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第四百八十九話 王子がダメ

 危うく全滅するところだったと震え上がる反乱軍を横目に、どうして攻撃を止めたのかと不思議がるエスピリトゥへ、鈴音はその理由を説明している。

「正直、ここにおる反乱軍も帝国軍もどうなってもええねん。けど、死ぬにしたって、自分らが何をしようとしてたんか、ちゃんと理解した上で死んで欲しいねん」

「理解?何を?」

「どんな立場の人らを皆殺しにしようとしたんか、知って欲しい。崇高なる目的の為!とか言うて、自分らに都合のええ物語(こさ)えて気持ちよう酔っ(ぱろ)うて、誰も目の前にある現実を見よらへんやん。しっかりその目で見た上で、同じ事が出来るならどうぞ。但し、私は何の罪もない子供らの味方やからそのつもりで。て言いたいんよね」

 淡々と語る鈴音を見上げつつ、エスピリトゥは成る程と頷いた。


「その後なら、帝国軍を攻撃しても問題ない?」

「うん、別にええよ」

「よし、契約違反にはならない。何か手伝う?」

「お、助かるわー。今の話をみんなに聞かしたいから、私の声も遠くまで届くようにしてくれへん?」

 鈴音のお願いにエスピリトゥが首を傾げる。

「神の使いには出来ないの?」

「練習してへんからねぇ。ぶっつけ本番でやって、全世界に轟かしてしもたら大騒ぎになるやん?」

 渋い顔をした鈴音が緩く首を振ると、パカーと口を開けてから大笑いするエスピリトゥ。

「ハハハ!規模が!失敗した時の規模が……!」

 どうやら天才特有の、凡人には謎なツボを押してしまったようで、暫く笑いが止まらない。

 この間、反乱軍にも帝国軍にも鈴音の声は聞こえていない為、エスピリトゥが契約を遂行しそうな事と、神の使いなる者が何かをしそうな事しか分からず、両軍共にやきもきしていた。



「あーーー、面白かった。じゃあ声を大きくするよ?いい?」

 笑うとこひとつもなかったけどな、と思いつつ鈴音はにこやかに頷く。

「契約もしてへんのにありがとう、お願いします」

「面白そうだからいい。はい、出来たよ」

「早ッ」

 驚いて集中してみると、周囲に薄っすら魔力が漂っているのが分かった。ただ、干渉されている感じはしない。本当にこれで大丈夫なのかと首を傾げた鈴音は、取り敢えずテストしてみる。

「茨木、帝国軍の責任者とっ捕まえてきてー」

 隣りに居る人へ話す時の声量で告げて振り返ると、茨木童子が時計塔から街へ下りて行くのが見えた。

「おお凄い!ちゃんと聞こえたんや」

「うん、反乱軍と街全体に聞こえる」

 その言葉を裏付けるように、街のあちこちで『あの訛りは!』『契約者連れの女が神の使い!?』と、広場で鈴音に脚を凍らされた兵士達が騒ぐ。

 そして反乱軍からも、『契約者が見返りなしに協力した!?』『神の使いとやらは帝国軍の契約者じゃないのか?』といった声が上がった。王子も同じように驚き、エスピリトゥへの謝罪をすっかり忘れている。


「あはは、どっちの軍も『何なん!?』て混乱してるわ」

「え、聞こえるのか。反乱軍かなり離れてるけど」

「ふふん、余裕やで」

「流石は神の使いだ。凄い」

 得意げな鈴音と感心するエスピリトゥ。両軍からすれば、契約者同士による悪い冗談にしか聞こえない。

 そんなザワザワと落ち着かない空気を切り裂くように、街の中心部で野太い悲鳴が上がり、そのまま有り得ない速さで城壁の方へ近付いてきた。

「ギャーーー!!飛んッ、ギャーーー!!」

「あ、来た来た」

 屋根の上を駆け抜け、塔へ狙いを定めて跳躍するのは茨木童子。その手には第5騎士団団長の後ろ襟があった。


「うっす、お待たせっす!」

 塔へ降り立ち、茨木童子は団長を鈴音の前へ転がす。

「はいありがとう。また()うたな、責任者」

 悪い笑みで言う鈴音を見上げた団長は、観念したのかその場で胡座を掻いた。

「クソッ。何の用だ。見ての通り忙しいんだワシは」

「そう?エスピリトゥに攻撃されたら街ごと消し飛ぶから、何もする必要ないやん」

「恐ろしい事を言うな!」

「只の事実やで?実際、向こうの王子サマがそれ命じた訳やし。けど確かここの街、元々は反乱軍側の領土やんな?自国の街をブッ壊して国民を皆殺しにするとか、変わった考え方する人が上に()る国やね」

 響き渡る鈴音の声を聞き、団長が同意するより先に、反乱軍の後方から怒りの声が返ってくる。


「奪われた国を取り戻す為の尊い犠牲だ!誇り高きカスカダの民ならその程度の覚悟は出来ている!ぶっ壊すだの皆殺しだの、品性の欠片もない言い方をするな!」

 王子が吠えれば、兵士達もそうだそうだと同調した。

「フーン、誇り高く尊い犠牲ねぇ」

 反乱軍を眺め鼻で笑ってから、鈴音は団長へ視線を戻す。

「因みに今はこの街、帝国やん?住民はみんな帝国の国民やてアンタ認めたよね?せやのに、軍隊が国民守るどころか餓死さしてええの?裏切り者を出した街やからどうのこうの言うてたけど、ここで起きてる事そのまんま皇帝に教えたら、どないなるやろ?」

 ギクリと肩を震わせ、団長は目を泳がせた。

 外出禁止令は特に問題ない。ただ、敵対行動を取ったわけでもない住民が、食料すらまともに手に入らない状況に追い込まれていたとバレたら、果たしてどうなるか。

 新たな紛争の火種を蒔いたとして、処分は免れないだろう。それが果たして降格程度で済むのかどうか、若き皇帝の出方が読めないので恐ろしい。

 どうにか誤魔化せないか、と悩んでいたら。


「誇り高きカスカダの民は、汚い帝国の施しなぞ受けん!実に潔し!やはり覚悟が違う!」

 遠くから思い違いも甚だしい王子の声が響いてきて、その手があったかと顔を上げた団長だったが、鈴音の表情を見るや愚かな考えを引っ込めた。

「あー……、神の使いとやら。ワシに何をさせたいのだ」

 微笑んでいるように見えて実は怒っていると分かる鈴音へ、目を合わさぬようにしながら団長が尋ねる。

 すると鈴音は綺麗な笑みを浮かべた。

「簡単やん。外出禁止令を解いて、住民を外に出してくれたらええねん」

「そんな事でいいのか?分かった、今を以て解除する」

「はいどうもありがとう」

 笑ったまま頷いた鈴音が、街へ向け語り掛ける。


「セレアレスの街の皆さん!外出禁止令は解かれました!どうぞ外へ出て、覚悟を決めた顔とやらを反乱軍に見せたって下さい!ああ、あなた方は帝国軍人ではないので、契約者から攻撃される心配はありません!さあさあ、東側の城門へ、皆様お誘い合わせの上お越し下さい!」

 続けて、団長の声が聞こえていない兵士達へ警告。

「帝国軍に告ぐ。責任者……、えーと、アンタの肩書きは?あ、騎士団の団長?了解了解。団長は預かった。住民に危害を加えた場合、団長が怪我する事になるで。怪我するだけで死にはせぇへんから、原因作った奴には後々自分で復讐しよる思うわ。帝国軍をクビにするんか、実際の首をスパッとやるんかは知らんけど、色んな意味で死にたないなら大人しぃにしときよ」

 住民向けとは違う低い声で脅しておいて、これでよしと頷く鈴音のそばへ、虎吉を抱いた骸骨がふよふよと飛んできた。

 虎吉を渡してから石板を取り出し、馬鹿が出ないよう街の見回りに行ってくる、という内容を描く。

「ありがとう!そうやんね、どうしようもないアホが()る事も考えとかなアカンかった。流石やー」

 犯罪者の考える事などお見通しな骸骨は、尊敬の眼差しを受けて胸を張り、手を振ってから街へ飛んで行った。


 それを見送った鈴音達の目に、恐る恐る家から出てくる人々の姿が映る。年配の男性が多いようだ。

「お、出てきたっすよ。(あね)さんの言葉信じたんすかね」

「信じてはないんちゃうか?尊い犠牲やの街ごと消し飛ぶやの聞こえたから、じっとしとられへんだけやろ」

 茨木童子と虎吉の会話に鈴音が頷いた。

「ホンマに自分らの王子があんな事言うたんか、気になるやろし。偽物ちゃう?て思うやんフツー。見て分かるんかは別にして、まずは行動的な性格の人が確かめに出てきてるんちゃうかな?」

 そんな予想をしながら街を眺める鈴音へ、王子から『誰が偽物だ無礼な!』と声が飛び、エスピリトゥからは質問がくる。

「神の使い、人が出てくるのを待ってたらいいのか?」

「あ、ごめんごめん。その通り。もし反乱軍が丸腰の住民に攻撃しそうやったら教えてー」

「分かった」

 塔から身を乗り出して会話し、少し考えて鈴音は住民達に注意を促した。


「えー、皆さん。街の上を飛ぶ契約者は、犯罪者以外には一切危害を加えませんのでご安心下さい。但し、壁の外に()る契約者は別です。無闇に近付いて怒らせんように気ぃ付けて下さい。街ごと消える羽目になりますよ」

 恐ろしい内容に、こちらへ向かっている人々が顔を見合わせている。幾らか怯えてはいるようだが、歩みを止める気配はない。

 そうして碌に何も食べていない住民達はゆっくりと進み、30分程かけて先頭集団が漸く城壁へ到達した。

 城門付近に居る帝国軍が何もしてこない事を確認し、空腹で力が抜けそうな身体を支え合いながら外へ出て行く。

 随分と久しぶりに感じる街道を目で辿って、遠くに展開する軍の旗をじっと見た。

「カスカダの軍旗だ」

 皆が口々に言い、軍は本物だと分かる。

 問題は王子だ、と皆で目を凝らすも、遠過ぎて王族が居る事を示す旗が見えない。

 住民達が戸惑っていると、どういうつもりか反乱軍が前進し始めた。

 ギョッとする住民達をよそに距離を詰めた反乱軍は、互いの顔が見える位置で止まる。

 そしてその後方で、一際豪華な刺繍の旗が高く上がった。

 王族以外は使えない紋章が縫い上げられた旗を見て、住民達の顔に落胆の色が広がって行く。


 一方の反乱軍側も、住民達の様子を見て困惑していた。

 帝国軍から虐げられていたらしいので、やつれて疲れ果てているのは仕方がない。

 しかし、その理不尽な支配から解き放ってくれる自分達カスカダ軍が現れたというのに、目が死んだままなのはどういう事か。

 ザワザワと落ち着きをなくした兵士達へ、後方から王子の声が飛ぶ。

「何をしている!帝国の横暴に耐え抜いた、誇り高きそなたらの同胞を迎えてやらぬか!」

 叱り飛ばされ慌てた兵士達が駆け出すと、驚いた住民達はよろけながら後退した。

 その態度に、足を止めた兵士達は勿論、王子も怪訝な顔をする。

「どうした。我らが偽物でない事は分かるだろう」

「だから逃げるんだよ」

 困惑気味の王子の声に答えたのは、今やっと到着し年配の男性達の後ろに並んだ女性達だ。


 どういう意味だとそちらを見た兵士達は、幼児を抱く若い女性達の暗い目に睨まれ息を呑む。

「尊い犠牲だとか言って人を殺そうとする輩に、誰がついて行くか!」

「あんた達が余計な事するから、こんな頭のおかしい騎士団が来ちゃったんだ!」

「帝国とは上手くやってたのに!あんた達のせいで!」

「人殺し!私の旦那を返せ!」

 反乱に加わらなかったカスカダ人の兵士は、帝国軍に疑われ最前線へ送られる。つまりそういう事なのだろう。

 女性達の悲痛な叫びに鈴音は顔を顰め、反乱軍の兵士達も酷く動揺している。

 自分達は解放軍でも英雄でもない、只の人殺し、それも同胞殺しなのかと。

 そこへ王子の怒声が響いた。

「愚かな!まんまと帝国に言い包められおって!カスカダの誇りを忘れた者に用はない!矢を射掛けよ!斬り捨てよ!」

 王子の命令は絶対だが、兵士達は動けない。彼らは同じカスカダ人で、乳飲み子を抱いた女性も居るのだ。

 自分達は、こういった弱者を救う為に、武器を手にしたのではなかったか。それが今、何をしようとしている?


 思考と感情の迷路に入り込んで出て来ない兵士達に痺れを切らし、王子が叫ぶ。

「エスピリトゥ!ぼうっと見ていないで焼き払え!」

 興奮状態の彼は、先程何を言って天災の怒りを招いたのかも、それに対して一切謝罪していない事も、綺麗さっぱり忘れていた。

 当然、エスピリトゥは再びのお怒りである。

「神の使い、これ我慢しないとダメ?契約者としては、激怒して最大級の神術使う場面なんだけど」

 火球こそ出していないが、強大な魔力が溢れ出て抑え切れない怒りを表していた。

 住民達は恐怖に慄きつつも必死に城壁の内側へ逃げ込んだが、隠れる場所などない反乱軍はキレた天災を前にどうする事も出来ず腰を抜かす。

 鈴音は王子のダメっぷりに深い溜息を吐き、エスピリトゥを宥めた。


「阿呆とその一味を消してまうと、次から次から同じようなんが出てくんねん。自分達のやり方が強引過ぎた、早急過ぎたて分からして帰らして上を説得させなアカンから、腹立つんは分かるけど我慢して欲しいなぁ」

「ううぅ、そんなのどうでもいいって言いたい。けど神の使いには勝てないし」

「ホンマごめんやでー」

「悔しいーーー!」

 怒りを乗せた巨大火球が浮かび上がり、ミサイルもビックリの速さで空へ飛んで行く。

 終わりを覚悟した人々は、大空の彼方へ消える死の恐怖を、腰を抜かしたまま只々呆然と見送った。

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