第四百九十二話 巫女以外に使いも作ろうかな?
脱走兵への捕縛命令を出すでもなく、王子は必死に考えている。
自分達がこの反乱を起こしたのは、カスカダ王国の復活、独立の為だ。王国を復活させるのに、王都がなくなってしまっては意味がない。
しかし、今ここで引き返し王都を防衛しても、皇帝が無事でいる限り帝国は何度でも攻めてくるだろう。
その全てを退けられるなら問題ないが、今しがた指摘を受けた通り、5日で契約が切れるエスピリトゥをずっと繋ぎ止めておくのは不可能だ。彼の要求に応えられるだけの、優秀な神術士が足りない。
だとしたらこのまま帝都へ進軍して、皇帝は勿論、皇族を根絶やしにした方が良いのではないか。
その間にカスカダの城が落ちたとしても、こちらには王子の自分が居て、有力貴族の息子達が側近として仕えているから、尊い血が絶える心配はない。
カスカダの民は各地に存在するのだし、帝国を滅ぼした後にそれら地方の民を纏め上げ、王都を再建すれば良いのでは。
名案だ、という表情をする王子を見やり、鈴音と骸骨は『ロクな事考えてなさそう』と顔を見合わせる。
エスピリトゥも何か思う所があるのか、黙って兵士達の方を見つめていた。
そんな何とも言えない雰囲気に気付く事もなく、王子は自信に満ち溢れた顔を鈴音へ向ける。
「セレアレスを攻撃しないと約束しよう。拘束を解いてくれ」
この態度に街の住民達は、光輝く神の使いに随分と不遜な物言いだなと眉を顰めるものの、当の鈴音はまるで気にしていない。
「この街への攻撃をやめて、自分トコの王都を守る為に帰るいうこと?」
「いや、予定通り帝都へ向かう。帝国を滅ぼさねば、エスピリトゥが去った後の我らが危ない」
真顔で言われた鈴音は、どうやら冗談ではないようだと驚く。
「えーとそれは、罠に嵌りに行きますよ、いう事でよろしい?」
得体の知れない生き物を見る目で問うてくる鈴音に、王子は怪訝な顔をした。
「罠?帝国が何か仕掛けてくると?」
「そらそうやん。帝都を囮にはするけど、ホンマに辿り着いて貰たら困る訳やから、足止め作戦を展開するでしょ」
「エスピリトゥを足止め?無理だな。全て焼き払うだけだ」
「焼き払うかな?多分、待ち構えてんのは帝国自慢の神術士達やけど」
こう聞こえただけで、既にエスピリトゥは鈴音の方を向きソワソワしている。
「そんなものに……」
引っ掛かる訳ないだろう、と言いたかったらしい王子は、その様子を見て顔を引き攣らせた。
「ほらね?一番強い神術士が神術勝負に持ち込んでエスピリトゥを無力化しといて、残る神術士達で減りに減った反乱軍をボッコボコや。炎の竜巻に襲われるかもよ」
半笑いの鈴音に王子は首を振る。
「契約を結んだ神術士が……依頼者が頼めば」
「ちゃんと言うこと聞く?今まで素直に従うてた?そうやとしたら、相方が荷物みたいに小脇に抱えられてる理由がよう分からんのやけど」
だらんと脱力した状態でエスピリトゥに抱えられている、反乱軍の神術士を見る鈴音。
尤もな指摘と、今日まであっちへこっちへ好き放題動き回られてきた事実で、王子にも薄っすらと現実が見えてきた。
「そ、そなたには素直に従うのに」
「そら格が違うからね。自分で言うのも何やけど事実やし。遥か上の実力者やて認めてるから、我慢出来る範囲なら協力してくれるんやんか。さっきの激怒はちょっと危なかったけど」
こちとら神の使いだぞ、という顔をする鈴音を見つめ、ウンウンと頷いているエスピリトゥへ視線を移し、がくりと項垂れる王子。
「ではこのまま進軍すると、帝都へ辿り着く前に契約期間が終了してエスピリトゥを失い、我々は全滅。更に王都カスカダも蹂躙され、王家の血は途絶えるという事か」
「うん、そんな感じ」
あっけらかんと頷かれ、王子は絶望の表情になる。
「まあ、こないして他の街にカスカダ人は生きてるし?文化も繋いでるし?憎しみを押し込めて平和を選んだ庶民からしたら、過激な思想の持ち主には消えて貰た方が安心出来るかもしらんねぇ」
「そんな馬鹿な……」
目を見開いた王子が住民達へ視線をやると、彼らは黙って見つめ返し、否定も肯定もしなかった。
老人だけでなく若い女性達も、積極的に望んではいないが、そうなったらそうなったで仕方がないと思っている、と言いたげな目だ。
「そんな……馬鹿な」
地方の民を纏め上げて王都を再建する等と考えていた王子は、それが如何に愚かな夢物語だったかを思い知った。
敗戦を乗り越え、穏やかな未来を思い続けて屈辱に耐えた世代の心は、孫の世代にしっかり伝わっていたのだ。
呆然としてしまった王子を眺め、鈴音は溜息を吐く。
「今ならまだエスピリトゥの力を借りられんねんから、とっとと帰って交渉に使たら?」
「交渉……?」
「交渉せな、帝国と。王族やの貴族やのは、平民を守る義務があるんやろ?せやから平民は自分らが納めた税金で贅沢されても許すんちゃうの?いざという時助けて貰わなアカンから。ほんで今がそのいざという時やん。このままやったら王都の平民皆殺しにされてまうけど、国王なら止められるもんね?」
ここまで言われても、この王子には分からないらしい。
鈴音は当然だが、骸骨もエスピリトゥも塔の上で聞いている茨木童子も第5騎士団の団長も、全員が呆れた。
こんな時、遠慮なくバッサリやるのは虎吉である。
「お前ホンマに王族か?首差し出せ、言うてんねん国王の。帝国からしたら“国王”ではないんかもしらんけど、それでも敵の大将には違いないやろ」
「な……」
これ以上ない程に目を見開き固まる王子へ、呆れて物が言えないけれど言わなきゃ終わらないから言う、な顔の鈴音が続けた。
「もう暫くエスピリトゥに力借りて攻撃出来るけどやめとくから、大将の首で平民の安全を保証してくれへんか。みたいな交渉せな。帝国軍も主力やられてるから、これ以上の損害は出したないし、応じてくれるはず。王妃と王子達の首も付けろ、みたいな条件は出してくるかもしらんけど」
そう言いながら鈴音が漆黒の手による拘束を解くと、王子はヘナヘナとへたり込んだ。
「王都は平民も独立派が殆どらしいから、助かっても後が大変そうやけどね。帝国は敵や、て上の世代から刷り込まれてきた若い世代が面倒臭いやろな」
王都に住む敗戦を知る世代は、子や孫の為に恨み辛みを口にしなかったこの街のお年寄り達とは、正反対の事をしていると思われる。
殆ど洗脳されていると言っていいその思考を矯正しなければ、国王の仇討ちだの何だの、危険な方へ進んで行きそうだ。
「そういう若い世代を説得し導く為にも、元王族が必要になる!て訴えたら誰ぞは生き残れるんちゃう?知らんけど」
首を傾げた鈴音の予想に、抜け殻のようだった王子が復活。
勢いよく立ち上がり、まだ残っている反乱軍へ命令した。
「我らはこれより急ぎ王都へ戻る!帝国軍より先に着かねば意味がない!強化の神術を使用し全力で走るぞ!」
「オオ!」
拳を突き上げた兵士達が次々と脚を強化し、隊列を整えていく。
馬は逃げてしまったので、王子や側近達も自力で走るしかない。
しかし自身の命がかかっているからか、偉そうな王子は文句を言わなかった。さっさと強化を終え、切り札である最強の契約者に向き直る。
「エスピリトゥ、そなたが抱えている神術士は我らと心を共にしている。自分だけここに残るとは間違っても言わないぞ」
実はそのつもりだったエスピリトゥが、サッと遠くを見て現実逃避。
「くそー。罠の神術士の方が強そうなのに」
悔しそうな声を聞き、鈴音は小首を傾げた。
「気になっててんけどさ、あんたの方が絶対強いのに、神術勝負すんの何で?」
結果が見えている勝負の何が面白いのか。
そんな鈴音へ、エスピリトゥは胸を張った。
「研究の為!見た事ない神術が結構ある。日々進歩してるから、新しい術も生み出されるし」
「へぇー!あんたでも見た事ないのがあるんや?最強の不死者をビックリさしたら、その神術士も気持ちええやろなー」
「うん。みんな喜ぶ。努力が分かって貰えた!とか言う」
なのに帝国自慢の神術士を無視するなんて、と残念がるように西へ顔を向けてから、王子を見て肩を落とす。
「あー……、まあ、しゃあないよね?契約してしもてるんやし、こればっかりは」
御愁傷様感全開で微笑む鈴音へ、エスピリトゥも力なく頷いた。
「罠は諦める。もしかしたら、あっちに来る軍にも強い神術士が居るかもしれないし、それを楽しみにする」
人の姿をしていれば確実に溜息を吐いている口調で零し、王子の方へ歩きだす。
「またね神の使い。面白い神術思い付いたら見せて」
そう言い残し手を振ると、側近達に交じって一気に速度を上げ、街道へ消えて行った。
反乱軍が引き返した事で住民達は胸を撫で下ろし、ありがたそうに鈴音を拝む。
「あはは、いやいやいや、別に何もしてへんし、その辺で結構ですよー」
慌てて止めつつ、鈴音は思い出した。彼らが腹ペコだという事を。反乱軍に物申したい、という気力だけで出てきてくれたのだ。
大至急、お腹に優しい食事が必要である。
「騎士団長!あんたらの食料を街の人の為に放出するように!今すぐ!」
エスピリトゥが居なくなったので拡声の神術は切れたが、鈴音の大きな声はよく通った。
「心得ましたッ!」
塔の上で立ち上がった団長は、思わずその場で肩に手を当て敬礼してしまう。
笑う茨木童子を横目に街側を見下ろし、兵士達に指示を出した。
兵士達も、エスピリトゥの火球を防いだのが鈴音だと分かっているので、素直に従う。
これにより住民達は益々鈴音への感謝を深め、“鈴音を遣わした”シオンへの信仰心が高まった。
勘違いとはいえ心からの祈りを捧げられ、神界ではシオンがとても気持ち良さそうに踏ん反り返っている。白猫が物凄く冷めた半眼で見ているのに、まるで気付かない程度にはご機嫌さんだ。
家まで送るという鈴音と骸骨の申し出を断り、住民達はよろけながらも自力で街へ戻って行く。
そんな彼らを見守るように、若い帝国兵が付かず離れずついて行っているのが印象的だ。
「監視いう顔ちゃうね、あれは。耐えに耐えてきたお爺ちゃんの言葉が、差別意識が低めの帝国の人に少しは届いたんかな?」
「そうかもしらんな。まあ、ここの住民がどんだけ大人しぃて友好的かは、アホの王子一行を見たらよう分かったやろ」
鈴音と虎吉と骸骨は顔を見合わせ、アレはほんとに酷かったね、としみじみ頷いた。
「ほんでこの後はどないするんや?ホンマは帝国軍に文句言いに来たんやろ?」
そう問われた鈴音は、ニヤリと悪い笑みを浮かべる。
「ま、ここの騎士団は、帝国軍の上の方からガツーンいかれるやろから、もうええわ。誤魔化そうにも、犯罪者らを憲兵隊に渡したら、街がどういう状況やったんかバレるし」
「そうか。ほんなら茨木童子と合流して、一旦避難所に戻るんか」
見上げる虎吉に頷きかけ、鈴音は少し考えた。
「子供らはお粥食べて今頃は幸せに寝てるやろし、エザルタートさんとカルテロさんは、またどっかの街へ孤児探しに行ったかもしらんし。あんまり戻らなアカン理由ないよね?」
確かにと骸骨が頷く。
「もうこのまま、ダンジョンがある谷底の街に向かってもええ気がする。暴れそびれた茨木がストレス溜めてそうやもん」
大群相手に広場で大暴れするつもりが、団長と騎士コブラルによる仲間割れが始まって、そうも行かなくなったのだ。
「あー。よっしゃ今から喧嘩やー!思てる時に邪魔されたからなあ。見てんのもおもろかったけども、やっぱり自分が暴れたいわな」
喧嘩番長の実感が籠もったお言葉に、鈴音と骸骨がハハーッと頭を下げる。虎吉にもストレス発散して貰わねば。
「よし、決定。この後はダンジョンの街に向かいます」
よっ、とばかり骸骨が拍手し、虎吉は目を細めた。骸骨は街の酒を、虎吉は美味しい料理を思い浮かべたに違いない。
「おーい茨木ーーーぃ」
そうして鈴音達はまず、茨木童子を回収しに塔へと跳んだ。
元々が慢性腎不全な我が家のにゃんこの調子が、ちょーっとばかり悪うございまして、少しの間このように更新が乱れます。(おっ、ご飯食べる?食べないかー。あっ、お水飲む?飲まないかー。と事あるごとに手が止まるので進まないのです。寝落ちもするし笑)
流石に4日と開く事はないと思いますので、のんびりお待ち頂けると幸せです。




