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第四百七十一話 帝国の現状を聞いておこう

 茨木童子と別れ、帰宅前に骨董屋へ寄った鈴音は、智を送り届けた事を綱木に報告中だ。

「そういう訳で、行方不明事件は終了です」

「はい、お疲れさん。勇斗君の件が落ち着くにはまだ掛かるやろけど、こればっかりはしゃあないからね」

「そうですね。ホンマに心配してくれてる人も()るんやろな思たら心が痛みますけど、なるべく考えんようにします」

 連日、山や川を捜索している警察やボランティアには申し訳ないが、『座敷童子になる為に迷い家で暮らしています』と教えた所で、『まだそういう慰めを口にするのは早い!』と叱られて終わりだろうから、もう暫く頑張って貰うしかない。


「捜索自体はそろそろ打ち切りやろから、報道も下火になる思うよ。例の大物政治家関係で、贈賄側にも大物の名前が上がっとるみたいやし、そっちに流れるやろ」

「うわー、その人と付き合いがあった芸能人やアスリート!とかいうて週刊誌やら情報番組やらが喧しなりそうですね」

 お陰で勇斗の事が隠れるので、これもまたある意味、座敷童子効果だよなあと鈴音は笑う。

 綱木は微笑んで頷いてから、小さく息を吐いた。

「安全対策課としては、トカゲの尻尾にされた秘書が首括った後に悪霊化、いうんを警戒やね」

「え、実際そういう事が過去にあったんですか」

 目を丸くした鈴音に、綱木は残念そうな顔を向ける。


「あったんよ。全て私の一存ですいう遺書残して死んだ秘書が、あれ?そこまでしてあの議員庇う必要あったか?てうっかり冷静になってしもて。今ならまだ間に合うんちゃうか、て引き返すいう最悪の選択をしてしもたんやねぇ」

「うわぁ、我に返るん遅過ぎ。それやったらいっそ、何も気付かんまま逝った方が幸せですやん」

「ね。しかも引き返しただけなら鬼さんに『もう死んでますよー。死んだ人はこっちですー』言われて誘導されるだけで済むけど、澱に触って悪霊なってもたからね、ブッ飛ばされるいうオマケが付くやんか」

「痛い痛い。そのオマケ要らんやつ」

「踏んだり蹴ったり?泣きっ面に蜂?なんやもうホンマ、ご愁傷さまとしか思われへんかったよね」

 遠い目をする綱木に同じような顔で頷き、鈴音は手を合わせて憐れな秘書の冥福を祈った。


「ついて行く人はよう選ぼう。あとトカゲの尻尾にされんように、私が死んだらこの極秘情報は即座に開示される!系の武器を隠し持った方がええですね」

「うん、鈴音さんをトカゲの尻尾にしたら、猫神様が降臨して世界滅ぶから。そもそも、生活健全局が本気で隠したい思たもんが表に出る事自体あり得へんし、心配せんで大丈夫やで」

 綱木の自信に満ち溢れた笑みを見て、そういえば遥か昔から存在するのに、国民の誰ひとりとして実態を知らないのが、今は生活健全局と名乗るこの組織だったと思い出す。

「今更やけど、凄いとこに勤めてますね私」

「その凄いとこ始まって以来の、とんでもない人材が鈴音さんやけどね。神の眷属が勤務するなんて誰が思う?異世界とか行くし」

 呆れ気味に綱木が言えば、鈴音はポンと手を打った。


「そうや、その異世界行きに関して骸骨さんにお願いせな。契約者いう事になってた訳やし、私が生きてんのに骸骨さん()らんようになってたらおかしいもんなー」

 また何だかよく分からない独り言が、という顔の綱木へ鈴音は微笑む。

「あ、すみません。終業時間なんで今日は帰りますね」

「はい、気ぃ付けて。事件片付けたばっかりやねんから、あんまり無理せんように」

「ありがとうございます。ほな、お先に失礼しまーす」

 笑顔で会釈し店を後にする鈴音を見送り、心配するだけ無駄だなと諦めた綱木は、報告書を作成すべくパソコンのキーボードを叩き始めた。




 翌日、丸1日澱掃除に励み市内全域を浄化した鈴音は、今夜異世界へ行くと茨木童子に告げて、自宅の庭先を待ち合わせ場所に指定。

 昨夜の内に骸骨からは同行の承諾を得ているし、オヤツの時間に訪れた白猫の縄張りで、丁度やって来たシオン相手に『そちらの世界へお伺いしたいんですが』『いいとも!』というやり取りも済ませてある。

 目的地が戦火に巻き込まれていない事を祈りつつシャワーで汗を流し、出発準備を整えて約束の時間を待った。

 すると、指定していた18時半より10分早く骸骨が帰ってきて、5分前には茨木童子も到着。

 素晴らしい、と喜びながら鈴音と骸骨は茨木童子のもとへ行き、虎吉に開けて貰った通路で神界へ入った。



 まずはオヤツをと倉庫へ向かう鈴音について行き、骸骨と茨木童子はテーブル付近で待機する。

 そこへ白猫と虎吉がやって来て席に着くと、今日ものんびりお茶会中な神々の視線が集中した。

「あー、こんな感じやったなー」

 頷きつつ呟いた茨木童子は、確かこの後ニャーという鳴き声が聞こえると同時に、ここに居る全員が引っ繰り返るんだったな、と記憶を辿る。

 そして鈴音がオヤツの入ったボウルを置き、召し上がれと告げた直後に記憶通りの現象が起きた。

 バラバラに崩れ落ちた骸骨と、デレデレの笑顔で倒れた鈴音が、暫くして何事もなかったかのように起き上がる所まで、そっくり同じだ。

「まさかこの人ら、毎日同じ事してるんちゃうやろな」

 顔を引き攣らせた茨木童子の予想は、残念ながらほぼ的中。ただ、聞くのが怖かった彼がその真相を知る事はない。



「お待たせー。えーとシオン様シオン様……。あ、向こうに居てはるわ」

 オヤツタイムを終え、ボウルを片付け虎吉を抱いた鈴音が合流し、白猫が普段よく寝転がっている辺りに居るシオンを手で示す。

 白猫のそばという特等席で、鈴音達の様子を見守る予定だったのだろう。

 しかし肝心の白猫はといえば、洗顔を終えるやキャットタワー天辺のベッドへ跳んだ。これぞ猫、という気まぐれっぷりにシオンが両手両膝をつき、神々の笑いを誘っている。

「わあシオン様カワイソー」

「別に避けた訳ちゃうんやけどな、オモロいな」

 ちょっと悪い笑みの虎吉を撫でつつ、骸骨と茨木童子を伴って鈴音はシオンのもとへ。


「大丈夫ですかシオン様」

 もこもこ床に膝をついて声を掛けると、遠い目のシオンが顔を上げた。

「俺はまだ猫ちゃんに嫌われているのかな」

「いえ、避けたん(ちご)て偶然らしいですけど」

「そうなのかい!?なあんだ心配して損したよ」

 一瞬にして復活したシオンを半眼で見ているのは茨木童子だけで、他は全員『気持ちは分かる』という表情だ。

「座敷童子は嫌いになった人を破滅さすけど、猫神様は嫌いになった神を破滅さすんか……?」

 少しでも理解しようと、自分にとって分かり易い内容へ置き換えた茨木童子の呟きに、シオンがまた遠い目になる。

「猫ちゃんに嫌われるのはもう懲り懲りだよ……危うく死んでしまう所だったね」

「うわ、やっぱりそのレベルなんすね」

 怖過ぎる、と悪鬼を震え上がらせた白猫は、ベッドの縁から頬をはみ出させつつこちらを観察中。その絶妙な垂れ具合に神々は夢中だし、鈴音も骸骨もデレデレだ。


「ほっぺがモニっとなってる可愛ぃー」

 鈴音がグネグネすれば、骸骨も頭骨をくるくると回し。

「真剣な表情とはみ出た頬との差がたまらないね」

 つい今しがたまで凹んでいたのが嘘のように、シオンも目尻を下げてだらしない顔になる。

 自分以外がデレッデレな空間を見やり、このまま放っておくと永遠に白猫鑑賞会が続く、と気付いた茨木童子は、とっとと話を進める事にした。

「あのー、例の帝国、どないなってるっすか?反乱反乱で滅んだっすか?」

 たかだか1ヶ月半程であの巨大な国が消えるとは思っていないが、皆の気を引く為に敢えて強い言葉を使う。狙い通り、全員が今回の目的を思い出してくれたようだ。

「そうやった、戦争の事は聞いとかなアカンのやった」

「危ない危ない、猫ちゃんに見惚れてすっかり忘れていたよ」

 顔を見合わせた鈴音と骸骨が居住まいを正し、シオンが軽く両手を挙げて笑う。

 やれやれと息を吐いた茨木童子は、『ええぞ』とばかり目を細めて自分を見ている虎吉に『あざっす』と目礼した。



「結論から言えば、帝国は滅んでいないよ。ただ、最初に示し合わせて蜂起した国々が帝国軍を追い出すのに成功したものだから、我も我もと他の国々が続いて、各地で大規模な戦いに突入しているね」

 胡座の膝をトントンと指先で叩きながら、シオンは溜息交じりに告げる。

 それを聞いた鈴音は渋い顔だ。

「最初の国々は連合軍としての作戦を練り上げて、連携も確認して、皇帝の死によって少なからず帝国側が動揺してる、ここ!いう機会で仕掛けたから上手い事行ったんでしょうけど。他所がその勢いに便乗するんは無理がありますよね」

「その通りさ。何故自分達が属国と化しているのかを忘れ、勢いだけで挙兵した国々は漏れなく、敗戦濃厚な苦戦状態だね」

 皇帝の存在は大きい。それは間違いないが、皇帝ひとりを失っただけで即座に崩壊するような国なら、あそこまで巨大化していないだろう。

 多少動揺した所で、圧倒的な軍事力と経済力を持っている事に変わりはないのである。下手に突付けば返り討ちにされるのは当たり前だ。


「ほんなら、帝都やらアズルの街は無事なんですね」

「無事だよ。鈴音を女神と崇める彼らは、あの街の孤児院や避難所だけでは足りないからと、各地を飛び回っているけれどね」

「ああそうでした、怒れる破壊神でしたね私」

 ちょっと遠い目になった鈴音だが、そう名乗ったのは自分なので諦めもつく。

「弱者の為に動いてる彼らに、危険はないですか?転移の神術が使えるカルテロさんはともかく、エザルタートさんは強いけど暗殺者としてであって、戦争向きではないですよね。契約者への生贄状態やった、土の神術が得意な……テハさん?の実力は未知数やし、宝石商のペドラさんは非戦闘員やし」

「神術が飛び交う最前線へ行く訳ではないから、問題ないようだよ?非戦闘員は施設で待っているし」

「そうなんですね」

 一応安心したものの、シオンの感覚では問題なく見えているだけ、という可能性もあるので、早急に確かめねばならない。


「ほなさっそく、彼らのもとへ行きたいんですが……」

 そう言った鈴音へ、シオンは笑う。

「まずは神託の巫女の所へ行って貰わないと。また会いたいと言っていたし」

「ホンマや。タハティさんがくれた身分証には随分と助けられましたし、お礼しに行かなあきませんね」

「聖騎士も手合わせして欲しいだろうし」

「あ、シンハさんとの手合わせは後回しで」

 サクッと振られた聖騎士シンハに大笑いしながら、シオンは誰も居ない方向へ右手を向けた。

「手合わせは、鈴音信者の無事を確認してからだね」

「信者て!」

 思わずツッコむ鈴音にまた笑い、大神殿へ繋がる通路を開く。

「はい、開いたよ。今回は何の神託も降ろしていないから、それはそれは驚くだろうねえ。フフフ」

 サプライズ好きなシオンは悪戯な笑みを浮かべ、今まさに慌てふためいているだろう神官達を思い、鈴音はスナギツネと化した。


「神の意地悪!いうてタハティさんが拗ねるかも」

「えっ?それは困る。今からでも神託を……」

「いやもう通路開いて貰てますし、既に大騒ぎですよきっと。長い事お待たせすんのも申し訳ないんで、行ってきますねー」

 立ち上がった鈴音は虎吉を抱き直しつつ、骸骨と茨木童子に視線を送る。

 心得たふたりはシオンと神々へお辞儀して、さっさと通路へ向かった。

「まあ巫女さんが拗ねたら機嫌取ったるし、心配せんでええで」

 虎吉の笑みを見たシオンが何だか羨ましそうだ。

「俺もご機嫌取られたい、とか言い出す前に逃げよ。ほな猫神様、何か美味しそうな物があったら()うてきますんで」

 耳を動かして返事に変えた白猫に目尻を下げ、鈴音も神々へお辞儀すると急ぎ通路へ向かう。

 案の定、『虎吉が機嫌を取ってくれるなら俺が拗ねる!』とかいう声が背後から聞こえてきたが、全力で無視。

 そのまま全員で仲良く通路を潜った。

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