍は、素早く後ろを向き長い尻尾を思い切り振る。

「イテッ!ちょ、待てや!ベッチョベチョで気色悪いから(あろ)て貰うねん!」

 太い尻尾の一撃を全身で受け止め、痛いのひと言で済ます茨木童子を、走龍は睨むように見つめた。

 探索者達はもう声もない。


(あね)さん、ザバッとやって欲しいっす」

「はいはい、行くでー」

 今度は丸呑みではなく牙で引き千切ろう、と大口を開けた走龍の前に、どこからともなく水が湧き滝のように降り注いだ。

 思わず口を閉じて後退する走龍を、すっかり綺麗になった茨木童子が笑いながら見やる。

「よっしゃ準備完了や。あれやな、どっかの軍に売っ払うにしても、今のままやと無理やし。順位戦やってどっちが強いか決めようや。お前が負けたら言う事きけ。俺が負けたら食われたるわ。どや」

 牙をみせたまま胸を張って目を逸らさない、クソ生意気な“小さい鬼”を睨んだ走龍は、喧嘩上等とばかり再びの咆哮を轟かせた。

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