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第四十四話 本物の悪党

 一行を十畳程度の部屋に通し、話を伝えてくるので暫し待つようにと告げて、案内係が出て行く。


 玄関ホールからここまでの間に、東の島国から商売の為にやって来た兄と妹と、とある国の神官達だと自己紹介は済ませておいた。

 冷静さを取り戻し、随分と多くの“寄付”をするのだなと、どこか訝しんだ様子の案内係には、商売の話とは別にとても大事な相談があるから、と悪女の笑顔で含みを持たせた。

 それだけで、ああ成る程、と案内係が納得してしまうのだから、大金が動く“大事な相談”は珍しくもないのだろう。

 恐らく、ここは大神殿ではなく怖いお兄さん達の事務所だったかな、と言いたくなるような内容ばかりだと思われる。

 心の中の鈴音が遠い目をしたのは言うまでもない。


「……よし、盗み聞きしとるような人は……おらへんね?」

 案内係の足音が遠ざかり、周囲に何の気配も無い事を確認した鈴音は、念の為棚の上に居る虎吉を見る。

 何も居ないと虎吉のお墨付きも貰い、漸く一息ついた。

「はー。下手な芝居がバレんでよかったー。きんの威力は凄いな」

 胸を撫で下ろす鈴音に、神官長達は驚きを隠せない。

「下手な芝居だなど、とんでもない。事情を知っておっても、あれが本来の姿かと勘違いしそうになりましたぞ」

「怖かったです……」

 口々に言ってから、すぐに揃って目を伏せた。

「本来の姿が醜いのは……我らの仲間の方でしたな」

「普段の姿が演技で、あれが本性なのですよね……信じられない……」

 二人共、案内係については語るが、その先の人物については避けている。

 昨日までどころか、つい先程まで信じて疑いもしなかった相手なのだから、仕方の無い事かもしれない。

「んー……、いきなり刺激が強過ぎたかもしれませんが、こっからが本番なんで……あれが可愛い位のどぎついモン見る羽目になると思います。あの、無理やったら外で待っといて貰てもええんですよ?」

 誤魔化しときますから、と言う鈴音に二人は首を振った。

「本来は我々がすべき事です。我々が不甲斐ないばかりに、御使い様のお手を煩わせてしまい誠に申し訳無く」

 土下座の習慣はなさそうだが今にもしそうな勢いの神官長を慌てて止め、鈴音は幾度も頷く。

「解りました解りました大丈夫です、落ち着いて。はい、このままみんなで乗り込みましょう」

 それぞれの目を見て頷くと、二人は安堵の息をついた。


「それで、この先に進むにあたって、多分その聖剣は預かるて言われる思うんですよ。そら絶対警戒しますよね、悪党と取り引きすんねんから」

 二人が落ち着いたところで、神官長の聖剣について触れる。

「けど、あんな神官がるトコで、どっか持ってかれるのは危ないですよね?他の神官もあんなんやったら、その剣が聖剣やて解った途端に、偽物返して本物売っ払うぐらいの事しそうですやん?」

 そんな卑しい行いなど想像すらしなかったのだろう、鈴音の指摘に二人揃って唖然としている。

「なので。……めっちゃ言い難いんですけど。……私が神官長様からその剣をうた事にします。聖剣としてやのうてお家に代々伝わる名剣か何かいう事で」

 一息に言い切って、チラ、と神官長を見た。

 相変わらず唖然としている神官長だが、視線が動いているので、話の内容を理解しようと努力してくれているのが解る。

 純粋過ぎる神官には意味が伝わらなかったようだが、理解したらしい神官長は悲しげに微笑んで頷いた。

「金銭のやりくりに失敗した愚かな神官長は、偶然出会った悪い商人にこれ幸いと話を持ち掛けたのですな。大変良い剣なのだ、高く買ってはくれまいか、と」

「そうですね。そしてその神官長は、よく似た安物の剣をこの街で仕入れるつもりです。王国で買ったらバレてまうから。それを聞いた悪徳商人は、大神官に口利きを頼みたいので、大神殿まで案内してくれと頼んだ。勿論、案内料は払うと約束して」

「目的は果たした筈の神官長が、ここまでついてきているのは何故でしょうな?」

「この国と王国とは仲が悪そうなので、自分は違うぞ大神殿側だ、と大神官様に覚えて頂く為ですね」

「ああ、この国の代表と大神殿の神官は結託しているのでしたな……よく解りました」

 子供達に見せる劇の打ち合わせでもしているかのような鈴音と神官長のやり取りに、神官は呆気にとられて声も無い。

 思わず虹男を見ると、棚の上の虎吉に下から指を出しては叩かれるという遊びをしていた。

 あのくらい強い心が欲しい、と肩を落とす神官に、鈴音から声が掛かる。

「神官さんはそのままで大丈夫です。大神官様に恐縮しまくってる感じに見えますんで」

「はい、黙って頷いておきます」

 神官がそう返した時、虎吉の耳が扉側へ向いた。

「こっちに来よるで。さっきの案内係や」

 頷いた鈴音は再び悪党の顔を作って待ち構える。


「お待たせしました。大神官様のお部屋まで御案内します。ただ……」

 ノックに続いて姿を見せた案内係は、マントに隠れた神官長の聖剣に視線をやった。

「お腰の物は預からせて頂きますよ?」

 予想通りの展開だが、鈴音は思ってもみなかったとばかり驚いて見せる。

「あら、そうなんですかぁ?困ったわぁ、それ、私のモンなんですぅ」

「……え?それはどういう事です?」

 怪訝な顔をする案内係に、意地の悪そうな笑みを返す鈴音。

「嫌やわぁ。そんなん買い取ってあげたに決まってますやんかぁ。皆まで言わしますのん?イケズやねぇ」

「あー……、なるほど、はいはい」

 案内係から憐れみの目で見られた神官長は、心の中で神に祈りを捧げつつ苦笑する事で堪える。

「せやからぁ、目の届く範囲で誰ぞが手に持っといてくれはらしません(くださいません)?私、自分の持ちもんは見えるトコに無いと、落ち着かへんのですぅ?」

 同じ穴の狢ではないか、お前達のやりそうな事などお見通しだ、と言わんばかりの笑みを浮かべ小首を傾げる鈴音に、参りましたと両手を軽く挙げた案内係が頷く。

「中に居る従者に持たせましょう。特別ですよ?」

「あら嬉しい、ありがとうございますぅ」

 ニッコリ笑う鈴音を促し、案内係が部屋を出て先を歩き始めた。

 あまり広くない通路に隠れ場所は無いので、虎吉は鈴音と虹男の後ろを歩く。

 人に見つかりそうな場合は、虹男の背中に爪を立ててへばりついてやろうと考えていたが、誰ともすれ違う事なく大きな扉の前に到着した。


 案内係が従者を呼び出して聖剣を持たせ、全員で室内へ入る。

「大神官様、お連れしました」

「ああご苦労。下がって良いぞ」

 その声で案内係は部屋を出て行き、聖剣を持った従者は無言で壁際に立った。

 増築したのか比較的新しく感じられる部屋はやたらと広く、調度品が無駄に多い。

 好都合だと直ぐに紛れ込んだ虎吉は、鈴音にだけアピールしてから気配を消した。

 目の端でそれを確認した鈴音は、部屋の奥の立派なソファーに視線を移す。

 展示物として置かれる西洋の甲冑のように、真っ直ぐ立てた剣に両手を置き、直立不動で無表情の男が二人、ソファーの左右に控えていた。

 服装から彼らも神官だと判る。

 それを従えているのが、太った体をソファーに沈めている、七十代手前ぐらいの人の良さそうな老人だ。

 その顔を見た鈴音は直感する。


『アカン、これ本物の悪党や』


 悲しいかな鈴音が暮らす港町には、割と最近まで怖いお兄さん達の本拠地があった。

 見るからにアレな者の方が当然多かったが、パッと見そうとは判らないどころか、大企業の重役にしか見えないような者も中には居た。

 そんな人物程、車から建物への出入りなどで多くの手下が守っていた。

 別に態々彼らを見物に行ったわけではない。

 鈴音が幼い頃はまだ、日常でごく普通に遭遇していたのである。

 そして、幼い日に見た普通のオジサン風の大悪党と、今ソファーに座っている老人が醸し出す雰囲気が、それはもうびっくりする程そっくりだった。


『こらマズイな。話が長引いたらバレる。この女どうしても魔剣が必要なんやな、と思い込んで貰えるかが勝負や』

 かねと引き換えに魔剣をばら撒いた理由や、使い手達を神の山へ向かわせた理由なども知りたいところだが、下手に突付くのは危険である。

『何せ私は女優ちゃうし、悪党でもないしなぁ』

 案内係のような小悪党はどうにか騙せても、本物の大悪党相手ではそうもいくまい。

 とにかく魔剣造りの親玉がこの男であると判れば成功。

『しくじったら……神官長様達には申し訳無いけど、軽く暴れてビビらして、それでもアカンかったら爺さんぶん殴って吐かそ』

 悪党ではないと言ったそばから、考え方が完全にならず者のそれだが、神殺しの原因はこの男だと女神に知って貰う必要があるので手段は選んでいられなかった。

『私には猫神様がついとるし、虎ちゃんも虹男も居る。失敗したってあんな爺さん指一本で勝てる、何も怖ない。よし、行くで』


 鈴音がゆっくりと近付いて行くと、笑みを浮かべた大神官は座ったまま自身の向かいにあるソファーを手で勧める。

「ようこそ。遥々東の島国から来たと聞いたぞ」

 二人掛けなので虹男と並んで座りながら、鈴音は微笑んだ。

 神官長達は背もたれの後ろに立っている。

「そうなんですぅ。大陸の方でお仕事さして貰お思いましてぇ」

 言いながら、虹男の膝に載っている革袋から箱を一つ取り出して開けた。

 中身は、直径3cmはあろうかというルビーのような石があしらわれた金のネックレス。

 大神官も思わず身を乗り出す程の迫力だ。

「これはまた……いくらするのか見当もつかぬな」

「ふふふ、お稼ぎになってる方やお貴族様にオススメですねぇ。他にも……」

 ネックレスの箱をローテーブルに置き、他の袋や箱を3つ4つ取り出して、次々と中を見せる。

 金の装飾品が欲しいと願ったので基本的には金なのだが、神々が白猫に良い所を見せようと張り切ってしまったのか、皆やたらと大きな石が嵌っていた。

「まあ、こういう見るからにお高いのんは、お貴族様がようけ(たくさん)る国の方が捌けるんでしょうけど、新参者では中々ねぇ」

 テーブル上に並べられた豪華な宝飾品を見つめつつ、大神官は幾度も頷く。

「そうだろうな。それなりの人物による紹介が無ければ近付けまい。貴族とはそういうものだ」

「やっぱりそうですよねぇ。せやから、大神官様に紹介状書いて頂いたり、そういった方々の集まりに同席させて頂いたりして、うまい事入り込みたいなぁ……と、よいしょ、思いましてぇ」

 喋りながら革袋に両手を突っ込み、金の延べ板を3枚取り出した。

 重そうな顔をしながらテーブルに置く。

 その確かな輝きに、またしても大神官は釘付けだ。

「これはこれは……。うむ、紹介状くらい直ぐに書いてやろうではないか。……流石に、彼らの集まりに参加となると、根回しも必要になるので少々難しいがな」

 案内役から革袋にどれだけの金が入っているか聞いているのだろう、3枚では足りないと言ってきた。

 だが“悪党の鈴音”の目的は魔剣である。よって、ここで応じるわけにはいかない。


「あらぁ残念……もっと持って来たらよかったわぁ」

 あっさり引き下がった鈴音に、大神官は怪訝な顔をした。

「ちゃうんですぅ、お貴族様との繋がりも大事やけどぉ、ホンマはもっと欲しい物があって、大神官様にお願いに上がったんですぅ?」

「ほう?」

 大神官の警戒レベルが引き上げられたように感じられる。

 しかしここで引き下がっては話が進まない。

「あれですよほらぁ、聖剣。私にも融通して頂けませんかぁ?」

 何も気付かぬふりをして、営業用スマイルでさらりと言ってのけた。

 当然ながら大神官も人好きのする笑顔で返してくる。

「これこれ、聖剣は神官に与えるものだ。いくらなんでもきんと交換というわけにはいかん」

 前のめりだった身体を戻しながら笑う大神官に、鈴音は小首を傾げて見せた。

「せやけどぉ、魔の山の麓にある街で、大神官様から聖剣貰た言うてるお兄さんがおったとか聞きましたよぉ?」

 その言葉に大神官の目が鋭くなる。

「ほほぅ、そのような法螺話があるのか」

「ええ。何人もの逞しいお兄さんらが同じ事言うて、山に入ったっきり帰って来ぇへんそうでぇ。色っぽいお姉チャンらが心配してましたねぇ」

 尤もらしく話す鈴音を、感情の読めない表情で大神官が見つめている。

「しかもですよぉ?聖剣やいう割に、そばで見してもうたら何や寒気がしたみたいでぇ。あれは聖剣ちゃうやろいう噂がまことしやかにぃ」

「……聖剣でないなら何だ?」

「そら、……魔剣でしょうねぇ」

 大神官の顔からも声からも感情は伝わって来ないが、怯むことなく鈴音は微笑んだ。そして続ける。

「この情報耳にした時は喜びで震えましたわぁ。どうか噂通り魔剣であって欲しい……いや、魔剣やないと困るんですよぉ。聖剣とちごて魔剣なら、誰が使つこても強なれるでしょう?」

「……どういう事だ?」

 僅かに興味を持った様子で眉を動かす大神官。

 ここが正念場だと鈴音は腹を括る。


 “悪党の鈴音”も話の内容も全て嘘だが、そこに一つだけ真実を混ぜ込むのだ。

 真に迫った演技ではなく、真実を。

 だから鈴音は思い出す。

 魂の光が灯ってしまわぬよう慎重に。


「消えて貰いたい相手がおりましてねぇ。けどそれがまた無駄に強いんですよ……。賄賂はやめろや何や、綺麗事ばっかりぬかす阿呆のクセにねぇ……」

 消えて貰いたいではなく、消そうとした相手の顔を思い出す鈴音の目に、明らかな殺意が宿る。

「あんなん生きとっても何の役にも立てしません。どないしたらあっこまで自分が正しい思えるんか、さっぱりやわ。ゲスいうかゴミいうか……、粉ッ々になるまで切り刻んで燃やしたったらええねん」

 醜く吠える男、燃える荷車、阿鼻地獄の炎。

 猫を裏切り殺した者達。

 怒り狂う白猫黒猫。

 殺された猫達が復讐する永遠の地獄。


 可愛らしい茶トラ猫。


 憎悪が募り危うく光が灯りそうなところで、オヤツをねだる茶トラを思い出しニンマリと笑う。

 鈴音はただデレただけなのだが、強烈な殺気を放った直後の笑顔は中々の狂気を感じさせ、大神官の表情を崩す事に成功した。

「随分とまた、面倒な相手が居るようだな?」

 優しげな作り笑顔ではなく、薄気味悪い笑みを浮かべた大神官に、鈴音は達成感で一杯の笑顔を向ける。

「いややわぁ恥ずかしい。うっかり全部ぶちまけてまいましたやん」

「くくく。それで、魔剣があれば邪魔者は消え、そなたの都合がよくなると?」

「そらもう、全てが私の手に入るのでぇ……お土産はこんなケチらんでようなりますねぇ。何せ黄金の国ですからぁ。山掘ったら直ぅぐ金が出るんですよぉ?」

 革袋を叩きながら鈴音が言うと、欲に取り憑かれた大神官は声を上げて笑った。

「はっはっは!黄金の国!ふははは!素晴らしい!」

 これが金の魔力というものなのか、本性を現した大神官は醜い笑みを隠そうともせず、鈴音に頷いて見せる。

「いいだろう、そなたに魔剣を授けてやろう」

 待ちに待った言葉を聞き、喜びで叫びたくなるのを堪えながら、大輪の花が咲くような笑みを鈴音は返した。

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