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第四百七十二話 バレてもオッケー

 突如として祈りの間に強烈な神力が渦巻いた事で、やはり大神殿は上を下への大騒ぎとなっていたようだ。

 通路から出た鈴音の視界には、慌てて走り回る神官達の姿が映った。

 前回の経験から何が起きるのかは予想がつく為、神託の巫女タハティや高位の神官を呼びに行き、出迎えの準備を整えようとしているのだろう。

 そんな神官の1人と目が合い、鈴音は申し訳なさそうに微笑んだ。

 うっかりバッチリ目が合ってしまった神官は、情けない笑みで応えてから、表情を引き締め皆へ告げる。

「神の御友人、御到着ーーーッ!」

 その声にピタリと動きを止めた神官達は、とにかくお出迎えせねばと瞬時に頭を切り替えたらしい。驚く程の素早さで、祭壇前へ一斉に整列し始めた。


「あー……、いやいやそんな御丁寧にして頂かんでも」

 鈴音と骸骨が恐縮しまくっていると、神官達の間に出来た道を通ってタハティが小走りにやってくる。彼女を守る聖騎士シンハも一緒だ。

「鈴音様!」

「どうもこんにちは、お久し振りですー」

 目の前で立ち止まり呼吸を整えるタハティへ、鈴音はやはり申し訳なさそうに微笑んでお辞儀する。

「お久し振りです、ようこそおいで下さいました」

 胸に手を当て頭を下げたタハティは、こちらもまた申し訳なさそうな顔だ。

「お出迎えが遅れて誠に……」

「いえいえいえいえ、それ、シオン様のせいですから。昨日の内に言うといてくれはったらええのに、ビックリさせよ思て黙ってはったんです」

 あっさり暴露する鈴音と、軽く目を見張ってから半眼になり、じっとりと祭壇を睨むタハティ。

 シンハは『神……やってしまいましたね』とでも思っていそうな表情だ。


「神とは後ほどゆっくりお話しさせて頂きます」

「それがええ思いますー」

 何だか笑顔が怖いけれど、自分は関係ないのでまあいいやと鈴音も笑っておく。

「それで鈴音様、今回はどのような御用でおいでになったのですか?」

 こちらへどうぞと歩きだしたタハティが、興味津々の顔で尋ねた。

 皆と共に後へ続きつつ鈴音は軽く手を振る。

「そんな大したあれちゃうんですよ。前回来た時に成り行きで手に入れた宝飾品を、競売にかけて貰てまして。その売り上げを受け取って、孤児院なんかを運営する知り合いに渡すんが目的です」

「孤児院ですか。それはやはり、魔剣カーモスが暴れたマール帝国の?」

「あー、帝国は帝国ですけど、魔剣は殆ど無関係ですね。皇帝が死んだ事で起きた戦争が、親を亡くした子供を生むやないですか。それを出来る限りどないかしよう、いう話なんです」

 会話をしながら応接室に入り、ローテーブルを挟んでソファへ腰を下ろした。


 お茶を出してくれた侍女に会釈し、話を続ける。

「シオン様によると、知り合いは帝国各地を飛び回っているらしいんで、様子見に行かなアカンなと」

「危険はないのですか?」

「そこですよ。シオン様は、神術飛び交う最前線に()る訳ちゃうから平気やろ、みたいな仰り方やったんですけど、孤児が隠れてたり彷徨うてたりする場所て大体、前線が通過した後の占領地域いうか……」

 頭を掻いて鈴音が言い淀むと、タハティは眉を下げた。

「やはり危険なのですね」

「そうなんですよねー……」

「略奪、暴行、拷問、ご……ッホン。結果相手が死んでもええいう、何でもアリの無法地帯化しとる可能性があるっすね」

 茨木童子はどう危険なのか具体例を挙げたが、箱入り娘が知る必要はなかろうと強姦だけは外す。

 それでも充分恐ろしさは伝わったようで、口元に手をやったタハティは、不安そうな顔でソファ横に立つシンハを見上げた。

 シンハは大丈夫だと言うように力強く頷いてから、鈴音へと視線を移す。


「そんな無法地帯で孤児を保護しているお知り合いを、皆様は助けに行かれるのですか。その、あまりに酷い有様をご覧になり、お心に傷が付くのではないかと心配です」

 シンハが言葉通りの表情で言えば、タハティも大きく頷いた。

「ご無理はなさらないで下さい」

「あー、はい。まともに見たら暫く夢に出て来るんは分かってるんで、その手の場面ではいっつも虎ちゃんに目と耳になって貰てます」

 鈴音は膝上の虎吉を撫でて笑う。

「おう。俺が見て聞いたもんを、後で掻い摘んで教えたるんや。けど鈴音は意外とあれやで、人助けの場面やと、血塗れで見えたらアカンもんまで見えとる奴にも平気で近寄るで」

「そっすね。今回やと、死体がゴロゴロしとってもそこで子供が泣いとったら、何も考えんと突っ込んで行く思うっす」

 虎吉と茨木童子が頷き合い、鈴音は骸骨と顔を見合わせた。

「火事場のナントカ的な?でも確かに、ボロボロになった街で子供やら女の人やらが兵士に何かされとったら、ブチッと行くかも」

 うんうん、と頷く骸骨も恐らくこのタイプだ。


「やっぱり。(あね)さんは中立がどうとか言うとったっすけど、多分無理やし、もうあの身分証返しといた方がええんちゃうっすか?探索者の登録証あるんやし」

 実に冷静な茨木童子の指摘を受け、それもそうかと納得した鈴音は、無限袋から神紋が刻まれた金属板を出す。

「いやー、これにはホンマお世話になりました」

 鈴音達が神託の巫女の友人であると記されたこの小さな板は、様々な場面で途轍もない力を発揮してくれた。

 しみじみと眺める鈴音へ、小首を傾げたタハティが微笑む。

「お役に立てて良かったです。この先もどうぞ、ご存分にお使い下さい」

「や、それが。今言うた通り、戦場でどっかの兵士をブン殴る恐れがあるんですよ。帝国には入国の時に見せてしもてるから、手遅れっちゃ手遅れやし、別にそこかしこで見せびらかす訳ちゃいますけど。もしうっかりバレて、神託の巫女の友達が味方になった!敵になった!みたいな解釈されたら、色々と面倒かなぁ思いまして」

 困り顔で返却理由を述べる鈴音を、きょとんとした顔でタハティが見ていた。

 ここは自分の出番だなとばかり、シンハが小さく挙手をする。


「あのう、鈴音様。神託の巫女が国家間の争いに巻き込まれる事は、絶対にないと断言出来ます」

「絶対に、ですか」

「絶対に、です。兵士を殴り飛ばしたのは友人である鈴音様方で、タハティ様御本人ではない。にも拘わらず『神託の巫女の友人があちらの兵士を片付けたから、神託の巫女は我らを支持している!』等と言ったら」

「言うたら?」

 鈴音の問い掛けに、シンハはチラリと上へ視線をやった。

「思い違いも甚だしい、と天から怒りが降り注ぐでしょう」

「……あー、確かに」

 シオンならやる、と鈴音達は揃って頷く。

 シンハもまた異世界でのシオンを思い出し、うちの神ならやる、と確信していた。


「歴史書によれば、神託の巫女を我が物にしようとこの島を狙った国は、過去に幾つもあったそうです。けれどそれらの国々の野望は叶わず、島に近付く事すら出来ぬまま、後にことごとく滅んだと」

「ふふふ、シオン様の愛が鉄壁。ほなもし清らかな心で島に上陸した後、良からぬ事を考えだした場合は?」

 島に広がるのどかな風景を見て、大神殿から続く山道さえ気を付ければ何とかなるぞ、等と勘違いしてしまう輩が居るかもしれない。

「そうですね。タハティ様はとても魅力的なので、ひと目見て恋心を抱き、自国へ連れ帰りたいと考える者は多いでしょう。ですがこの島で人が消えただとか、不審な死を遂げただとかいう報告はないので、その程度なら警告で済むのかもしれません。それ以外の場合は……どうなるんでしょうね?」

 やはり消されるのだろうか、と悩むシンハの横では、タハティが薄っすら頬を染めて照れまくっている。

 鈴音は、『またか。無自覚に惚気けるバカップル候補発見!』と半笑いだ。


「あれ?鈴音様、どうかなさいましたか」

「いえ、恋の逃避行を妄想した者は警告で済んでも、誘拐して自国の切り札に!とか考えたアホは、魂ごと消滅させられるやろなぁ思て」

 いかにも神の使いらしい発言に、シンハは手を打って納得している。

「そうか!神託の巫女に手を出そうとした者を、神がおそばに置く訳もない。正しく、消されてしまうのですね」

「はい。なんぼ人全般を可愛いと思うようになったとはいえ、シオン様の中で一番可愛いのは神託の巫女、次に聖騎士です。後はその他大勢でしかないですからね。タハティ様に手ぇ出すいう事は、猛獣の巣に入り込んで子供盗み出そうとするんと一緒」

「うはは、頭噛み砕かれるか、喉笛食い千切られて終わりやな」

 虎吉の猛獣的具体例に、小さく身体を震わせるタハティ。


「お、怖かったかごめんやで。ただ、そのぐらい神さんは、巫女さんの事が可愛いてしゃあないんや。偶に要らん事もしよるやろけど、あんまりキツぅに叱らんとったってか(叱らないであげてね)

 にっこりと目を細めた虎吉を見て、タハティは両手指を絡め胸の前で握る。

「こ、心得ました。虎吉様の仰る通りに致します」

 目尻が下がって口元が緩んだその顔は、白猫を前にした誰かさんとソックリだ。

「おー、虎ちゃんに落とされたか。まああの御方の巫女さんな訳やし、当然の結果やね」

 鈴音の口から出た猫の耳専用の呟きに、虎吉はご満悦な様子で口角を上げる。

 シンハが嫉妬するかと思いきや、デレッとしたタハティも可愛いなあとばかり、こちらもだらしない顔になっていた。

「やっぱりバカップルや」

 呆れた呟きも猫の耳専用の声量なので、笑ったのは虎吉だけだ。


「えーとそしたら、この身分証はお返しせんと、持っといてかまへんいう事ですね」

 話を纏める鈴音に、タハティが笑顔で頷いた。

「勿論です」

「ほんでもし、神託の巫女の友人が我らの側についた!とか言われたら、全力で否定しといたらええと」

 確認するようにシンハを見れば、こちらも笑みを浮かべ頷いている。

「はい。軽々しく神託の巫女の名を出すなど、神の怒りを恐れぬらしい、とでも言ってやれば大人しくなるかと。いや、その前に神の裁きが下っているかも……?」

「あはは、なんぼシオン様でももうちょい待つんちゃうかなー?自信ないけど。まあそもそも、前線の兵士らに神託の巫女の友人云々がバレる事もないですよね」

「そうですね、知っているのは役人や身分の高い者達だけでしょうし、そんな彼らでも殆どが皆様のお姿を実際には見ていませんもんね」

 そう言われて、鈴音と虎吉と茨木童子は『あ』と何かを思い出した顔になる。


「どうかなさいましたか?」

 シンハとタハティが不思議そうに瞬きをし、骸骨も首を傾げた。

「いえ。確かにね、特徴を聞いとったとしても、咄嗟には思い出されへんやろなぁ思て」

 神託の巫女の友人の1人は、縞模様の魔獣を抱いた若い女、というかなり分かり易い特徴が伝わっていた筈なのに、皇帝は気付かなかったなと鈴音は笑い。

 契約者連れという特徴が強烈過ぎて、骸骨が別行動中だった為に只の賊だと思ったのだろうか、と茨木童子は考え込み。

 あの段階でもしバレていたら、皇帝達の態度も違うものになっていただろうなあと虎吉は大あくびをする。

 ただこれらを伝えるには、宝石商ペドラが何故復讐者となったのかを話す必要が出てくるので、鈴音は笑顔で誤魔化した。


「誰にも気付かれる心配なさそうなんで、遠慮なく知り合いの活動を援護してきます」

 そんな鈴音に、シンハもタハティもそれがいいと頷く。

「あ、そうや!」

 急に声を上げたのは茨木童子だ。

「帝国の縄張りん中でも、あの大陸全体でもええんやけど、なんぞ強い魔物が出て暴れとるいう情報ないっすか」

 本気で、サンドバッグ代わりになる魔物を探すつもりらしい。

 問われたタハティが記憶を探っている。

「うーん、天災級なら神も教えて下さるのですが、そのようなお話はありませんし、聖騎士に助けを求める声も届いていないので、今の所そこまで恐ろしい魔物は出て来て居ないと思います」

「そうっすか」

 明らかにガッカリした様子の茨木童子を見て、気の毒になったのかシンハが慰めた。

「今の所は、ですから。向こうで活動している間に出て来る可能性がないわけではないし」

「おお、そらそうや。やる気出てった」

 分かり易く元気になる姿に、皆が思わず笑う。


「ほんならそろそろお(いとま)して、マール帝国に向かいますね」

 切りが良い所で、と立ち上がった鈴音に、タハティとシンハが慌てた。

「今日はこちらで過ごされては?」

「明日の朝、パルナでお送りしますが」

 泊まっていけというタハティと、聖騎士自慢の飛龍を呼んでくれるというシンハに、鈴音はとんでもないと手を振る。

「今回は完全に個人的な訪問ですし、そこまでお世話にはなれません。私らだけやったら特に困る事もないんで、このまま渡ります」

 大上きょうだいが居ると色々気も使うが、このメンバーなら野宿しても問題ない。

「でも、パルナなしでどうやって……」

 困惑するタハティを見て、骸骨が茨木童子を背後から持ち上げた。

「こんな感じで、茨木は骸骨さんが運んでくれますし、私は海の上を走れるんで」

 鈴音が親指を立てて微笑むと、タハティは瞬きを繰り返しシンハを見上げる。


「……鈴音様は神の使いですから、海の上くらい走られるのでは」

 シンハにそう言われれば、納得するしかない。頷いたタハティは、名残惜しそうな顔で鈴音を見る。

「次にいらっしゃる時は、ゆっくりしていって下さいね?」

「ありがとうございます、そうさせて頂きます」

 約束ですよと言いながらタハティが扉へ向かい、鈴音達も続いた。

 そのまま大神殿の出口まで案内して貰うと、鈴音は周囲をぐるりと見回し、ピタリと南を指す。

「エテラ大陸はあっちですよね?」

「その通りです。前回ご覧になった地図を覚えていらっしゃるんですか?」

 シンハは無意識に小さく拍手していた。

「はい。島と大陸の位置関係ぐらいですけど」

 あっさり頷く鈴音の横で、骸骨が茨木童子を持ち上げる。

「……えっ?ここから山を下りるんですか?」

 目を丸くするタハティに、鈴音は悪戯っぽく笑った。

「近道です。大丈夫、神様はお怒りになりません」

「おう、他のもんは真似したらアカンで」

 虎吉の注意を受け、神官や侍女が訳も分からず頷く。


「ほなまた!今度はお菓子でも持ってきますね!」

 笑顔でお辞儀した鈴音が手を振り、地面を蹴った。骸骨がそれに続く。

「はい、お気を付けて……って、もういらっしゃらないわ」

「真似をしてはいけないというより、出来ないですね」

 タハティもシンハも神官達も侍女達も、幻だったんじゃないだろうかと呆気に取られつつ、神が友人と呼ぶ者達を見送った。

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