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第四百七十八話 色々と買っておきましょう

 まずは今夜の寝床を確保せねばと、一行は神殿近くの路地裏にある、憩いの泉亭という宿に向かっている。

 前回宿泊してとても良かったので、あの宿はどうだろうと鈴音が名前を挙げると、同じ事を考えていたらしく全員が賛成したからだ。

 まだ空きがあるといいねと話しながら路地を歩いていると、前方にある目的の宿から男が2人、転げるようにして飛び出てくるのが見えた。


「だぁれが誰を慰めるだって?もっぺん言ってみろってんだこのゲス野郎共がぁッ!!」

 周囲に轟く大声で啖呵を切ったのは、大剣を担ぎ入口で仁王立ちしている憩いの泉亭の女将だ。

 青い顔をした男達は、まるで化け物にでも遭遇したかのように、()けつ(まろ)びつ逃げて行く。

 そんな彼らの背には、窓や裏口から顔を出した人々から『おととい来やがれ』的なヤジが飛んだ。

 コメディ映画さながらの様子を眺めつつ、鈴音が溜息を吐く。

「女将さんとええ関係になって、宿代タダにして貰お思たんやろか」

「多分そうっすね。色目使われたんやったら知らんけど、あの女将そういうタイプちゃうし。何を勘違いしたんすかね」

「女独りイコール男に飢えてる、て思い込んでるアホは多いみたいよ?自分らが女に飢えてるから、そんなしょーもない勘違いするんやろね。性犯罪者予備軍や言うて、怖い怖い憲兵さんに来て貰おか」

「ええっすね」

 逃げた男達は見るからに探索者だったので憲兵の管轄外だが、あのジェロという隊長なら嬉々として捕縛し拷問しそうだ。


「それにしても、こう立て続けにクズと遭遇すると、先が思いやられるわ」

「あー……、戦場に近付いたら近付いただけ、この手の犯罪増えるっすからねぇ。見掛け次第、殺ってもええっすか?」

 親指で喉を掻き切る仕草をした茨木童子を見やり、鈴音はうーんと唸る。

 いつも通り直ぐに『アカン』と言わない事に、『あれ?』と驚き茨木童子と骸骨は顔を見合わせた。

「……もし私が被害者になったら、怖いし憎いから犯人には早よ死んで欲しいけど、サクッと死なれるんは嫌やな。こっちが感じた恐怖も苦しみも怒りも屈辱も、全部味わってから死んで欲しい。でもその為には、それこそ拷問してくれる人が要る訳で。人を嬲って殺すんが好き、とかいう人やない限り、拷問する側も苦痛やんねぇ」

 要するに、性犯罪者は嬲り殺しにしたいが、自分がやるのも仲間にやらせるのも嫌だ、と言いたいらしい。

 そう理解した茨木童子は、任せておけとばかり胸を叩いた。


「素っ裸にして縛り上げて、首吊り一歩手前で放っといたらええんすよ。ほんなら、付きっ切りで拷問なんかせんでも、勝手にチビりながら死によるんで」

「首吊り一歩手前……?」

「ギリギリの爪先立ちっす。爪先立ち止めた途端に、首吊り開始っすね。中にはそんなん余裕やで、いう奴も()るかもしらんっすけど、人は寝るやないすか?寝ながら爪先立ちは無理なんで、どう頑張ってもいずれお陀仏っすね、ハハハ!」

「ひー。今の話に笑うとこひとっつも無いで」

 ドン引きの鈴音とその後ろで背後霊化する骸骨に、茨木童子は『おや?』と首を傾げている。

「そういうとこはまだまだ悪鬼なんやなぁ。いや、ええ案を聞かして貰えてありがたいねんけど、人はそこで笑わへんから」

「そうっすか?さっきの隊長やったら多分……」

「あの人は例外や例外。どっちか言うたら悪鬼とか悪魔寄りやから」

「そうなんすか。拷問の話で(わろ)たら人ちゃうんか……よっしゃ覚えた」

 まだ所々ズレてはいるが、こうして素直に言う事を聞いてくれるので助かる、と鈴音は安堵の息を吐いた。


 そうして、不届き者を追い払った女将が水を撒いている、宿の入口へ。

「こんにちはー。招かれざる客を追っ払ったら水撒くんが、この辺の習慣なんですか?」

 バケツと柄杓を手に振り向いた女将は、鈴音達を見るなりパッと笑顔になった。

「久し振りだね!そう、水で嫌なものを洗い流そうって事なんだよ。あんた達んとこは違うのかい?」

「塩を撒きます。塩には悪いものを清める力がある、て信じられてるんで」

 撒くというよりぶつける仕草をする鈴音に、女将が愉快そうに笑う。

「それも良さそうだね、今度おかしな輩が来たらやってみるよ。今日は泊まってってくれるのかい?」

「はい、今晩だけなんですけど。二部屋空いてますか?」

「空いてるよ、さあ入った入った!」

 すっかり機嫌を直した女将に続き、一行は宿の入口を潜った。



 宿泊の手続きをしながら、ふと思い付いて鈴音は尋ねてみる。

「女将さん、ヴァレいう街ってご存知ですか?帝都の遥か南の谷底にあるとかいう」

「ん?ああ、地下迷宮ジガンテの為に出来た街だね。行くのかい?」

 あっさり問い返され、これはもしやと目を輝かせた。

「行こ思てるんですけど、ひょっとして女将さん入った事あります?」

「あるともさ。若い頃、仲間達と一緒にね。最初は酷い目にあったよー?中途半端に自信つけた若手を、『思い上がんな!』ってボッコボコに凹ませてくれる、ありがたーい地下迷宮だね」

 大剣担いで男達を蹴散らす女傑が、遠い目をしている。

 流石の鈴音もちょっと身構えた。

「そ、それはそれは。魔物が強いんですか?それとも道がややこしい?あ、気温が高過ぎたり低過ぎたり環境がえげつない?」

「全部。蒸し暑いしちょいちょい水没してるし、散々歩いてから行き止まりだったりするし。偶に出会う絶景に見惚れてたら、これでヌシじゃないの!?っていう強さの魔物に襲われるし」

 全力で逃げたよ、と益々遠い目になる女将。


「うわー……、相当えげつない感じの迷宮ですね。必需品いうか、コレ持っといた方がええよ、みたいなもんありますか?」

 茨木童子が蒸し暑さをどう感じるか以外、特に問題はなさそうだと思ったものの、念の為に聞いておく。

「毒消しは多めに持っとくといいよ。毒持ちの魔物が出るのもそうなんだけど、水没してるとこ歩いたり泳いだりしたらさ、肌が痒くなったり腫れたり、お腹下したりするから。魔物の毒とか汗とかが溶け込んでんだろね」

 思い出して痒くなったのか、女将は腕を擦って苦笑いした。

「おー、入った人しか知らん情報や。ありがとうございます」

 これまた茨木童子以外は問題ない。その茨木童子も相当強い毒でない限り効かないので、恐らく何ともない筈だ。

 うんうんと頷いている鈴音を、女将は心配そうに見やる。


「ヴァレに、あんたが狙ってる相手が居るのかい?ジガンテに潜ったって情報が入った?」

「へ?……あー、いやいや、これは腕試しみたいなもんで。強めの魔物を簡単に片付けられたら、まあ負ける事はないやろいう感じの」

 鈴音が慌てて手を振ると、ホッとしたように女将が笑った。

「なぁんだ、そうかい。ほら、明らかに身分が高そうな兄さんと、子供2人が居ないからさ。ついに仇討ちに行くのかと思ったよ」

 決戦の為、虹男や大上きょうだいと別れてきたと思ったようだ。

 良かった良かったと笑顔で鍵を差し出し、今日の部屋はこっちだよと女将は足取りも軽く歩きだす。

 後について行きながら一行は視線を交わし、いい人だねと微笑み合った。

 その後は一旦部屋で休み、夕食に女将自慢の肉料理を堪能。白猫用の大皿と、迷い家用のタッパーにも確保した。

 夕食に続いて、オススメのお酒を楽しむ。

 熟成されたウイスキーのような香りと味わいに骸骨が小躍りし、面白い契約者だと女将を笑わせた。



 翌朝。

 ガスパチョっぽいスープの朝食を美味しく頂き、一行は宿を出る。

「契約者が居るし、そっちの兄さんも強そうだけど、油断しないようにね。怪我したら元も子もないんだから、ヤバいと思ったら逃げるんだよ?」

 見送りにきてくれた女将のアドバイスを聞き、鈴音は素直に頷いた。

「逃げ足の速さだけやったら神様と勝負出来る自信あるんで、大丈夫です」

 親指を立てて笑った鈴音に、女将もまた楽しげに笑う。

「そりゃ凄いね!ま、あんたの場合は目的がハッキリしてんだから、無理はしないか。お腹下す前に毒消し飲むのだけ忘れないように。気を付けてね!」

「ありがとうございます。健康第一で頑張ってきます。ほなまたー」

 手を振る女将に鈴音と骸骨も振り返し、茨木童子は会釈して、一行は憩いの泉亭を後にした。



「さて。ダンジョンに挑戦する前に、エザルタートさんらの手伝いする為の買い出しやね。傷薬と毒消し薬は要るとして、後は何が必要やろか」

 商店が集まる区画へ向かいながら、鈴音が皆に意見を求める。

「水……は(あね)さんが出せるから問題ない。ほな干し肉やらの保存食と、野菜なんかの生もんっすかね」

 茨木童子が言うと、虎吉も『肉は大事や』と頷いた。

 骸骨は、下着等の着替えや手拭いやシーツの類はどうかと石板に描く。

「生鮮食品含む食材と布系ね、確かにどっちも要るわ、ありがとう。下着以外の服は古着になるんかな?サイズあるやろか」

「なかったらもう、(あね)さんが魔力で作るしかないっすよね」

「そうやんなぁ。でも、全く擦り切れへん不思議過ぎる服、とかになりそうで怖い」

 子供の教育に悪そう、とズレた事を言いながら角を曲がると、ずらり商店が並ぶ通りに出た。


「まだ開店準備中んとこも多いね。そら朝っぱらから服やの鍋やの買いに来る人は少ないか」

 鎧戸を開け店の前を掃き看板を出し、と忙しく動き回る人々を眺めて微笑み、まずは食料品店へ行こうと鈴音は鼻を頼りに通りを進む。

 直ぐに、瑞々しい野菜が店先に並ぶ八百屋を発見。

「わー、見た事ない野菜がいっぱいある」

「ホンマやな。お、あれはキュウリちゃうか?」

 虎吉の視線を辿ると、確かにキュウリっぽい野菜が並べてあった。しかし。

「デッカない?」

 見た目はキュウリなのだが、長さは軽く50センチを超え、太さが直径10センチを超えている。

「河童の口も大きいから大丈夫かなぁ。けど味がキュウリちゃうかったらガッカリやんね」

 生で食べられるのかを確認し、まずは味見してみようと、鈴音はお化けキュウリを1本買い求めた。


「うーわ、重たい重たい」

 電話帳レベル、と笑いながら風の魔法で先端を落とし、齧ってみる。

「断面はキュウリや。味はー……味もキュウリや」

 ジャクジャクと噛み砕き、その瑞々しさを味わった鈴音は、河童へのお土産にと10本購入。

 他に、生でも火を通しても美味しい野菜を幾つか店主に選んで貰い、避難所用にとそれらは20個ずつ買っておいた。

「ありがとうー。よっしゃ次!」

 食べ掛けのキュウリも無限袋に仕舞い、八百屋を後にする。


 続いて訪れたのは、探索者御用達の保存食を扱う店だ。

 無限袋のような、“大食らいの鞄”を持つ神術士が居るパーティばかりではないので、乾物は大変重宝されている。

 客の殆どが探索者という事もあり、虎吉を抱いての入店も問題なかった。

「肉は大量ゲットするとして、他は何がええやろ」

「野菜類は要るっすね。けど、カラッカラで何が何や分からへん」

 茨木童子の言う通り、棚には千切りだったり銀杏切りだったりの野菜を干した物が並んでいるものの、名前でも見た目でもそれが何なのかは判断出来ない。

 仕方がないので、戦争で家を失った友人に差し入れるのだが、自分には大食らいの鞄があるせいで乾物に関する知識がない。助言が欲しい。と店員に声を掛けた。

 年配の女性店員は『お友達に怪我はない?』と心配し、オススメの調理法も説明しながら色々と選んでくれる。鈴音はそれら全てを茨木童子が持つ籠に入れ、感謝の言葉を述べつつ購入した。



「後は服屋さんか。もう開いたかな?」

 乾物屋の店員に聞いた、良心的価格の服屋を目指し、人通りが増え始めた道を行く。

 この街の様子だけ見ていると、とても各地で戦争が起きているとは思えなかった。

「お、あれや」

 目のいい鈴音が、簡単な服の絵が描かれた看板を見つける。

 近付いてみると軒先にも服を吊るす庶民的スタイルの店だと分かり、これなら緊張しないで済むねと骸骨と笑い合った。

 魔獣入店の許可を貰い、さてどんな物があるのか、と物色開始。

 やはり殆どが古着だったが、状態が良いので気にはならない。

 ワンピースや、紐でウエストサイズを調整するタイプのハーフパンツ等、動き易そうな服を鈴音が選んで茨木童子の腕に掛けて行く。茨木童子は山盛りに溜まり次第カウンターへ運び、また戻って鈴音の後をついて行った。

 骸骨は骸骨で服を選んでおり、店員は『どういう関係なんだろう』と不思議そうにしている。

「後は下着やけど、これは店員さんに聞こ」

 成人女性のサイズなら分かるが、子供用となると鈴音にはよく分からない。店員に事情を話し、選んで貰った。


 何人分を何年分だと店員が笑う程の服を買い込み、オススメされた隣の店でシーツや手拭いとして使える布も購入し、後は薬だと雑貨屋へ向かう。

 他の探索者が買えなくて困らない程度に、大量の傷薬と毒消し薬を頼み、ついでにダンジョン用の光の聖石も買っておいた。暗闇でも見える鈴音達には無用の長物だが、普通の探索者を装う為には必要なのだ。

 戦場にしろ地下迷宮にしろ、くれぐれも気を付けろよと声を掛けてくれる店主に笑顔で会釈して、一行は雑貨屋を出た。


「よし、ほんなら行こか、前線近くの避難所」

 大きく息を吐いて覚悟を決めた鈴音に、骸骨も緊張した様子でゆっくりと頷き、茨木童子は特に何の変化もなく至って普通に頷く。

「まあ避難所やったら、そこまでえげつない事もないやろ。街の様子はまず俺と茨木童子で見てったるさかい、そない気負わんでええで」

 固い固い、と笑いながら虎吉が頬ずりし、鈴音はデレデレと柔らかくなった。

「ありがとう虎ちゃん」

 骸骨もゆらゆら揺れているので、少しは解れたらしい。

「エザルタートらが避難所に居てなかったら、俺と虎吉様で探しに行くんすね。あー、虎吉様、急にキレたりせんとって下さいよ?俺じゃ止められへんっすから」

 茨木童子の困り顔を見て虎吉は笑う。

「うはは!人がドンパチやった後やし、変なもんは出ぇへんやろ。大丈夫や」

 本当だろうな、と目で疑う茨木童子を骸骨が背後から抱え、準備完了。

「よっしゃ、しゅっぱーつ!」

 掛け声と同時に鈴音が駆け出し、一行は帝国軍の主力が居るという激戦の地を目指した。

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