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第四百六十話 茨木童子の思い出話

 鈴音達との情報交換を終えた綱木が、小さく息を吐きつつ唸る。

「それにしても。こんな酷い目に遭わしといて、どのツラ下げて勇斗君に『帰っといで』言うつもりやっちゅう話やで」

 実の親と引き離しておきながら、幸せにするどころか不幸のドン底へ叩き落としてしまった。

 一時的とは言え、あんな里親に預けてしまったのは大人側の大失態で、謝って済む問題ではないだろう。

 座敷童子が居たから助かっただけで、勇斗単独だったらどうなっていたか分からないのだ。


 そんな風に、眉間を揉みながらうんうんと悩む綱木へ、不思議そうな顔をした茨木童子がサラッと告げる。

「大丈夫っすよ?勇斗は座敷童子になるんで。住む家は自分で決めるっす」

「……え?」

 急に日本語が分からなくなったかのように固まった綱木が、困惑顔で鈴音を見た。

「いやいやいや、私が綱木さんより妖怪関係詳しい訳ありませんやん」

 右手と首を振る鈴音に言われ、それもそうかと茨木童子へ視線を戻す。

「えーと、どういう事やろか」

「言葉通りで、勇斗はあの座敷童子と迷い家から妖力を貰て、そのうち座敷童子になるんすよ」

 何とも大雑把な説明に、綱木も鈴音も首を傾げた。

「それは、迷い家や座敷童子に取り憑かれたいう事かな?」

 優しい上司ではなく、怪異から人々を守る役人の鋭い目で問う綱木に、茨木童子は慌てて手を振る。


「ちゃうちゃう、あいつらは取り憑いたりせぇへんし、あいつらから引っ張り込む訳やないっす。人の子の方から寄って行くんすよ」

「んー、つまり勇斗君本人が、自覚あるかは別にして、座敷童子になりたがってるいう事?」

 顎に手をやった鈴音が話を纏めると、その通りと茨木童子は頷いた。

「勇斗はもう、自分が何してもキレる親より、一緒に()って楽しい座敷童子の方を信頼するようになったんすよ。ずーっと遊んどっても怒られへんし、迷い家が出してくれる食いもんは美味いし、河童も()るから寂しないし、避難中のガキ共も当たり前やけど優しいやないすか?」

「天国やね改めて聞くと」

「そうっすよね。まだ人界の文明にそこまで馴染んでへんから、他のガキ共みたいな未練は殆どあらへんし」

「そっか、人気のアニメの続きは気になるかもしらんけど、そこまででもない。大好きなペットが()る訳でもない。座敷童子や河童達より魅力的な友達もおらへん」

 そもそも、昼間から怒鳴り声がしていたという智の母の証言からして、勇斗は幼稚園に通っていない可能性もある。となると、同年代の友達は居なかったかもしれない。

 初めて出来た友達が座敷童子だとしたら、そりゃあ楽しくて仕方がないだろう。


「あー……、そら帰りたいなんて思わへんやろなー」

「まあそれでも、心ん中では母親を求めとるガキの方が多いんすけどね。勇斗はその辺の切り替え早かったみたいっすね」

「最初は泣いたけど、直ぐ座敷童子に懐いたらしいもんね。もしかして、母親が優しかった記憶がほぼ無いんやろか。それはそれで辛いなぁ」

 ショッピングモールで里親に怒鳴られた時、勇斗は驚きはしたものの泣かなかったそうだ。

 隣に座敷童子が居て心強かったのは勿論だが、毎日毎日怒鳴り散らす実の母親の方が余程恐ろしかったから、というのも理由にありそうで、鈴音はやりきれない気持ちになる。

「何やもう、勇斗君が幸せなら何でもええ気がしてったわ」

「そっすね」

「それにしても、茨木は座敷童子に関してやたら詳しいな?」

 長く生きている分、妖怪や他の怪異にも詳しいので鈴音も普段から頼りにしているが、今回は特にというか妙に詳しいと思う。

 怪訝な顔をした鈴音に、茨木童子はどこか懐かしそうな笑みを浮かべて頷いた。

「昔、兄貴と一緒に街へ下りた時に見掛けたんすよ」




 ウグイスが鳴き、雅やかな文化が花開く平安の都。

 といっても、美しいのは貴族が暮らす屋敷だけで、道を隔てればそこには、死が直ぐ隣に潜む地獄さながらの景色が広がっていたりする。

 いつの世も、只々強い者に奪われるだけの人々は存在したのだ。

 そんな地獄を訪れては、そこに住む子供達へ、酒呑童子は気まぐれに声を掛ける事があった。

「俺と来るか?」

 酒呑童子は美丈夫だ。ひとたび笑みでも浮かべようものなら、老若男女身分を問わず、誰もが頬を染めうっとりしてしまう程の美丈夫だ。

 そんな麗しい男に声を掛けられたら、子供だってホイホイとついて来るだろう。

 しかし、死体が転がっているのが当たり前、といった地獄の日常を過ごす子供達へ声を掛ける時、酒呑童子は角に牙に爪、全てを露わにした本来の姿を見せていた。

 顔が美しい分、恐ろしさが酷く際立つ。

 だから大半の子供達は生存本能に従って逃げた。

 しかし中には眠っていた闘争本能が呼び覚まされる者もおり、そういった者を見つけるや、美しく恐ろしい悪鬼は大層機嫌良く連れ帰るのだ。


 その日も、人に化けた酒呑童子は茨木童子を連れて、地獄のような街を歩いていた。

 土埃が舞う道にうずくまるのは、骨と皮ばかりとなり、後は死ぬだけの人々。虚ろな目には何も映らない。

 辛うじて身が付いている者、まだ動ける者は酒呑童子の美しさに呆然とし、追い剥ぎを働くのも忘れた。

 いつもの風景、いつもと同じ反応。

 ところが今日はその中に、いつもと違う目があった。

 6、7歳の子供が独り、岩に腰掛け足をプラプラとさせているのだが、酒呑童子を見ているのに見ていないような、全く以て興味が無いような、そんな目をしていたのだ。

 狐狸妖怪の類ではない。紛れもなく人の子で、この地獄に相応しいみすぼらしさだ。

 だというのに、上等な衣を纏った絶世の美丈夫を見ても何の反応も示さない。

 これはどうした事か。反対に興味を引かれた酒呑童子が近付いて行くと、どこからともなくおかっぱ頭の男児が現れ、通せんぼをした。

 こちらは色白で福々としており、整った身なりからしても貴族だと分かる。こんな所に居る筈のない存在だ。


 しかしこれまた奇妙な事に、誰もこの貴族の子に目を向けない。

 いや正確には、酒呑童子を他所者だなあ程度にしか見ていなかった例の子供だけが、目を輝かせて岩から飛び降り駆け寄った。

「わらし、今日は何して遊ぶ?」

 声を聞けば女児だと分かる。

 生まれてこの方、女と名の付くものに無視された経験がない酒呑童子は、それはそれは驚くと同時にとても悔しくなった。

「おまえは何だ?」

 みすぼらしい女児とは違い、この男児は明らかに人ではない。

 だから、人の心を惑わす術でも使ったかと疑いの目を向けたのだ。

 すると。

「べぇーッ!だ」

 思い切り舌を出し、女児を促してどこかへ駆けて行ってしまった。


「……は?」

 これまた初めての体験だった為、咄嗟に反応出来ず、謎の男児にも女児にもあっさりと逃げられてしまう。

 ひゅう、と風が吹いて土埃が舞うまで固まっていた酒呑童子は、我に返るや人に化けるのをやめ本性を露わにした。

「おのれ偽わらべ!この俺に目を付けられて無事で居られると思うなよ!必ず正体を突き止めてくれる……!!」

 迸る妖力で死に切れず苦しむ者達に終わりを与え、都に住む人々を震え上がらせた酒呑童子は、山へ帰るや片っ端から妖怪を当たり、男児に覚えはないかと聞いてまわる。

 結局近場の妖怪だけでは分からなかったので、茨木童子に留守を任せて全国を飛び回る内、徐々にその正体が明らかになって行った。




「……で、帰ってった兄貴が言うたんが、『アレは福の神の化身だ』やったんすよ」

 いかに酒呑童子がイケメンで強いかをいちいち挟みながら語られ、結論が出る前に鈴音はもうお腹いっぱいである。

 でも自分が尋ねたからこうなっているので、責任持って最後まで聞かねばならない。

「福の神の化身。妖怪やないん?」

「後に続く座敷童子らは妖怪になるっすけど、最初のあいつは神の化身やったみたいっすよ」

 黙って聞いていた綱木が成る程と頷く。

「神としては、特に座敷童子のような存在を生み出したろ、とは思てなかったんやね。ただ子供に化けて、自分の姿が見えるもんと遊びたいだけやった。結果的に妖怪が生まれてしもたけど」

「ほぇー、神様の息抜きみたいなもんですかね?あ、そしたら迷い家も?」

 確か虎吉が神力寄りの妖力だとか言っていたぞ、と思い出した鈴音がポンと手を叩けば、茨木童子は頷いた。


「神が作り出した遊び場が妖怪化して、ああなったみたいっす」

「出たよ神様の不思議パワー。えー、ほんなら、神力を浴び続けたら人も物も妖怪化するいう事?」

 結論を急ぐ鈴音を綱木が笑いながら止める。

「それやったら、神社に関わる人や場所はいずれみんな妖怪になってまうやん。殆どの神社には神力が満ちてる訳やし」

「そうや、骸骨さんの大鎌が隠れるぐらいやのに」

 慌て過ぎた鈴音が頭を掻くと、自分も同じ事を酒呑童子に言ったのだと茨木童子が笑う。

「兄貴曰く、よっぽど強い憧れいうか、こうなりたいなあっちゅう思いだけがある状態にならな、影響は出ぇへんらしいっすよ」

「あ、成る程それで、未練の有る無しが関わってくるんや?」

「そういう事っす。まあ、他に好きなもんや気になるもんがあるような奴は、妖怪になったりせぇへんっすよね」

「確かに。座敷童子は知らんけど、般若ならあと一歩の人を見た事あるから、妖怪になるんやったらあのぐらい思い詰めなアカンのやろなぁ、いうんは何となしに分かるわ」

 寂しい悲しい、ひとりぼっち。そんな子供が楽しいと嬉しいで出来た世界を知ったら、そこから離れたくなくなるのは当たり前だ。

 無理に引き離そうとすれば、般若の形相にはならずとも、泣き叫んで手がつけられなくなるかもしれない。


「神様が選んだ遊び相手でも、いわゆる普通の家の子は座敷童子になったりせぇへんのやね」

 綱木が言うと、茨木童子は大きく頷いた。

「兄貴に見惚れへんかったガキは、親に捨てられてあそこに()ったんすよ。そんな目に()うても大体のガキは親を求めるんすけど、あのガキは勇斗と一緒で全くそれが無かったみたいっす」

 そんな抜け殻のような女児の前に、突如現れた楽しいと嬉しいの塊。一体どれ程の衝撃だったろう。

 離れたくない、ずっと一緒がいい、そう思うのは自然な事だ。

 けれど相手は神だから、ずっと一緒は無理だったのかもしれない。

 いつの間にか意思を持った遊び場へ女児を残し、神界へ去ってしまったのだとしたら。

「神様を友達や思て妖怪化した女の子は、神様が迷い家へ来んようになったら寂しかったやろね。神様がしたみたいに、迷い家から出て友達探しに行こうと思うかも」

 鈴音の呟きには茨木童子も綱木も頷いた。


「まさにそんな感じで、最初は神の化身に似た格好しとる貴族の子供と遊んどったらしいっす。けど、貴族の子供は遊び方がお上品やから、合わんかったみたいっすね。迷い家と一緒にあっちゃこっちゃ移動して、庶民のガキと遊んでは本人も知らん間に座敷童子を増やしとった、と」

 その内の1体が今回、河童が声を掛けた座敷童子なのだろう。

「兄貴としては、無視したガキに『一緒に遊ぼう』て言わしたかったみたいなんすけど、あっちは大人に全く興味が無いみたいで。結局最後まで無視されてたっすねー」

 鈴音と綱木の脳裏には、声を掛けて欲しそうに佇む絶世の美丈夫と、その前をトトトと走り去って行く座敷童子の姿がよぎった。

「ぶふっ。酒呑童子がかわいそ可愛い」

「俺には哀愁漂う後ろ姿が見えたわ」

「おお、流石は兄貴や。()うた事ない(あね)さんらの瞼の裏に現れるやなんて」

 茨木童子の兄貴賛美は取り敢えず無視して、深い溜息を吐いた綱木が幾度か頷く。


「何にせよ、勇斗君が座敷童子や河童と一緒に()りたいて望むなら、外野が止めるんは無理やいう事やね」

 立場的に、阻止すべく行動するのかと思っていた鈴音は、綱木の穏やかな表情を見てホッとした。

 人に害をなす妖怪に変わるというなら全力で止めたのだろうが、座敷童子なら許容範囲らしい。

「親が心入れ替えるなら勇斗君に交渉してみるんも有りやけど、30数年掛けて形成された性格がそんな直ぐ変わる訳あらへんもんな。それに、迷い家に本気で隠れられたら、俺らが探し出すんはまず無理やし」

「へぇ、迷い家てそんな隠れんぼ上手なんですか」

「うん。権力者が誰も巡り会えてへん時点で、高名な坊さんでも陰陽師でも探し出されへんかったいう事やからね」

 のどかな景色の中に建つ昔話な姿に騙されがちだが、自身は勿論、人をも瞬間移動させられる実力の持ち主なのだ。福の神がいつから子供に化けて遊んでいたかにもよるが、下手をすると茨木童子より長い時を生きているかもしれない。

 あまり似合わないものの、大妖怪と呼んで差し支えない存在だった。


「ほんなら、勇斗君は勇斗君の好きにしてええいう事ですね?他の子らは多分、そのうち帰って来る思いますけど」

「そうやね。上には俺から話しとくわ」

「分かりました、迷い家や河童にそう伝えます」

 勇斗や座敷童子に言っても、最初からそのつもりだけどとキョトンとされて終わりそうなので、あの世界の大人にあたる河童達に知らせておくのが良いだろう。

 宴会だとか言い出すかもしれないので、キュウリを仕入れて行くべきかなと鈴音は小さく笑う。

「よし、澱掃除したら迷い家行って、みんなに色々と教えたろ」

「そっすね!」

「頼んだで」

 微笑んだ綱木に見送られ、鈴音と茨木童子は骨董屋を後にした。




猫の侍女こいね

パッシブスキル:寝落ち _(:3」∠)_

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