第四百三十話 罠vs凶暴神使
ポカンと口を開け固まっている2人に気付いたのは、視線を島へ戻そうとした骸骨だ。わあ大変、と慌てた様子で鈴音の背を叩く。
「ん?」
何事だと振り向いた鈴音は、魂が抜けたかのような顔で固まるプローデとアーリアを見て、即座に視線を逸らしフッと笑った。
「……やってもうたな」
現実逃避した鈴音の顎に、虎吉が頭突きをかます。
「何をカッコつけとんねん」
「んふふふふもふスベ」
目尻を下げて虎吉を撫でてから、鈴音は2人へ向き直った。
「あのー、プローデさんアーリアさん」
声を掛けられた2人はハッと我に返り、畏敬の念が篭もりまくりの目で鈴音を見つめながら、両手指を胸の前で組む。
「んん?」
そのポーズはもしや、と嫌な予感に顔を引き攣らせる鈴音へ、プローデが叫んだ。
「めっ、女神様ッ!!」
ほらやっぱりね、な鈴音が否定するより早く、これでもかとばかり全力で否定する者が現れた。
「違うよ!?鈴音嬢は女神様ではない!!断じて!!」
女神ノッテを崇拝して止まないプリムスの物凄い勢いに、プローデとアーリアは思わずくっつきながら目をぱちくりとさせる。
「いいかね!?女神様は上品でたおやかで大人の色香も持ち合わせた、人々の理想を形にしたような御方なのだよ!?そんな女神様が鈴音嬢のワケがないではないかねッ!!」
拳を握って力説するプリムスから、そーっと皆が距離を取った。何故なら。
「……ほうほう、成る程?」
怒りのオーラを漂わせた鈴音が、素敵な笑みを浮かべているからだ。虎吉も黒目がちで大変可愛い。
「悪ぅございましたねぇ、品が無ぅてガサツで色気のイの字もあらへん女で」
「しまった私とした事が。まだ女神様のもとへ旅立つ訳にはいかないというのに……!」
やっちまったと頭を抱えるプリムスへ、虎吉が尻尾を振り振り抗議する。
「ゴルァ骨!どこに目ぇ付けとんねん!鈴音かてその気になったら上品なフリ出来るで!!」
「虎ちゃんそれフォローなってへん。あと、目ぇあらへんからアイツ」
「アカンやないか。ほなあれや、悪女やらしたら天下一品や!」
「見て虎ちゃん、みんなの『でしょうね』いう顔」
「なんでや」
耳を反らし、全く以て解せぬという表情になった虎吉を撫で、鈴音は遠い目をしながらプローデとアーリアに微笑んだ。
「まあ、あれですよ。とにかく、私は女神様ではない、と。言いたかったのはそれだけです、ハハ」
「何かすみません」
「私達が勘違いしたばっかりに」
2人が申し訳なさそうに気遣い、命拾いしたプリムスは虎吉を拝んでいる。
「でも、それじゃあさっきの光は……」
女神様でないなら何者なのかとプローデが尋ねかけた時、骸骨が鈴音の肩を叩いてから島へと一直線に飛んだ。
ただならぬ様子に急ぎそちらへ視線を向けると、ロケット発射台近くに人の姿が見える。
「あれがミサイル撃った犯人!?」
目を見張った鈴音の視界では、骸骨の姿に気付いたらしい犯人が慌ててどこかへ消えた。
「我々も行こう!誘導弾があの1発だけとは限らない!」
プリムスの声に頷いた鈴音が、現地組を纏めて念動力で持ち上げる。プローデが横に居るので、アーリアの顔に不安は無い。
「行きましょうディナト様!」
「分かった」
鈴音とディナトは頷き合い、共に地面を蹴った。
てっきりこの丘から島へひとっ跳びだと思っていたプリムスは、鈴音の描いた放物線がディナトとは違っており、着地先がまさかの海だと理解するや、両頬に手を当て悲鳴を上げる。
「ぎゃーーー!!私は泳げないのだよ!!女神様と比べた事なら謝るから助けてくれたまえーーー!!」
その悲鳴が終わる前に鈴音は海面を蹴り、振り向いてニヤリと悪い笑みを送った。
「へ?……ムキャー!!からかった!!悪女!!酷い酷い!!」
海の底に沈まずに済んで安堵したプリムスはジタバタし、プローデとアーリアは『何で海に落ちなかったの?』と目を丸くしている。
それに関する説明は特にせず、ヒビ割れたコンクリートの隙間から雑草が茂る島へ降り立った鈴音は、僅かに先を行くディナトの背中を追った。
「虎ちゃん、骸骨さんはこっちで合うてる!?」
「おう、この先やな」
「ありがとう!」
ディナトと並んだ鈴音は、一気に加速し発射台を通過。
すると、瓦礫の山の脇で手を振る骸骨が見えた。
そちらへ向かいつつ周囲へ視線を走らせ、やはり記録映像で見たままの、何もかも破壊され焼き尽くされた島だと確認する。
「遅れてごめん!」
皆を降ろした鈴音が右手で拝み、骸骨は気にするなと手を振ってから、地面を指さした。
「犯人はこの下いう事?確かに、地下施設があるて技術者さん言うてたけど……」
ここには瓦礫の山があるばかりで、地下への入口など見当たらない。
怪訝な顔をする皆へ、骸骨は石板に絵を描いて見せた。
「うわ、幽霊や。地面すり抜けたんかぁ」
「人を害そうとしたのだから、悪霊だね」
プリムスの訂正に成る程と頷いた鈴音は、基本的な事を尋ねる。
「この世界の悪霊て、物に触って動かせるん?」
「そうだね、出来る霊も居るね。本人が触れるのではなく、魔力で動かすといった感じかな。キミが私を運ぶ時に使う魔法と、似たようなものだと思えばいい」
「え、そうなん!?」
そんなわけあるか、とツッコまれると思っていたら、あっさり肯定されて鈴音も骸骨も驚いた。
「但し、かなりの魔力を必要とする割に、一度に動かせる重さは僅かなものらしいから、大それた事は出来ない筈なんだけれど」
それはつまり、悪霊がミサイルを発射台に設置するのは不可能、という事になる。
「それやったら、悪霊に取り憑かれた人が機械を操作した、て考えるんが無難いう事か」
鈴音の考えにプリムスは首を傾げた。
「おとぎ話でそんな場面を読んだ事はあるけれど、実際の霊は人に取り憑いて操ったりは出来ないよ」
「えぇー?何なんよ悪霊、弱ない?」
「うん、まあ、生前よほど凄い魔法使いだったとかでない限り、人を脅かしたり不快な思いをさせたりが精々だろうね」
含みのある言い方に、今度は鈴音が首を傾げる。
「……ん?凄い魔法使いやったらもうちょい色々出来るいう事?ほなこの下に逃げた奴、元魔法使いの可能性アリ?」
「恐らく魔法使いだと思うよ。それも、誘導弾の扱い方を知っている世代の」
「あ、そうか……」
今この世界で生きる者に、かつて人々を恐怖のどん底へ叩き落した兵器を見せても、キョトンとするだけだろう。
事実プローデは、鉱山にあった小型のミサイルを見ても恐れなかった。
「確認やけど、その悪霊は問答無用で消してええんかな。それとも、聞き出したい事ある?」
「うーん……、誘導弾を発射するまでに150年もかかっているのは、もしや1からチマチマと組み立てたのか?だとか、気になる点はあるにはあるけれど……、現場を見れば分かるだろうから問題ないね」
「よし、サクッと消えて頂く方向で」
鈴音とプリムスの会話に、プローデとアーリアは『神官様を呼ばなくていいのかな』『さっきみたいに光ると勝てるのかも?』とコソコソ。悪霊に対する恐怖心はなさそうだ。
「ほな早速、悪霊が待ち構える地下施設に行きましょか」
ホラーの苦手な人が聞いたら震え上がりそうな事を言いつつ、鈴音は土の魔法で瓦礫をブロック状にし、離れた場所に積み上げる。
すると、片付いた地面に耐火扉のような物が現れた。
スライド式らしいが、鍵がかかっているのか壊れているのか動かないので、仕方なく皆を遠ざけてから神剣を取り出して斬る。
「光全開で殴った方が早いやろ」
もうバレたのに何故と不思議そうな虎吉に、鈴音は微笑んだ。
「そうやねんけど、巻き込んでこの辺のコンクリも消えそうやん?今後また宇宙開発に乗り出す時の資料になるかもしらんし、なるべく壊さんと置いといたげよかなー思て」
「成る程な。アカンもんだけ消しとくんやな」
「うん、例の魔力の結晶とかね。置いとくと碌な事にならへんよね」
斬った扉が落ちないよう念動力で浮かし、脇へ置いてから神剣を仕舞い皆を呼ぶ。
「変な罠とかあったら危ないから、先頭は私と虎ちゃん、2段ぐらいあけて次にディナト様、プローデさんアーリアさんプリムス、最後に骸骨さんで行きましょ」
「まさか人が来るとは思っていないだろうから、流石に罠など無いのでは?」
鈴音の案に従って並びつつプリムスが言い、島の存在を知らなかったプローデとアーリアも頷いた。
だが、直ぐに彼らは悪意を持つ者の恐ろしさを思い知る事となる。
「わー、階段に火炎放射器が仕込まれてたー」
足下から噴き上がる炎に包まれながら鈴音が笑い、ディナトの後ろからその様子を見たプリムス達は、驚きのあまり言葉もない。
「殺る気満々やなぁ」
呟いた鈴音は魔力灯が照らす階段を更に明るくしていた炎を消し、力技で火炎放射器を取り出すと、動力となっている魔力結晶を引っこ抜いて取り敢えず無限袋に放り込み、やれやれと肩をすくめる。
「……鈴音嬢、私が甘かったと認めるよ。身体は大丈夫なのだね?」
心配するプリムスに、魔力で階段を直した鈴音は親指を立てた。
「火ぃとは仲良しやから平気やで!ね、ディナト様」
「ふふ、そうだな」
壁になって背後の皆を守ったディナトが頷き、プリムスはホッとする。
プローデとアーリアは、鈴音が炎を物ともしなかった理由を『魔法使いって凄い』で片付けた。それ以外に、人が炎に包まれて無傷な理由など思い付く筈もない。
「よっしゃ次いってみよー!」
「うはは、かかって来んかい」
何故か楽しげな鈴音と虎吉に首を傾げつつ、プローデ達もディナトに続く。
その後も何度か火炎放射に見舞われ、階段を下り切った所で落とし穴にも落ちた。
水でも張ってあるのかと思いきや、10メートルばかり掘ってあるだけだったので、鈴音としては拍子抜けである。
「この世界、身体強化の魔法あるのにこれって。殺る気ない落とし穴やなー」
「昔は落ちたら溶ける水でも張っとったんちゃうか」
「あー、そっか蒸発してしもたんかな」
どっちみちノーダメージな鈴音は笑いながら跳び上がり、閉まっていた床を突き破って戻った。
この頃にはもう、現地組もいちいち驚かなくなっている。プリムスなど、これらを仕掛けた悪霊に憐れみを覚える程だ。
そうして、下手な喜劇のように全ての罠に掛かっては打ち破り、広い廊下を進んだ鈴音は、両開きの大きな扉の前に立った。
「あ、中に何か居るね」
「おう、1匹ちゃうぞ」
虎吉によれば扉の向こうは悪霊が1体ではないとの事なので、複数体による壁をすり抜けての攻撃も想定し、鈴音と骸骨は頷き合う。
嫌な気配を察知したアーリアに促され、プローデが女神様の剣を取り出し、彼らの後ろを守る骸骨が大鎌を構えるのを見てから、鈴音は扉に手を掛けた。
「はい、お邪魔しまーす!」
力任せに押された扉は、ベキッと可哀相な音を立てて鍵部分が壊れ、勢い良く開く。
そのまま格納庫のような室内へ踏み込んだ鈴音へ、四方八方から魔法攻撃が飛んできた。
「うわ、もしかして全員魔法使いとか言う?それってあれかな、特大の破壊力持ったミサイル1発で消えた、魔法使いの国の関係者?」
避けもせず防御もせず、火水風土の攻撃魔法を受け切った鈴音は、自身を遠巻きに囲む薄っすら透けた人々へ問い掛ける。
問われた悪霊達は何が起きたのか理解出来ず、魔法を放った体勢のまま固まっていた。
そんな彼らの背後から、透けていない人物がゆっくりと現れる。
長い茶髪を緩く結んだ白いローブ姿の男性は、一見するとすらりとした優男系だが、目だけは異様に鋭かった。
ディナトに庇われながら中へ入ってきたプリムスが、男性を見るなり残念そうに首を振る。
「やはりキミかね、モルテ君」
「ええ。お久し振りですね、大賢者様」
口元だけで笑ったモルテを眺め、虎吉が小首を傾げた。
「誰や?」
「あれよ、空を飛ぶ魔法の使い手で、先の大戦で世界滅ぼした事になってる大魔法使い」
「あー、はいはい。それが不死人になったんちゃうか、て骸骨が疑われたあれな」
「それそれ」
多分ディナトも『誰だ』と思っていそうなので、彼にも聞こえるよう普通の声量で会話した結果、モルテ本人の耳にも届き見るからに不愉快そうな顔をされた。
「それは、世界を滅ぼす事も出来ず、不死人にもなれなかった中途半端な私への嫌味ですか?」
冷ややかな声と視線をぶつけられた鈴音は、呆れ顔で笑い出す。
「知らんがな。巷に伝わってる話やん、何その被害妄想。不死人になれんかったんも、何かが邪魔をしたからやとか思てそう。自分の努力が足りひんかっただけやのに。嫌いやわー」
目の前の悪霊が伝説の魔法使いモルテと知った上で、こんな反応をされるとは思ってもみなかったのだろう。
モルテも悪霊達もポカンとして、一体何を言われたのかよく考え、その内容を理解して漸く怒り出した。
「なんたる侮辱……!」
「侮辱やのうて事実ですぅー。あ、でもホンマの事を言うただけでも、名誉毀損は成立するんやったっけ。ゴメンゴメン侮辱やったわ、あっはっは」
悪霊達に煽り耐性は無いようだ。皆ホラー映画さながらの、それはそれは恐ろしい表情になっている。
「さて。聞きたい事も特にないから、さっさと片付けてヨシ!て大賢者様にお許し頂いてんねん。誰から消える?」
ひとしきり笑った後、笑顔を引っ込めて悪霊達をぐるりと見回す鈴音。
「消えるのはあなたですよ、無礼な小娘」
冷たく言い放ったモルテが指を振ると、部屋のあちこちから小振りな魔力結晶が飛んで来る。
それら全てが鈴音に直撃し、爆発した。
「フン、少し勿体なかったでしょうか、いくら魔法が効かない相手だからといっ……て、も」
悦に入る悪党丸出しのセリフを吐いていたモルテは、爽やかな笑顔と共に手を振った鈴音を見て固まる。
「あれやねー、ラスボスは『やったか!?』とは言わへんのやねー」
「喧しかった」
「しもたぁ!ごめん虎ちゃん!ちょ、何してくれてんねんアンタ!絶対赦さへんで」
掴んで投げ返す等の対策を取らなかった自身の失策は棚に上げ、今の今までの余裕はどこへやら、モルテを指差した鈴音は魂の光を全開にした。




