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第四百八十八話 天災な骨と神の使い

 赤く燃える火球の群れが、青空高く上がって行く。

 それを目にして鈴音が思い出したのは、自分の力で誰かが傷付くのは嫌だと泣く、優しい火の神の姿だった。


 街に狙いを定めた大量の火球に驚き帝国軍が大騒ぎする中、そっと虎吉を屋根に降ろした鈴音は、城壁の監視塔へ跳ぶ。

 物見の兵士達が逃げ出して無人となった塔の上で、人を殺し街を焼く為に作り出された火球を睨んだ。

 あれを消すのは簡単だ。

 けれどただ消しただけでは、何が起きたのか誰も理解出来ないだろう。

 だったら、絶対に勝てない化け物が居ると、力の差を分かり易く見せつけてやる方がいい。

 そう考えた鈴音は、相手と同じだけの火球を城壁より上へ出現させる。

 途端にどちらの軍もざわめいた。


「な、何だ!?」

「味方か!?」

「首席神術士が来たのか!?」

「いや転移出来ないから無理だ!」


「馬鹿な!」

「あちらにも契約者が!?」

「天災級が2体も居てたまるか!」

「ではあれは何だ!!」


 上空にある火球をそっくり真似した、まるで鏡に映っているかのような謎の火球を指差し、誰も彼もが慌てている。

 そんな両軍の混乱など知った事ではないとばかり、何の前触れもなく城壁上の火球が上空の火球目掛けて飛んだ。


 矢を置き去りにする速さで高い空に位置する目標へ向かい、全弾命中。

 綺麗サッパリ相殺してみせた。


 地球の軍人なら地対空ミサイルを思い浮かべただろうが、空の魔物には風の神術が基本であるこの世界の者達は、大量の火球による空中戦なぞ初めて見る光景だ。

 呆気に取られ、ポカンと口を開いて空を見上げたまま誰も動かない。

 そんな中、反乱軍の後方から再度強大な魔力が迸り、今度は直径100メートル程の巨大な火球が浮かび上がる。

 ああこれは丁度いい、と鈴音は口角を上げ、こちらへ向けて放たれた巨大火球を操る事にした。


 衝撃的な大きさの火球を目にして我に返った帝国軍が、あんな物が落ちたら終わりだ、と騒ぐ声を聞き流しつつ、まずは空中で静止させる。

「え?」

「止まった?」

 次いで右へ左へ動かしながら上昇。

「な、なんだ?」

「どうした?」

 最後に毎度お馴染み、ピヨな鳥ちゃんの母、風の精霊王の姿を真似た火の鳥に変化させ、急降下で反乱軍の上を舐めるように飛ばせてから、幻のように消し去った。

「うわあぁ!?」

「熱っ熱っ」

「死っ、死んっ……でない、生きてたよかった」

 まさかの事態に死を覚悟した反乱軍は、生き残れた事に安堵の息を吐き。何が起きたのか城壁が邪魔で見えない帝国軍は、取り敢えず巨大火球が離れて行った事に喜んだ。


 同じくホッとしていた反乱軍の司令官は、ハッと我に返るや直ぐに険しい顔をして側近に問い質す。

「何がどうなっている!帝国軍の契約者は消滅したのではなかったのか!」

「それは確かにございます!万が一健在だったとしても、帝都を離れる訳がありません!ですから全く別の契約者だとしか……」

 側近が困惑を隠し切れない表情で答える横を、小脇に人を抱えたローブ姿の骨が、しれっと通過して行った。

「……ちょ、待て待て待て待て!エスピリトゥ!待て!」

「ん?なに?」

 呼び止められ、骨ことエスピリトゥは振り返って首を傾げる。

 呼び止めた側近は胃の辺りへ手をやった。

「なに、ではない。どこへ行く?」

「神の使いに挨拶する」

「……は?」

 意味の分からない返答に司令官は怪訝な顔をし、側近は胃の辺りをさする。


「ここに神託の巫女は居ない、ふざけていないで持ち場へ戻れ」

「神託の巫女は関係ないよ?それに戻った所で何も出来ない。神の使いには勝てないから。このままだとこの人がただ死ぬだけだけど、いいの?」

 小脇に抱えた男を指すエスピリトゥと、話がさっぱり見えず困り果てる側近。

「そもそも何で彼は気を失っている?」

「騒ぐから。止めるし。黙ってついて来させる方法はこれしかない。因みに寝てるだけ」

 どや、と胸を張られて、側近はもうどうしていいか分からず頭を抱えた。


 伝説の不死者エスピリトゥと契約出来たと報告を受けた時は、国王を含む皆で快哉を叫んだ。これで勝てると。

 ところがこの伝説、一筋縄ではいかないというか、物凄くワガママだった。何しろ契約した神術士の言う事すら、場合によっては無視するのだ。

 やたらと神術勝負をしたがり、強い神術士が潜っていそうな地下迷宮が近くにあれば、迷わず行こうとする。言うなれば只の神術バカ。

 契約期間がたった5日しかないのに、そんな事をしている余裕などある訳がないだろうと説得して、漸く王都まで連れて来られたと聞いている。

 道中で5日を消費し神術士が1人犠牲になったが、それだけの価値があるのは直ぐに証明された。

 帝国軍の主力である騎士団を、見た事もない数の火球で粉砕してみせたのだ。

 これはもう、多少のワガママには目を瞑るしかないと決め、契約に名乗りを上げている神術士達も腹を括った。

 どのみちこの神術バカが居なければ、帝国軍には勝てないのだから仕方がない。

 そう、仕方がない。仕方がないのだが。


「神託の巫女に勝てるとか勝てないとか、さっっっぱり意味が分からん!!」

「だから、神託の巫女関係ない。神の使いだって言ってるのに。分からないならここで待ってなよ」

 やれやれ、とでも言いたげに肩をすくめ、エスピリトゥは城壁の方へ歩きだす。

 苛々が頂点に達した側近は、つい怒鳴ってしまった。

「待てと言っているだろう!!」

 するとエスピリトゥは足を止め、側近の顔を見る。

 骨に表情などある筈もなく、真っ暗な眼窩から感情は読み取れない。

 そこで側近は思い出す。彼と契約しているのは自分ではない事を。

 エスピリトゥは他者にも友好的なので忘れがちだが、彼ら契約者は自身に命を捧げる者以外の願いを聞く必要はない。

 邪魔だなあと思われて、今ここで消し炭にされても文句は言えないのだ。


「あー、そのー、そなたの力が必要なのは分かるだろう?契約した彼の願いも、帝国軍への攻撃な訳だし。えー、あちらの契約者に勝てないのなら、セレアレスは後に回して近くの砦を落とすという手もある」

 引き攣った笑みを浮かべながら言う側近に、エスピリトゥは首を傾げる。

「あっちに契約者いないよね。まあとにかく神の使いに挨拶してくるから、砦とかはその後で」

 そう言い残して今度こそ行ってしまった。

 結局噛み合わなかった会話に側近は天を仰ぎ、司令官は苦虫を噛み潰したような顔で黙り込んだ。



 一方の鈴音は、天災級の契約者が放った神術を退けた英雄は誰だと騒ぐ帝国軍へ、文字通り雷を落としている。

「勘違いすな!アンタらの為ちゃうわ!」

 怒声に合わせた雷鳴に続き、塔の入口付近へ複数回の落雷。

 塔へ上ろうとしていた兵士達は、偶然ではないと察し青褪めた。

「次は当てるで。死にたなかったら近寄らん事やね」

 降ってきた声で、やはり雷を操るのだと慌て、兵士達が後退る。

「でも雷の神術なんて聞いた事ないぞ!?」

「けど実際あんな感じな訳だし」

「もしかして、出くわしたら逃げろって言われてたアレか?」

 団長とコブラル隊長の睨み合いを見ていない兵士は、鈴音の姿を知らない。

 体格のいい異国の男と契約者連れの女に遭遇したら、万にひとつも勝ち目はないから全力で逃げろ、と言われただけなので、天災級と渡り合える状況から察するに、そうなのかなと思っただけだ。

 するとそこへ、城壁の外から場違いに楽しげな声が響いてくる。


「おーい、神の使い!」

 塔の上まで声が届くように、拡声の神術を使っているのだろう。城壁の中でもバッチリ聞こえた。

 小心者の団長も、やる気をなくしたコブラルも、大勢の兵士達も、『今なんて?』と怪訝な顔で固まる。

 勿論、鈴音にもしっかり聞こえたので、塔から身を乗り出して下を見た。

「不死者や。……あー、そうかジャングルに()ったアイツか、虹色玉持ってたマイペースな天才」

 ローブがピカピカになっているので分かり難いが、鈴音が神の使いだと知っている不死者は彼だけである。

「もしかして、異世界の神様に虹色の玉返してくれた不死者?」

 念のため確認した鈴音に、エスピリトゥは大きく頷いた。

「あの時は怖かったけど面白かった。他人の神術を乗っ取るなんて神の使いしか出来ないから、さっきのあれで直ぐに分かった。相変わらず凄い」

 空いている右手を不規則に動かして、乗っ取られた火球を表現する。当然ながら表情はないが、楽しそうな気配は伝わってきた。騎士団ひとつ屠ったとは思えぬ無邪気さに鈴音は遠い目だ。


「褒めてええの?そっち側に()るいう事は、反乱軍なんやろ?」

「うん、一応。契約したし」

「私は別にどこの軍でもないけど、街を焼かせる気はないんよ」

「そうなのか。じゃあやめる。契約は帝国軍への攻撃ってだけだから、街を消さなきゃいけない訳じゃないし。神の使いがやらせないって言うなら、どっちみち絶対出来ないし」

 あっさり言うエスピリトゥに、鈴音はよかったと頷き帝国軍はホッとしたが、反乱軍は目を見開いた。

「何を言っている、撤回しろエスピリトゥ!帝国軍の力を削ぐ機会を見す見す逃すつもりか!」

 これまた拡声の神術で遥か後方から怒鳴ってきたのは、反乱軍の司令官だ。

 エスピリトゥは首だけで振り向いて苛立ちをみせ、街の住民を殺そうとした男の声かと鈴音は険しい顔になる。


「エスなんとかはアンタの名前?」

「そう。エスピリトゥね」

 2度程聞き直し、鈴音はどうにか覚えた。

「ほんであの声の主は誰?反乱軍の偉い人やんね?」

「うん。王子。何番目かは知らない。名前はトレス」

「王子……?へぇー、そんな立場の人が街を焼け言うたんか」

「うわ、神の使いが怒った。あの神力が出る?怖い」

 鈴音の声に宿る怒気を感じ取り、エスピリトゥが震える。本物の神力の恐ろしさを覚えているのだ。

 そんな、天災呼ばわりされる不死者が怯えるという異常事態にも拘わらず、王子は居丈高な態度を崩さない。

「契約通りに働け!何人の神術士をくれてやったと思っているのだ!」

 随分な上から目線に、今度は体ごと振り返るエスピリトゥ。


「契約通り?じゃあうるさい王子を消してしまおうか。帝国軍へ攻撃する約束をしただけで、王子を攻撃しちゃダメなんて約束はしてないし。そもそも、契約を結んでもいない人が何で命令してくる?」

 辺りへ響き渡る物騒な言葉に、帝国軍からは『仲間割れか』『いいぞ自滅しろ』と期待に満ちた声が上がり、反乱軍には動揺が広がる。

 こんな時、失言を認めて即座に謝罪出来れば傷も浅くて済むのだが、何しろやらかしたのは王子である。

 王族は背負う物が多い為、取り敢えず謝る等という教育は受けていない。公の場で考えなしに謝罪なぞすれば、国全体に影響が及ぶ可能性もあるので当然だ。

 ただ残念な事に今回怒らせたのは、そんな理屈が通る相手ではなかった。

「返事がない。じゃあもういいや。面倒だから纏めて消そうかな」

 言うが早いか無数の火球を出現させる。

 エスピリトゥの言う『纏めて』が自分達の事だと理解した兵士達は、まだ死にたくないと大混乱に陥った。


 これは流石に今すぐ謝るのが正解だろう、と王子は慌てたが、何と言えば良いのかさっぱり思い付かない。

 側近を頼ろうとするも、彼はエスピリトゥの怒りに怯え切っており、全く頭が働かなかった。絶体絶命である。

 そんな時、どういう訳かあの恐ろしい火球が不意に消えた。

「あれ?」

 とエスピリトゥは不思議そうな声を上げているので、彼の本意ではなさそうだ。

「神の使いもあっちが纏めて消えたら嬉しいんじゃないの?え、違うのか、何で?」

 どうやら、神の使いとかいう相手と会話しているらしい。

 何だか分からないが、直ぐに攻撃される心配はなさそうだ。

 今の内に謝罪内容を考えなければと考えた王子は、早く恐怖をどこかにやれと側近をせっついた。

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