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第四百三十三話 ディナト様はまだ熊さんと森に

 そもそも女神様の剣士というのが、その剣士の強さから人々がそう呼んでいるだけなのか、本当に女神と関わりがあるのか、それすらも知らないモルテとボーリアを置いてけぼりに、村人達は盛り上がる。


「女神様の剣、見たいなあ」

「女神様に選ばれなきゃ持てないってホントかな」

「女神様は選んだ剣士に何をさせるんだろう」

「女神様が選んだ男なら知ってるんじゃないか?」

「なあ、プローデ!」


 村人達の視線を一身に浴び、プローデは『えーと』と眉を下げて頭を掻いた。

「取り敢えず、みんなに女神様の剣を見せてあげたらいいんじゃない?」

「そっか、そうだね」

 コソッとアドバイスしてくれたアーリアに頷き、魔法の鞄を探るプローデ。

 腰に下げている剣とは別なのか、と皆が注目する中、村長は娘の表情を見て青褪めていた。

 鈴音なら『うわ、また出た般若や』と言う所だが、この世界には鬼も悪魔も居ないので、村長はあの顔を何かに例える事は出来ない。

 只々、どこでどう間違って、他人様へあんな顔を向けるような娘になってしまったのか、そればかりを考えた。


 子供の頃は素直な良い子だったのに、今や平気な顔をして親にまで嘘を吐く。

 肉屋にいないと知って村中を探し回り、門番に『お嬢様?いえ、通ってませんけど』と言われた時の、『まさか山側へ出たのか!?』という焦燥感。

 そして『お嬢様が悪霊連れてるー!!』という声を聞いた時の、『詐欺師の次は悪霊……?』という絶望感。

 どうして次から次へと面倒事を起こしてくれるのか。村では噂すら聞いた事がない悪霊に、どこでどうやったら遭遇出来るのか。分からない事だらけで、頭がどうにかなりそうだ。

 だが今は、それらについて考えている場合ではない。とにかく暴言を封じなければ。女神様の剣士であるプローデに対し、おかしな事を言わせてはいけない。

 大賢者様と同等か、それ以上の立場となった男の機嫌を損ねたら、今度こそ何もかも失ってしまうのだから。



 村長のそんな決意も虚しく、プローデが鞄から剣を取り出した途端、ボーリアの顔には意地の悪い笑みが浮かぶ。

「やだちょっと、冗談でしょ?そんな貧相な剣が女神様の剣だなんて、子供でも嘘だって分かるわよ?」

 自身もまた『簡素な剣だな』等と考えていたせいで、ご丁寧に指まで差して嘲笑うボーリアを止め損ねた村長は、絶望からか貧血からかガクリと崩れ落ちて膝をついた。

 近くに居る村人達は気の毒そうな視線を送るものの、特に声を掛けようとはしない。その事からも、娘がどれだけ周囲に迷惑を掛けていたのか改めて思い知り、項垂れた村長はもう顔を上げられなかった。


 父親の様子や村人達の呆れ返った視線にも気付かず嗤うボーリアへ、怪訝な顔をしながら疑問を呈したのはまさかのモルテだ。

「あなたは一体、何をそんなに喜んでいるんです?あの剣が女神様の剣とやらでなかったら、この私を退ける術はなくなるのですが?自分を含め皆殺しにされるのが、そんなに嬉しいと?」

 モルテとしては純粋に不思議だった。

 化け物(鈴音)は只の旅人を名乗っているようなので、村人達はほぼ確実にあの光を知らない。つまり彼らからすると、今現在この場で悪霊を倒せるのは、嘘か真か女神が選んだという剣士のみ。

 だというのに、女神に選ばれた者しか持てないと噂される剣を、偽物だと嗤って喜ぶ。

 破滅願望でもあるのか、それにしては生への執着が強かった、と眉根を寄せ首を傾げた。


「み、皆殺しって」

 何も考えずプローデを馬鹿にして喜んでいたボーリアは、ここに居るのが本物の悪霊だと思い出し青褪める。

「何で殺されなきゃなんないのよ!私、あんたに恨まれる覚えなんかないわよ!?」

「質問の答えになっていませんが。全く、どれほど時が流れようと、下賤の者は愚かなままなのですね」

 明らかな侮蔑を顔に出しながら、モルテは肩をすくめた。

「私は別に、あなた方を恨んでなどいませんよ?ただ怒っているだけです。下賤の分際で、我々魔法使いを蔑ろにした事をね。これより先は優れた我々が世界を統べるので、あなた方のような下等な生物は不要です。1匹残らず駆除する必要があるため、皆殺しとなります。以上」

 当たり前の事だ、とでも言いたげな表情で返され、ボーリアも村人達も顔を引き攣らせる。


「魔法使いは尊敬されてるだろ、何言ってんだ」

「お前、いつの時代の悪霊だよ」

 魔法使いが蔑ろにされていた時代など、大戦を引き起こしたあの時代しかない。しかしそうだとすると、この悪霊は有り得ない期間ずっと潜伏していた事になる。

 主張が激しいので直ぐに見つかり、あっという間に倒されるのが悪霊だ。それが世の常だと人々は認識している。それなのに。


 女神様の剣士が居るから悪霊など怖くない、と言っていた村人達に怯えた様子が見え、モルテは実に満足そうな笑みを浮かべる。

「世界は滅んだんでしょう?私に滅ぼされたんでしょう?だったらあなた方が生きているのはおかしい。やはり皆殺しが正しい選択です」

 どういう理論だよ、とツッコむ者はいない。

 皆この悪霊の名が頭に浮かんだが、信じたくないので目を逸らしているといった状況だ。

「フフ、フフフフフ、愉快、とても愉快ですね!」

 ひとり悦に入るモルテが鬱陶しいので、鈴音はプローデに耳打ちする。

 頷いたプローデが一歩前へ出て、女神様の剣を構えた。

 ハッ、とこちらを見たモルテの目を真っ直ぐ見返し、黙って剣に魔力を通す。瞬間、剣は眩く光り輝いた。


 絶句するモルテと、目を見開き硬直するボーリア。

 ネガティブな反応をする彼らとは違い、村人達は光る剣を見るや一気に顔色を戻し、拍手喝采のお祭り騒ぎ。

「光ったー!」

「眩しい!凄い!」

「綺麗ねぇ綺麗ねぇ!」

「女神様の剣かっけー!」

 もう勝ったも同然だと大喜びな村人達の足もとで、村長は『本物……終わった……』と地面に両手をついている。


「まさかそんな剣が存在するとは」

 立ち直ったモルテが、身構えつつプローデを睨んだ。

「女神様は、我々がおそばに侍る事をお望みなのですか?」

「えっ?えー……と」

 そんな事を聞かれても、女神様からお告げも何も貰っていないプローデには分からなかった。

 ただ、それを正直に言うのは良くないという事は分かる。

「女神様にお仕えする神官様達が、特別な御力を使って悪霊を退治出来るんだから、やっぱりそういう事ですよね?」

 プローデとしては回答をぼかしたつもりだったのだが、モルテには違って聞こえた。

「フフフ、神官以上の力を与えられた剣士に、そんな愚問をぶつけるとは何事だ愚か者め、と。悪霊の存在を許すなら、女神様がこんな力を人に渡すか馬鹿め、と。確かにその通りですね」

「そんなこと言ってませんよー!?」

「ああ、手を煩わせるな自主的に旅立て阿呆め?」

「言ってないし言いませんし!」

 人の心の裏しか読まないモルテと、裏表の無いプローデでは、びっくりするほど噛み合わない。

 頑張って沈黙を保っていた鈴音が、堪え切れずに笑い出した。


「いやー、おもろー。人類皆殺しを企む悪霊でも、女神様は怖いんやなぁ」

 にんまりと笑う鈴音を見やり、モルテは呆れる。

「当然でしょう。世界を創造なさった方ですよ?」

「えー?そんな御方に許可も取らんと、大量殺人したん誰よ」

「ゴミを一掃するのに、女神様の許可は不要でしょう」

「あんたにはゴミに見えても、女神様には大切なもんやったかもしらんで?」

 ムッとしたモルテは言い返そうとして、やめた。

「確かにそう考えると、こんな剣を打たせた理由も分かりますね。神官ではなく、どこの誰とも知れぬ者に斬られてしまえ!という事でしょうか」

 逞しい想像力に鈴音は呆れる。

「そんなつもり無いよ多分。寧ろ、わざわざ選んだ剣士に斬らせるとか、優しさでしかない思うけどなぁ」

 すっかり女神様の剣イコール悪霊を斬る剣、という事になってしまい、神界ではノッテが戸惑っていた。



「どうしましょう。今更魔王が現れたら、何だか変な空気になりそうだわ……」

「魔法使いの悪霊が宿敵!みたいになっているね。もうそれでいいんじゃあないかな?実際、まだ潜んでいる者も居るかもしれないし」

 シオンが微笑むと、頬に手を当てたノッテも頷く。

「そうね、大賢者と一緒に旅をして各地で人助けをすれば、いずれ世界中に知れ渡るわよね?」

「うんうん。そしていつの日か、2代目に剣を受け継がせないといけないね」

「あら大変。また才能溢れる子を探さなくては」

 大変、と言いながらノッテは微笑んでいた。

「魔王を創る必要がなくなって、どこかホッとしているわ」

「ふふ、でもそのうち勝手に生まれるかもしれないよ?人が出す負の力は中々に厄介だから」

 自世界の魔剣を思い出し、シオンは顔を顰める。

「そうなったら、その時代の剣士に頑張って貰わなくっちゃ」

 嬉しそうなノッテを見やり、張り切って色々と手助けしそうだなあとシオンは笑った。

 後にこの会話を伝え聞いた、雷でハートが作れる器用な“偶然”さんが、2代目に相応しい才能を、と張り切って色々と策を練る事になるのだが、ノッテには内緒である。



 さてその頃人界では、後はモルテを仕留めるだけ、といった雰囲気になっていた。

「やっちゃえプローデ!」

「行けぇ女神様の剣士ッ!」

 囃し立てる村人達を一瞥し、モルテはわざとらしく溜息を吐く。

「あなた方には見えていないんですか?ここに人質が居ますよ?」

 そう言ったモルテの目が、へたり込んだままのボーリアへ向けられた。

 ギョッとしたボーリアはモルテから離れようとするも、足に上手く力が入らず動けない。

 その様子を見つめる村人達の表情は、憐れなお嬢様を気遣うものではなく、プローデの邪魔をするなよと呆れているものばかりだった。

 モルテとしては大変興味深く、自分の魔法の威力なら村全体が人質になっているのと同じだ、とは教えず成り行きに任せる。

 すると、ボーリアがプローデの方を見た。


「何してるのよ、助けなさいよ!女神様に選ばれたんでしょ!?」

 すぐ横に、伝説の大魔法使いの悪霊が居ようがお構いなし。

 偉そうな態度でヒステリックに叫んだ。

 それを聞いたプローデは、いつも通りの困り顔になっただけだったが、隣のアーリアは違う。

 その表情の変化を見ていた鈴音は、あまりの分かり易さに吹き出した。骸骨も肩を揺らしている。プリムスは一応心配しているようだ。

「ぶふっ。スンッてなった、スンッて」

「嫌いやいうんがよう分かるな」

 頷いた虎吉共々、2人がどんな対応をするのだろうと興味津々だ。

 勿論、そんな隙を突いてモルテがまた逃げないとも限らないので、しっかりと警戒しながら見守った。

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