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第四百二十七話 記録装置

 村長夫妻が馬車に乗り込み、肉屋へ向かう頃。彼らの娘ボーリアは、全く別の場所で愚痴を垂れ流していた。


「何で私が、こんな目に、遭わなきゃ、ならないのよ!」

 やたらと息が荒いのは、足下が平らではないからだ。

「私は悪く、ないのに、女子院なんて、冗談じゃないわ。お父様も、お母様も、最低!これは、罰よ!」

 自分達が実の娘にどれほど非道な行いをしたのか、空っぽの部屋を見て思い知るがいい。

 きっと街まで探しに来るだろうけれど、泣いて謝っても赦してやらない。その頃には間違いなく大金持ちと結婚しているから、もうアンタ達と暮らす気なんてないと追い払ってやる。

「娘を、不幸にする親なんて、親じゃないわ!今に見てなさい」

 険しい顔で怒りを吐き出し続けるボーリアが、ティアードフリルのロングワンピースという場違いな服装で歩くここは、村の裏にある山だ。

 そう、その昔彼女が鈍色熊の縄張りで騒動を起こし、つい数時間前にはプローデとアーリアが鹿を仕留め、今現在は鈴音達が地下を調査中の、あの山である。

「か弱い私が、山を越えて、街へ行ったなんて、誰も思わない、でしょうね、フフフ」

 小振りのハンドバッグひとつを提げて、踵が高めのショートブーツで緩い斜面を進むボーリア。


 確かに、村の裏側にあたる山からぐるりと回れば、村人達や門番の目に留まる事なく馬車道に出られる。

 ただ、途中ちょっとした崖のようになっている場所等もあり、村を視界の端に入れたまま進み続ける事は出来ない。どうしても、一度は完全に森の中へ入ってしまうのだ。

 そうなると、アーリア達狩人のように山に慣れ親しんだ人物でもない限り、ビックリするほど簡単に迷う。

 子供の遠足に使われるような低い山で、うっかりハイキングコースを外れた登山者が遭難するあれだ。

 当然、山や森を村人からの目隠し程度に考え、斜面を登らず真っ直ぐ進んでいるから大丈夫、等と素人にありがちな間違いを犯したボーリアは、もうすっかり村から離れている。

 だが、自らの正しさを疑った事のない彼女に、それが分かろう筈もなかった。




 新聞を読んだ奥様部隊や村長夫妻により、地上が大騒動になっている頃。

 地下では、不思議な剣を前にアーリアが目を丸くしていた。

「ホントに動かない!地面にくっついてるみたい!」

 線路上に横たえられた剣に触れ、びくともしないと只々驚いている。

「でもプローデが持つと?」

 促されたプローデが柄を握って持ち上げた。

「普通の剣みたいになるんだねー!うわー、目の前で見ても信じられないっていうか、凄く不思議。これが女神様の剣なのかぁ」

 何とも素直な反応に、鈴音はひたすら感心している。


 プローデが剣を取り出した際、プリムスが事情を説明した。大賢者様が言うのだから事の真偽を疑いはしないだろうが、女神様に選ばれた人物としてプローデを遠く感じたりしたら厄介だな、と鈴音は心配したのだ。

 だがアーリアにとって、探検家だろうが女神様の剣士だろうがプローデはプローデでしかないようで、『プローデが強くて優しいの、女神様もご存知なんだね』と心底嬉しそうな、満面の笑みを見せた。

 外を歩くだけで悪意や憐れみを向けられるプローデにとって、この純粋な思いがどれほど眩しく温かく心を支える力となっているか、鈴音だけでなくこの場に居る全員が深く理解した瞬間である。

「そら何としても、フィアンマでジュエリー拵えてプロポーズしよ!て思うわ」

「せやな。恋敵は鳴き合いからのシバき合いで蹴散らさなアカンな」

「んー、猫の喧嘩。オラつくプローデさんは想像出来ひんなー」

 鈴音と虎吉が猫の耳専用会話をしている間に、プローデが剣に魔力を通して光らせ、アーリアを更に喜ばせていた。


「綺麗だねー。この光る剣で何をやっつけるの?」

 だがこの質問には、プローデもプリムスも答えに詰まる。

「それが、女神様は何も……。僕の夢にも大賢者様の夢にも、お姿を見せて下さらないんだよね」

「そうなの?」

 しょんぼりした大型犬と小首を傾げた中型犬の幻が見えるなあ、と呑気な鈴音とは対照的に、神界ではノッテが『まあ大変!今夜にでも魔王の存在を匂わせなくては』と慌てていた。

 ノッテの計画は知らないが、神々の性格というか遊び心というか割といい加減な面を知る鈴音は、微笑みながら口を挟む。

「多分、まだそこまで焦る必要がないから、何のご指示もなさらへんのちゃいます?まずは女神様の剣に慣れて貰お思てはるんかも?」

「あ、そっか、そうかもしれませんね」

「うんうん、きっとそうだよ」

 鈴音の予想にプローデがパッと顔を輝かせ、アーリアは笑顔で幾度も頷いた。見えはしないが、神界でノッテも拍手しながら頷いている。


「私もその意見に賛成だね。女神様が何も仰らない以上、悩んでいても仕方がない。という訳で、まずはこの地下線路をきちんと調べて閉じよう。残るは反対側だね」

 プリムスが元来た方向を指して言い、皆も頷いた。

「ほな緊急避難用の階段入口も、また埋めといた方がええの?」

 鈴音が問えばプリムスは大きく頷く。

「勿論。頼むよ」

 こちらへ来る時は、それこそ緊急避難が必要になる場合を想定して残しておいたので、戻る際に目印の氷筍を消し出入口を隠す事となった。

「では早速あちらの終点を目指そう。ただ、少しばかり速度を落としてはくれないかね?」

「いやいや、アーリアさんを晩ごはんまでに家へ帰さなアカンねん、ちんたら走れるかいな」

 自身のお願いをあっさり突っぱねる鈴音と、申し訳なさそうな顔のアーリアとプローデを見て、プリムスは遠くへ視線をやりつつ頷く。

「フフ、分かっていたさ。ちょっと言ってみただけだよ。って、もう掴むのかね気が早くないかねこちらにも心の準備という物があってだね……」

 抗議の声は綺麗に無視して、プリムスとプローデを念動力で掴んだ鈴音が皆へ微笑んだ。

「ほな行きましょか」

「ああ、行こう」

 ディナトが応え、骸骨が頷き、プローデとアーリアがアトラクションを前にした子供の顔になる。

「待……、んぎゃーーー!」

 可哀相なプリムスの悲鳴を残し、一行は暗闇の彼方に消えた。



 そしてスピードを落とす事なく氷筍を消し出入口を誤魔化し、ほんの6、7分で反対側の終点に到着。

 そこは地下にある車両基地だった。

 切り替えポイントの先に何本ものレールが並ぶ、ガランとした車庫に爆撃の跡は無い。

「なあ、プリムス。おかしない?」

「確かにおかしいね」

 その広い空間を見ながら鈴音が怪訝な顔をすれば、プリムスもまた硬い声で応じた。

「どうして車両が一台も無いんだろうね?」

「やっぱりそうやんね、あっちとこっちの両方にある筈やんね、開通間近やってんから。それとも、もっとギリギリになってから運び込むもんなんかな」

「いや、点検作業や試運転の事を考えると、日程的に既にここになければおかしい」

 そう言ってプリムスが指すのは、壁に貼られた紙。劣化し所々剥がれ落ちたそれからは、辛うじて開業日が読み取れる。


「んー……、ほんなら、戦争で使う武器の材料にする為に、軍が回収したとか?」

 鈴音は太平洋戦争末期の日本を想像したが、プリムスは首を振った。

「そこまで資材が不足したという話はないね」

「そうなんや。謎が深まっただけやなー。因みにこれ、どっから電車……車両入れるん?さっき見た地上にある車両基地から走ってくんの?」

「いや、地上へ続く車両用の昇降機がある筈だよ?地上の工場で製造したのを、それに乗せて下ろすのさ。線路の先にないかね?」

 成る程と頷いた鈴音は、何本かの線路と切り替えで繋がる、最奥の一本に目を留める。

「多分あれちゃうかな」

 真っ直ぐ指差す鈴音を見やり、プローデとアーリアが首を傾げた。

「暗くて見えないです。アーリアは見える?」

「ううん、見えない。鈴音さんは凄く夜目が利く……?」

 2人の声を聞き『やってもうた』と遠い目をした鈴音は、しれっと火球を増やす。

「あははー、当てずっぽうやったけど、ホンマにありましたねー」

 奥まで明るくなった車庫の床には、確かに一本だけ不自然な線路があった。


「わ、ホントだ。あの床が上と繋がってるんですか?」

「普通の床とどこが違うんだろう?」

 興味津々のプローデとアーリアが走って行き、鈴音達も後を追う。

「あっ、切れ込みが入ってるよ?」

「ホントだね、長四角にパカッと外せそう」

 皆が昇降する床へ近寄り調べる中、鈴音は周囲を見回していた。

「人が出入りする用の、階段なりエレベーターなりもある思うねんけど……」

「あの壁に扉があるで。あれちゃうか?」

 虎吉が顔を向けた先には、金属製のドアがある。

「お、ありがとう虎ちゃん」

 素早くそちらへ移動し、ドアレバーを押し下げた。幸い錆び付いてはおらず、すんなりと開く。

 そっと中を覗いてみると、そこは事務作業や休憩に使う部屋だったようで、棚やテーブルや椅子の他に、金庫らしき物も置かれていた。

 部屋の左側には上へ続く階段があり、正面奥にエレベーターらしき扉が見える。


「皆さーん、こっちに階段ありますよー」

 振り向いて声を掛けると、真っ先にプリムスがすっ飛んで来た。

 鈴音は大きくドアを開けて固定し、皆を迎え入れる。

「これは……、ここで点検作業等を行う人々の為の部屋だね」

 中へ入ったプリムスが辺りを見回しながら言い、他の面々も物珍しそうに棚やテーブルに残る紙等を眺め始めた。

 鈴音が気になるのは、用途の分からない機械や専門用語と数字が並ぶ紙ではなく、金庫風の四角い物体。

「地上も気になるけどさ、これよこれ、こっちがまず気になるでしょ」

 階段を登ろうとしているプリムスを呼び止め、金庫的な何かを指した。

「いやまあ気持ちは分かるけれども、その金庫は鍵と身分証がなければ開かないよ。魔法も受け付けない仕様の貴重品用だもの」

 呆れ気味のプリムスに言われ、やはり金庫かと喜ぶ鈴音。


「ここで作業する人の大事なもん預かってただけかもしらんけど、車両が見当たらん謎を解く鍵が入ってる可能性もあるわけやん?」

 右手をグーパー握っては開く鈴音を見やり、プリムスは首を傾げる。

「もしや力尽くで開ける気かね?」

「うん。無理に開けたら爆発するとかないやんね?」

「ないけども。当時尤も頑丈だと謳われた合金だよ?魔力を通さず、衝撃は勿論、火にも腐食にも強い。重すぎて金庫ぐらいにしか使い道が無いのが難点だったけれど」

 プリムスの解説を聞いた鈴音は少し考え、無限袋に手を突っ込んだ。

「この金庫自体が貴重品やん。傷は最小限にしよ。っちゅうわけで、プリムスは危ないからちょっと離れといて?」

 名指しという事は魔力に関わるのか、と理解しプリムスが離れる。

 充分な距離が出来た事を確認し、鈴音が取り出したのはナイフ型の神剣だ。神界では『あっ!今回は俺が作ったやつだー!』と若い神が喜んでいる。


 小さいので範囲は狭いが、それでも強烈な神力を放つナイフに、皆の目は点になった。

「鈴音、それは?」

 思わず尋ねたディナトへ、鈴音は屈託なく笑う。

「以前、悪党の巣でいーっぱい鍵壊さなアカンかった事がありまして。力尽くでやるしかないか、て困ってたら、猫神様を愛してやまない皆様が、これを使うといいよ、て山盛りくれはったんですよねー」

「山盛り……?」

「はい。その時に居てはらへんかった方々も、後から作って下さったりで。形状も細工も色々やし、見てて飽きませんよ」

 何でもない事のように言われ、そういうものかと納得しかけたディナトは、いやいやいやと心の中で首を振った。

 神剣なんて、大体が世界に対し一振り作るかどうかである。決して、人ひとりが大量に所持していいものではない。

 シオン以下あの場に集う創造神達は何を考えているのだ、と真面目なディナトは困惑した。

 創造神達に尋ねれば『猫ちゃんに好かれたいから!』と素直に答えるだろうが、これは知らない方が幸せだろう。


 ディナトが考え込んでいる内に、鈴音はナイフを金庫の扉と本体の間、(かんぬき)がありそうな辺りへ差し込んでいた。

 何の抵抗もなくスルリと入る刃を見て、プリムスは顎が外れそうな程に口を開き、プローデもアーリアも目をまん丸にしている。

「これで行けたかなー?よし、開いた開いた」

 金庫の取っ手を引いて笑った鈴音は、ナイフを仕舞い扉を開けた。

「ん?何か入ってんで?」

 そう聞いて近付いて来たプリムスへ、中にひとつだけ収められていた、有名なオイルライターくらいの大きさの金属を渡す。

「これは……映像の記録装置だね」

 金属を見つめて頷いたプリムスが、部屋の真ん中へ移動した。

 それを目で追う鈴音へ、プローデとアーリアがずいと近寄る。

「さっきの短剣は何ですか!?」

「金属にスッて入りましたよ、スッて!」

「あー……」

 興奮気味な2人にどう答えたものかと鈴音が悩んでいると、部屋の中央から聞き慣れない声がした。


「こんにちは。過去に生きていた技術屋です」

 何事かと視線をやると、床に置かれた記録装置が、中年男性の映像を映し出している。

「そちらは何年ですか。平和になってますか。俺は今、戦争の真っ只中に居ます」

 そう言う男性の背後には綺麗な青空が映っており、戦時下の雰囲気はなかった。

「信じられない?じゃあこれでどうでしょう」

 まるでこちらの思いを見透かしたように笑った男性が、記録装置を動かしたようだ。空から視点が下がる。

 そこに映るのは、黒い煙を上げる島。

 あちこちから火の手が上がり、もう手の施しようがないのが見て取れる。

「あれは星へ渡る船を造っていた施設。地下設備は無事かもしれないけど、地上はもう駄目だな」

 星へ渡る船とは宇宙船の事か、と尋ねようとした鈴音は、プリムスが誰も寄せ付けない空気を纏い、食い入るように映像を見ている事に気付き、黙った。

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