第四百八十二話 神術士の正体はやっぱり
現在地はここ、とエザルタートが指したのはセレアレスと書かれた街。
「農業が盛んな街なので、前線へ食料を供給する役割を担っています。避難所に居る人達が住んでいたラゴという街と同じく、一旦は反乱軍の奇襲が成功したんですが、直ぐ帝国軍に取り返された街ですね」
「あー、避難所で聞いた話とは別か。成る程。ほな、俺と虎吉様が見た前線は……ここか」
茨木童子が地図を人差し指で辿り、カスカダと書かれた街を示した。
「そうです。かつてのカスカダ王国の都で、街の名前もカスカダです。城の背後にそびえる山から流れ落ちる、大きな滝が自慢の綺麗な街ですよ」
「そのご自慢の都を背にして決戦いう感じやったけど、それでも勝ち目がありそうなんか?やたら強い神術士が居るいうても、あの大軍全滅さすんは無理やろ」
巨大火球の3連撃を思い出しつつ、それでも厳しかろうと茨木童子は眉間に皺を刻む。
対するエザルタートは興味深げな表情だ。
「やたら強い神術士、という事は、彼の攻撃を見たんですね?どうでした?」
「ん?帝国軍が出した馬鹿デカい火の玉3つ、ちゃちゃーっと相殺しとったで?……て、彼?神術士、もしかして1人なんか?」
目を丸くした茨木童子に、笑みを浮かべたエザルタートが大きく頷く。
「1人と言うべきか、1体と言うべきか悩みますが、単独である事は間違いありません。途轍もない力を持つ不死者です」
「契約者か!つまり魔力多めの誰ぞが死ぬ覚悟決めて……。いや待て。『捨て身やから日に日に強なる』っちゅう言い方。もしかして、1人やのうて何人も?短期間で何個か魂食うとるんか?」
茨木童子がちょっと嫌そうな顔を向けると、エザルタートは再び大きく頷いた。
「強い不死者ほど、契約日数は短い。ですから、契約していた仲間が亡くなると、直ぐに次の人物が名乗りを上げ新たな契約を結ぶ。カスカダ軍はそんな無茶を繰り返しているんですよ。因みに“彼”の契約日数は5日です」
「5日!?そんなん無茶苦茶やないか。そら日に日に強なるやろけど、そこまでして……」
有り得ないと首を振る茨木童子と、真顔になるエザルタート。
「そこまでしてでも、必要な戦力なんです。街を取り返され、早まったかと士気が下がりかけたカスカダ軍に希望を与えた、最強の一手。最初に契約した人物も、まさか出会えるなんて思ってもみなかったでしょうね」
「あれか、伝説みたいなもんやったんか」
「ええ。千年の昔に滅んだ王国で最強の名を欲しいままにしていたという、伝説の神術士エスピリトゥ。強い神力を持つ魂を求めて、大陸各地を彷徨っているという噂でしたが、まさか帝国領内に居たとは。彼の力があれば、帝国軍の主力だろうと壊滅させられます」
「あの大軍を!?そんなん姐さんしか無理や思てたわ。伝説エグいな……しかもほぼ同世代ちゃうか」
後半部分は聞き取れなかったのか、不思議そうに首を傾げるエザルタートへ、茨木童子は『こっちの話や』と笑って誤魔化す。
「ほな都の方では、子供が親亡くして途方に暮れる事はなさそうやな」
「そうだと思います。都だっただけあって以前から独立派で纏まっていますので、もし孤児が生まれても、祖国奪還に寄与した英雄が遺した子として、大切に保護されるでしょう」
成る程と頷いた茨木童子は、虎吉と遊んでいる子供達へ目をやった。
「他の孤児やら避難所に居る親子やらも、独立が上手い事行ったら迎え入れられるんか?」
「この子達はカスカダ人なので、そうなるでしょう。微妙なのはマール人の伴侶だったり、マール人との間に生まれた子です。色々と面倒な事になりそうな気がしませんか」
子供達に聞こえないよう声を潜めたエザルタートに、茨木童子は『なりそうな気がする』と頷く。
「ですよね。子供の場合は帝国領内の孤児院で保護出来ますけど、大人はねぇ……。帝国にもカスカダにも住み難くなってしまいますよね」
「そうやな。まあ、あれや、どうしても故郷に残りたい言う奴以外は、織物の国と手ぇ組む国にでも行くとか。何かしらやりようはあるやろ。……それはそれとして、気になるんはこっちや」
と茨木童子が指すのはここセレアレスの街だ。
「ここの街に孤児が居るんは分かったけど、何でかっぱらいせなアカンのか、死体はもう片付いとるんか転がりっぱなしなんか、姐さん呼んで手伝うて貰た方がええんか要らんのか」
「ああそうでした。どうも話が逸れてしまいますね」
「あっちゃこっちゃに色んな情報があるからなあ。ほんならまずは、外出禁止令とかっぱらいの関係性やな」
今度こそ、と頷き合ってからエザルタートが口を開く。
「先程も言った通りここは、奇襲でカスカダ軍が落とし、帝国軍が取り返した街です。なので不意打ちに対してとても警戒しているというか、風に揺れる草木すら敵に見えてしまう精神状態なんですね」
「あー、そら『まだ反乱軍が潜んでるんちゃうか』いう疑いは捨て切れへんやろな」
まさに疑心暗鬼。仲間である帝国兵すら、隊が違えば怪しんでしまうかもしれない。
「そういう状況なので、下手に一般人が出歩くと、兵士との間で命に関わる間違いが起こりかねない。特にカスカダ人は危険です。依って、遺体の埋葬と簡単な葬儀の終了後に、外出禁止令が発令されました」
ここまでは問題ない、と茨木童子が頷く。
「けれど、ここは農業の街です。1日ずっと家に居ては、作物が駄目になってしまいます。なので兵士がそれぞれ監視する形で農家が作業します。ただ、収穫出来た作物は軍が接収するので、農家の手元には何も残りません」
「疲れるだけやないか」
「ええ。ですから、作物は持って行かれるわ買い物には行けないわで食べる物がなくなる!と住民達から不満の声が上がります。仕方がないので各家庭から代表の1人だけ、昼10回目の鐘と11回目の鐘の間のみ、軍が開設した市場へ出掛ける許可を出しました」
「ほうほう……うん?待て待て、そのクッソ短い時間内に、街中の奴らが家の近所の市場に集中するんか?なんぼ代表1人や言うても、えげつない数になるやろ」
眉間に皺を寄せ、理解に苦しむといった顔をする茨木童子に、エザルタートも苦笑いで応えた。
「軍はとにかく住民の動きを制限したいんです。時間を短くすれば食料確保に必死になって、おかしな事は出来ないだろうという単純な発想かと。その結果、やはり品物の争奪戦になりました。軍が開設したのは市場であって配給所ではないので、早い者勝ちですからね」
「うわ最悪やな。ほなあれか、孤児院も1つの家庭と見なして代表は1人やとか言われて、どう頑張っても人数分の食料確保なんか無理、っちゅう悲惨な事になっとったんか?」
そこまでするかと呆れつつ、茨木童子は子供達へ視線を移す。
エザルタートもそちらを見やり、小さく溜息を吐いた。
「その通りですよ。昨日出会った子が教えてくれました。このままでは小さい子達が死んでしまうから、食べ物を奪いに行く。先生は駄目だって言ってたけど仕方ない、って」
「あー……、それヤバいぞ。そんなん姐さんの耳に入ったら、ここの帝国兵もれなくぶっ飛ばされるわ」
茨木童子が顔を引き攣らせ震え上がると、エザルタートは愉快そうに口角を上げる。
「いいですね、反乱軍を恐れて非人道的な行いをした結果、神の怒りを買う。人々の不満も吹き飛び、信者が増えるのでは!」
「いやいやいや要らん要らん要らん。姐さんは創造神の一部でしかないんやから、フツーに神に感謝の祈り捧げといたらええねん」
「えぇ……?創造神は何もしてくれないじゃないですか。でも神は子供達の為に怒って下さる。良い神です」
孤児なぞ死んでも構わないという人でなし達が、圧倒的な力でねじ伏せられる様を見たい。
自分も孤児だったエザルタートには、そんな思いがあるのだろう。
気持ちは分からなくもないが、と茨木童子は頭を掻く。
「姐さんは信者増やしたいと思てへんどころか、目立つんが嫌いや。下手したら、もうこっちには来ぇへん言い出すかもしらんで」
「あんなに派手に暴れておいて、目立つのが嫌い?やはり神の基準は人とは違うんですね」
「ま、まあな。それより、まだ孤児は居るんか?」
ボロが出そうなので強引に話題を変えた。
昨日出会ったという孤児達は施設へ転移させたのだろうし、今ここに居る子達に関しても、助けるつもりであの場所に潜んでいたに違いない。
こういったエザルタート達の活躍により、このセレアレスの街での救助活動はほぼ終わったのでは、と茨木童子はその顔を見やった。すると。
「残るは、軍が本部を置く農業組合の隣にある孤児院ですね」
さらりと言ってエザルタートは微笑む。
何だか面倒臭そうなのが残っていた、と茨木童子は渋い顔だ。
「幸い、行き場のない孤児は殆ど見掛けませんので、あそこを落とせば終了です」
「落とすな落とすな。物騒なやっちゃ。ほなカルテロは、孤児院以外で生活しとる子供が居てへんか、念の為に街を見て回っとるんか」
「はい。彼も孤児なので、子供が隠れそうな場所はよく知っているんですよ」
「成る程な。それを終わらしてから孤児院に……て、あれ?おかしいな。転移さすなら、居場所が分かっとる孤児院の子供が先やろ。食いもん無いんやし、人数多いとここそヤバいよな」
軍本部の隣だろうと、カルテロの能力なら全く問題ないのでは、と首を傾げる茨木童子。
エザルタートは悔しそうな表情で頷く。
「我々もそのつもりだったんです。でも、奇襲に怯える帝国軍の指揮官が、神術士に命じて結界を張ってしまいまして」
「あー、そうかそうか。神術を無効化する結界があるんやったな。その範囲内に孤児院まで入ってしもたと」
物凄く嫌そうな顔でエザルタートが再度頷き、茨木童子は溜息を吐いた。
「ほなフツーに玄関から出入りするしかないんか」
「ええ。本部のそばで騒ぎを起こせば、それなりに兵士は動くでしょうが、指揮官とその警護をする部隊は動かないと思うんですよね。結界を何とかしたいので、それでは意味がない」
「よし分かった、任しとけ。本部に殴り込んで神術士どっかやるわ」
「えっ?いや、でも……」
慌てるエザルタートを横目に、茨木童子は考える。
自分の妖力か虎吉の神力を少し出すだけで、結界は壊せるだろう。
ただ、屈強な兵士達がバタバタ倒れる程の強い力に、子供達が耐えられるかが分からない。
それならもう殴り込んだ方が早かろう。とにかく、結界を張る神術士さえ居なくなればいいのだ。簡単である。
「いやー、何もする事ないか思たけど、あったなあ。楽しみや。早よカルテロと合流して話しようや」
暴れられるとウキウキの茨木童子を見て、どうやらこれは決定事項らしいと理解し、エザルタートはこめかみを揉んだ。
「殺気だけで暗殺者集団を無力化するし、城の契約者を退けたらしいし、何より神の神力を浴びても平然と立っていたし、大丈夫大丈夫、出来る出来る」
頭の中で本部へ殴り込む茨木童子をイメージする。
失神する兵士達や逃げ惑う神術士、我先にと出口へ走ってあっさり捕まる指揮官。
その中心で高笑いしている茨木童子。
「うわあ……」
何か変な想像しちゃったな、と反省するエザルタートは知らない。このイメージがほぼそのまま再現される事を。
「ゴホンッ。えーと、カルテロとは別の空き家で合流予定なので、取り敢えず僕だけ行ってきます。合流後すぐに戻るんで、ここで子供達と待ってて貰えますか」
「分かった。気ぃつけてな」
ひらりと手を振る茨木童子に頷き、外の様子を確かめたエザルタートは、兵士の表情を作ってから音もなく出て行った。




