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第四百七十五話 偉いさん×2

 すれ違う兵士やこの街の住人に注目されつつ、鈴音達は罪人を半ば引きずるようにして通りを進む。

 帝国軍は現在、治安維持隊の建物の一部を間借りしているとの事で、そちらへ案内された。

 軍事施設を反乱軍との戦闘でやむなく破壊した為、復旧するまで司令部を置かせて貰っているそうな。

「こちらで少しお待ち下さい」

 案内してきた兵士はそう告げて鈴音達を受付に待たせ、上官へ報告しに行った。


(あね)さんはどっちや思うっすか」

「ん?」

 謎の問い掛けに首を傾げた鈴音へ、茨木童子は悪役全開な笑みを向ける。

「上役も全部腐り切っとって、兵隊シバいたこっちをお縄にしようとするか、まともな対応してくるか」

「ああ、まともな対応に1票。理由としては、ここへ案内してくれた兵士さんが至って普通やったから。上官が腐っとったら、あんな対応してくれへん思う」

 鈴音が人差し指を立てて答えると、悪役顔を引っ込めた茨木童子は分かり易くガッカリした。

「やっぱそうっすよね。あーあ、全員に身の程教えたりたかったっすわー」

「そう?強さ的には黒猫様んトコの罪人らと対して変わらへんやろし、あんたからしたらオモロないんちゃう?ついでに言うたら、生身の人をシバくんは手加減が必要な分、あっちよりかなり面倒臭い気がする」

 猫の地獄の罪人達は木端微塵にしても復活するので手加減なぞ要らないが、ここで暴れる場合はそうもいかない。

「……それもそうっすね。実際ちょっと小突いただけでコレやもんな」

 茨木童子が握ったり殴ったりした罪人達の顔は、案内してくれた兵士が拭いたので血塗れではないが、物の見事に腫れ上がっている。


「まあ、人相手にどないかしようとせんでも、エザ……“友達”が各地の魔物の情報持ってるかもしらんし、ここの兵士さんらに聞いてみるんもええし」

「おお、ホンマっすね。軍隊やったら国のあっちゃこっちゃから集まっとるんやろし、噂レベルでええから地元のクッソ強い魔物の話とか知らんやろか」

 一瞬で元気になる茨木童子と、呆れたように笑う鈴音。

 犯罪被害に関して証言する為について来た女性は、この2人もかなり危険な方に分類される人々だったのか、と会話の内容に遠い目だ。

 そんな一行を罪人達がギラギラとした目で睨む中、上官へ報告に行っていた兵士が戻って来る。

「お待たせしました。団長がお話を伺いたいと申しておりますので、すみませんがこちらへ移動して頂けますか」

「分かりました」

 微笑んだ鈴音は皆を促し、兵士の後へ続いた。



 団長が居るというから、てっきり応接室や会議室、もしくは取調室のような部屋へ連れて行かれると思っていた鈴音は、体育館のような何らかの訓練場を連想させる建物を前に困惑している。

「えーと……。広そうですね?」

 何の迷いもなく入って行く兵士を追いながら、見たままの感想しか出てこなかった。

「広いですよ。普段は治安維持隊の皆さんが、魔物の討伐や犯罪組織を急襲する訓練等に使っておられる場所なので」

 間借りの身なので勝手は違うのだろうが、だからといって罪人の引き渡しと事情聴取に、そんな訓練場を使う理由が分からない。

 鈴音が思考を巡らせている間に、兵士は短い階段を下り半地下のようになった先の扉を開く。

「どうぞ、お入り下さい」

 手で入口を示し鈴音達を通してから、最後に入って扉を閉めた兵士はしっかり施錠した。


 訓練場の中は、剥き出しの地面と頑丈そうな壁だけ見れば長方形の闘技場風だが、客席は無いし遥か高い天井が異質だ。

 何がしたいのだろう、と鈴音は部屋の真ん中に陣取る人物へ目をやる。

 兜こそ脱いでいるものの、鎧にマントのフル装備。身長2メートル近い50代前半の大男が、こちらを向いてドンと仁王立ちしていた。

「ご足労頂き、感謝致す!東部第3騎士団団長、ムーロと申す!」

 ドドンと響く野太い声。

「いえ、はい、鈴音です。探索者やってます」

 10メートル近く離れているのに、目の前に迫られているような暑苦しさを覚え、鈴音と虎吉は今すぐ帰りたくなる。

 茨木童子は『そこそこ強いか?』と興味津々で、被害の証言に来た女性は怖がって骸骨の後ろに隠れた。


「むぅ、いかん!女性を怯えさせてしまうとは!」

 どうやら反省しているらしいが、その声も大きいので、思い切り逆効果である。

 虎吉の尻尾も揺れ始め、さてどうしようかと鈴音が小さく息を吐いたその時。

「団長、騙されてはなりません、そいつらこそが悪党です」

 罪人の1人、顔の正面に拳を貰った兵士が、弱々しい声で訴えた。鼻を骨折しているので、大声を出すと痛むようだ。

「ぬ、キサマ、この私を謀るか!」

 くわ、と目を見開いた団長ムーロに、罪人達はそろりそろりと首を振る。

「とんでもない。我らはそこの女に誘われたのです。依って、花街以外で春をひさぐとは何事かと、治安維持隊へ引き渡そうとしたまで。そこへ現れた契約者連れが、こちらの話も聞かず暴力に訴えたのです」

 鼻骨折が小声で喋り倒し、頬骨折と顎骨折は小さく小さく頷いた。

 その保身の為の嘘が、鈴音の目に怒りをともす。


「いやいやいやいや……盗っ人呼ばわりの次は言うに事欠いて娼婦呼ばわりか。花街に金落とさんと道行く女を手込めにする気やったクズ共は目ぇ開いたまま夢見とるらしいな。どうも顔の骨だけでは身の程が分からんかったみたいやし、他もいっとくか」

 顔から表情を消し、低い声で淡々と言い返した鈴音の迫力に、罪人達が固まりムーロは目を見張る。

 茨木童子がわざとらしく肩を回してアップを始めた所で、ムーロの背後から男声が聞こえてきた。

「お待ち頂きたい」

 感情が全く分からない平坦な声でそう告げた人物は、殆ど足音を立てずムーロの後ろから出て来る。

 その気配に気付いていなかった罪人達は愕然とし、彼らの嘘に怒り心頭の女性も驚いた。

「私が双方の言い分を聞くべきだと判断した結果、あなたの名誉を著しく傷付ける事となってしまった。誠に申し訳なく、ここに謝罪します」

 声も外見もムーロよりは若く細いとしか分からない男性は、女性に威圧感を与えぬよう距離を取りつつ、きっちりと着た軍服の肩口に手を当て深く腰を折る。


「私はジェロ、しがない憲兵です。言い訳にはなりますが、まさか栄えある帝国軍人が愚かで卑劣な嘘を口にするとは思いもよらず。重ね重ね、お詫び申し上げます」

「あっ、いえ、大丈夫です。嘘って分かって貰えればそれで」

 両手を胸の前で振り慌てる女性。困ったように鈴音を見る。

 視線を受けた鈴音は頷き、ジェロに向き直った。

「ジェロさん、加害者でもない人に頭下げられて彼女も困ってますんで、どうかその辺で」

 そう言われて顔を上げたジェロというこの男、どう見ても“しがない”憲兵ではない。身のこなしといい纏う雰囲気といい、憲兵の中でもかなり立場のある人物では、と鈴音が分析していると。

「なんで……憲兵隊長がこんなとこに……」

 鼻骨折が絶望したように呟き、その立派な肩書きが判明した。


「ふーん。軍の警察組織のトップか。……憲兵隊の隊長に、騎士団の団長。そんな偉いさんらが、何でこんなだだっ広いとこで待ち構えてるんですかね?私らは、強姦未遂の犯人引き渡しに来ただけなんですけども」

 肩書きも見た目も威圧感てんこ盛り。そんな自分達を前にしても一切怯む様子がない鈴音を、ムーロとジェロが興味深そうに眺めている。

「流石、不死者と契約するだけの事はあるな!」

「ええ。……そちら、鈴音さんと仰いましたか。失礼ながらこの場所を選んだのは、契約者が暴れた場合を想定したからです」

「んん?」

 彼らにそんな凶暴な一面があっただろうか、と首を傾げる鈴音と虎吉と骸骨は、ジャングルで虹色玉を持っていた不死者しか知らない。その不死者は常識知らずではあったものの、攻撃する前に警告してくれたので、凶暴なイメージはなかった。

 一方、物凄く身勝手で凶暴な不死者を知る茨木童子は、成る程なと頷いている。

 実に素直な一行の反応に、ジェロが薄っすらと口角を上げた。


「本当に、ただの通りすがりのようですね。この地には居ない筈の契約者が現れたと聞いて、反乱軍の手先が侵入したのかと身構えましたが」

「ああ、そういう……て、この地には居てへん?つまり、帝国軍が反乱を鎮圧したこの辺り一帯では、不死者や契約者連れは見てへんいう事ですか?」

 鈴音の疑問にジェロはあっさりと頷く。

「うわー、情報伝達の速さ。怖ッ。ほな、もっと東の村の向こうにある戦場で、神術士がやられたっぽいのもご存知で?」

「……何故それを?やられたと言っても、矢に当たって負傷しただけです」

「そうなんですか。……ほな怪我したんは火の神術が得意な人の方やろか。まさか全員纏めて当たるようなとこで術は使わへんやんね」

 後半は鈴音おなじみの独り言である。普通の声量の。

 その内容にジェロはほんの僅か眉を動かし、ムーロは思い切り驚いた。


「敵の諜報部員ではあるまいな!?何故こちらの神術士が複数だと知っておる!?」

「おっちゃん声デカい!」

「む、すまぬ!」

「げ。すみません。ちょっと考え事してたもんで、おっちゃんとか言うてまいました」

「うむ、かまわぬ」

 鷹揚に頷くムーロと、赦して貰ってホッとしている鈴音のやり取りに、ジェロはこめかみを押さえて頭痛を堪えるような表情をしている。

「契約者連れで目立つ諜報部員というのも斬新で良いかもしれませんね。それで、何故今ここに居るあなたが、あちらの戦場についてご存知なんです?」

「え?近くに()ったからですよ?火と風の神術の合せ技っぽいえげつない火柱が、何本も上がったんが見えたんで。あれ1人では無理ですよね」

 首席神術士なら知らないが、転移出来ないあの爺さんが皇太子のそばを離れて戦場に出るなど、現実的ではない。

 そう考えた鈴音をジェロはじっと見つめる。


「見たのは事実のようですね。ただ、あちらとこの街の間には、かなりの距離があります。それを……」

「契約者の力、とだけ。詳しくは秘密です。どこで誰が私の目的と繋がってるか分からへんので、手の内は明かせませんね。街に入ったんは、何ぞ食料が補給出来ひんかな思ただけです」

 鼻先で扉を閉めるような鈴音の態度に、ジェロは何故か表情を緩めた。

「そうですか。目的の為の旅の途中で印象的な神術を見て、あの規模なら複数の術士が要るなと推理しただけなんですね?」

「はい。こう見えて私も神術士のはしくれですからね。戦争に関わるつもりは全くありませんけど、気にはなるでしょ、あんなえげつないのん見たら。街に黙って入ったんは、色々聞かれるんが面倒臭かったから。まさか軍が、街に契約者が居てない事を把握してるとは思わんやないですか」

 鈴音が肩をすくめ残念そうな顔をすると、反対にジェロは満足そうな表情になる。


「契約者連れらしい思考です。神術と、目的の事しか頭にない。情報伝達の速さから、何の神術の応用かと疑問を持ち、この話をしたのでしょうね。でも秘密ですよ。軍事機密なので明かせません」

 お返しだと言わんばかりのジェロの様子に、きょとんとしてから鈴音は笑った。

「あはは、参りました。ほな間者疑惑も晴れた所で、彼女の話を聞いて貰えますか?怖い思いしたのに、勇気出して証言しに来てくれたんで」

「ええ勿論。帝国軍の栄光に泥を塗りたくるような嘘ではなく、真実を教えて下さい」

 女性に向けるジェロの表情は幾らか柔らかいが、反論しようとした罪人を見る目は氷のような冷たさだ。

 罪人達の話を端から嘘だと斬り捨てる辺り、憲兵側でも何か掴んでいるのだろうなと思いつつ、鈴音は女性の証言が終わるのを待った。

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