表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
43/629

第四十三話 東の島国から来た悪女

 人の間をすり抜け、ヒョイ、と二階建て木造建築の屋根に飛び乗った虎吉は、辺りを見回す。

『特に神官がウジャウジャしとるわけでもないねんな』

 それなりに賑わっている街を眺めて頷くと、鈴音の視界から一旦外れ路地裏へ降りてみた。

 そのままじっと立ち止まる。

 虎吉に気付いた人々は物珍しそうな顔をするものの、特に騒ぎ立てたりはしなかった。

『ふむ。猫いう見た事無い動物に驚いとるワケちゃうな。あれ?動物がるぞ?ぐらいの驚きか』

 再び屋根に戻り、自身の姿が鈴音に見えるようアピールしておく。

『さっきの街でも別に騒ぎにならんかったし、鈴音と一緒でも意外と問題無い気ぃするけどなぁ。もし聞かれたら、東の島国には、よう居る生き物なんです。とかで誤魔化されへんのやろか。フツーの神殿ならともかく、大神殿で大神官に近付くとなると、そうは行かんのか』

 考えながら屋根から屋根へと飛び移り、大通りに面した建物の上に立つと、石塀に囲まれた広大な敷地を誇る、石造りの大きな建物が見えた。

 道を挟んだ隣にも、鉄柵に囲まれた広い庭の中に大きな建物がある。

『ん?神官が居るな。いうことは、あっちの塀の中にあるんが大神殿か』

 石塀に囲まれた敷地内には、真ん中奥にある本殿と思しき建物の他にも、大小様々な建物が並んでいる。

『ここには行列せぇへんのやな。水汲みせんでええんか?井戸は別の場所にあるんか?』

 門から敷地内へ入る人々を見ても、水桶などは手にしていない。

 鈴音達がまだ来ないので、一足先に大神殿入口へと近付いてみる事にした。


 開放されている門を通る人々を尻目に、塀を飛び越えて敷地内へ入りそのまま奥へダッシュ。

 大神殿の入口も全開だったので一気に通過し、建物内の柱に施された彫刻へ駆け上がり気配を消した。

 高い位置にある小窓から射し込む光と、蝋燭の灯りが頼りの玄関ホールは、ど真ん中の通路以外はやはり薄暗い。

 あまり明るさの無い場所で雉虎猫に本気のかくれんぼをされると、鈴音レベルの猫好きでも探し出すのは一苦労である。

 つまり、この世界の住人が虎吉を発見するのはまず不可能というわけだ。

 そんな安全地帯から下を眺め、虎吉は人の流れを観察する。

 殆どの人々が、明るい真ん中の通路を進んで、祭壇か何かがあるのだろう大きな部屋へと吸い込まれて行く中、極稀に違う行動を取る者も居た。

 この街の住人達とは少し違う服装の男が、拝礼の順路から外れた位置にある、受付カウンターのような場所へ向かう。

 そこに立つ神官に話し掛け、胸元から取り出した何かを握らせると、持っていた袋をカウンターに置いて中身を見せ、ニヤニヤと笑った。

 同じようにニヤニヤと笑う神官と連れ立って、別の部屋へと続く通路に消えて行く。

 離れた場所にいる人々に、このやり取りは見えないし聞こえないが、虎吉には勿論丸見えの筒抜けだった。

『いやー……思てた以上に腐っとったな。早よ鈴音に教えたろ』

 来た道を逆に辿って外に出た虎吉は、屋根の上で鈴音達を待った。



「虎ちゃんの嘘つき、どっか行ってもたやんか……!」

 辺りを見回した鈴音が、顔を顰めながら呟く。

 屋根から飛び降りた後はすぐに姿を見せてくれたので安心したが、何か考え事をしている様子の虎吉は、そのままヒョイヒョイと屋根を渡って先へ行ってしまった。

 後を追いたかった鈴音だが、神官長達を置いて行くわけにもいかないので、仕方無く地上を歩いている。

「虎ちゃん、虎ちゃん、虎ちゃんどこ」

 虎吉を探しあちこちへ視線を走らせていた鈴音はふと、窓辺に飾られた花々や、この街の人々の服に汚れが目立たない事に気付いた。

「神官長様、ここの街は水が豊富なんですか?」

 鈴音の問い掛けに振り向いた神官長は、頷きながら遠くに見える山を指す。

「あの山に大きな泉があり、そこから水を引いているのだと聞きました。小さな区画毎に一つ、その水を汲み上げられる井戸が整備されているそうです」

「へぇー……それで日照り続きでも平気なんですね、なるほど」

 勿論このまま雨が降らなければいずれ涸れるが、まだまだ先の話だろう。

 水があれば作物も育つので、肉や乳製品や卵が無いという寂しさはあっても、飢えの心配はしなくて良い。

 滅びに向かう世界の中で如実に表れる格差。

 王国の街で見た、バケツ片手に行列を成す、疲れた顔の人々を思い出し、鈴音は何だか切なくなった。

「えらい違いやなぁ……」

 鈴音が何を思って呟いたのか察した神官長は、辛そうな表情で頷く。

「もしも……本当に大神殿が関わっていたとしたら……私は……」

 大神官の嘘を知ってしまった神官も、絶対に無実だとは主張出来なくなってしまったようで、困惑の表情を浮かべている。

「……あー、すんません、お二人の気持ちも考えんといらん事言うて。とにかく今は、嘆くより真相究明ですね」

 ペコリと頭を下げた鈴音に、二人は慌てて手を振る。

「いやいや、こちらこそ申し訳無い。急ぎ大神殿へ向かいましょう」

 頷き合って歩き出し、大通りのそばまで来た時、鈴音は漸く屋根の上に虎吉を発見した。

 ホッとしてそのまま進もうとする鈴音を、虎吉が招き猫の仕草で呼び寄せる。

「くぁ……!っわいぃ……!叫ばれへん時にそういう事したらアカン……!」

 喜びながら文句を言うという器用な事をしながら、神官長達に断りを入れ虎吉の元へ向かった。そうする事が当然かのように虹男もついてくる。


「虎ちゃぁーん、先に行ったらビックリするやんかー」

 人通りの少ない路地裏で合流した虎吉を抱え、鼻をチョンチョンつついて抗議する鈴音。

「すまんなー、ちょっと考え事しとったら大神殿に入ってもうとったわ」

 鼻をペロリと舐めつつ詫びる虎吉に、鈴音の目が点になる。

「え?もう入ってったん?大丈夫やった……からここに居るんか」

「おう。ほんでな、大神官に会う為には貢物が要るみたいやぞ?」

「あー、やっぱりかぁ」

「案内役に袖の下渡して、貢物見して、それからどっかの部屋に連れて行かれよったわ。なんや、自分とこの土地がどうたらこうたら、大神官のお墨付きがなんたら言うて、ニタニタわろとったで」

 虎吉の説明に頷いた鈴音は、横でキョトンとしている虹男を見る。

「貢物用と、我々が商売人やと嘘をつく為の商品が早急に必要です。出来れば金そのものと、金の装飾品が欲しいところです」

 瞬きをした虹男が何か言う前に、彼の足元へ革袋がドンと現れた。

「あ、妻に言ってたのかぁ。どれどれ?」

 革袋を開けてみると、ひとつ1kgはありそうな金の延べ板が10枚と、何やら色々な箱や袋に入った装飾品がわんさと出て来る。


「なんだろう、妻の趣味っぽくない物がいっぱいある」

 怪訝な顔をする虹男に、少し考えた鈴音は頷いた。

「たぶんあれや、一緒に見てはる他の神様方が、面白がってご自分の世界から色々取り寄せてくれはったんやわ」

「一緒に見てる他の神?」

「うん。サファイア様、猫神様の縄張りに居てはるもん。せっかく繋がっとるから、迷惑掛けた皆様に謝りに来た、いうて。そのままお茶会に参加しとるみたいやで?」

 それを聞いた虹男が、衝撃を受けた様子で慌て始める。

「そ、そんなの駄目だよ、男の神もいっぱい居たよ!?絶対口説かれるよ危ないよ!通路開けて!?僕帰らなきゃ!」

 グイグイ迫る虹男が鬱陶しかったのか、半眼の虎吉が猫パンチを食らわせた。

「いてっ!」

 頬を押さえる虹男に、鈴音は呆れ顔だ。

「サファイア様からやと思とき。他所の男に口説かれたぐらいでフラフラ靡く女や思てんの?自分の奥さんを?あと、そういう事言える立場なんですかねー、結構な時間放ったらかしにしといた旦那さーん」

「うぐッ」

 杭でも打ち込まれたかのように、胸元を押さえる虹男。

「まあ、口説かれる心配するとか、明らかな奥さん自慢やし?そこまで悪い気はしてはらへんやろけど、あんまいらん事言うたら流石に怒りはるで」

『それはマズイ!!』

 ハッと顔を上げて虹男は目で訴える。

『全力で褒めとき!!』

 コクリと頷く鈴音。

「そ、そうだよね。僕にゴチャゴチャ言う資格無いよね。ほら、僕の妻って綺麗過ぎるし優しいから、ほかの男が勘違いしちゃうんじゃないかって心配になってさー」

「うんうん、気持ちは解るで。でもサファイア様は虹男一筋やから大丈夫や。あんな“凄まじいとしか言われへん愛”を受け止められるのは虹男だけやし」

「ホント?そっか、それなら安心した。えへへ」

 本気で安堵の表情を見せる虹男と、今ので他の男神に伝わっただろうかと作り笑顔を貼り付ける鈴音。

 恋愛に自由奔放な神も多そうだが、相手は選ばないと大変だぞと一応警鐘を鳴らしたつもりだ。

 半分に畳まれた挙げ句木っ端微塵にされてもいいなら、好きにすればいい。

「よっしゃ、ほんなら神官長様んとこ戻ろか」

「ほな俺はまた別行動で」

 腕から飛び降りようとする虎吉を止め、鈴音はしっかりと目を合わせる。

「見えるトコにおってな?」

 その迫力に気圧された虎吉は、大人しく頷いた。


 道の端で待っていた神官長達は、手を挙げながら戻って来た鈴音に会釈を返し、虹男がさっきまで持っていなかった革袋を提げている事に驚く。

「御使い様、それは?」

 10kgを超える革袋を片手で軽々と持っている虹男は、小首を傾げて鈴音を見た。

「この先使う小道具です。私は今から東の島国から来た小悪党になりきりますので、お二人は適当に頷いておいて下さい。どんなに不愉快でも、約束通り口は挟まない事」

 鈴音の答えに、二人は表情を曇らせる。

「小悪党……。いえ、神に誓った約束です。きちんと守ります。小悪党の仲間というか、片棒を担ぐ役割ですな?我々は」

「う、頷いていればいいんですよね?……努力します……」

 とても辛そうな二人に申し訳無さが込み上げるが、我慢して貰うより他は無い。

「ほな行きましょかお二方。目指すは大神官様でっせ」

 普段使う事の無い古い関西弁を口にして、鈴音は悪党らしくニヤリと笑う。

 狙いが大神官と知って二人は目を見開いたが、何も言わずに頷いた。


 大通りを渡り門を潜って、三人と一柱は大神殿の敷地内に入る。

「なんや色んな建物があるんですねぇ」

「神官になる為の学校や寮等もございます」

「へぇー。本殿に祀られてるのは、神様の像とかですか?」

「いえ、プレテセリオ様もお使いになられた、神剣が祀られております。神が直々に我ら人類に与え給うた剣ですので、偶像等とは比ぶべくも無いかと」

「ああ、そら確かにそうですね」

 そんな会話をしている内に、大神殿の入口に到着した。

 真っ直ぐ進めば神剣が拝めるが、鈴音は虎吉に聞いた通り、横に逸れてカウンターへと向かう。

「どっち行ったらええか判っとるんは楽やなぁ。虎ちゃん様々やわ。文句言うて悪い事したな……」

 呟いて視線を上にやると、柱の上の装飾に紛れている虎吉が目を細めた。聞こえていたようだ。

 ありがとう、と微笑んでから、悪徳商人モードに表情を切り替える。


 色々な映画やドラマの悪女を記憶から引っ張り出し、大体こんな感じだろうと妖しい笑みを浮かべカウンターへ近付いた。

「こんにちはぁ。お伺いしたい事があるんやけどぉ」

 カウンター内の神官は鈴音の笑みで明らかに動揺したが、どうにか隠して表情を取り繕う。

「はい、どうなさいましたか」

「ちょっとこれをぉ……」

 言いながら鈴音は手の平サイズの巾着袋を取り出し、うっかりを装って中身をカウンター上にたっぷりと零した。

 王国の神殿では使う事の無かった、サファイアに貰った砂金だ。

「!!」

 目を見開き欲望の色をありありと見せる相手へ、鈴音は艶やかに笑った。

「ごめんなさいねぇ、集めるの手伝てつどうて貰えますぅ?」

「え?ああはい、勿論」

 二人で砂金を掻き集め、小山が出来た所で鈴音は相手の手を掴み、その砂金の小山を押し付ける。

 手を掴んだまま身を乗り出して、囁いた。

「大神官様にお会いしたいんやわぁ?どないしたらよろしい?遠路遥々お土産持ってきてんけどぉ……」

 ニタリ、と笑う鈴音と掴まれた手とに視線を往復させ、同じく悪い笑みを浮かべた相手は自らの力で砂金を握った。

「お土産の内容によっては、お取り次ぎも可能ですよ」

「そらそうですよねぇ。ふふふ。兄さん、袋ここに置いてんかぁ?」

 瞳に絶望の色を浮かべる神官長達を見ていた虹男は、兄妹のきょうだい設定を思い出し、ニッコリ笑って革袋をカウンターに載せた。

 鈴音がこっそり中身を見せると、相手は瞬きを繰り返しポカンと口を開け固まる。

「小袋や箱の中身は大神官様に見て頂きたいウチの主力商品でぇ、今見えてる綺麗なんがお土産なんやけどぉ……あきませんかぁ?」

 小首を傾げる鈴音に、我に返った相手は慌てて手を振った。

「いやいや、充分、充分ですよ。今すぐお取り次ぎ致しますので、こちらへどうぞ」

 欲望を隠し切れない顔でせっせと巾着袋に砂金を戻し、しっかりと胸元へ仕舞ってから、手で通路を示し先に立って歩き出す。

 鈴音は一度振り向き、神官長達に気遣わしげな視線を送った。

 それに気付いた二人は、どうにか表情を作って頷く。

 微笑んで頷き返した鈴音は、虎吉が素早く移動するのを視界に収めつつ、虹男と並んで通路を進んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ