第四百七十七話 思たより大金になってた
城壁を飛び越えアズルの街に入った一行は、そのまま屋根を走って職人の工房が集まる区画へ向かう。
随分前に2度程訪れただけの場所を、鈴音は正確に記憶していた。
「あった、あれや」
骸骨を振り向いて手で合図し、人の居ない路地に下りる。
地面に足が着くや復活した茨木童子に笑いつつ、仲良く歩いて工房へ。
「ごめんくださーい」
中へ入り、鉄格子の向こうへ声を掛ける。
すると奥から、前回意気投合したイケメンな職人が出て来た。
「はぁーい……って、アラ!久し振りじゃないのー!人数は減ってるけど、元気そうね?」
「お久し振りです。仲間とは別行動中でして。そちらもお変わりなさそうで何よりです」
街が無事なので大丈夫だろうとは思っていたが、帝国の各地で戦争が起きている今、実際に顔を見るまでは安心出来ない。彼らが納品に行った先やその道すがら、流れ矢や流れ神術に当たる確率はゼロではないのだ。
ホッとして微笑む鈴音を見やり、職人は眉を下げて笑う。
「まあねぇ、こっちも元気は元気なんだけど、やっぱり戦争の影響は出てるのよねぇ。あ、競売の売上金よね?ちょっと待ってて」
そう言うと軽く手を挙げ、奥へ姿を消した。
直ぐに戻って来た職人の手には、中身がギッシリ詰まった革袋が複数握られている。
「これに関しては、戦争がいい方に影響したわね。思ってたよりかなり高く売れたわ」
革袋と一緒に差し出された、競売主催者のサイン入り明細書を、全員で覗き込んだ。
そこには、北にあるルオデ大陸の国で購入した1200万円相当のネックレスが、金貨250枚、2500万円相当で売れた事。
同じくルオデ大陸のダンジョン最下層で手に入れた宝石を加工した、イヤリング、ネックレス、リングのセットが、金貨3500枚、3億5000万円相当に化けた事が記されていた。
「……えーと、足してナンボ?さんおく……?ハハハ、ええぇ!?」
書かれた数字を前にブツブツ呟き、目をまん丸にして驚く鈴音に、職人はさもありなんと頷いている。
「そうなるわよねぇ。私もビックリしたもの。ほら、今は帝国内が不安定で先行き怪しいじゃない?宝飾品の制作を依頼して、もしその工房のある街が戦場になったりしたら、手付金は無駄になるわ大事な場面には間に合わないわで、困っちゃうでしょ?」
帝国の上流階級は、日常使いに既製品を買う事もあるが、ここぞという時のジュエリーは特注品が当たり前だ。しかし現状そうも言っていられない。
「だから直ぐ手に入る状態で一式揃ってる一級品は、高く売れるのよ。しかも地下迷宮最下層初制覇で手に入れた、なんて縁起のいいオマケまで付いてたもんだから、特級品扱いで争奪戦になったのね」
帝国があるエテラ大陸では採れない、サフィルスという青い宝石である事に加え、100階層もある地下迷宮イスカルトゥという難関を突破して手に入れた勝利の象徴である。
そして何より、今後イスカルトゥ産の大きなサフィルスが出回ったとしても、最下層初制覇と名の付く物は世界に唯一つだ。
その手の付加価値が大好きな貴族達が目の色を変え、金貨で殴り合った結果がこれなのだろう。
「いやそれにしたって、さんおく……。ま、まあええか、子供らの為になる思たら」
「せやな」
「そっすね、深く考えたら負けっすよ多分」
虎吉と茨木童子の声に合わせ、骸骨も頷いている。そうだよなと鈴音も頷き返した。
「よし、深く考えんと金庫へ放り込もう。あ、そうや手数料。まず3750枚あるか数えて、そっからまた375枚数えましょか」
カウンターに置かれた革袋を鈴音が指すと、職人は大きく頷く。
「そうしましょう。アズルはまだ大丈夫だろうって事で注文は入ってるけど、いつどうなるか分からないから、こういう臨時収入はありがたいのよねぇ」
「この街が戦場になった時は、マール帝国終了のお知らせですもんね。その前に逃げて下さいよ?」
「勿論よ。皇族や軍人じゃあるまいし、国と心中するつもりなんてないわ」
金貨をザラリと出し、鉄格子のあっちとこっちで数えた。虎吉の可愛いお手々は借りていない。
数分後、数え終えた金貨を革袋に戻し無限袋へ入れ、鈴音は受領証にサインしている。
「えー、金貨3375枚、確かに受け取りました。あなたが素敵な宝飾品にしてくれたから、こんな高値になったんや思います。ありがとうございました」
「いいえぇ、私だってあなた達のお陰で、希少価値の高い石が持ち込まれる腕のいい職人、って信頼されてご新規さんの開拓に繋がってるし、お互い様ね」
顔を見合わせ、ウフフフフと笑い合う。
「また何かええ石が手に入ったら、持って来ますね」
「ええ、是非。今回は貴重な体験をありがとう」
「こちらこそ。ほなお元気でー」
お互い良い笑顔で手を振り、一行は工房を後にした。
外へ出ると、鈴音と茨木童子が縮こまっていた身体を思い切り伸ばす。
虎吉も地面へ降りて、両前足を突っ張り尻を突き出す伸び、前のめりになって後足を伸ばす伸び、という連続技を披露し、鈴音と骸骨をデレデレとさせた。
「さ、次は神殿やで」
跳んできた虎吉を抱え鈴音が言えば、茨木童子は頷きつつ希望を口にする。
「神官だけやのうて、あいつらも一緒に居ったらええんすけど」
「ホンマやね。そしたらいっぺんで話済むし」
孤児院は足りているか、避難所等はどうなっているか。
「とにかく行って、神官さんに会うんが先やね」
「うっす」
一旦路地に入ってから屋根へ跳び、神殿がある方を示して鈴音が走り出す。
骸骨と茨木童子が後に続き、一行はほんの数十秒で目的地に到着した。
大きな地下シェルターを備えたこの神殿は、つい先日まで魔剣カーモスを崇める教団の本部だったのだが、そんな気配は微塵も感じられない。
一行はその地下に作った金庫に用があるので、昼間だけ参拝者に開放されている神殿の閉門を待った。
鈴音の視界では、祈り終え拝殿から出て来た人々が、後ろから来る神官へ何やら話し掛け楽しげに笑い合っている。
「神官さんも柔らかなったなぁ雰囲気」
真面目が服を着ている印象は変わらないが、気負いのようなものが消え、優しげな空気を纏っていた。
難しい事を考えず、人々に寄り添い話を聞くだけでいい、というアドバイスが上手く作用したのかもしれない。
何にせよ、短い期間でここまで変われるのは凄い事だと感心し、鈴音は皆と一緒に裏口へ回った。
参拝者が居なくなり、神殿内が静かになった所で、扉をノックし声を掛ける。
「神官さーんお届け物でーす」
「はーい」
足音と共に扉が開き、神官が顔を覗かせた。
小さく手を振り微笑む鈴音を見て幾度か瞬きし、分かり易くフリーズ。現在、視覚からの情報を脳が全力で処理しているに違いない。
そうして、目の前に居るのが誰なのか数秒かけて理解すると、驚愕の表情で叫んだ。
「……神ッ!!」
「ちょ……」
再起動していきなりそれか、と慌てた鈴音が周囲を見回すも、幸い裏通りに人の姿はない。
「鈴音です鈴音!神官さんヤバい人みたいになってますよ」
「あっ、すすすすみません!ついうっかり!」
声を潜めながら、神官も周囲を見回している。
「約束のもん持って来たんで、地下へお邪魔しても?」
「は、はい!どうぞこちらへ」
約束ってなんだっけ、な顔をしながらも鈴音達を迎え入れ地下へ先導する神官の足取りは、まだ現実味がないのかどこかフワフワしていた。
前回は何もなかった地下の片隅には、テーブルと椅子と小さな棚が置かれ、作戦会議が出来るようになっている。
テーブルの上に広げたままの地図があり、あちこちにバツ印がついていた。
「これ、反乱が起きた場所ですか?」
近付いて覗き込んだ鈴音が尋ねると、隣に立った神官が頷く。
「バツ印が今も戦闘中の場所で、黒丸に塗り潰してあるのは帝国軍が鎮圧した場所です。現在はこの二重丸が付いた地域だけが、帝国軍に勝利し独立を宣言しています」
神官の指す先を見ると、独立宣言した国々の中に、行った覚えのある場所があった。
「魔剣を利用するつもりやった、侯爵家のお嬢様が居る国や」
自身を依り代にして、魔剣の破壊力で帝国軍を潰そうと考えていた、愛国心の塊のような御令嬢。
彼女の家が所属する国にも、二重丸が付いている。
笑った鈴音が別荘のある辺りに指先で丸を描くと、骸骨と茨木童子も『あー、はいはい』な顔になり、神官も頷いた。
「流石にローサ様は参戦なさらなかったようですが、大小5つの国が手を組んだ連合軍は、目を見張る程の強さだったようですね」
「5つ?そらまた連携が大変そう。よう頑張りましたねぇ。帝国もビックリしたやろなー」
ただ、帝国が思ったほど弱体化しなかった場合、今度は大軍勢で仕掛けてくるに決まっている。
5つの国は今後も手を携えておかねばならないが、隣り合う国々というのは得てして仲が悪い。大体が国境を巡って、過去にバチバチとやり合っているからだ。一時的に手は組めても、それが恒久的に続くかは甚だ疑問である。
果たして独立を保ったままいられるか、それは同じく反旗を翻した、他国の暴れっぷりにかかっているのかもしれない。
「けど、黒丸の多さ。やっぱり簡単に勝てる相手ではないんやね」
「そうですね。今現在、エザルタート達が孤児の保護や弱者の援助をしているこの国、ここがひょっとすると、というくらいで後はちょっと……」
神官が示した国は、お嬢様達の国に比べると幾らか帝都に近い。
「へぇー、位置的に吸収されてから長そうやのに。熟年離婚的なあれやろか」
「不満を溜めに溜めとったいう事っすか」
鈴音の変な例えにキョトンとした神官は、茨木童子の解説で納得する。
「恐らくそうです。彼らの国の文化や習慣は無かった事にされ、全て帝国流にさせられていたので」
先祖代々の大切な歴史が途絶えてしまわぬよう、隠れて細々と繋ぐ日々。
そんな折、帝都で訳の分からない力を持つ何かが大暴れし、一瞬とはいえ城が消えるわ、大爆発は起こるわ、炎の飛竜は現れるわ、皇帝は死ぬわ。
ここだ、と。今ここで立たずしていつ立つのか、と思ったのだろう。
「ほな今はここが、一番激しく戦闘が行われてる場所ですか?」
「はい。帝国軍の主力が出ているそうなので、死者の数もきっと……」
鎮痛な面持ちの神官の背を、鈴音は軽く叩く。
「神官さんのせいちゃうんやから、思い詰めたらアカンよ?」
ハッ、と目を見張り神官は幾度も頷いた。
「ほんならー、この国に行ってエザルタートさんらの手伝いしたらええんかな」
「えっ、神御自ら!?」
「鈴音ね、鈴音」
畏れ多いねん、と心の中でジタバタしつつ冷静にツッコむ。
「みんながどの辺に居てるか分かります?」
「は、はい、今はこの街が前線になっているそうなので、救助活動はこの辺りかと。避難所はこちらに作ったそうです」
地図の上に指を滑らせ神官が説明し、鈴音達はフムフムと頷いた。
「今日明日で、状況を伝える為にカルテロさんが転移してきたりします?」
「いえ、余程の緊急事態がない限り、次の定期連絡は4日後です」
「そっか。ほなもう走った方が早いね」
うん、と骸骨も頷く。
「薬とか食料とか買い込んで、ちゃちゃっと届けに行こ。……あ、お金やお金」
うっかり忘れる所だった、と無限袋から革袋を取り出す鈴音。神官がまた固まっている。
「はい、約束の大金。金貨3375枚ありますんで、金庫に入れといて貰えますか?あ、物資の調達用に10枚だけ持って行きますね」
「…………はっ。金庫、金庫ですね。はい喜んで」
何だか返事がおかしいし、動きがゼンマイ仕掛け風だが、ちゃんと金庫に向かっているのでまあ大丈夫だろう。
「もうお店は閉まってるやろから、明日の朝に買い物して、そのまま現地へ向かいます」
「分かりました。どうか皆をお願いします」
我に返った様子で胸に手を当て頭を下げる神官に、鈴音は笑顔で頷いた。




