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第四百九十六話 不遜な骨よりまずは肉

 奥へ向かいながら、入口の辺りと同じくツルリと滑らかな岩盤を眺め、鈴音は首を傾げる。

「ここにも水は来るんやね」

 あのアンダーパスな水没通路を越えて、広い空間へ溢れ出た川の水が、緩く下っている3本の通路にも流れ込むようだ。

「ほなフツーの探索者は雨降ったらヤバいっすやん。さっきの奴らみたいなんは詰みっすよね」

 ここまで水が来ている時は、谷底が川になっている時。外へは出られないから、先程の探索者パーティのような状態になったら死ぬ、と茨木童子は言いたいらしい。


「確かに泳ぐんは無理やし、水とか土の神術でどうにかするにしても、自然の力とバトルして勝つにはエスピリトゥぐらいの魔力が要りそうやから、その辺の神術士にはたぶん無理。て事は、他のダンジョンならまだまだいける段階で引き返すんが、ここでの常識の筈。さっきのパーティは、帰りの計算間違えたんかな?ジガンテ初心者?」

 顎に手をやった鈴音へ、茨木童子がポンと手を打つ。

「金になる魔物が出て、深追いしたんちゃうっすか」

「あ、それかも。ホンマは谷底が川になってる可能性も考えて、水が引くまで待っとける余力を残しとかなアカンのに、レアな魔物に出くわして興奮して、薬も使い切るような全力の大バトルになってしもた。ヤバいよヤバいよやり過ぎたよ、な帰り道で案の定、毒攻撃を受けてさあ大変。いう感じかな」

 全員であのパーティの状況を想像した結果、彼らの気の毒さより別の事が気になった。


「ほなこの先に、水が来ぇへん上に休める場所があるんか。仲間に毒が回る前は、そこを目指しとったんやな」

 虎吉がそう言い、皆も頷く。

「魔物も少ないか出ぇへんか、なんせ谷底の水が無くなるまで待てる、それなりに安全な場所がある筈。そっから見える範囲に水が来てなかったら、出口は無事やて判断出来るんちゃう?」

「そういう場所がなかったら、探索なんか無理っすもんね」

 水で出口を塞がれた所へ、後から後から引っ切り無しに魔物が押し寄せたのでは、どんな熟練パーティでも全滅必至だ。

 だから、水の動きが見え、魔物には見張り1人2人で充分対処出来て休息が取れるような、探索者側が優位に立てる場所があると思われる。

 ジガンテはとても大きい迷宮らしいので、途中そういう安全地帯が何箇所かある筈だ。

「そこで宴会っすね」

「肉やな肉」

 キラリと目を光らせる茨木童子に虎吉、思い切り頷く骸骨を見て、鈴音は『危機感が泣きながら逃げてった……!』と大笑いである。



 そのままだらだらとした下りを暫く行くと、岩盤に大きな亀裂が走る場所に出た。

 覗き込んでも底が見えない程に深い。

「ここに川の水が流れ込むから、向こう側は水没せんで済むいう事かぁ」

「この亀裂がなかったら、水の底に沈んだダンジョンになるとこやったんすかね?」

「んー、他にも水が抜けるとこはあるやろけど、水没した場所はもっと多なってたやろね」

 鈴音と茨木童子は会話しながら幅5メートル強の亀裂を何気なく跳び越え、浮遊している骸骨はふよふよと通過。

 自分で強化の神術が掛けられる、もしくは術を掛けてくれる神術士が居るパーティ以外、命懸けの走り幅跳びをする羽目になるこの亀裂は、この先へ進める実力かどうかの判別に丁度良さそうだ。



 そんな(ふるい)代わりの亀裂を越え、広い道を100メートル程歩いた所に、壁面がステージのようにせり出した場所を見つける。

 近付いてみると、ステージは3階建て家屋くらいの高さがあり、ロッククライミングの要領で登れそうな箇所が1つだけあった。

「ここかな?外が川になってた時に、水が引くんを待つ場所」

 呟いた鈴音が確かめるべく跳び上がり、茨木童子と骸骨も続く。

「お、結構広いやん」

 平らなステージは、20人くらいなら雑魚寝出来そうな広さがあった。

「火ぃ使(つこ)た跡もあるっすよ。亀裂の向こうの様子は直ぐ見に行けるし、飛ばへん魔物が登ってくる道は1つしかないし、ここが待機場所で間違いないっすね」

 ステージの縁に等間隔で4箇所ある、円形に並んだ石を指して茨木童子が言い、皆が頷いたその時、足場がある箇所とは別の部分から何かが登っている音が耳に届く。

 一行がそちらへ視線をやると、長い触覚と強そうな顎を持つ、2メートルは超えていそうな黒い虫が姿を見せる所だった。


「うわデッカいなー。顔はスズメバチ系?でも触覚と体はカミキリムシ系やなぁ」

 呑気に分析する鈴音。

 犬神の神使である陽彦が居たら、今頃とんでもない悲鳴を上げていただろう。

 ただ、今回の旅に彼は同行していないし、ここに虫の類を苦手とする者は居ない。

「あちゃー、飛ぶ奴やのうても虫やったら登れるんか。こんなんに好き放題登られたら鬱陶しいっすよね?」

 喋りながら近付いた茨木童子が、虫の頭を押さえる。

「そうやんねぇ。もしかして虫除けの何かがあるんかな?蚊取り線香みたいな。竈がやたら端っこにあるんは、それを燃やす為とか」

 触覚と足を動かして藻掻く虫を眺めつつ鈴音が推理すると、多分それだと皆の同意が得られた。

「この街の道具屋やったら、その蚊取り線香もどきが売っとるんかもしらんな」

 虎吉が鼻をふんふんと動かして周囲の匂いを探るも、残り香はないようだ。

「あー、ジガンテだけの必須アイテムか、ありそうやね。持ってなかったら怪しまれそうやし、他の探索者と一緒にならんように気ぃ付けよ」

「ほなこの虫は値段付かへんやろから、別に回収せんでええっすよね?」

「うん。もし高値やったとしても、この後どうせもっと凄いの狩る訳やし。ポイで」

 鈴音の声に合わせ、茨木童子が虫の頭を掴んでブン投げる。

 うっかり最恐の化け物達を狙ってしまった愚かな虫は、綺麗な放物線を描いて底が見えない亀裂へと消えて行った。



 また変な虫が出る前に、とステージから下りた一行は、奥へ続く道を早足で進む。

 先程までとは違い、段差もあるしっかりとした下りだ。

「それにしても魔物が出て来ぇへんっすね」

 不満そうな茨木童子を鈴音は『まあまあ』と宥める。

「こんな入口から直ぐの魔物なんか、何の手応えもないって。ワンパンで終わる相手とやりたい訳ちゃうやろ?」

「まあ……そうっすね」

 確かにザコは要らん、と納得する茨木童子に、鈴音と骸骨は顔を見合わせて笑った。

 その後、下って下って右へ左へ真ん中へ、虎吉大明神の御告げ通り道を選んでどんどん進む。


 サクサクさくさく、全く何の邪魔も入らぬまま、鈴音達の早足でかれこれ1時間。


「いやいやいや、おかしいおかしい。なんぼ広いダンジョンや言うたかて、もう入口近辺とは呼ばれへんとこまで来てるっすよ?魔物が1匹も出ぇへんて、どないなってんすかね」

 足を止めた茨木童子の疑問も尤もである。

「んー、でも気配すら感じひんねんなー。虎ちゃん何か感じ取れる?」

 問われた虎吉は耳と髭を動かし、鈴音よりも広範囲の気配を探った。

「遠ぉぉぉいとこに何か()るんは()るで」

「マジっすか!ほなちょっとそっち行ってみたいんすけど、ええっすか!?」

 くわ、と目を見開いた茨木童子の暑苦しさに負けて全員が頷き、敢えて不正解の道へ小走りで向かう。

 小走りと言っても新幹線並みの速さは出るので、目標地点まではあっという間だ。


「あ!何か()った!」

 叫んだ茨木童子が指差す先には、目が6つある猿人のような魔物が居た。

 道は20メートル幅の亀裂で寸断されているので、一般的な探索者では向こう側へ行くのは無理だ。

 ただ、猿人の魔物はどうやら跳び越えられるようで、獲物発見とばかりジャンプの予備動作に入った。

 ところが。

 何か恐ろしいものでも見てしまったのか、突如として6つの目を全開にして固まり、そのままの表情でジリジリと後退。

 ついにはこちらに背を向けて、一目散に逃げ出してしまった。

 やる気か、とワクワクしていた茨木童子は、小さくなって行く毛むくじゃらの背中を、只々呆然と見つめる。

 鈴音もまた、顎に手をやり小首を傾げた。


「んな……、なんんんじゃありゃ!?」

 肩透かしを食らった茨木童子は思い切り叫んだが、虎吉が耳を後ろに向け半眼になっている事に気付き、慌てて両手で口を塞ぐ。

「うるさかったっすよね、スンマセンっす」

「おう、大丈夫や」

 虎吉がこう返した事で、茨木童子は鈴音の鉄拳を食らわずに済んだ。

 その鈴音はといえば、全員を順に見た後うーんと唸って考え込み、再度骸骨に目を向け、成る程と言いたげな顔をする。

「何や?あの猿もどきが逃げた原因が分かったんか?」

 見上げる虎吉に目尻を下げつつ鈴音は頷いた。

「多分、例の性格悪い契約者が大暴れしたんやわ」

「へ?……ほな、骸骨さんをソレと見間違えて、ビビって逃げたんすか?」

 目を丸くする茨木童子と、自身を指差しパカッと口を開ける骸骨。

「それしか、あの行動を説明出来る理由が見当たらへん。魔物の目ぇ6つ共こっち見てたけど、私とは合わんかったし虎ちゃんの方も見てなかった。茨木の事は獲物やて認識してたやろ?」

 確かに、と皆が頷く。


「そうなると、あれが見たんは骸骨さん。初めましてやのにあんだけ怯えるいう事は、不死者の強さを知ってるいう事やん?もしかしたらエスピリトゥが、昔々にフラッと寄って遊んでったかもしらんけど、それよりは3日前に入ったヤツの方が有力や思わへん?」

「あの伝説が暴れたら、生き残った魔物なんか()らへんっすもんね多分」

「うん。目撃出来る距離なら攻撃範囲に入ってそう。せやから例の契約者が、『この程度の魔物も一掃出来んのか。やはり平民は無能だな』とか言うて、自分の力を見せつけまくったせいで、骸骨さんを見た魔物が逃げて行く、に1票」

 鈴音が無駄に偉そうな貴族風の声音を使うと、いかにも言いそうだと全員の票を獲得出来た。

「っちゅう事は……どういう事っすかね?もしかして、例の契約者が先を行っとる限り、俺に魔物をシバくチャンスは回って来ぇへん……?」

 眉間に皺を刻み、物凄く嫌そうな茨木童子へ、鈴音は大きく頷く。


「ヤツに追い付け追い越せ。でも絡まれたらウザいから、追い越す時はそーっと静かに」

「うわー、急ぎましょ、早よせな魔物全部寄り付かんようになるっすよ」

 茨木童子はソワソワと落ち着きをなくすが、悪い笑みを浮かべた鈴音は緩く首を振った。

「そない慌てんでも大丈夫や思う。何十年も攻略されてへんジガンテが、神術のゴリ押しだけでどうにかなる筈がないもん」

「そう……っすか?」

「うん。それで行けるんやったら、名の通った神術士がとっくに攻略してるわ。足踏みが続いてる理由として想像出来るんは、神術が効かへん魔物とか剣が効かへん魔物の存在。奥に行ったらそんなんが()って、しかも一緒に出てったりするんちゃうかなぁ」

 鈴音の予想を聞いた茨木童子が思い出すのは、前回の旅で遭遇した灰色の大鬼だ。


 神使の馬鹿力で殴られても無傷だった大鬼を見て、確かに陽彦が『物理耐性か』と言っていた。

 あんな魔物が神術士の居ないパーティの前に立ち塞がったら、逃げる以外に出来る事はない。そしてあれの神術耐性版が居たとしたら、契約者頼みで進んだパーティも撤退1択だ。

 勿論、パーティの中に凄腕の剣士等が居れば話は別だが、それでも物理耐性と神術耐性が徒党を組んで現れたら、よほど上手く連携しない限り勝ち目はないと思われる。


「おおー、大丈夫な気がしてったっす」

 分かり易く元気になった茨木童子に笑い、一行は来た道を戻った。

 再び正解の道を歩き始め、次にステージのような場所を見つけたら、バーベキューにしようと決める。魔物が出ないので退屈になった、虎吉からのリクエストだ。

「全力で応えるでー」

 虎吉のお願いは可能な限り叶えたい鈴音が張り切って、早足で進みながら安全地帯を探す。

「平で高いとこ、平で高いとこ」

 目のいい鈴音が張り切ると、直ぐに良さげな場所が見つかった。

 しかしそれと同時に奥の方から微かに聞こえる、金属音や怒号。

「もしかして追い付いたっすかね?」

「そうかも。けど……」

「肉や肉!」

「イエッサー!」

 最優先されるのは虎吉のリクエストだ。

 壁面を見上げた鈴音は、5階建てビルの屋上くらいの高さにある平らな出っ張り部分へ跳ぶ。


「お、ええ感じ」

 今度の安全地帯は入口付近のステージよりは若干狭いものの、それでも大人が15人は寛げそうな広さだ。

 こんな高さまで上る人は居ないのか、火を使った跡はない。この上なく安全な証拠に落石の1つもないが、魔力でバーベキューコンロを作り出す鈴音が居るので、竈が作れなくてもへっちゃらだ。

 コンロに続いて椅子とテーブルも作り、無限袋から食器類を出した鈴音は、黒目全開の虎吉に急かされてデレデレしながら炭に火をつける。

「何からいっとくー?」

「まずはあっさり目の鳥肉からやな!」

「そっすね!」

「はいよー」

 骸骨により酒の準備も進む中、地下迷宮内に食欲を刺激する香ばしい匂いが漂い始めた。

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