第四百六十六話 鈴音、悪霊ごっこをする
迷い家へ戻った子供達は自主的に話し合い、今日と明日、念の為に明後日も使って設定を覚え、明明後日に迷い家を出て行くと決めた。
そうなると、座敷童子や河童と触れ合えるのもあと僅か。
彼らの邪魔をしたくない鈴音は、明明後日にまた来ると約束して、その間は仕事の傍らイジメ被害者組や施設入所組の様子を見に行く事にした。
「あっ、タブレット持ってる子は、電池減らしてから電源切っときよ?場所特定されたないから、電源入れてませんでしたて言わなアカンし」
去り際にそう注意すると、子供達は『はーい』と返事して直ぐ電池の残量を確認している。
よしよしと微笑んだ鈴音は智と河童に後を頼むと、虎吉を抱き茨木童子を伴って結界の外へ出た。
「ほなまた明明後日にここへ来て、通路開けたったらええんやな」
見上げる虎吉に目尻を下げた鈴音が頷く。
「うん。何遍も頼んでゴメンやけど、お願いします」
「かまへんかまへん、迷い家なんちゅうオモロいもんも見られたしな。ほんなら帰るわ、また夜にな」
「はいよ、オヤツ楽しみにしとってー」
神界へ戻る虎吉を見送り、デレていた顔を引き締めて鈴音はスマートフォンを取り出した。
様子を見に行く子供達の居場所を地図で確認し、先に腹ごしらえをすべく近所のショッピングモールもチェックする。
「取り敢えずお昼食べて、その後でイジメられてた子は学校で問題なく過ごせてるか、施設の子らは元気か、様子見に行くわ」
「うっす。肉系の食いもんあるっすか?」
「肉やとハンバーガーか牛丼かな」
「おお、どっちも美味いっすね、迷う」
ウキウキし始めた茨木童子に微笑み、まずはショッピングモール目指して鈴音は駆け出した。
平日でもそれなりに賑わっている店内へ入ると、フロアガイドで場所を確かめフードコートへ向かう。
その途中、大型モニター前に休憩用の椅子が並べられている広場に差し掛かった。
催事の際は椅子を片付けて商品や展示物を並べるのだろうが、今日は特に何も予定されていないようで、大型モニターには昼の情報番組が映し出されている。
何の気なしに画面へ視線をやった鈴音は、映像の隅に表示されている、『中学校で学級崩壊!教師はイジメを見て見ぬ振り?』という文字に軽く目を見張った。
茨木童子を促して壁際へ移動し、スマートフォンでニュースをチェックする。
「うわーぉ、サトリ使て点けた火、燃え広がって大火事なって、おまけに誰かが自爆して、大惨事になってるわ」
テレビ番組では加工される映像や音声も、ウェブ上ではそのまま垂れ流しなので、罵り合うグループに例の加害者3人を見つけた鈴音は、眉根を寄せて溜息を吐いた。
スマートフォンを渡された茨木童子も、内容をチェックして呆れている。
「仕掛けたん俺らっすけど、コイツらホンマ何してんすかね?何で嫌いな奴と関わろうとすんのか不思議っすわ。嫌いな奴を叩きのめさな死ぬ病気にでも罹ってんすか?」
「ホンマそれ。グループで作業せなアカン時とか必要最低限だけ喋って、後はお互い関わらんようにしたらええのになぁ。社会に出たら殆どがそないなるのに」
受け取ったスマートフォンを仕舞いつつ、鈴音はゆるゆると首を振った。
きっとこうなるだろう、と予想していたより遥かに酷い状況に、自爆する阿呆が出るとは思わなかったと遠い目だ。
「それにこれさぁ、今は動画の子が純粋にイジメ被害者や思われてるけど、ホンマは元加害者やてバレるん時間の問題や思うんよ」
「誰ぞがチクるっすか?あのクラスには、イジメに遭うて自殺寸前まで追い込まれて、転校してった奴が居てるんや、て」
「んー、別のクラスにこのクラスの子と付き合いある子がおったら、取材された時にポロッと言うてまう思うねん。被害者ヅラしとるけど、あそこはクラス全員で1人イジメて追い出してるし、アイツも加害者やん?とか」
学校側が箝口令を敷いた所で、敏腕週刊誌記者からすれば中学生の口を開かせる事など朝飯前だ。
動画を流出させた誰かと同じように、知っている事を喋りたくて仕方がない者はどこにでもいる。
「何せ、他人事やからね。有名な週刊ナントカの記者も知らんような事を自分は知ってる、教えてやったんは自分や!いう……優越感?」
「後で自分の首も絞まるとは思わんのっすか」
「後悔先に立たずて言うやん。優越感いう気持ち良さに目が眩んで、他は何にも見えてへんねん多分。近所や街で『ほらあの中学の』『全員でイジメしてたらしいで』てヒソヒソされてやっと、制服着てたら校名は分かるけどクラスまでは分からへん、無関係な自分らは大迷惑!いう事に気付くんちゃうかな」
鈴音が眉を下げると、茨木童子も似たような表情になった。
「うわー。自分はあのクラスとは別のクラスや!別の学年や!て叫んで回ったら、それはそれでヤバい奴やし」
「そう。ちょっと冷静になったら分かるねんけどなぁ。無理やろなぁ。たぶん今日の夜か明日の朝には、独占スクープ!てニュースサイトに大まかな内容の配信があって、今週か来週か発売の本誌では更に詳細な証言をお届け!とかなってる筈」
そして今は元加害者を憐れんでいる人々が、事実を知るや手のひらを返し、糾弾する側に回るのも目に見えている。
「これ、元加害者の子もそうやけど、親は耐えられるやろか。被害者や思てた我が子がまさかの加害者でショック受けとるとこに、かなり凄い攻撃が来るけど。弁護士頼むとかいう方向に頭回るかなぁ」
「弁護士頼んだら攻撃されんで済むんすか」
フードコートへ向け歩きだした鈴音に並びながら、茨木童子が首を傾げた。
「取り敢えずSNSとかの書き込みは減る。悪質な書き込みに対しては、情報開示請求してどこの誰か突き止めた上で、脅迫罪や名誉毀損罪で訴えます、てテレビ通じて言うやろから」
「へー」
「そうやって盾になって貰てる間に、我が子と対話するとか出来たらええんやけど……。真面目な親ほど思い詰めて、アンタを殺して私も死ぬ、死んでお詫びしよう。な道を選ぶパターンもあるからなぁ」
「え。引っ越しと違て、この世から出て行ってまうんすか」
「親の性格次第。引っ越しを選ぶ性格である事を願うわ。幸い被害者は死んでへん訳やし」
生きて地獄を味わう事こそが償いになる、そう考えて欲しい。
そんな話をしている間に、フードコートが見えてきた。
「さて、なに食べる?」
「ハンバーガーと牛丼で」
「腕白やなー。ほなハンバーガーは私が買うから、あんたは牛丼買いに行き?」
「うっす!」
茨木童子は食べたいバーガーをリクエストして、貰った代金片手に牛丼を買いに行く。
そうして肉々しい昼食を楽しんだ後は、当初の予定通り、引っ越さず学校へ行っているイジメ被害者の様子を見に行く事にした。
まずはショッピングモールから程近い小学校へ。
屋上に茨木童子を待たせ、姿隠しのペンダントを装着した鈴音が校内へ潜入。
被害者だった少女は、何人かの友達と笑いながら班ごとの共同作業に勤しんでおり、今の所は問題なさそうだった。
「小学生ぐらいやとまだ、先生がガツンと注意したらそこそこ効果はあるんかな?表面上は穏やかそうや。次また何か言われたら、ふざけんなボケ!て言い返すねんでー」
少女には聞こえないアドバイスを残し、屋上へ戻った鈴音は次の学校へ向かう。
その後訪れたどの小中学校でも、イジメ問題としてきちんと話し合ったのか、被害者だった子供達は俯く事なく過ごせているようだ。
良かった良かったと安心し、最後に向かったのは中学校。
授業と授業の間の短い休憩時間中で、前を通った職員室からは例の中学校に関する会話が聞こえてきた。
「これウチでもおかしなかったですよね」
「おー、アイツらならやりかねへんなあ」
「今は一応静かにしとるみたいやけど」
「いやぁ、素直に反省するタマやないでアレは」
「引き続き要注意で」
授業の準備を終え忙しく出て行く教師達と、残ってパソコンを見ている教師達のどちらも、苦々しい顔をしている。
どうやら、気持ち良く調査を終える事は出来そうにない。
被害者の少年は大丈夫だろうか、と鈴音は急ぎ彼を探した。
発見した少年は2年生の教室にて授業中で、表情からこれといった異変は読み取れない。
職員室で聞いた会話の通り、加害者達はまだ大人しくしているようだ。
この教室内にその阿呆が居るのだろうか、と見渡してみるも、鈴音には判断がつかなかった。
その為、屋上で待つ茨木童子に『暫く掛かる』と断っておいて、背後霊よろしく被害者の少年の後をついて回る。
教室内は休憩時間中も穏やかで、少年が孤立している様子はない。全く問題なさそうなクラスだ。
加害者が俳優顔負けの演技派なのかとも思ったが、いくら和解していても自死を考えるほど恐れた相手が近くに居れば、少年が何の反応も示さないという事はないだろう。つまりこのクラスに加害者は居ないと見ていい。
では怪しいのは部活で関わる者か、と顎に手をやる鈴音の前で帰り支度を整えた少年が、クラスメイトに声を掛け教室を出る。
帰宅部だったのかと頭を掻いた鈴音が後を追うと、正面玄関手前で出くわした体格のいい男子グループを見て、少年は固まった。
「あれー?帰るんー?」
「早よ復帰せぇよ寂しいやんか」
男子生徒達はそんな風に代わる代わる声を掛け、ニヤニヤ笑いながら去って行く。
ギュッと握った少年の手が震えているのを見た鈴音は、帰宅部ではなかったんだなと頷いて、男子グループの後を追った。
彼らは、校庭の隅にある用具倉庫のような場所へ入って行く。それを確認した鈴音は扉の外で待った。着替えかなと思ったのだ。
案の定、先に入った者が扉が閉まる前にジャージへと着替え始めたので、後ろを向いておいた。しかし、耳は彼らの会話に集中している。
「つーかアイツ、俺らをチクっといてよう来れたな」
「センセー様が味方やし?怖ないんちゃう?」
「24時間一緒におってくれる訳ちゃうのになぁ」
「いつボコる?」
「学校やと誰か見てそうやし、帰る時かなー」
「今日も大丈夫やった、て思た後に囲まれんの?怖い怖ぁい、考える事エグいわー」
何だかとても楽しそうに、遊びに行く約束でもするかのように、人へ危害を加える話をして笑う男子生徒達。
もう着替えは終わったかな、と振り返った鈴音の顔には、能面のような笑みが浮かんでいた。
「っしゃ、行こかー」
そう言って扉を開けた男子生徒は、まるで誰かに蹴られでもしたかのように、軽く後方へ飛んで倒れる。
「ゲホッ」
「はあ!?ちょ、大丈夫か!?」
急に何だ、と驚く仲間達の前で、鉄製の扉が音を立てて閉まった。
ガチャリと鍵が掛かり、その上を氷が覆って行く。
何が起きているのか分からずポカンとしている間に、氷はどんどん広がって倉庫の内側を覆い尽くしてしまった。
もしかして閉じ込められたのだろうか、と気付いた頃、床のあちこちから黒い物が生える。
「うわ、うわあぁあ!?」
「手、手が」
「嘘やろ何やこれ!?」
ホラー映画さながら、床から生えた真っ黒で巨大な手に捕まり、口を塞がれた男子生徒達はパニックに陥った。
ウーウーと唸りながら藻掻く彼らの目に、どことなく見覚えのある輪郭をした影が映る。
彼らに比べれば小柄な、どこかの少年を思わせる影は、まるで品定めするかのように倉庫中の床を壁を音もなく移動し、リーダーの真正面の壁で止まった。
「ウぐー!ウー!」
嫌な予感がしたのか一段と喧しくなったリーダーの視界で、影がゆっくりと壁から抜け出し、一歩一歩近付いてくる。
倉庫は狭いので、あっという間にもう目の前だ。
「ウゥーーー!」
ヌッと突き出された両手から逃れようと身を捩るも、床から生えた巨大な手に捕まっているせいで殆ど意味はなかった。
そうこうしている間に、少年の影は両手でリーダーの首を掴んでいる。
何をする気なのか、誰の目にも明らか。
全員が半狂乱で藻掻く中、影の両手に力が籠もる。
その時、ドンドンドンと大きな音を立てて扉が叩かれた。
瞬間、影も黒い手も氷も幻のように消えてなくなる。
「おい!お前ら!中で何しとんねん!開けんかい!」
尻餅をついたまま部活顧問の怒声を聞いた男子生徒達は、夢だったのかと見合わせた顔を直ぐに引き攣らせた。
壁に血のような赤で、『つぎこそは』と殴り書きされていたからだ。
涙目で首を押さえるリーダーと、ブルブル震える仲間達。
外から鍵を開けた顧問が勢い良く扉を開けると、問題児全員が何故か腰を抜かしており、鼻を突く異臭が漂ってきた。
「何や!?変なクスリにでも手ぇだして漏らしたんか!?」
そんな顧問の声に彼らは何も答えない。
答えようがなかったのだ。
あの血文字もまた、幻のように消えてしまったから。
「何でもええ、さっさと出ぇ!」
そう怒鳴られても身体に力が入らず、動けない。
痺れを切らした顧問が、校庭に居る他の部の生徒達に声を掛け、手を貸して貰う事になった。
結果、校内で幅を利かせていた男子生徒達は、病気でもないのにトイレのタイミングも分からない残念な奴ら、として有名になってしまう。
それが原因なのかこの日から彼らは学校を休み始め、夏休み明けには皆揃って転校してしまった。
それを知った被害者の少年は狐につままれたような顔になり、『座敷童子のお陰……?』と首を傾げたそうな。




