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第四百六十九話 うぉぉぉん

 時は戻って、悪巧みが成立した直後の迷い家。


 膝に座敷童子が居るので聞きにくいなと思いつつも、鈴音は智に問い掛けた。

「ほんで、智君はいつ帰る?」

 案の定、座敷童子は半眼になり下唇を突き出している。その顔を見やって智は笑った。

「明日、帰ります。『虐待が理由で死ぬつもりやった子供達が、皆でサバイバル生活した後、最後に一度だけ大人を信じるいう賭けに出て、警察に助けを求めた。何て逞しいんや、進む道が分からへんとか言うてる自分が恥ずかしい!』と、大型電気店で報道を見た智少年は目が覚めました。いうシナリオで」

 淀みなく答えた智に茨木童子が舌を巻き、鈴音は成る程と頷く。


(あね)さん顔負けの滑らかな嘘や」

「無理のない内容やし、ええ感じや思う。ほんなら明日、電車が動いてる時間に家まで送るわ」

「はい、お願いします」

 笑顔で頷く智とは反対に、座敷童子はムスーっと拗ねてしまった。小さな影の人を鈴音に返し、トトトと走って勇斗のそばへ行くと、タオルケットに潜り込んで不貞寝。

「ごめんな」

 智はそう言って眉を下げる。彼らが共に過ごせる時間もあと僅か。

 茨木童子と視線を交わした鈴音は今日もまた、邪魔にならないよう帰る事にした。

「明日、おやつの時間が済む頃に迎えに来るわ」

「ありがとうございます、お願いします」

 気遣いに感謝し頭を下げる智に微笑み、静かに迷い家を後にする。



 残った時間を澱掃除に当てた鈴音は、茨木童子と別れてから酒屋に寄り、ちょっと奮発して純米大吟醸を購入した。

 帰ってきた骸骨に『いつも黄泉の国にカレールー届けてくれてありがとう』と告げて渡したところ、くるくる回りながら大喜びされ、贈った鈴音も大満足。

 夕食後に部屋でこっそり封を切り、その華やかな香りと味わいを仲良く楽しんだ。



 翌日。

 迷い家へは15時半頃に行くつもりの鈴音は、茨木童子をお供に昼食後も暫く澱掃除に励んでいる。

「そうや(あね)さん、荒御魂の振りして暴れたあの異世界、もっかい行く筈やったっすよね?もう行ったんすか?」

 繁華街の路地裏に吹き溜まっていた澱を妖力で消しながら、茨木童子が尋ねた。

 鈴音が、創造神の一部である怒りと破壊の神として魔剣を手に暴れた、男神シオンの世界。

 宝飾品をオークションに出品して貰っているので、その代金を受け取りに行かねばならない。

「あー、まだ。今日で智君が帰ってこの行方不明事件も終わるし、そろそろ行こかなとは思てるよ」

 向こうに行ったら行ったで、戦争により親を失った子供達を目にする事にもなるだろうし、気分的に同時進行は難しかったのだ。


「ほんなら、行く時は俺も連れてって欲しいっす。地獄で猫殺しの罪人共をシバき回すんもええっすけど、やっぱり魔物とやり合う方がオモロいんで」

「まあ、地獄に()るんは人の魂やから、手応えはないやろね」

 迷い家での“安倍晴明の再来詐欺”の後、鈴音が猫神夫婦に許可を貰い、茨木童子は猫の地獄に足を運んで、罪人をこれでもかと殴り飛ばし鬱憤を晴らしている。

 ただ、暴れ回れる爽快感はあっても、あまりに弱すぎて戦ったという満足感は得られない。その点、異世界の魔物ならそれなりに強いので、少しは楽しめるという訳だ。


「ええけど、丁度よさげな魔物が()るか分からへんよ?様子見に行くんは帝都と、最前線になってるっぽいとこだけやし」

 鈴音達の介入により巨大帝国の皇帝が復讐者に殺され、帝都を守護していた契約者と呼ばれる強力な存在も失われた。その為、侵略され不本意ながら従っていた国々が反乱を起こし、各地で激しい戦いが起きている筈だ。

 思考能力を持っていないならともかく、武装した人々が集団で激突し、神術と呼ばれる魔法が飛び交う戦場へ、わざわざ近付こうとする魔物はまず居ないのではなかろうか。

 そんな鈴音の意見を聞き、茨木童子はうーんと唸る。

「ほな兵士をシバく……?」

「いやいや、どっちの味方しても角が立つから。私らは神託の巫女の友達やいう事になってんねんし、中立やで中立」

 巫女や聖騎士に迷惑をかける行為は厳禁。


「……っちゅう事は、行ってもあんまり旨味ないっすかもしかして」

 残念な現実に気付いた茨木童子に、鈴音は幾度か頷く。

「多分ないねぇ」

「うぬぬ。いやもしかしたら武装してようが気にせんと、メシの群れや!て引き寄せられる、人食いの魔物も()るかもしらんっすよね」

「ない、とは言い切れんけども。異世界やし、何が出てもおかしくはないから」

 姿を見せたまま、次の路地へ移動中の会話だが、擦れ違う人が気に留める事はない。聞こえたとしても、ゲームか漫画の話として処理されるだろう。

「ほなやっぱり連れてって欲しいっす」

「分かった。でも熱いバトルは期待せん方がええで」

「うーっす」

 強い魔物と遭遇する確率はゼロではない。そうポジティブに考えたらしい茨木童子の返事は元気だ。



 そうして澱掃除に勤しむ内、いつの間にかいい時間になっていた。

「そろそろ迎えに行こか」

「そっすね」

 ちゃんとお別れは済ましてくれただろうかと思いながら、姿隠しのペンダントを身に着けた鈴音は茨木童子の腰を掴み、揃って人々の視界から消えた状態でビルの屋上へ跳ぶ。

 そこからは普段通り、目にも留まらぬ速さで山まで駆け抜けた。



「こんにちはー、お迎えに来たよー」

 迷い家の結界へ入り、門を潜りながら声を掛ける。

 すると玄関から荷物を持った智が河童と共に現れ、軽く手を振った。

「こんにちは、お手数お掛けします」

「いえいえ……あれ?座敷童子は?」

 過去2回は縁側から見送っていたのに、今回は居ない。首を傾げる鈴音に河童が頭を掻いた。

「座敷童子はなんやかや言うて割り切れんねんけど、勇斗がなあ」

「ビックリするぐらい泣かれまして」

 困り果てた様子の智に、鈴音も『ありゃー』と眉を下げる。

「ほな座敷童子がお兄ちゃんモードで慰め中?」

「そういうこっちゃ」

 河童が頷き智は困り顔で微笑んだ。


「どっちみち帰るんやし、今の内にサッと行った方がええんちゃうっすかね?」

 モタモタしていると智も離れ難くなるだろう、と茨木童子が指摘し、確かになと鈴音もその点は同意する。

 しかし、泣いて駄々を捏ねている間に居なくなられてしまったら、それは結構な心の傷になりはしないか。

 少なくとも子供の頃の自分は、それで傷付いた覚えがある。

 初めて愛猫を亡くした幼い日。焼くなんて可哀相だと泣いて泣いて、泣き疲れて眠っている間に、両親が火葬してくれる業者を呼び、目を覚ませば愛する猫は骨になっていたのだ。

 幼いながらに、泣き喚けばどうにかなるなんて思ってはいなかった。幼すぎて心の整理に時間が掛かっただけだ。

 最後にもう一度だけ頭を撫でてさよならを言いたかったと、あの後また泣いた事を思い出し、鈴音は顔を上げた。


「勇斗くーん!お兄ちゃん帰るよー?」

 大きな声で母屋へ呼び掛けた鈴音に、皆がギョッとする。

(あね)さん?ややこしならへんっすか?」

「なったとしても、必要な事やから。……勇斗君聞こえるー?次に会えるとしたら勇斗君が座敷童子になってからやけど、ちゃんとバイバイせんでええんかな?早よせな、連れてってまうよー?」

 鈴音がそう言い終えて、1分程が経った時。

 座敷童子に付き添われ、目を真っ赤にした勇斗が出て来た。

 グスグスと鼻を鳴らしながら、智に駆け寄り抱きつく。受け止めた智の目も潤んだ。

「……ごめんな、兄ちゃん帰るわ」

 頭を撫でつつそう告げる智に、勇斗はコクリと頷く。

 そのまま暫くじっとしていたが、自分の中で踏ん切りがついたのか、ゆっくりと身体を離し涙を拭った。

 そして智を見上げると、泣き笑いの顔で言う。

「兄ちゃんまたね」

 それを聞いた智と河童の目が滝と化し、座敷童子はにっこりと笑った。


 河童がおいおいと泣き、智の目も充血してしまうという想定外はあったが、きちんと別れを済ませられて良かったと鈴音は胸を撫で下ろす。

「ほな行こか」

「はい」

 鼻声で応えた智は門へ向かいかけて振り返り、大きく手を振った。

「ありがとう!ここで得たもんは全部、誰かの為に使うから!助けてくれて、ホンマありがとう!」

「うぉぉぉん、気にすなー、何かあったらいつでも呼びー!うぉぉぉんおんおん」

 泣きながら手を振り返す河童に智も笑顔で手を振り、今度はもう前だけを向いて歩きだす。

 門を出て結界を出た所で立ち止まり、ハンカチで顔を拭った智が小さく笑った。

「こんな泣くとは。俺にもまだ、まともな感情あったんやなあ」

「いやそれ戦場帰りの兵士が言うセリフや」

 愕然とした顔の鈴音がツッコんで、智と茨木童子が大笑いする。


「ホンマ末恐ろしい子やわー。でもまあ、泣いてスッキリ出来たんは良かったね」

「はい。色んなもんを洗い流せた感じですね」

「うんうん。ほな帰ろ。茨木、おんぶしたって」

「うっす」

 頷いて茨木童子が屈み、智はキョトンとした。

「あれ?虎吉の不思議な力は……?」

「ん?虎ちゃんに頼んだんは大人数やったからやで。2人までなら私らで運べるから」

 そう言いながら謎のペンダントを首に掛けてくる鈴音を見て、ヤバいぞと反応する智の野生の勘。

「このペンダントは?」

「一般の人からは見えんようになるねん。こっちが出す声も聞こえへん。くっついてたら茨木にも同じ効果が出るから、空を見上げる人の視界に入っても大丈夫。ま、視界に入った所で速すぎて何や分からんやろけど、念の為」

「え……、一般人の目を誤魔化すとか、空とか速すぎて分からんとか、何やもうヤバい匂いしかしませんけど!?」

 珍しく顔を引き攣らせている智に、鈴音は胡散臭い笑みで親指を立てた。


「大丈夫大丈夫、ちょっと景色が幻になるだけ」

「どこらへんが大丈夫なんか理解出来ひん……!」

「早よ乗れ。モタモタしとったら(あね)さんが横抱きにして運ぶで」

 躊躇っていると茨木童子に妙な脅しをかけられ、お姫様のように運ばれる自身を想像した智は嫌そうに首を振り、大人しく従う。

「風の魔法で守るから、物理的な負担は無いよー」

「その分、精神的負担が大きそうですね」

 相変わらず胡散臭い鈴音と、スナギツネな智。

「ま、普通に生活してたら出来ひん体験やし、楽しんで行こう!」

「努力シマスー」

 スナギツネの棒読みに笑いつつ、ナビを務める鈴音が先に走り出す。

 それを追って走り出した茨木童子にしがみつく智は、幻と消える景色を目にしても終始無言のままだった。




 5分程走ってやって来たのは高級住宅街。

 あまり人通りはないが、防犯カメラが多そうなので気を使う。

「この辺が良さそうやね」

 鈴音の手招きで田中家が見える小さな公園の木の陰に入り、茨木童子は智を降ろした。

「うわ、虚無感漂ってる。悲鳴上げへんから、絶叫マシン系は平気なんか思たのに」

 驚いた鈴音に、深い深い溜息が返ってくる。

「ええ勉強になりました。人が悲鳴上げてる内はまだ大丈夫なんですよ。ホンマにアカン時は、悲鳴も出ぇへん」

 虚ろな目でフフフと笑われ、鈴音も茨木童子もサッと横を向いた。

「でも確かに非日常的な体験やったから、今後もし災害に()うても冷静に対処出来そうな気がします」

「おお!良かっ……」

「これより怖い事とかなさそうやし」

「うぐ。ごめんやで」

 謝る鈴音にペンダントを返し、智は微笑む。


「お陰で親にもちゃんと説明出来そうやし、怖いだけでもなかったかな。ありがとうございました」

「どう致しまして。今までどこ行っとったんじゃー!てお父ちゃんにブン殴られたりせぇへん?」

 ペンダントの革紐を手に鈴音が心配すると、手と首を振り智が笑った。

「ウチは理詰めで来る感じなんで、それはないですね。矛盾突かれてボロが出んようにだけ気ぃつけます」

「あー、そっちかー。お父ちゃんも天才系の人やったら手強そうやね」

「負けませんよ?何せこっちは、座敷童子と座敷童子見習いの力で幸運値最大やし」

 まだ赤さの残る目を細めた智に、鈴音は大きく頷く。

「不思議体験で強なってるしね。よし、そしたら早よ顔見せて安心さしたげて?」

「そうします。ホンマ、色々とお世話になりました」

「ええよ、そんなん。後は秋にちょっとお隣が騒々しなるけど、適当にあしらってな」

「はい。ああ勉強の邪魔やなー勉強の邪魔やなー、て大人を焚き付ける程度で」

「ククク、悪いやっちゃな」

 茨木童子も含め悪役の笑みで頷き合った。


「ほな、元気でね」

「はい、夏梅さんと茨木さんも。……因みに、茨木さんはホンマに天狗やないんですか」

 歩きだそうとしてふと足を止めた智へ、口角を吊り上げた茨木童子が本性を現す。

「う……わ、鬼?」

「鬼の茨木で想像出来る存在は?」

 鈴音の問いで正体に気付いた智の目は、これ以上ない程まん丸だ。

「ふふ、ナイショにしてな?その内、普通の人として社会で生きるから」

「普通の人。何か、医者になるより難しそうやけど、頑張って下さい」

「おう、頑張るわ。お前も頑張れよ」

「はい。ほな行きます。ありがとうございました」

「こっちこそ、色々ありがとう」

 笑顔のふたりへ深々とお辞儀をした智は力強く歩きだし、振り返る事なく自宅の庭へと消えていった。


「終わったっすね」

 伸びをする茨木童子に頷き、鈴音も軽く肩を回す。

「うん。迷い家に報告しに行こ」

 まだ河童は泣いているだろうかと微笑んで、ペンダントを身に着けた鈴音は来た道を戻った。

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