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第四百五十九話 情報交換しよう

 翌朝。

 骨董屋へ出勤した鈴音と茨木童子は、昨日迷い家で聞いた話の内容を、綱木に説明している。

 事務所スペースで向かい合って座った綱木は、自身が持っている情報と照らし合わせているようで、呆れたり唸ったりしながら幾度も頷いた。


「向こうの子供が何も無いとこで派手にコケたんは、座敷童子の仕業やったんやね」

「あれ?そこ食い付きます?」

 鈴音としては、警察の調べで分かっているだろう、引き取り先の思惑を知りたかったのだが、綱木は座敷童子の仕返しに思う所があるようだ。

「ショッピングモールやってな、その子がコケたん。ワーッと走り回って母親より前へ出ようとした時に、何も無い平らな床の上で、前へ一回転しながらコケたらしいねん。まるで、誰ぞ(だれか)に足でも引っ掛けられたみたいに」

 その“誰ぞ”こそ座敷童子で間違いない。

「慌てて駆け寄った両親に、『勇斗にやられたー!』とか指差して言うたらしいねんけど、その子がコケたんは母親の横を抜けた時。勇斗君は母親の隣に並んどる父親の後ろ歩いとったから、位置的に誰がどう見ても何かすんのは不可能やねん。なんぼその瞬間を見てなかったいうても両親かて分かるやろに、勇斗君を睨み付けて『そんな酷い事する子はもうついて来んでええ!』言うて、その場に置き去りにしたんやと」

 勇斗からすれば、何を言われているのかも分からなかったろう。


「周りは人の目だらけな訳や、ショッピングモールやから。目撃者からしたら、アイツらは何を言うとんのや?となるやろ?」

「商業施設内で走り回る迷惑なクソガキが勝手にコケて、手も足も届く筈ない位置に()った子にやられたとか言い出して、それ信じた両親は無実の子に暴言吐いて置き去り、ですか。一瞬、自分の頭がおかしなったんかな?何か見間違えたか聞き間違えたかしたかな?て思いますね」

 鈴音が半笑いで言えば、茨木童子も呆れ顔で頷いている。

 長年、支離滅裂な言動をする悪霊と対峙してきた綱木でさえ、『俺も意味分からん』と遠い目だ。

「まあ何せ、4歳の子を置き去りにしようとしとる訳やから、善意と勇気のある人が声掛けてくれたんよ。『こんなとこに放って行ったら危ないし虐待ですよ』て」

「あ、分かった。躾です!て答えたんちゃいます?」

「ふふふ、甘いで。『悪い事をしたら罰が必要なんです、虐待やなんて失礼な!他所の家のルールに口出すなんてアナタ何様ですか!』や」

 異世界で様々な悪党や自己中心的人物と関わってきた鈴音も、これには目が点である。


「思てたんより百倍ぐらいアカン奴らやった。変な宗教とかハマるタイプちゃうやろか」

「相当ヤバいっすね。ダメの一言で片付けた座敷童子が凄いな」

 寧ろダメとしか言いようがない気もする、と鈴音は乾いた笑いを零した。

「けどまあそのアカン対応のお陰で、所轄署に何本か電話が入ったんよ。向こうの子が『勇斗にやられた』いうて指差してんのが変や思て、動画撮っとった人もおったらしいわ」

「おー、みんなええ人」

「ホンマに。変質者に攫われたりせんように、サービスカウンターまで連れてったろて言うてくれた人も()ってね。けど……これは座敷童子の入れ知恵なんやろなぁ……、『意地悪されるから、あっち行ってええ子にしとく』言い残して、近くの曲がり角へ歩いてってしもた、いう証言があんねん」

 鈴音の目には、性格の歪んだ少年を転ばせてベーッと舌を出し、勇斗へ効果的な台詞をコショコショと耳打ちして、帰り道はこっち、と先に立って歩く座敷童子の姿が見える。


「ふふ、座敷童子と一緒に角曲がって、迷い家へ帰ったんでしょうね」

「そうやろなぁ。ほんで、罰とやらを与えたつもりの阿呆が戻って来る頃には、所轄署からの指示で様子見に来た警官に、目撃者の皆さんからカクカクシカジカと話が伝わっとる訳や」

 話を聞いた警官達にも幼い子供がいるそうで、何とも酷い仕打ちに『ここでもう保護責任者遺棄罪で逮捕したろか思た』と大層お怒りだったらしい。

「気持ちメッチャ分かるわお巡りさん。でもそうもいかんから、『息子さんをこんなとこに置いてったらダメでしょう。誘拐でもされたらどないするんですか。車に戻ってへんか一緒に確認しに行きましょ』とか言うしかないですかね、最初は」

 鈴音が顎に手をやりつつ想像した事を口にすると、綱木は大きく頷く。

「まさにそれや。この段階ではまあ、精々が迷子扱いやからね。ほんで、警官と一緒に車を見に行くけど、当然そんなとこには()らへんやん?」

 迷い家がいい仕事をした後なので当たり前だ。

 しかしクズ親達も真面目な警官達も、それを知る術を持たない。


「さーあ、えらいこっちゃ。駐車場がアホ程デカいから迷とるんちゃうか、まだ店の中に居てるんちゃうか、名前は、歳は、服装は?全館に放送して貰え、歩いて帰ろうとして外へ出た形跡は?」

 綱木の声を聞き、真剣な表情でやり取りする警官、こんな騒ぎになるなんてと固まるクズ家族、連絡を受け防犯カメラのチェックを始める警備員、館内放送を聞いて辺りを見回す親切な人々、そんなザワザワとした景色が鈴音の脳裏に浮かぶ。

「歩いて帰ったんちゃうか、いう疑いに対して、クソ親は何て答えたんですか?ちゃんと、『引き取ったばっかりやから、まだ道なんか覚えてへん思う』て言うたんですかね?」

 鈴音の疑問に、綱木は首を振った。

「いいや。直ぐに見つかる思てたんやろなぁ。せやから、勇斗君が戻って来た場合に備えて母親と子供は車で、父親は置き去りにした場所で待機さして、警官も捜索に加わってくれたそうやねん」

「お巡りさんゴメンナサイそこには居てません」

「ブフッ、まあ鈴音さんがもしそこに()っても、その情報は出されへんから。それはしゃあないねんけど、里親はちゃうやんか?引き取って日が浅いて言わなアカンやん、勇斗君は特に事情が複雑やねんし」

 実の親が自ら手放した子ではない。本人達は虐待を認めていないのだ。


「昨日、智君との会話でも出ましたわ。虐待受けてた里子が行方不明になったら、真っ先に疑われるのは実の親や、て」

「それ。実の親による連れ去りの可能性も出て来るから、警察には最初に言わなアカン情報やねん。そら叱り飛ばされるで?『そんな危うい立場の子を置き去りにしたんか!』て。けど子供の命に関わる事やねんから、躊躇っとる場合やないわな普通は。おまけに勇斗君は、未だ性別も年齢も分からん謎の犯人に誘拐されてた事になっとる訳やし」

「あ、そうやった」

 真相を知る鈴音や茨木童子はすっかり忘れていたが、勇斗は神隠しとしか思えぬ誘拐に遭い、犯人の気まぐれで奇跡的に戻って来られた子供、という事になっているのだ。

 つまりクズ親達は、虐待する実の親と証拠を残さぬ誘拐犯という、出くわしたら危険極まりない敵が居る勇斗から目を離し、親切な人の振りをすれば誰でも連れ去れる場所へ、たった独り置き去りにした事になる。


「結局いつ言うたんですか、引き取ったばっかりや、て」

「2時間経ち3時間経ち、なんぼ何でもおかしいぞ、防犯カメラには映ってなかったけど、小さいから大人に紛れたら見えへんやろし、こらやっぱり歩いて帰ったんやで。パトカーでゆっくり家まで走ってみよ。となった時」

「あーあ。遅過ぎる」

「アホっすね」

 呆れ返る鈴音と茨木童子の耳には、激怒した警官の雷が今にも聞こえてきそうだ。

「そーらもう、『アンタらは何を考えとるんや!』となるわな。即、所轄署に連絡入れて、所轄署から児相にも連絡行って、実の親の所在確認や。全く別の場所に()るて確認は取れたけど、何故か里親の名前を知っとる事が分かったり」

 ほら繋がってた、という顔をする茨木童子に、鈴音はウンウンと頷く。

「探偵にでも頼んだんか、接近禁止やぞ、となって実の親の方も調べられる羽目になる。勿論、里親も児童虐待防止法に引っ掛かる可能性が出て来た。保護責任者遺棄罪と、置き去りで心理的に追い詰めた脅迫罪やね。捜索は警察が引き継いで、里親は所轄署行きや」

「出た。詳しいお話を伺いたいので署までご同行願います。いうやつですね」

 刑事ドラマでよく見るシーンだ、と目を輝かせる鈴音に綱木は『それそれ』と笑った。


「勇斗君に『もうついて来んでええ!』言うてる動画はあるし、勇斗君が足掛けたり突き飛ばしたり出来る位置には()らんかった、いう証言は大勢から出てるし、『意地悪されるから』て勇斗君が言うてたっちゅう証言もあるし」

「実の親は『向こうから連絡してきたんや』言うし?」

 鈴音が人差し指を立てて口角を上げると、綱木は軽く目を見張ってから微笑んだ。

「よう分かったね、その通りやで。『お前らの代わりに育てたるんやから養育費よこせ、言うてきたんです。そんなチンピラみたいなこと言う人らにウチの子預けるなんて!児童相談所を訴える!』みたいな勢いらしいわ」

「あははー、茨木の予想的中。いやもう、裁判起こす権利は誰にでもあるから、好きにしたらよろしいけど。チンピラてどの口が言うてんねやろ。あれですね、目くそ鼻くそを笑う。いやちょっとちゃうわ、同じ穴の狢?ムジナに失礼やな、同じ穴の目くそ鼻くそ?」

 鈴音が作り出した謎のことわざに、綱木も茨木童子も大ウケである。

「ちょ、どないしたら同じ穴に入るんや……!」

「衝撃の出会いっすよそれ……!」

 言われてみれば、と思った鈴音だが、ウケたので良しとした。


「そういえば、そもそもクソ親達は何で、勇斗君も一緒に買い物へ連れてったんですかね?それこそ家に置き去りにしそうなもんやのに」

 ふたりの笑いが落ち着くのを待ってから、鈴音はふと思い付いた事を尋ねてみる。

「ああそれな、警官も疑問に思て聞いたんやて。そしたら、家に置いてったりして、ウチの子のおもちゃ片っ端から壊されたりしたら嫌やから、て答えたらしいわ」

「おもちゃ壊す?」

「勇斗君がやった言うて、()うたばっかりやのに乱暴に(あつこ)うたせいで壊れたおもちゃ見せに来たんやて、可愛いウチの子君が」

 鈴音と茨木童子が揃ってスナギツネと化し、綱木は溜息交じりに続けた。

「警官もな、ショッピングモールの目撃者らから聞いてる訳やん。無実の子を指差してアイツにやられたとか言う、かなり性格良さそうな子供の話」

 その証言と勇斗が残した『意地悪されるから』を繋ぎ合わせれば、彼らの関係性は簡単に見えてくるだろう。

「もう、ムカーッとなって、『鑑識に頼んでそのおもちゃの指紋採ったろか』て喉まで出掛かったらしいわ」

 自分なら言ってしまう、我慢出来る精神力は流石だ、と鈴音はその警官を心から尊敬した。


「まあ、実の親に勇斗君の居場所教えたも同然やからタダでは済まへんし、て自分に言い聞かせてたら、更にええ情報が出てったそうで」

「まだ何かあるんですか」

「ここの父親が市の職員やねん」

 鈴音の脳裏に、眼鏡をキラリと光らせた智がよぎる。

「智君の予想通りや」

「へぇー、賢いねんな智君。ほんで、役所はこの手のトラブル大嫌いなんよ。市の職員として知り得た情報を使て児相に自分らをアピール、児相も役所勤務やし親戚やし大丈夫やろて審査甘なる、結果はこの通り。マスコミが大喜びで食い付くネタやろ?」

「クソ親にも児相にも処分下すべき!てネットでも大騒ぎになるでしょうね」

「ね。でも今のところ明確な地方公務員法違反はしてへんから、市として処分すんのは難しい。……その分、職場内での無言の圧力は凄まじいもんになる」

 外へ出ればマスコミに追われ、ウェブ上では住所まで晒され、職場では無言の圧力を掛けられ、近隣住民からはヒソヒソ話をされ無視される。


「うわー、生き地獄。でも被害者は自分らの方やとか思ってそう」

「けどネットに個人情報晒す行為以外は、訴えた所でどないも出来へんからねぇ。役所の職員は仕事で必要な事なら会話するやろから、集団で無視する大人のイジメです!とも言われへんやろし」

「近所付き合いするかどうかも、他人に決められる筋合い無いですもんね。変な噂話でも広めてたら名誉毀損になりますけど」

 2人のやり取りを聞いている茨木童子が、人の社会の面倒臭さに遠い目をしていた。

「そういう訳で、えげつない未来が見えた警官は、自分が余計な事言うて後から訴えられる必要はないわ、て頭を切り替える事が出来たらしいよ」

 微笑んだ綱木に鈴音もにこやかな笑みを返す。

「ええ判断ですね。実の親含めたクソ親達は、もし有罪になってもどうせ執行猶予付きでしょうけど、もう安定した生活は望めませんもんね。クソガキ君も、おもちゃは大事に使わなアカンて覚えるでしょう。全員、勇斗君が味わった痛みのほんの一部が返ってきただけやねんから、文句言わんとって欲しいですね」

 とは言ったものの、揃ってギャアギャア吠える姿しか想像出来ないが、そこに勇斗が巻き込まれる事はもうないので、好きにすればいいと鈴音は口角を吊り上げた。

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