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第四百六十五話 帰る準備をしよう

 鈴音の報告により綱木から上層部へ話が通り、その日のうちに隠れ家候補が示される。

 やはり廃屋の類は既に警察官が見回っているので、前回の場所から5キロ程離れた小さな山にある防空壕跡が選ばれていた。

 長年放置されている私有地の為、道路脇の林には不法投棄された粗大ゴミが散乱する酷い有様で、人目につく心配はない。その粗大ゴミを上手に使って生活していた、という設定にするようだ。

 例えばマットレスや布団を壕内に敷き詰め、上にレジャーシートやブルーシートを被せて寝床にしたり。一斗缶に枯れ木等を入れて火を点け、近くのせせらぎで汲んだ水を煮沸して飲み水にしたり、といった具合に。

 都合良くオイルライターや鍋が落ちているのはご愛嬌だ。

 食料に関しては、密かに接触していたイジメ被害者組から貰った軍資金で、インスタント麺や缶詰を購入し皆で分け合っていた事にするらしい。石鹸等の生活用品も同じく。


「ははぁ、虐待されてまともな食事さして貰てへんから、1日1食ラーメン半分とかでもきっと大丈夫、いう感じの作戦ですね」

 計画を聞いた鈴音の微妙な笑顔を見て、綱木が首を傾げる。

「アカンか?」

「いえ、あの子らがホンマに家出してたら、お金がない分もっと酷かったでしょうし。間違(まちご)うてはないんですけど。……今のあの子らメッチャ健康なんですよね」

 迷い家では1日3食おかわり自由、オヤツまで出る。

 最初は細かったかもしれない食も、今や育ち盛りの底無しっぷりを見せつける勢いだ。

 別に太ってはいないが、痩せ細り血色の悪い憐れな子供、といった見た目ではない。

 鈴音がそう伝えると、綱木は困り顔で額に拳を当てて唸った。


「あー……、ええ事やな、ええ事やねん健康になるんは。子供はお腹いっぱいであって欲しい。けど、1ヶ月ほど家出しとった子がツヤツヤか……」

「1日1食でも健康的になれるぐらい、親との生活が辛かったいう事にするしかないですね。ストレスは全ての病気の引き金になるて聞きますし」

 物凄い力技だがそれしかない、と綱木も頷く。

「けどラーメン半分ではなぁ……。不法投棄の中に、賞味期限切れの米でも交ぜといたらええんちゃうか」

「米は燃えるゴミで普通に出せるから、不法投棄する必要ないですよね。そもそも食べ切るでしょうし」

「そうか。捨てるのに金掛かって面倒臭いもんを放って行くんやもんな」

 うんうん、と頷いていた鈴音が『あ』と声を上げた。

「面倒臭い言うたら、缶は面倒臭いですよ。ビールなら水でチャチャッと洗うだけですけど、缶詰で脂分があるやつは洗剤つけて綺麗に洗わなあきませんもん」

 ツナ缶等はその代表格だ。


「猫の餌にも缶詰タイプがあって、偶に出すんですけど洗うん面倒臭いんですよねー。全部パウチにしてくれたらええのに思いますもん」

 実感の籠もった鈴音の表情を見て、成る程これは使えると綱木が笑う。

「賞味期限切れの缶詰なら、不法投棄されとってもそこまでおかしなさそうやね。開けて中身捨てて缶を洗う、これだけの作業が面倒臭いからいうて」

「災害用の備蓄が期限切れで、とかありそうです」

「よし、急ぎで期限切れの空缶を手配して貰お」

 早速どこかへ電話を掛ける綱木を見やり、茨木童子は不思議そうな顔をした。

「食うもん()うなった、いうてガキ共が交番にでも出てったらええだけちゃうんすか?口裏だけ合わして」

「警察は調べるんよ、どこでどう生活しとったか。悪い大人に騙されたり、(かぼ)たりして嘘吐いてる可能性なんかを消さなアカンやん?」

「あー、他所の家で暮らしとったらアカンのっすか」

「うん、大人が関わると誘拐になるから。せやから、実際に子供らだけで暮らしてた、て分かる場所を作っとく必要があるんよ」

 後は、前回の商店街と違い特殊な場所なので、事情を聞かれた時にボロが出ないよう、子供達に現場の雰囲気を体験させておこう、と鈴音は考える。

 隠れ家のセッティングはしておいてくれるそうなので、子供達の準備が整い次第決行する事として、本日は退勤と相成った。



 翌日、鈴音と茨木童子は朝から迷い家へ向かう。

 現場の体験や口裏合わせ等、やらなければならない事が盛り沢山だからだ。

「おはよーう」

「うーっす」

 いつもは昼過ぎに訪れる鈴音達が朝早くやって来た事で、子供達は帰る準備が始まるのだと察した。

 そんな様子を見ていた座敷童子がつまらなそうに下唇を突き出し、勇斗と一緒に裏庭へ駆けて行く。

 寂しいんだろうなと眉を下げつつ、皆を部屋に集めた鈴音は、昨日出来上がったばかりの計画を説明した。

 頼りになる智兄ちゃんは同行出来ないので、子供達はいつになく真剣な表情で話を聞いている。何が何でも親元へは帰りたくない、という強い意志が見て取れた。


「そういう訳やから、後で現場へ行ってみよか。また虎ちゃんにお願いするし、誰かに見つかる心配はせんでええからね」

「はーい」

 概ね元気な声が返って来たが、中には不安そうな顔もある。

「山やと熊とか()る?結界ないけど平気かな」

「猪とかも」

「平気平気。小さい山やから、()っても狸や狐ぐらいやで。それに熊が出たら茨木がブン投げてくれるわ」

 笑う鈴音から茨木童子に視線を移した子供達から、実に素直な感想が漏れた。

「熊投げるとか金太郎みたいや」

「ホンマや、金太郎や」

「げっ」

 目を見開いた鈴音は己の迂闊さを呪う。

 金太郎は坂田金時。酒呑童子を討ち取った英雄のひとりだ。

 鬼の形相はマズい、と鈴音が慌てたその時、背中にズドンと何かが激突し茨木童子が潰された。

「虎吉!遊ぶ!」

 茨木童子の背中に跨った座敷童子が地獄耳っぷりを披露し、後ろで勇斗が『かっこえー』と目をキラキラさせている。

 グッジョブ、と思わず親指を立てた鈴音は、ご要望に応えるべく直ぐに虎吉を呼ぶ事にした。



「おぉらおらおらおらおらぁーーー!」

「きゃーーー!」

「まってー」

 子供達を移動させる前に、虎吉と座敷童子と勇斗による鬼ごっこが開幕。

 流石に勇斗はついて行けていないが、4歳児にしては素早い動きを見せているので、徐々に座敷童子化しているのかもしれない。

 そのまま10分ばかりワーッと走り回って、座敷童子と勇斗の電池が切れた所で終了。

「やれやれ、やっと大人しなったか」

「はい、お疲れ様」

 膝に乗ってきた虎吉を撫でた鈴音は、緊張気味の子供達を見やる。

「ほな、向こう行く準備してくるから、ちょっと待っとってな?ここへまた帰って来るから、そない緊張せんでええよ」

「はーい」

 現場で動いてみてから、毎日どのように過ごしていたのかという細かい所を考え、皆で共有する運びだ。



 結界から出た鈴音は、離れた位置にある岩へ虎吉を降ろし、ひとり隠れ家へ走る。

 3分と掛からず現場へ到着すると、人の気配がない事を確認して姿隠しのペンダントを外した。

 目的の防空壕跡には話にあった通り寝床が作られ、外には錆びた空缶が纏められている。缶の底を見てみると、賞味期限が2ヶ月前に切れていた。そばに煤まみれの一斗缶も置いてある。予定通りだ。

「それにしても、かなりワイルド」

 こんな所でサバイバル生活をしたら、何故クズ親なんぞの為に自分が死ななければならないのか、と野生の本能が目覚めそうな気がする。

「命綱の缶詰がなくなって、まだ死ぬんは嫌やと思たかな。事情を話しても信じて貰えんと、親元へ帰されそうになったら死のう。それまでは生きてみたい。施設は怖いとか聞くけど、そうでもないとこもあるかもしらんし。噂通りアカンかったら死んだらええやん」

 実際にはここで暮らしていない子供達の気持ちを創作し、鈴音はふむふむと頷いた。


「虎ちゃーん」

 虎吉に呼び掛け通路を開けて貰うと、茨木童子の引率で子供達がやって来る。

 職員が整えてくれた部分以外は草が生い茂るステキな隠れ家に、揃って目がまん丸だ。そして子供達は直ぐに騒ぎ出す。

「あっ、痒い!」

「蚊がいる!」

 毒無効の鈴音はすっかり忘れていたが、夏の屋外、それも藪の中である。当たり前に藪蚊が存在していた。

「そうか、あっちの山は迷い家の妖力が漏れてるから、結界の外も生きもんが寄って来ぇへんのか」

 割と色々な物を無限袋に入れている鈴音も、虫除けスプレーは持っていない。

「石鹸とか歯磨きセットの他に、虫除けスプレーも()うた事にしとかなアカンね」

 取り敢えず薄っすら神力を出してみると、蚊を含め様々な生き物が慌てて逃げて行く気配がした。

「他は何か気付く事ある?動き回ってみて?」

 そう言われた子供達は、腕やら足やらを掻き掻きあちこちに散らばる。


「うわー、痒そうっすねー」

「万能薬で治せるけど、なんぼスプレーしても虫刺されゼロいうんも変やし、虐待の証拠が消えてもアカンし、可哀相やけどこのままで」

 悪鬼も蚊とは無縁らしく、茨木童子は気の毒そうな顔だ。

 子供達はといえば次第に痒みも忘れ、道具類をチェックしたり、周囲を探索したりと忙しい。


「こっち、川みたいになってる!」

「あっちの岩んとこでチョロチョロ出てるし、汲めるんちゃう?」

「結構冷たいな。顔はええけど頭とか身体洗うんはキツいかも」

「ほなお湯沸かさなアカンやん」

「沸かしてバケツとかに溜めよかー」

「トイレはー?」

「離れたとこに穴掘って、何回かしたら埋める感じ?」

「トイレットペーパーも買ってあった設定にせな」


 飛び交う意見を聞いていた鈴音は、感心したように頷く。

「逞しいやん。ホンマに生活出来そう」

「そっすね。悪魔みたいな親が()る家に比べたら、こんなとこでも相当マシなんすかね」

「ああ成る程、辛いなぁ」

 母や愛猫達と暮らす我が家が大好きな鈴音には、一生掛かっても真に理解する事は出来ない感覚だろう。

 しんみりしていると、全員で防空壕に寝転がれるか試していた子供達が集まって来る。

「仕切りが欲しいです」

「女子と男子の間に」

「あー、それもそうやね」

 小学校高学年以上ともなれば、特に女子がそういう事を気にして当然だ。

 粗大ゴミの中に使える物はないかと探しに行き、雨傘を見つける。

「これ開いて2つ程並べといたら、目隠しにはなるんちゃう?防空壕も傷付かへんし、畳めるから邪魔にならへんし」

 鈴音の案は採用され、雨傘は防空壕内に置かれた。


「後は、使いかけのトイレットペーパーをセットしといたらオッケーやね」

 魔力で作り出せるが、手ぶらだった筈なのにと疑問を持たれても困るので、対処は後回しにする。

「ほな一旦帰って、きっちりストーリー作って覚えよか」

 微笑む鈴音に子供達が頷き返し、皆で虎吉の通路を潜って迷い家へ戻った。




 一方その頃、サトリを使って火種を蒔いたクラスがある中学校では、一本の動画を巡って大変な騒ぎになっていた。

 昨夜、問題のクラスに所属する生徒が、『うちのクラスの崩壊が凄過ぎて(大笑い)超えて密林不可避(抱腹絶倒)』と題した動画を鍵付きのアカウントで公開。

 映っていたのはグループ同士が教室で罵り合う様や、ゴミ箱を頭の上で引っ繰り返され俯く生徒の様子だった。

 公開した生徒は、1日経てば自動的に削除されるし、フォロワー以外見られないし、と安易な考え方をしていたようだ。

 勿論、そんなに都合良く終わる筈もなく。

 仲間だと信じていた誰かに保存された動画はあっという間に拡散し、これはどこの学校だ、ヤラセでないなら酷過ぎる、この状況で森とか密林不可避とか言う神経を疑う、と物の見事に炎上した。


 こうなると、極々小さな映り込み等から情報を読み取る事を得意とする、特定班と呼ばれる人々が嬉々として動く。

 彼らにより学校名が暴かれるや、朝から電話は鳴りっぱなし、パソコンのメールはパンク状態となり、まだ事情を知らない教職員はパニックに。

 教師達のスマートフォンには、連絡用無料メッセージアプリに保護者からの問い合わせが殺到し、現在調査中ですと返すのが精一杯。そのひと言にもまた返信が殺到し、思わず電源を落とす者も現れる。

 何が起きているのか調べ理解する頃には、マスコミ各社からの問い合わせも来ており、何らかの答えを出さねば収集がつかない事態となっていた。

 その為、朝一番の授業は全学年で自習となり、緊急の職員会議が開かれる。


 そんな、ある種のお祭り騒ぎな各教室と、読経が聞こえてきそうな会議室で、どうにかバレずにやり過ごせないかと震える者がそれぞれ1人ずつ。

 動画を公開した生徒と、クラスに蔓延るイジメ等の問題を無視してきた教師だ。

 残念ながら、火事が起きたり隕石が降ってきたりして有耶無耶になったりはせず。

 動画を公開した生徒には顔を晒された生徒達からの報復が待っているし、イジメの犯人として晒された生徒達と、見て見ぬ振りの教師と、事態を把握していなかった学校側には、保護者達からの抗議及び、謎の正義感を振りかざす顔も名前も明かさない人々からの集中攻撃が待っている。

 報道の自由を謳うマスコミの、自宅にまで及ぶ付き纏いも忘れてはならない。

 何にせよ、彼らの地獄は始まったばかりだ。

 今更、あの時ああしていれば、等と頭を抱え転げ回っても、もう遅いのである。

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